文化祭01
◆今回、虎助は「通常会話」と『念話通信』を使い分けています。
多少読みにくくなってしまっているかもしれませんがご容赦お願いします。
「おはようございます」
そんな挨拶が響く早朝の万屋にはこの時間には珍しく、お付きを連れたマリィさんと魔王様、そして玲さんの姿があった。
さて、どうして彼女達がこんな時間からアヴァロン=エラにいるのかというと。
「文化祭か」
「楽しみですわね」
「……ん」
そう、本日僕が通う物見高校で文化祭が執り行われるからである。
マリィさんたち三人は通信越しではあるのだが、このお祭りに参加しようとここに集まっているのだ。
ちなみに、マリィさんの今日のお仕事は特に無いそうだ。
なんでも、最近の忙しさの原因だったトンネルの管理も、既にその殆どがマリィさんの手から離れ、トワさんが巻き込まれたトンネルテロを目論んでいた一派もあれから調査が進み、その動向はほぼ掴んだとのことで、今日は城の方をユリス様に任せて一日楽しむつもりだそうだ。
「それぞれに一枚、魔法窓用意しましたので、お好きな場所でお寛ぎください」
と、僕は恭しく頭を下げながらも、マリィさんに魔王様、玲さんの三人にそれぞれ一枚づつ魔法窓を展開。それを肩口に固定したカメラの役割を果たす魔法窓に接続する。
ちなみに、文化祭にはソニアも興味があるそうで、昨日の内から先に用意してあったりする。
後はきちんとこちらの映像が皆さんの魔法窓に届けられているかをチェック。
無事に映像や音声が送られていることを確認すれば準備は完了なので、
僕はアクアとオニキスを召喚。
マリィさん達のエスコートと店番をするベル君のサポートを任せると、
「では、行ってきます」
「「「(……)行ってらっしゃい(ませ)」」」
マリィさんや魔王様たちにも見送られるのは変な感じだけど、これはこれで悪くない。
見送ってくれた皆さんに軽く手を振りながら自宅に戻り、ここからは魔法窓を使ってのやり取りになる。
僕は自宅に戻るとマリィさん達のコメントが音声だけでなく文字でも表示されるようになったのを確認。
あらかじめリビングに準備をしてあった学校指定のバッグをリュックサックのように背負い、母さんとそにあに『いってきます』と言って家を出る。
ちなみに担ぐバッグの中には何も入っていない。
バッグを持っていくのは出し物で使うボードゲーム類を持ち帰る為だからだ。
そうしていつものように学校に到着すると――、
『ここが学校ですの』
『……おっきい』
『一応、この地域では最大の公立校ですから――』
遠目に学校を見たマリィさんと魔王様からのコメントに応えつつも昇降口から学校の中へ。
そして、下駄箱からスリッパを取り出したところで、
「よっす虎助、それとみんなもお揃いで」
と、声をかけてきたのは元春だ。
どうやら僕の側に浮かぶ特殊設定にした魔法窓を見付けたらしい。
「おはよう元春。今日は早いね」
「昨日からの泊まりだからな」
「あれ、そういうのいいんだったっけ?」
僕の場合、万屋の仕事があるからと、文化祭の準備中も、最低でも下校時刻の前には帰っていたので、そこのところ詳しくは知らないからと訊ねてると。
「合宿とかみたいに許可を取ればいけるぜ。俺らは許可とってねーけどな」
駄目じゃないか。
ただ、それが元春が所属する写真部ならさもありなんと、諦めたように小さくため息。
元春と一緒に教室に向かう。
『ここが虎助が普段いる場所なのですね』
『とはいっても、いまはレイアウトが随分違うんですけどね』
と、教室に入ったところでマリィさんのコメント。
それに、『いまは文化祭中なので実際の教室はまた違った雰囲気だと』説明していると、ここで副委員長の中谷さんがやってきて、
「間宮君、丁度いいところに来てくれたわね。最後に簡易説明書のチェックをしてくれる」
『いまのは?』
『クラスメイトの中谷さんですね。
このクラスのまとめ役のような人です』
『随分頼られているのね』
『そうでもないと思いますけど』
今年は出し物の関係からたまたま中心的な立場になってしまっているだけで、ふだんは目立たない生徒をやれていると思う。
と、通信越しのみなさんと念話を使って会話をしながら、中谷さんから頼まれた細々とした準備を進めていると、しばらくして先生が教室に入ってくる。
そして、出席確認からのホームルーム。
と、その途中に校内放送がかかって文化祭の開催となる。
ちなみに、物見高校の文化祭の一般招待はチケット製となっていて、
気の早い人は三十分近く前から、正門付近や、この日だけ駐車場として利用できるグラウンドに集まっているみたいだ。
そんなお客さんが文化祭の開催と同時に移動を始めたところで、僕達クラスも本格的に動き出すのだが、僕はクラスの店番などの役目は割り振られていなかったりする。
今回、クラス展示で使うほとんどのボードゲームが僕からの提供だということで、文化祭中は自由にしていていいとみんなから言われているのだ。
ということで、邪魔にならないようにと――あと、マリィさん達の案内の為にと――、僕が教室を出ようとしたところ。
こっちはオリジナルゲームの件が関係しているのかな?
