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ビッグマウス

 今週は2話投稿です。

 万屋に出勤して1時間ほど、元春が新しい日課となった人間椅子を楽しんで戻ってきたその直後、こじんまりとした万屋の店内に警報音が鳴り響く。

 何だ何だと元春が慌てる一方で、マリィさんはすっかり慣れてしまったご様子だ。

 すぐに店の外へと駆け出していく。

 そう、この警報はアヴァロン=エラに敵性を持った魔獣が訪れたことを知らせる警報である。

 本来、お客様であるマリィさんにはお店の方でゆっくりしてもらっていて欲しいのだが、自宅(城)軟禁中のマリィさんにとっては、時折この世界を訪れる魔獣の類は格好のストレス発散相手だったりする。

 そんな好戦的なお姫様を先頭にゲートへ赴くと、そこには縮尺が狂ったような超巨大ハムスターが3匹、きょろきょろクンクンと周囲を警戒していたり、クシクシと自分の頭を撫で回していた。

 と、そんなデカハムスター達の可愛いらしい仕草が、マリィさんのモフりたい本能を刺激してしまったようだ。手をわきわきと遠く見えるデカハムスターに突撃せんと前のめりになるマリィさんだったが、ちょっと待ってくれ。


「不用意に近付くと危ないですよ」


 引き止める僕の声に『どうして』とばかりにマリィさんが悲しそうな目を向けてくるけれど、


「あの魔獣はビッグマウスといってですね、可愛い外見をしていますが不用意に近付くとガブリと頭を食い千切ろうとしてくる危険な魔獣なんですよ」


「なにそれ、めっちゃ怖いんですけど」


 元春はこう言うけど、悲しいかな。これが野生の現実というものなのだ。

 しかし、そんな元春の反応の一方でマリィさんはといえば実に冷静だった。

 一時、ビッグマウスの可愛らしい仕草に心奪われそうになったものの、相手が危険な生物だと理解したのなら容赦がない。


「そういうことならば仕方ありませんわね。あの可愛さは惜しいですが焼き払いましょうか」


 この冷酷とも思える変わりように怯えたのはビッグマウスである。

 さしもの〈バベル〉といえど、知能が低い魔獣などにはその翻訳機能を発揮しないが、じわりと高まるマリィさんの魔力がその本能を刺激したのだろう。警戒から体を膨らませたビッグマウス達がじりじりと後退を始める。

 多分、このままマリィさんがプレッシャーをかけ続ければ、戦闘になることなくビッグマウスをこの世界から追い払うことも出来るだろうけど、

 逃さないよ。

 僕は素早く魔法窓(ウィンドウ)を手元に呼び出すと、ゲートを構成する魔法式(システム)に接続、その周囲に進入禁止の結界を構築させる。

 と、そんな僕の対応にマリィさんは少し驚きながらも言ってくる。


「あら、虎助にしては珍しく容赦がありませんのね」


 マリィさんの仰る通り、最初から明確な敵対行為を露わにしていない魔獣に大して討伐に動くこの決断は意外なものなのかもしれない。

 だけど、


「実はあのビッグマウスの頬袋からマジックバッグが作れるんです。最近品薄でしたから確保しておこうと思いまして」


 マジックバッグというのは、名前そのまま沢山のものを収納できる魔法のカバンである。

 この万屋でも扱っている人気商品であるが、現在は素材が少なくなってきた関係で店に出すのを控えている。その素材が手に入るこの機会を逃す手はないというものだ。


「成程それならば納得です。しかし意外ですわね。あんなナリをして空間系の技術を持つ魔獣ですの?」


「彼等が持つ頬袋には空間拡張の能力が備わっているんですよ」


 なんでもビッグマウスという魔獣は、己が身に宿った魔素の力を頬袋の強化に注ぎ、その膨大な収納量で持って収穫期の作物を確保、その巨体を維持しているが為に農業を生業としている国などからは暴食の悪魔などと呼ばれ、下等竜種や巨獣などと同じように恐れられているのだという。


「って事は、あのほっぺたの中に頭が詰まってるとかあったりするのかよ」


 ああ、さっき僕が言ってた近付いたら頭を食い千切られるって話かな。


「それはどうだろう基本的には臆病な魔獣らしいからね。普段は木の実とか昆虫(型魔獣)とかそういうものを食料にするらしくて、人間が襲われるのはテリトリーに侵入した所為だって話だし、元春が想像するようなグロテスクなことは無いと思うけど」


