フェアリーベリー
それはまさに宝石のような果実であった。
小さめのバスケットいっぱいに詰め込まれた色とりどりのベリー。
さて、いま僕達の目の前にあるこの果実がなにかというと、以前、魔王様の話にあったフェアリーベリーである。
先日、森のお掃除をしていたミストさん達、アラクネのお姉様方が偶然見つけたそうで、約束だからと持ってきてくれたのだ。
「いただいてもよろしいんですか」
「……ん」
「あったりまえじゃん。その為に取ってきたんだから」
「みなさんで召し上がってください」
魔王様とそのお供についてきたフルフルさん、そしてリィリィさんからの勧めもあって、僕がフェアリーベリーの実を一つ取ろうとしたところ、
ここで横から手が伸びてきて、
「もーらい」
フェアリーベリーを口に放り込んだのは元春だ。
まったく、どうせすぐに食べられるんだから少しくらい我慢すればいいのに――、
と、そんな想いを込めつつも、僕がじっとりとした視線を送っていると、その元春の体がいま食べたフェアリーベリーと同じオレンジ色に発光し始める。
そして、十数秒に渡って続いた発光現象が収まったそこに居たのは、胸が膨らみ、華奢な体付きになってしまった元春だった。
「なんじゃこりゃ。胸がある?
でもって、タマとチンがねぇ」
そう言いながら胸をまさぐる元春。
正直、気持ち悪いのでやめて欲しいのだが、とりあえず現状の確認である。
「魔王様これはどういう?」
僕が隣に立っていた魔王様に何が起こったのかを訊ねてみるも、魔王様からしてもそれは予想外の状態だったらしく、両手をフラフラと胸の前で彷徨わせ、珍しく慌てるような雰囲気を滲ませており。
ただ、その一方で、魔王様の頭の上、シュトラの背中にまたがっていたフルフルさんは、元春の変貌っぷりに大口を開けて驚きながらも、なにか心当たりがあるのか「あ」と素っ頓狂な声を上げて。
「おまじないやらなかったからだ」
「たしかに、迂闊でした。そういえば私達以外が食べる時にはお祈りが必要でしたね」
「お祈りですか?」
「ええ、我々以外の種族がこのフェアリーベリーを食べる時にはお祈りが必須なんです」
女性になってしまった元春を取り囲むように飛び回っていた妖精飛行隊の一人、リィリィさんの説明によると、どうもこのフェアリーベリーという果実は、かつて妖精が人間に狙われ、数を減らしてしまっていた時代に、妖精を守護する大精霊の一柱が作り出した植物らしく、妖精以外がその実を食べてしまうと、特殊な呪術にかかってしまうというものになっているそうなのだ。
ただ、その効果も妖精に対する親愛と精霊への感謝があれば問題ないようで、
「てか、これ、ちゃんと戻るよな」
「それは問題なく。
少し時間が経てば元に戻りますよ」
効果時間はおよそ二時間ほど、
元春の場合は三人の精霊と契約しているということで、それよりも早く元の姿に戻れるのではないかとのことである。
ちなみに、それを聞いた元春はホッと胸を撫で下ろすも、
すぐに自分の胸にぶら下がっているそれに心を奪われてしまったみたいだ。
みんなの目を気にしつつ、さりげなく自分の胸を触り。
その様子をバッチリ見てしまったマリィさんが、元春に白い目を向けながら。
「しかし、本当に不気味ですわね」
「元が悪いからでしょ」
「……おねぇ?」
「みんなヒドくね」
今どき女性が坊主頭だからなんだとかは言わないものの、坊主頭の元春がそのまま女性になってしまったのだから違和感が物凄い。
「なあ、今から祈ったら戻ったりしないん?」
「無理だと思うよ」
そして、どうしようもないとわかったら、その状態を楽しむというのが元春流。
自分の胸に挟んでいた手を無造作にフェアリーベリーに伸ばし。
「じゃ、次、マリィちゃん行ってみよっか」
「そんなことでこの私が騙されると思いますの」
勢いだけの元春に、明確な否定を返すマリィさん。
そして、元春は理解しているのだろうか、それをマリィさんに食べさせてしまったらどうなるのかを――、
僕が密かにそんな想像を働かせていると、ここで翅を震わせ、シュトラの上から元春の手の上に移動したフルフルさんが、