急遽サンドイッチマンに仕立て上げられた元春が、教室から追い出され、僕に押し付けられる。
どうも元春の面倒を僕が見ないといけないみたいだ。
というか、実はこれが、僕に役目が与えられなかった本当の理由ではないだろうかと。
とまあ、なんとなくそんなことじゃないかと、元春がさり気なくカメラ機能をオンにした魔法窓のカメラを教室の入口に仕掛けたところで教室を出発。
文化祭ということでテンションが上っているのだろう。スキップでもしそうなステップで先頭に歩く元春にも聞こえるようにと、僕があえて口に出して訊ねるのは、
「さて、どこへ行きましょうか?」
『先ずは次郎と正則のところに顔を出した方がいいんじゃない』
「俺んとこの部活はどうっすか?」
『写真館だっけ?』
『行ったところで意味はないのでは?』
「気に入ったコスとかあったら、持って帰るっすよ」
たぶんマリィさんが言っているのはそういう理由じゃないと思うんだけど。
と、わいわいと通信内で盛り上がりながらも廊下を練り歩く僕と元春。
ただ、ここでちょっと気になることが一つ。
「あのさ元春、マリィさん達と話すなら念話通信を使わないと、独り言言ってる感じになっちゃってるよ」
ここで元春にそっと耳打ち、元春が周囲を見回すと、そこかしこから残念そうな視線を向けられており。
「ちょ――、ちょいちょいちょいちょい、そういうことは早く言ってくれよ」
「いや、そんなの今更でしょ」
今回のような念話通信はこれまでに何度も使ってきている。
だから当然、その注意事項はわかっていると思っていたのだが、そこは元春らしいというかなんというか、天然でやらかしてしまったみたいだ。
「コメだけじゃなくて音声まで聞こえるのが悪いんや」
『無駄にハイテクよね。コレ』
『音声認識は魔法が得意とするところですから』
器用にも小声で嘆く元春に玲さんと僕からの冷静なコメントが突き刺さる。
実際、詠唱魔法や翻訳魔法なんてものがあるのだから、リアルタイムのSNSで音声認識で文字におこす機能くらいあって然るべき機能じゃないだろうか。
ただ、元春が恥辱に悶える時間はそう長くはなかった。
「で、んで、こっからどうするん!?」
「とりあえず正則君のクラスを覗きに行かない?
次郎君のクラスは公演時間が決まってるから」
恥ずかしさを誤魔化そうとしているのか、それとも単なる空元気か、早口でまくし立ててくる元春に、僕が提案したのは正則君のクラス展示の見学だ。
パンフレットを見たら、次郎君のクラスのステージまでにはまだ少し時間があったので、先に特に待つ必要のない正則君のクラスを覗いていけば丁度いいんじゃないかと思ったのだ。
ということで、ちょうど通りかかったレトロゲーム博物館に興味を抱いていた魔王様には悪いのだが、気になるものがあるなら後で手に入れると約束して、正則君のクラスがある方へ歩き出す。
と、ここでさっきの失態からの現実逃避がまだ続いているのか。
「平和だな」
「……急にどうしたの?」
元春が無駄に柔らかな表情でまた訳のわからないことを言い出す。
と、そんな元春の態度に、僕はまたよからぬことを思いついたのではと訊ねてみると、元春は頭の後ろで手を組みながらも、チラリ視線を後方に送り。
「いや、監視するにしても、あれっくらいわかりやすけりゃいいのになってな」
ああ、これは珍しく元春の勘が冴えているのか――、
いや、相手が相手だけに元春が気づいているのも仕方ないかな。
「でも、こっちでトラブルっていったら、だいたい元春が原因でしょ」
「おいおい、ご挨拶だな」
元春は肩をすくめるが、学校でなにかトラブルがあるとすれば、そのほぼ百パーセント元春が原因となるものだ。
ただ、それにしたって尾行とは尋常じゃない――と、ここで玲さんはそう思ったのかもしれない。
『それで、つけられてるってどういうこと?』
「えっと、通信越しのみなさんの位置からだと見えないみたいなんですけど、教室を出てからずっと僕達の後をつけてくる人がいるんです」
『へぇ、相手がどこの誰とかわかるの?』
「いま、元春が確認したのは風紀委員の町村君みたいですね」
『風紀委員って、あんた、なんでそんなのに追いかけられてるのよ。
というか、風紀委員って実在するのね』
この反応から察するに、玲さんの学校には風紀委員は存在しなかったのかな?
