巨大蟹解体
◆前回に続き、少し長めのお話です。
学校を終え、急いでアヴァロン=エラへ向かうと、そこには横たわる超巨大な蟹というとてもファンタジーな光景があった。
「おおっ、すっげーな。
でも、なんでみんなそんなぐでっとしてんの?」
ちなみに、クラスの文化祭の準備はほぼ完了。
写真部の方も後は風紀委員のチェック待ちだけだと元春もやってきている。
と、そんな元春の奇声が鬱陶しいと玲さんがむくりと起き上がり。
「二時間以上、マラソンしながら魔法を撃ってりゃこうなるでしょ」
聞けば、このカルキノスという蟹型巨獣は凄まじい耐久力を持つ巨獣だったらしく。
玲さんや魔女のみなさん、白盾の乙女のみなさんの自力の底上げを狙った結果、
攻撃は極力自分自身ので行い、大きなダメージを与えるのは、休み休みにモルドレッドを使ったり、アビーさんとサイネリアさんが中心とした、魔法――特に振動や雷――で強化したバリスタによる攻撃だけとなってしまったようで、倒すまでにかなりの時間がかかってしまったのだそうだ。
まあ、今回は魔王様が参戦していたみたいだから、本当に本気を出したらもう少し簡単に終わったのかもしれないけど。
今回の目的はあくまで各戦力の底上げということで、一定以上の力を持つ人がサポートに回ったことで、玲さん達が疲労困憊で倒れているのだという。
「にしても、なんでこんなとこで戦ってるん?」
「なんでって店の前とかじゃ戦えないでしょ。
それにこっちなら、いろいろと攻撃手段が使えるから――」
言わずもがなアビーさんとサイネリアさんが担当したバリスタがそれにあたるだろう。
少し考えればわかりそうなものではあるが、そこは元春クオリティ。
「それに、カルキノスは解体が面倒そうだから、邪魔にならないところで倒そうってことになったみたい」
そう、敵を倒したからといってそれでお終いではないのである。
特にモルドレッドの攻撃にすら耐える、強力な外骨格を持つ超巨大蟹の解体は大変な作業になるからと、ソニアが主戦場をこちらに移すことにしたようだ。
ということで、
「とりあえず僕も手伝わないと」
と、僕が先ずするのはアクアとオニキスを召喚。
日が出ている内はまだまだ暑いこの時期、これだけの巨体を冷やしながら解体を勧めるのは大変である。
ということで、召喚したアクアとオニキスに冷却を担当するエレイン君達を手伝うように言うと、僕もエレイン君達の輪に加わろうとするのだが、
ここで何故か元春も僕に続くようにその輪に加わり。
「俺も手伝うぜ」
元春が自主的に解体に加わるなんて珍しいこともあるものだ。
と聞けば、疲労困憊のみなさんを前に、一人見学しているのはいたたまれないとのことらしい。
まあ、それ以外にも、どうせ『カッコイイところを見せたい』とか、そういう目論見があるんだろうけど。
元春がそういったアピールをするのは毎度のことなので、
せっかく手伝ってくれるならと――、
「だったら僕達は体の解体を担当しようか、足は先にエレイン君たちがやってくれてるから」
「オッケー。
けどこれ、どうやってバラすん?
ヒビはそこら中に入ってっけど、モルドレッドの剣でダメなら解体すんのは難しいだろ」
元春の指摘はもっともである。
しかし、それはカルキノスがモルドレッドの攻撃を耐えられたのは生きていた時の話。
ここまで解体を進めてくれていたエレイン君達の報告によると、どうもカルキノスの驚異的な耐久力は、魔力によって強化されたものであり、死亡が確認された今なら、普通に魔法金属製のノコギリなどで解体が可能だとのことで、
ただ、解体するのが蟹の体ということなら――、
「蟹の体をバラすなら、普通に蟹を食べる時みたいにやればいいんじゃない。
まずは上の殻を剥ぎ取ろうか」
「ああ――、
言ってることはわかんなくもないんだけどよ。それもそれで俺らに出来るもんなん?」
うん、目の前に鎮座するカルキノスの巨体。
その大きさを見る限り、普通の蟹のように殻を引っ剥がすのは難しいだろう。
ただ、これもモルドレッドに任せれば簡単にできると思うのだが、
残念ながらモルドレッドはカルキノスとの戦いでグロッキー状態。
となると、ここは――、
「とりあえずジャッキかな」
「ジャッキ?」
「ほら、殻の間に軽く切れ込みを入れてさ。ジャッキを噛ませて上げていけば、
とりあえず、上の殻が剥がれるじゃない。
くっついてるところが剥がれれば、後はなんとかなるんじゃない」
「な~る」
ということで、工房にいるエレイン君にメッセージを送信。