 とはいっても、場合によっては元春が想像するようなパターンも無きにしも非ず。

 うん。今回の解体はエレイン君達に任せるとしよう。

 なんてヘタレた事を考える僕の傍ら、この手の話には耐性があるのか。特に気にした様子もなくマリィさんが聞いてくる。


「では、今回は(わたくし)の出番はありませんの?」


 マリィさんが扱う炎の魔法は素材調達に向かない魔法である。相手が巨獣やドラゴンのような強力な存在ならば問題はないものの、巨大とは言ってもせいぜいクマサイズのハムスターが相手ではオーバーキルになってしまい素材が全く剥ぎ取れないなんてことにもなりかねない。

 けれど、それはあくまで毛皮やらなんやらという素材に限った話で、


「いえ、今回の目的は頬袋ですから、それに元がハムスターみたいな生物だけに、すばしっこそうな相手ですので、ここは1人1匹を相手にする形でいきませんか。頬袋を潰さずに上手く倒せたのなら、アルバイト料の代わりに完成品のマジックバック1つ進呈ということでどうでしょう」


 頬袋は1匹につき2つ確保できる。あれだけの巨体なら片方の頬袋でもいくつかのマジックバッグが作れる筈だ。

 ならば、ある程度の素材は諦めて皆で倒した方が楽に片付くのではないか。

 そんな僕の提案に2人の反応はそれぞれで、


「いいですわね。もちろんマジックバッグはオーダーメイドできるのでしょう」


「ええ。デザインなんかリクエストがあったらご相談に乗りますよ」


「つか、俺もやんのかよ?」


 どうやらマリィさんは乗り気のようだ。既に倒したとばかりにマジックバッグの仕様を考える一方で、元春はといえば心配そうな声を上げる。


「マジックバックは便利だし、それに元春も、この辺りで【魔獣殺し】をゲットしておいた方がいいんじゃないかな」


「それはそうかもだけどよ。こういうパターンで初めて戦うモンスターって、普通スライムとかゴブリンとかそういう雑魚なんじゃねえの」


 ベル君にエレイン君、モルドレッドにソニアの加護と、このアヴァロン=エラにはお客様を守る為に様々な安全対策がなされていたりする。

 だけど、時にこの世界には魔王様やドラゴンなんていう規格外の存在が訪れたりするのがアヴァロン=エラという世界である。

 その時、最低限逃げられる力を持っていた方がいいのではないかという僕に、元春はファンタジー的なお約束で返してくる。

 確かにここが普通の異世界(・・・・・・)だったら元春の言う通りかもしれないけれど。


「残念ながらアヴァロン=エラでそれは難しいんだよね」


 魔獣などとの接点が、ほぼゲートを介したものであるこのアヴァロン=エラでは、意図的に弱い敵と戦うことが難しい。

 いや、ゲートに繋がる次元の歪みが、魔素の濃い地域に多く発生するという条件を考えると、むしろ強力な存在こそ紛れ込みやすい環境なのだ。


「実際、僕が初めて倒した魔獣はブリザードグリズリーなんていうオークサイズの巨大熊だったからね」


「あの雪山の死神と呼ばれるブリザードグリズリーが初めて戦った魔獣ですか。虎助も意外と過酷な道を歩んできたのですね」


 あの氷柱(つらら)熊にはそんな物騒な異名が付けられていたのか。

 僕は初めて殺した(・・・)魔獣の姿を思い出しながらも、


「オークに続いてビッグマウスと、連続でお手頃な魔獣を引き当てた元春はかなり幸運(ラッキー)だと思うけど」


「いやいやいやいや、俺からしてみたらあれもオークも危ねーバケモンには変わんねーっての。つか、そもそもどうやって倒すんだよあんなデカハムスターをよ」


 ビシっと指を刺されたのに気付いたのか、もきゅっとその巨体には似合わない可愛らしい仕草で首を傾げるビッグマウス。


「そこは普通に気合じゃないかな」


「なに言っちゃってるんだよ。お前、俺に恨みでもあんのかよ」


 子供の頃から今に至るまで、元春にはどれだけ迷惑をかけられてきたことか。

 その迷惑を省みると、恨みとまでは言わないものの多少の無茶を行ったところで許されるのではないか。そう思ってしまうのだが、さすがに命が関わるような無茶をしろとは僕も言っていない。