「やっぱり元春がなにかしたんじゃない」
「いやいや、俺が男になにかするって思ってんの?」
そういうことじゃなくて、また誰か女子になにかしたんじゃってことなんだけど。
それでも元春には心当たりがないようなので、
とりあえずこっちの監視の目はそのままに、僕達は正則君のクラスに到着。
教室を覗き込むと、既にパラパラとお客さんが姿があって、
「マサのヤツは――いないな」
「部活の方にいってるんでしょ」
正則君のメインは陸上部の方だ。
というよりも、正則君のクラスの出し物はクラスのみんなが撮影したビックリ写真の展示なので、そもそも店番の必要が無いと、そんな話をしながらも見学客しかいない教室に入ったところで、正則君がひよりちゃんと協力して撮ったという写真を探しながら色んなトリック写真を見て回る。
『面白い写真ですわね』
『……リドラに手伝ってもらって撮る』
いや、リドラさんが手伝ったら、それは本当に本格的な写真になってしまうんじゃあ。
と、正則君が撮ったトリック写真なのか、実際にやってしまった写真なのか、どっちなのか判断つきづらいロックでデストロイな写真に、マリィさんや魔王様が興味を引かれるという一幕がありながらも、正則君のクラスの展示を一通り見終え。
次郎君がプロデュースするダンスが見られる時間に合わせるように、他の教室の様子を廊下からひかやしながらも体育館へと向かうと。
しっかりと時間を調整したおかげか、体育館に到着。パイプ椅子に腰を落ち着かせる頃には、次郎君のクラスの演目が始まるところで、
『凄い音ですわね』
『聞いたことがない曲だけど、オリジナルなのこれ?』
どうなんだろう?
次郎君は自分に曲を作るような才能はないとか言ってたけど、次郎君とはまた別のベクトルでアイドルに詳しい元春も聞いたことがない楽曲みたいだし、クラスの誰かが作ったオリジナルの曲なのかな。
『しかし、これは圧巻ですわね。
これだけの人数が規律の整った軍隊の如く動きを揃えた踊りなど、私見たことがありませんの』
『……ん』
元お姫様のマリィさんなら、こういう出し物は見たことがあるんじゃないかと思っていたけど、ここまで集団で歌とダンスを揃える演目は見たことがなかったみたいだ。
そんなマリィさんと魔王様の感嘆に続き。
『あの次郎って子、真面目そうな見た目なのにガチじゃない』
「そうなんすよ。アイツ、そういうとこがあるからモテないんすよね。ハハッ♪」
玲さんの呆れ声にとても楽しそうに笑う元春。
ただ、言っていることはある意味で間違いはなくて、
とはいえ、次郎君はあくまで自分の信念?