以前、万屋や工房を作る時なんかに使ったジャッキを探してきてもらい。
僕はジャッキが届くまでにと、マジックバッグから取り出した解体包丁を殻の隙間に入れていく。
そうして暫く殻の間に包丁を入れていると、十分程して大量のジャッキが届き。
それを包丁を入れ終わった部分から、元春とエレイン君にセットしていってもらい。
持ってきたそれぞれのジャッキに、僕に元春、ベル君にエレイン君達がついたところで、
「行くよ」
タイミングを合わせてハンドルを引いていく。
「しっかし、なんかこういうのってどっかで見たな」
号令に合わせてジャッキアップする自分達の姿に、なんの気なしに呟く元春。
僕はそんな元春の呟きに改めて周囲を見回し。
「曳家とかそういうのじゃない?」
曳家とは家を基礎から持ち上げて移動するという工法だ。
家を基礎から持ち上げる時に、みんな一斉にジャッキを使う姿が、いまの僕達に近いと思ったのだ。
ただ、このカルキノスの解体に限っては、単に上と下の殻をひっぺがすだけなので、厳密に高さを合わせる必要はなく。
ただただテンポよくジャッキのハンドルを回していくだけでいいからと、ジャッキアップを進めること数十回――、
それぞれのジャッキが十センチくらい持ち上がったところで、ブチ、ブチという何かが切れるような音が、カルキノス本体の各所から聞こえてきて、
さらに作業を進めていくと、バリッとなにかが裂けるような音が殻の中で響き。
「って、なんか漏れてきたんだけど」
「カニ味噌とかかな。このままだとなんかいろいろ出ちゃいそうだから裏返そうか」
「お、応よ」
漏れ出してきたものがカニ味噌だとしたら勿体ない。
ということで、カルキノスの周囲、疲労困憊で倒れる玲さん達には悪いけど、元気薬も飲んだみたいだし、そろそろその効果も出てきた頃だろうと、そこに居たら潰されてしまうかもと移動してもらって、
僕と元春、手空きエレイン君が総出でカルキノスの本体をひっくり返すと。
「倒れるよ」
「って、危な。戻ってきやがったぞ」
殻がつるりと湾曲しているからだろう。
反動で戻ってきたカルキノス本体に、元春が潰されそうになるなんてハプニングがあったりもしたが、なんとかカルキノス本体を裏返すことに成功。
ただ、裏返したことで重心が高くなってしまった所為か、殻に乗ろうと足をかけたところで、グラグラと不安定になっていることに気付いた僕は、ここでカルキノスとの戦闘中、ジガードさんが生やしたという世界樹のなりそこないの枝を切り取り、それを簡易的な支えにしてカルキノス本体を安定化。
改めてジャッキアップを進めたところ、ある一定のところまで持ち上げたタイミングで、ジャッキのハンドルが急に軽くなり。
「これ、もういけんじゃね」
そんな元春の声に、僕と元春がカルキノスの左右の目の前に陣取り、ここで一気に――と殻を持ち上げようとするのだが、
「ん、途中でなんか引っかかってんのがあんな」
「でも、これくらいなら強引にいけそうじゃない。
僕は身体強化でいくから、元春は如意棒を使ってよ」
「あ、それがあったか。
てか、それなら最初からブラットデアでやったら良かったんじゃね」
「いや、ブラットデアを装備した状態でカルキノスの上に乗ったら大変でしょ」
「ああ――」
鉄をベースとした魔法金属で作られるブラットデアの重量はかなりのものになる。
そんなブラットデアを装着した元春が不安定なカルキノスの上に乗ったらどうなるのか。
カルキノス本体の重さを考えると平気かもしれないけど、当初、周りにまだ玲さんや魔女のみなさんが倒れている状況でそんな危険は犯せない。
と、どうして最初からブラットデアを使わなかったのかという理由を、元春にも理解してもらったところで、僕と元春は殻の正面に移動して作業再開。
とはいっても、後は強引に殻を引っ剥がすだけなので、各人が配置についたところで、僕は「じゃあ始めるよ」と一言、身体強化の魔法を発動。
気合一発、カルキノス本体の殻を持ち上げると、ブチブチという音と共に殻が一気に持ち上がって、
ただ、一般的な人間の身長では殻を一気に引っ剥がすことは難しいみたいだ。
だからここで――、
「元春、ここは支えてるから、如意棒で思いっきりやっちゃって」
「おっしゃー」
さて、それはアピールなんだろうか。
殻が重たいから早くして欲しいんだけど。
元春は、玲さんやナタリアさん、魔女のみなさんがいる前で、マジックバッグの中から取り出した如意棒を無駄にクルクルと回して、
あっ、落とした。