「ちなみに、それを食べるとびしょびしょになるから気をつけて」
「は、美女がびしょびしょ?」
まったくくだらないダジャレである。
と、そんな元春のダジャレは無視するとして、
どうもフェアリーベリーを食べた後の効果は実の色によって違うらしい。
リィリィさんが言うには、フェアリーベリーの色はおおよそ十色にわけられるそうで、
その効果の内訳は、黒い実が変身で赤い実が軟体化、ピンク色の実をたべると頭に花が咲いて、オレンジの実で性転換、黄色い実を食べると笑いが止まらなくなって、紫がボイスチェンジ、青い実を食べると全身が水浸しになり、緑色の実を食べると体から臭いが溢れ出す。そして白が小人化で透明なベリーが幽体離脱とのことである。
「なんていうか本当にイタズラじみた効果よね」
「すみません。妖精の食べ物ですから」
玲さんの感想に申し訳無さそうにするのはリィリィさん。
妖精としては珍しく生真面目な性格の彼女としては、種族全体の性質について、どうしても申し訳無さが先に立ってしまうのかもしれない。
「けど、透明のやつの幽体離脱とかよくね。覗きし放題だし」
と、元春もまたそんなことを言っていると。
はい。いつものお仕置きがあって――からの瞬速復活。
「じゃ、虎助。食べてみようか」
「なんでこの流れで食べると思ったのさ」
「いや~、虎助の女体化とか見たくね」
「見たくないよ」
「ふっ、俺が聞いたのはお前じゃねー。後ろの三人だぜ」
と、無駄に格好がいいポーズを決める元春に、僕が『いやいや、それは無いだろう』と同意を求めるように振り返ると、そこには何故かモジモジとしているマリィさん達の姿があって、
あれ、なんか反応がおかしいぞ。
三人とも特に何も言っていないのだが、どこか期待をするような視線を僕に向けている気がする。
しかし、ここで視線の重圧に負けるわけにはいかないので、強引にでも軌道修正。
「とにかく、回避策があるならそれをするべきだと思うんだよね」
ただ、『このベリーの性質をうまく使えば――』という元春の意見は参考になるのかもしれない。
例えば、変身や性転換の効果を持つ実を上手く使えば、前に白龍のヴェラさんから頼まれた人化の方法が作れる可能性だってあるのだ。
しかし、これに関してはソニアにしっかり研究してもらってからでないと難しいだろう。
ということで、その件も含め、ソニアに渡す分のフェアリーベリーを確保させてもらったところで、
せっかく魔王様が美味しいと持ってきてくれたベリーなのだから、正式な食べ方があるのなら、そうして食べるのが一番だと、先ずは精霊への祈りを捧げるということになるのだが、
「お祈りをするって具体的にはどうすればいいんでしょう?」
「別に普通にかな」
「普通にですか?」
「なんと言いますか、精霊様に祈りを伝わればそれでいいんです」
「えっと、適当過ぎね」
「そうは言ってもそういうものだから」
これはもう感覚的なものだというフルフルさんに、またも申し訳無さそうな顔をするリィリィさん。
彼女達の反応からして、このフェアリーベリーはもうそういうものだと納得するしかないと思うのだが、
「しかし、そうなりますと判別が難しそうですわね」
なにか基準があればわかりやすいんだけど――、
フェアリーベリーを一つ手に取り、唸る僕達。
すると、ここで魔王様がいつものウィスパーボイスで言ってくれるのは、
「……スクナに頼めばいい」
ああ、スクナに宿るのも精霊だから、その本人にお祈りを捧げればいいのか。
成程、それならわかりやすい。
「まあ、最悪バチが当たるだけだから」
いや、フルフルさんのその考え方はどうかと思うけど。
魔王様の考えはもっともだからと、さっそくスクナに祈りを捧げようということになり。
玲さんも含め、それぞれがスクナカードを出したところで元春が反応。
「あれ、玲っちもスクナ手に入れたん?」
「ふふふ、せっかくマイフェイバリットと出会う権利があるのに使わないでどうするのよ」
玲さんの言っていることはよくわからないんだけど、そういえば元春は見たことがなかったんだっけ?