「そこはきちんと装備を用意しているから大丈夫だよ。ね、ベル君」


僕のかけた声にさり気なく万屋からくっついてきていたベル君が、ビッグマウスにも負けない大きな口を広げて、真っ暗な口内から赤銅色の全身鎧(フルアーマー)を取り出す。


「これって鎧、だよな?ちょっちデッケーけど、こんなんであのデカハムスターを倒せるってのかよ」


「正確には魔導アーマーっていえばいいのかな。一つ一つの魔法金属を魔導制御で操って戦う攻防一体の装備だよ。ほら、前から色々とアイデアを出してもらってたでしょ。あれに出来るだけそれに沿うようにってオーナーと一緒にいろいろ考えたらこういう形になったんだよ。稼働テストはまだだけど、防御力テストはなかなかの結果だったし、これなら元春でもビッグマウスくらいは倒せると思うよ」


「マジかよ。でも稼働テストがまだだって、それってぶっつけ本番って事だよな。大丈夫なんか?」


 普段はわりと抜けているのに変なところで慎重だな。

 らしくない元春からの指摘を面倒と思いながらも、


「もう殆ど完成しているから問題ないよ。ただ、制御系の魔法式にまだ甘いところがあるかもだから、そこだけが心配かな」


 完璧に作り上げたとしても何らかの不具合が残る可能性はどんなものにだって起こりうることである。

 もしかすると、鎧が勝手に人間の可動領域を超えた動きをしてしまうなんてこともあるかもしれないけれど、【G】という稀有な実績を備えている元春なら、万が一の事態に陥ったとしても生き残れるのではないだろうか。


「それにグズグズしてたらビッグマウスが襲ってきちゃうからね。何にせよ急いで装備した方がいいと思うよ。最低でも身の安全は確保できるからね」


 今のところビッグマウスは、マリィさんの魔力にあてられて、僕達を直接的に襲ってこようとはしてないが、ちょっとしたきっかけで暴発しかねないのが野生動物というものだ。

 と、そんな僕の指摘を聞いた元春は、ビッグマウスと目の前の鎧を見比べて、最終的に見の安全を確保することに決めたのだろう。おそるおそる魔導アーマーに手をかけて聞いてくる。


「それで、こいつはどうやって装備すんだ」


「兜の影、首の後のところに隠れてる魔導核(コア)に触れて〈着装〉って唱えるだけで簡単に装備できるよ」


「それってなんか、変身ヒーローみたいで恥ずかしくねーか」


「何をおっしゃっていますの。素晴らしい機能ではありませんか。その機能を使って作った鎧を(わたくし)にも一つ作ってもらいたいものです」


 ソニアがウチで見た特撮から着想を得て実装した変身機能は元春に不評なようだがマリィさんには大変好評らしい。やっぱりマリィさんは武器防具問わずこういう魔法的なギミックを備えた装備に目がないのだろう。


「早く変身しないと、さすがに(ビッグマウス)もいつまでも待ってくれないからね」


 見れば、ビッグマウスは興奮するマリィさんの姿にいよいよ自分達の実が危ないと勘違いしたのか、警戒心が如実に現れていた直立のポーズから四つん這いに、いつでも飛びかかれると力を蓄えるようにその大きな体をぎゅっと縮こませる。

 と、その動きを見た元春が慌てたように魔導アーマーの背後に回り込み、兜をコテンと前に倒してコアに触れると、教えたキーワードを口にする。


「こ、虎助がそこまで言うんだったら仕方ねーな。まあ、これだけの重装備なら頭が食い千切られるとかもねえだろうし、じゃ、じゃあ行くぞ着装――っ!!」


 別に大きな声を出す必要は無かったんだけどそこはツッコんであげないのが優しさか。

 と、そんなキーワードに反応、赤銅色の鎧がバラバラに、その部品一つ一つがポルターガイストのように浮遊する。

 そして、特撮や魔法少女アニメにありがちな変身バンクの早回しのような演出で、赤銅色のパーツが元春の手、足、体に張り付いていき、最後に派手に宙を舞ったヘルムがガシンと元春とドッキング。