そして、素早く落とした如意棒を拾った元春は、いまの失態を無かったものとするように大きな声で、
「伸びろ如意棒」
僕が支えていた殻と殻の間に差し込まれた如意棒が大きく伸びて、ぐぐぐっと上の殻を持ち上げる。
すると、ひっくり返した所為で上の殻の方が重量があったからか、如意棒が伸びるその途中でカルキノス本体が立ち上がるような形になって、
このままだと、せっかくのカニ味噌が零れてしまうのではと心配であったのだが、
それは杞憂に終わったらしい。
カニ味噌が殻の外にこぼれるようなことはなく、カルキノスの上の殻と下の殻は、そのまま花が開くようにバックリと左右にわかれ。
これでようやく本格的な解体が始められる。
と、ここで開いた中身が気になったのだろう。
カルキノスの討伐でお疲れモードだったみなさんも、意図せず芸術的に開いたカルキノスの殻がその動きを止めたところで、のっそり近付いてきて、その中身を覗き込み。
「カニ味噌多っ」
「グロテスクだねぇ」
カニ味噌も小金持ち宅のプールサイズになると、それはヘドロ沼の様相を呈する。
とりあえず、これはエレイン君にバケツを使って採取してもらうとして、本体の方はここから更に解体が必要かなと、僕は身がついている方の殻に飛び乗って、
「まずエラを毟り取らないとだね」
脇(?)の部分から中央に向かって伸びているそれを掴んだところ、玲さんが、
「あ、それってエラだったんだ」
これって意外と知らない人が多いんだよね。
ちなみにカルキノスのエラはふつうの蟹と違って、軟骨を芯にそこからスポンジ状の物体が伸びている構造になっているみたいだ。
面白いマジックアイテムが作れそうな素材である。
「そう言えば、カニの脳みそってどこにあるの?」
「いやいや、玲っちそこにあんじゃん」
「えっ、あんた、それ脳みそじゃないわよ」
「あれ、そうなんすか」
あ、やっぱり知らなかったんだね。
「じゃあ、カニ味噌ってなんなん?」
「それはあれよ。肝とかそういうのじゃない」
そう、玲さんの言う通り、カニ味噌は蟹の肝臓のような場所だったハズだ。
「けど、それだったら蟹の脳みそってどこにあるんすか?
それらしきのってカニ味噌の他になさ気なんすけど」
「ああ、それなんだけど、蟹って脳みそがないんだよ」
「「「はい?」」」
これは知らない人が多かったみたいだ。
元春や玲さんは勿論のこと、計良さんを始めとした魔女の何人かに白盾の乙女のみなさん、更にはジガードさんまでもが意外な顔をしていたからね。
ただ、別に僕も嘘を言っているわけじゃなくて。
「たしか、頭部神経節ってところがあって、そこが体の動きを制御してるんだったかな」
ちなみに、僕がどうしてそんなマニアックなことを知っているのかというと、前にジャングルクラブという蟹型魔獣を解体した時に、ソニアから豆知識として披露されていたからだ。
「え、じゃあ、こいつらって鳥頭以下ってことなん?」
「さあ、僕も専門家じゃないから、詳しいことまではわからないかな」
しかし、このカルキノスに関しては頭部神経節以外にも記憶を司る部分はある筈で、
僕はそんな説明をしながらも目当てのものを探してカルキノスの本体、中央部分に飛び乗ると、そこにナイフを突き立て、
えぐり出すのは深い青をたたえた手の平サイズの結晶体。
「魔獣の方はこれがその役目をしてるのかもしれないけどね」
「魔石だね」
そう、サイネリアさんの言う通り、これはカルキノスの魔石である。
これだけの魔獣だけにあるとは思っていたけど。
「さすが巨獣の魔石は大きいな」
「てか、魔石ってレアドロップじゃなかったっけか」
「でも、これだけの巨獣だから、持ってる可能性は高いと思ってたよ」
僕の言葉に元春は「ふ~ん」と鼻を鳴らし。
「しっかし、その割にはちっさくね。あの天空の城みてーなとこにあった魔石とかメッチャでかかったじゃんかよ」
「天空の城?」
「いや、これでも大きい方なんだけど」
カルキノスの魔石はこれでも大きい方だ。
ただ、ゾディアックマークが刻まれた魔石が伝説級に大きいだけなのだ。
そして、途中に入ったナタリアさんの反応はとりあえず無視をしておこう。
空中砦を案内するにはマリィさんの許可が必要になってくるからね。
と、話を戻してカルキノスの魔石の大きさについてなんだけど。
正直、その存在を考えると、これだけの巨体のカルキノスがこれくらいの大きさで、件の魔石はどんなに大きな魔獣になってしまうのだが、
魔石の大きさは、その魔獣が行きた時間、そして蓄えられた魔力量に関係するようで、