そんな玲さんのスクナのクロッケのお披露目がありながらも、お祈りを済ませ。
先ずは僕が毒味をして安全性を確認。
その後、マリィさん達がフェアリーベリーを食べることになったのだが、
「美味しいです」
「桃みたい」
「え、俺が食べたのはふつうにってか、すっげー美味いミカンみたいな味だったっすけど」
「これ、実の色によって味が違うんじゃない」
どうもフェアリーベリーは色によって味も違ってくるようだ。
ちなみに、僕が食べた青い果実は、ベーシックな橙のものと違い、どこかミントフレーバーのような爽やかさを感じる味だった。
しかし、これだけ味のバリエーションがあるのなら。
「せっかくですから、これを使ってなにか作りましょうか」
美味しくはあるのだが、全部食べるのには手間取りそうなフェアリーベリー。
その量に、僕が提案すると、特に魔王様がキラキラした瞳で僕を見てきて、
「で、なに作んだ」
「タルトとか?」
「……タルト」
「タルトって普通に作れるの?」
「意外と簡単に作れますよ」
タルトとは、要するにクッキーやパイ生地の上にクリームとフルーツを乗せればいいのだと僕は思っている。
だから下のクッキー生地と生クリームを用意すれば後は簡単で、
先ずはホットケーキミックスを取り出して、クッキー生地を作ることにしようか。
ちなみに、ホットケーキミックスは、魔王様達からよくおやつにとリクエストされるからと、常にキッチンに置いてある。
と、僕はホットケーキミックスを使って、少し柔らかめのクッキー生地を作成。
それを錬金釜に放り込み、生地を休ませる時間を短縮すると、バターを塗ったフライパンに、それを押し付けるようにして広げていって、
後は弱火で二十分ほどじっくり焼いていけばタルトの土台の完成なのだが、
ただ、次の行程で必要な生クリームが手元にないので、僕はタルトの土台の焼成をベル君に任せ。
いったん自宅に戻ると、そのまま近くのスーパーに走る。
そして、近所のスーパーで生クリームと、他に各種飲み物とお茶に必要な物資を手早く買い込むと。
万屋に戻り、ベル君が焼いていてくれたタルトの土台の仕上がりをチェック。
焼いた生地を冷ましてと追加の指示を出したところで、生クリーム作りに取り掛かる。
ちなみに、生クリームの上に乗せるフェアリーベリーは、そのものが濃厚な甘さを持つフルーツなので、作る生クリームは甘さ控えめのものにしてみた。
後はそれを冷ました土台の上に生クリームを敷き詰め、その上にフェアリーベリーを中心からグラデーションになるように並べていけば完成だ。
ちなみに、本来ならクリームの上の乗せるフルーツは、シロップ煮なんかにするのが普通であるが、フェアリーベリーは生のままで十分な甘さを持っているので、手伝いたいという魔王様や妖精のみんなと一緒にそのまま飾り付け。
「おおっ」
「綺麗ですわね」
「……素敵」
「しっかし、よくよく考えてみると、これって状態異常てんこ盛りタルトってことになるんだよな」
たしかに、元春の言う通り、フェアリーベリーの特徴を考えると、このタルトはかなりの危険物ともいえなくはないが、それもしっかりお祈りさえすれば、その日一日は食べるのに問題はないとのことなので、
このまま実食と、僕がお茶の準備をしていると、
ここで元春がポツリと聞いてくるのは、
「そういや、このベリー一緒に食べたらどうなるん?」
「食べた実のどれかのバチが当たるみたいだよ」
「なんかロシアンルーレットみてーで面白そうだな。
余ったらノリあたりに食べさせるか」
「止めときなよ」
正則君なら多少のオイタは許してくれると思うけど、場合によってはひよりちゃんの恨みをこれでもかってくらいに買ってしまうんじゃないかな。
そう説得すると、さすがの元春も諦めてくれたかな。
いや、元春の性格を考えると簡単に諦めてくれないか。
となると、ここは後で正則君とひよりちゃん――、
あと、次郎君にもフェアリーベリーの食べ方を教えるとして、
と、そんなメッセージを送りつつも待ちに待ったおやつタイム。
とりあえずタルトを八等分にして、
僕に元春、マリィさんに魔王様、そして玲さんと五つを配り。
残る三つは妖精とスクナのみんなで分けてくださいと、適当に小さく切り分け――いただきます。
「美味いな」
「……おいし」
「個人的には食べる順序を逆にした方が良かったのかもしれません」
成程ね。
僕は後味をさっぱりさせようかなと外側に青っぽい色を持ってきたんだけど。
甘みをどんどん感じたいってことなら逆に食べたほうがいいのか。
僕はマリィさんの意見にそういう考え方もあるなと感心しながらも、タルトを完食。
その後、お祈りという注意事項と共に、追加で作ったお土産をみんなに持たせて、その場はお開きとなった。
ちなみに、タルトを食べ終わり、帰る頃には元春も無事に男へ戻っていた。
胸のあたりを撫でて少し残念そうにしてたけど、変な影響とかが残ってないことを祈るばかりだ。