「元春。動けるかな?」


 僕の問いかけに、「お、おう」と戸惑いながらも元春が鎧で固められたその足を一歩前に踏み出すと、


「動きましたわ。動きましたわ虎助」


 それを見たマリィさんが興奮したように僕に密着、肩を揺らし。


「おい虎助。なにイチャついてんだよ」


 元春がドスの利かせた恨みがましい声を発してくる。

 だが、器の小さい元春がこういう状況でいちいち絡んでくるのは日超茶飯事だ。


「いや、そういうのはいいからさ。せっかく魔導アーマーを装備したんだしビッグマウスと戦わないと」


「でもよ。本当に大丈夫なのかよ。鎧ごと食い千切られるなんてねーよな」


 元春からの嫉妬の声を適当に受け流す僕に、さっきまでの強気は何だったんだろう。元春が不安そうな声を漏らす。


「その鎧の装甲は殆どミニオン(魔鉄鋼)だからね。戦車並みの装甲になってるからコアさえ潰されなければ大丈夫かな。むしろ、やり過ぎて素材が確保出来ないことにならないように気を付けて欲しいくらいだよ」


「そんなにかよ」


「うん。感覚的に分かり難いかもしれないけれど、ソレを装着している時点で動いてるのは元春の方じゃなくて鎧の方だからね。たぶん普段にパンチしただけでもかなりの威力になるんじゃないかな」


 例えるのならリビングアーマー(生ける鎧)の中に元春が入っていて、(ガワ)になっているリビングアーマーを操っているとでもいえばいいのか。極端なことをいうと鎧の中の元春は単なる魔力タンクでしかなかったりするのだ。


「おいおい。スゲーじゃねえかよ。なんだかイケる気がしてきたぜ」


 いや、ここまでお膳立てしてなにもしなかったら、さすがの僕もがっかりだよ。


「そんな訳で、僕達はフォローに回るから、元春は真っ直ぐ突っ込んでくれるかな」


 とはいえだ。それでもクマのような魔獣を相手に先頭に立って特攻するのは躊躇われるのだろう。

 元春は「お、おう」と曖昧に返事をしながらも、本当に俺が先に行くの?そういわんばかりに何度か振り返って確認。

 しかし、ついにしびれを切らしたのか、先に動き出してしまったビッグマウスの突撃に驚き、「ほら、早くお行きなさい」というマリィさんの声に促され、ようやく飛び出していく。

 そして、みるみる間に元春とビッグマウス――彼我の距離は詰まり、


 ガインッ!!


 振り下ろされたのはビッグマウスの豪腕だ。

 しかし、ビッグマウスのその野太い腕からはなたれた重い爪撃は、元春の頭を保護するミニオン(魔鉄鋼)製の兜によって防がれる。

 そして、勢いそのまま元春は体当たり。


「オオォォォ――オオ!」


 ズドン。鎧そのものの重量を乗せた元春のダイビングヘッドバットがビッグマウスの腹部に突き刺さる。

 しかし、さすがの魔導アーマーもグリズリーサイズのビッグマウスの胴体を貫通するような理不尽な力は発揮できなかったようだ。

 しかし、相当な衝撃を与えることには成功したみたいで、


「ギュピッ」


 ビッグマウスは微妙に可愛らしくない鳴き声を漏らし体液をぶち撒ける。

 かたや元春はといえば、ダパダパと自分の背後にぶち撒けられる液体に思わず「(きたね)っ!!」と、その場を飛び退いてしまう。

 と、不幸にも逃げた先のスペースにもう一匹にビッグマウスが待ち構えていて、

 あわれ元春はビッグマウスという名前の由来となった大口に魔導アーマーごと頭をかぶりつかれてしまう。

 ギャリギャリと金属の擦れる嫌な音が夕焼けの荒野に響き渡る。

 その音に混じって「助けてくれ」と元春の情けない声が聞こえてくる。

 僕は少し離れた位置からそんな元春の情けない声を耳に、軽く溜息を吐き出して、


「もう、油断しているからそうなるんだよ」


(わたくし)が焼いてしまいましょうか?」


 しょうがないと飛び出そうとする僕にマリィさんからそう声をかけてくるのだが、

 残念ながら元春が装備している試作品(・・・)の鎧には耐熱などの機能は備わっていない。

 だからと僕はマリィさんの申し出に首を振って、


「マリィさんは他の2匹への牽制をお願いします」


「倒してしまってもいいのですね」


 たぶんライトノベルかなにかのネタとしてそのセリフを知ったのだろう。微妙に縁起の悪いマリィさんからの申し出に僕は苦笑で答えながらも〈一点強化(ポイントブースト)〉と魔法名を口遊み、一瞬にして元春に齧りつくビッグマウスに肉薄する。