いや、偏執を貫いている結果であって、
次郎君自身、それを受け入れているということもあるから、元春が喜ぶようなことでもないと思うんだけど。
と、そんな余談がありながらも、次郎君のクラス有志によるダンス発表は興奮の内に幕を閉じ。
「小腹が減ったし、ノリんとこ行こーぜ」
『正則のところはさっき行ったでしょ』
「部活の方っすよ。いろんな部活が玄関の近くで屋台を出してんす」
空気の読めない元春の要望で向かったのは、学校の前を横切るように走るアスファルトの私道に屋台が立ち並ぶ一角だ。
その中には、正則君たち陸上部が運営するドリンクスタンドがあり。
足を運んでみると、ちょうど顔見知りの二人が店番をしているところで、
「よっす、やってるかね。お二人さん」
「ん、虎助にモトか」
「お姉様方もいるのですよ」
そう言いながらテトテトと駆け寄ってきてくれるのはひよりちゃんだ。
そんなひよりちゃんの後ろには、大量の氷が入ったクーラーボックスの中に缶や瓶、ペットボトルのジュースを追加する正則君の姿があって、
「で、二人に聞くんだけどよ。ここいでなんかオススメの食いもんとかある?」
「だったら麦茶ソーダはどうだ?」
「ふーん、じゃあ――って、誰が選ぶかよ。
俺、食いもんって言ったよな。
てか、麦茶ソーダってなんなん?」
元春の声に正則君がクーラーボックスの奥底から、一見すると爽やかなパッケージのそれを取り出し、見せたところで、元春が最初はにこやかにノリツッコミ。
「いつもの仕入れの前に物好きな後輩が持ち込んでな」
詳しく聞くと、なんでもこの屋台の準備を始めた頃、部員の一人がせっかくの文化祭だからと、興味本位から買ったにも関わらず、持て余してしまったキワモノジュースを持ち込んだそうで、それをきっかけに、こういうのを集めるっていうのも面白いんじゃないかと、一部の部員が悪ノリした結果、今年の陸上部のドリンクバーには、毎年の定番のメニューの他にキワモノラインナップが追加されてしまったのだそうだ。
「ちなみに聞くけど、他にどんなんがあるん?」
「定番のカレーラムネから、わさびラムネ、スイカサイダーにたこ焼きサイダー、各種子供ビールなんてのもあるぞ」
「ちょいちょい正則さんや。子供ビールはまあいいけどよ。カレーラムネが定番とか――、ツッコミどころ満載なんすけど」
ただ、元春がこう言うけど、普段ならまったく買わないこれらジュースも文化祭の雰囲気を考えると、罰ゲームとかそういう名目で買ってくれる人はかなりいるんじゃないだろうか。
「それでどれにする?」
「いやいやいやいや、『どれにする?』じゃねーよ。普通の飲ませろよ。
つーか、俺ら食いもんのオススメ聞きにきたんだけど」
「えっ、センパイ飲んでいってくれないんです?」
「ひよりっち?」
「飲んでくれないんです?」
どこでそんなテクニックをおぼえてきたのか、正則君に文句をながり立てる元春に上目遣いで同情を誘うひよりちゃん。
そして、可愛い後輩からこうも露骨にお願いされてしまっては、さすがの元春も無視もできないようだ。
うっと数秒――、躊躇いを見せながらも、少しして意を決したように。
「よっしゃ飲んだらー。
けどよ、俺だけってのは面白くねーだろ」
と、元春はいやらしい顔で僕の方を振り返り。
「それって、もしかしなくても僕も飲めってこと?」
正直、巻き込まないで欲しくないんだけど、ひよりちゃんの手前もあるから、ここは覚悟を決めるしかないかな。
なんて僕が思っていると、元春の思惑はソレだけではなかったようだ。
元春はここで欧米人のように「おいおい」とオーバーな感じで首を振り。
「ここはみんなだろ。玲っちも文化祭の雰囲気とか味わいたいんじゃね」
ああ、そういう――、
『ちょ、あんた、なに言っちゃってんの』
『いいではありませんの。せっかくのお祭りですし』
『……カレーのジュースとか、気になる』
『ちょっ、二人共、それ本気で言ってる?』
『はいですの』『……ん』
そして意外なことに、これにマリィさんも魔王様も乗り気とあらば玲さんも断れない。
とはいえ、明らかに外れのお土産だけを持ち帰るというのもどうだろう。
僕はここで一計を案じ。
「だったら、みんなでプレゼント交換みたいに、それぞれクジであたった人のジュースを決めるっていうのはどうです?」
これならハズレのジュースを飲まされる確率はかなり減るのではと提案してみるのだが、
玲さんとしてはまだ不満があるのか、微妙な顔でブツブツとコメント欄に愚痴のような言葉を連投。
「あれー、玲っち、ビビってんの」
『ビビっ!?