 そして、元春に噛み付くその鼻面に一発パンチを叩き込むと、開いたその口の隙間から氷魔法が込められた小さなディロックを投げ込み、再び〈一点強化(ポイントブースト)〉を発動。強化された腕力で噛みつかれている元春を強引に引き抜くと、そのままの勢いでジャイアントスイング。炎の槍を両手に番えるマリィさんが居る後方に向けて投げ捨て、僕自身もビッグマウスから距離を取る。

 そして倒れる元春と合流「大丈夫?」とかけた声に元春は、


「完全に死んだかと思ったぜ。でもよ、あえて投げる必要はなかったんじゃねーか」


「でも、あそこでぐずぐずしてたら、多分アレに巻き込まれちゃってたと思うよ」


 目を向けるその先では、僕がディロックを口の中に投げ込んだ個体を除く2匹のビッグマウスが、その大きなお腹に炎で出来た槍を生やして藻掻き苦しんでいた。


「おおう……」


「ね。あれに巻き込まれたら大惨事だし、ちょっと乱暴にも助けて正解だったでしょ」


「だな」


「じゃあ。仕上げに止めをお願いしてもいいかな」


 続く言葉に視線をスライドさせたそこには、体の大半を氷漬けにされたビッグマウスが、炎の槍に焼かれ殺されんとしている仲間を目の前に、必死に逃げようと凍り付いた体をぎこちなくも動かそうとしていた。

 と、そんなビッグマウスの必死な姿に元春がポツリこう呟く。


「あれを俺が倒すんだよな(・・・・・・)


「気が進まないなら無理をしなくてもいいけどね」


 現代に生きる日本人にとって生き物の命を奪うという行為はハードルが高い。

 それがハムスターのような愛玩動物の姿をしていれば特にその傾向は強く働くだろう。

 元春も僕と同じく母さんによる洗礼(ブートキャンプ)を受けているが、実際に、自らの意思、自らの利益の為に生き物を殺すのはこれが初めてなのではないだろうか。

 しかし、それは強要されてやるべき行いではない。

 だから、もし、気が進まなければ止めてもいいと僕は言うのだが、元春は少しの間、死を目前にするビッグマウスの姿を目に焼き付けるかのようにじっと見つめて、


「いや殺るよ(・・・)。ある意味でこいつがこうなったのも俺の所為だからな」


 そして、「悪いな」と語りかけながらも母さんに仕込まれた簡単な(・・・)関節技の応用でビッグマウスの首をへし折ってみせる。


「これで元春にもようやく【魔獣殺し】を入手した訳だね」


「でもよ、こんな愛玩動物をぶっ殺してレベルアップつーのも何か後味が悪いよな」


 努めて普段通りに声をかける僕に、元春はいつもの軽い口調で応えながらも軽く落ち込んだ様子を見せる。

 確かに立ったまま血反吐を吐いて項垂れるビッグマウスの亡骸を見ると罪悪感を掻き立てられるけれど。


「最初にも言った通り、ビッグマウスは時に人をも襲う魔獣だからね。誰かが殺されるかもしれなかった被害を未然に防いだ。それくらいに考えておいた方がいいと思うよ。もちろん殺した限りは出来る限り素材を無駄にしないといけないけどね」


 肩を竦めながら言った僕の慰めの言葉に元春が苦笑する。


「やっぱりお前はイズナさんの息子だわ」


 はてさて、その評価を聞いた僕は喜んだらいいのか。悲しんだらいいのか。そのどちらにしても、


「口は災いの元、もしも母さんがこの話を聞いてたら大変なことになってたかもだよ」


「おいおい、物騒なこと言うなよな」


 三匹の死体を前に僕と元春が零した乾いた笑いは荒野の空気に溶けて消えた。

 ◆今更ながらの魔法解説


魔法窓(ウィンドウ)〉……パソコンやイベントリ(魔法世界のパソコン)のOSを魔改造して作った通信魔法。各種、魔具や魔導器、魔法施設などとの通信が可能でそのアイテム自体に動力源が備わっていれば操作が可能。未だ未完成の魔法で定期的にヴァージョンアップが行われている。(作者としてはとても都合のいい魔法)


一点強化(ポイントブースト)〉……肉体の一部分を強化する魔法。肉体強化の下位互換的な魔法であるが、極めれば肉体強化よりも強力な出力が得られる。


 ◆魔獣の発生に関する補足


 虎助とマリィとの間で魔獣の名前が通じているのは翻訳魔法による効果です。

 アヴァロン=エラに魔獣がほぼ(・・)発生しない理由は、以前に何度か登場したソニアによる加護による効果です。


 ブクマにポイントいつもありがとうございます。励みになります。

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