そんなわけないじゃない。
いいわよ。やってやろうじゃない』
しかし、最終的にこの安い挑発が決め手になってしまったみたいだ。
結局、玲さんもこのお遊びに乗っかって、魔法窓を使った厳正なるくじ引きを行い、誰が誰のジュースを選ぶのか決めてみる。
すると、僕が魔王様、魔王様がマリィさん、マリィさんが僕のジュースを担当することに決定し。
因果応報というかなんというか、元春と玲さんはお互いがお互いのジュースを選ぶことになってしまったようだ。
そして、一人づつ、キワモノメニューの中から相手のジュースを指定していった結果。
「ま、そうくるわな」
元春が手にしたのはカレーソーダだった。
ちなみに、マリィさんが僕に選んでくれたのは特濃柿ジュースという、今回の趣旨にあっているのかいないのか、微妙な線をいくチョイスだった。
そして、現場の僕達は選ばれたジュースをさっそく飲んでみることになるのだが、
「うわっ、カレーだ」
『ふふん』
元春の反応にご機嫌そうに鼻を鳴らす玲さん。
しかし、次の一言でその機嫌は一転することになる。
「でも、これ、飲めなくはないっすよ」
『そうなの!?』
気の抜けたような玲さんの声に元春は頷き。
「ちょっと虎助、飲んでみ」
あれ、これおかしな流れになってないかな。
しかし、玲さん達も気になっているようで、魔法窓越しに探るような視線を送ってきているとなると、ここで断ることは難しいか。
ということで『仕方ない――』と僕が覚悟を決めて元春から受けとったそれを飲んでみると。
「あ、普通に飲めますね」
『本当に?』
「さすがに美味しいとはいえませんが」
僕が正直に応えると、通人越しに『逆に気になる』『ですわね』『……ん』との声が上がり。
それを好機と正則君がテントの奥から人数分のカレーソーダを持ってきて、
横目にその様子を確認した元春が――、
「もしあれなら、みんなの分も買っていくっすけど。どうするっすか」
さすがは長い付き合いである。
そんなコンビネーションからかけられた声に玲さんは悩みながらも、マリィさんと魔王様から期待を向けられていたのかもしれない。
『お願い』
最終的にそれぞれに指定したジュースに加えてカレーソーダも入手となったところで、ここで元春が本来の目的に立ち返り。
「で、俺ら飯食いに来たんだけど、なんかオススメとかあるん?」
僕達というよりも元春ね。
「それなら手芸部の野沢菜おやきが美味しかったですよ」
「えっ、なにその地味チョイス」
「手芸部の先生がそちらの出身で、安く手に入るそうなんです」
「手芸部の先生っていうと、マドカちゃんか」
ひよりちゃん情報によると、先生の実家は地元で有名な食品メーカーだそうで、真空パックに入ったおやきが格安で手に入るらしく。
とりあえず、僕と元春はひよりちゃんのオススメに従って手芸部のテントに移動。
そこで、いつも通りというか、実績の関係というか、先に入った元春が氷属性の視線のビームにさらされるなんて一幕がありながらも、注文したおやきはさすが地元で一番のシェアを誇るメーカーの商品だけあって美味しくて、
このおやきが何故か魔王様の心に深く突き刺さったみたいだ。
珍しく魔王様からの強いご所望があり、僕はちょうどテントの奥に居た先生と交渉して、まだ調理前のおやきを入手すると。
元春のことだ。このおやきだけじゃ満足しないだろうと、珍しく表で待っていると聞き分けのいいことを言い出した元春を呼びに表に戻るのだが、
一体この数分の間になにがあったのか?
僕はたった数分の間にほっぺたに複数の紅葉を貼り付けていた元春に嘆息。
今にも飛び出してきそうな物陰の気配に軽く牽制の視線を送りつつも元春の首根っこを掴むと、全身に軽く魔力をまとわせ『お騒がせしました』と元春を引き摺り、女子部員達の拍手を浴びながら手芸部のテントを後にする。
そうして手芸部のテントから離れること十数メートル。
まるで何事もなかったかのように立ち上がった元春が、頬をひっぱたかれた時に痛めたのか、肩をぐるぐる回しながら。
「やっぱおやきだけじゃダメだわ。ガッツリしたもんが食いてーな」
「だろうね。
じゃあ、野球部のフランクフルトと焼きそばでいいんじゃない。
女子が多い部に行くと、さっきみたいなことになりそうだし」
「うっせ」
比較的男子の多い部活のテントで食べ物を手に入れてお腹を満たしたところで、次はどこに行こうか相談を始めるのだが、
その会話は不意に聞こえてきた短い悲鳴にかき消される。
「ねぇ、元春、今の声って――」
「ああ、間違いねー。俺が女の子の声を聞き逃すかよ」
「どっちかわかるか」
「うん。案内するよ」
◆次回投稿は『日曜日』の予定です。