ある一定の存在以上になると、体の大きさ云々では図ることができないという。
「それで、これはどうしましょう?」
そして、身や殻なら重さや大きさでわけられるが、魔石に関しては分割するのが難しい。
なぜなら魔石そのものが魔力が循環している炉のようなもので、形を整えるだけならまだしも、それを分割するとなると、相当丁寧にやったとしても使える魔力の量が激減してしまうのだ。
ゆえに、みんなで分割するという分割方法はあまり現実的ではなく。
誰がこの魔石を持っていくのかになるのだが――、
「魔石は万屋の取り分でしょ」
「ですね」
「え?」
「ソニアちゃんがあのゴーレムを出してくれなかったら、もっと時間がかかっただろうしね」
「そうだな」
みなさんが見るのはゲート手前の定位置に戻ったモルドレッド。
考えてもみると、モルドレッドの大活躍に様々なアイテムの拠出、そして魔法式の支援など、間接的ながらも万屋はカルキノスとの戦いに多大な貢献をもたらしていたのだ。
それに、今回みなさんはカルキノスの討伐により、実績という恩恵を受けているからと、ここで『ぜひ自分に魔石を――』と手を上げるメンバーは誰もおらず。
そういうことなら、ここは遠慮なく受け取っておくのが正解かと。
「では、遠慮なくいただいておきますね」
僕は素直にみなさんから譲ってもらったその群青色の魔石をベル君に渡して。
「それでみなさんの報酬はどうします?」
残りの素材をどうするのかと訊ねてみると、ここで玲さんが至極当然とばかりに腕組みをして。
「そりゃ、カニしゃぶじゃない」
いや、それはなんか違うのではと、僕はそう思ったのだけれど。
「いいっすね。夕涼みがてら外でやるとかどうっすか」
というか君は関係ないんじゃないかな。
これに元春が贅沢の極みのような発言をすると、
「賛成ですぅ」
「こら、未来、お前はまた勝手に――」
ゆるふわ系魔女の計良さんが胸の前で手を重ねて賛成。
ただ、そこに小練さんの注意が入るも、その背後にいる魔女のみなさんの目は期待に輝いていて、
「あの、蟹しゃぶってなんなんすか」
ここで聞いてきたのは白盾の乙女のココさんだ。
すると、ここで元春が親指をグッと立て。
「蟹の身を使った鍋っすね。終わった後の雑炊がうまいんだぜ」
「それは美味しそうね」
「玲がまっさきに飛びついた料理――、気になるわね。
まあ、気になると言えば、さっきあの坊主頭の子が言った天空の城もなんだけど」
サーラさんとナタリアさんが――、
うん。蟹しゃぶに興味を示しているみたいだね。
「私としては防具を用立てたいのだが」
ただ、白盾の乙女のアタッカーを務めるアヤさんとしては殻の方も気になるようだ。
「しかし、これだけの大きいんなら、我々にも十分な量が回ってくるのでは?」
たしかに、それはエレオノーラさんの言う通りである。
「ってことで~、虎助。カニ鍋パーティの準備だ」
いや、だから、なんで元春が仕切っているのさ。
無駄にはしゃぐ友人の後ろ姿に、改めて心の中でツッコミを入れるんだけど、すでに多くのみなさんの意識がカニ鍋に向いているとなれば、この流れは止められない。
ただ、カルキノスの身だけでは鍋は作れないので、ここは無駄に煽った元春を連れて、他に必要な材料を実家の方に買い出しに行かないと――、
と、皆さんから注文を集めることにしたところ、ここで魔女のみなさんが『ポン酢派』と『ごまだれ派』にわかれて喧々諤々の議論を始まってしまい。
僕はそんな魔女さん達の様子を微笑ましげに見ながら。
「それでサイネリアさん達はどうします?」
「そうだね。ボク達もご相伴に与ろうかな」
おっと、これは予想外の答えだ。
研究者の彼女達なら殻や素材の方を優先すると思ったのだけど。
「サンプルは貰いたいけど、その結果にもよるかな。
使えそうなら手元に残しておきたいけど、現状で使える素材じゃないから」
「それに、せっかくみんなで協力して倒した蟹だからね。打ち上げに参加するっていうのも悪くないでしょ」
研究目的で手に入れたいけど、使用目的が使用目的だけに、そこまでの量はいらないと。
それなら、討伐記念に食べてしまうのも悪くないということらしい。
そして、残るはジガードさんの意思確認であるが、
「ジガードさんはどうします?」
「孫達と食卓を囲めるのなら、他に言うことなどない」
ジガードさんならそう言うよね。
こうなると、元春の提案もバカに出来ないな。
「わかりました。じゃあ、材料買ってきますね」
ということで、僕と元春は万屋を後に、材料を買い出しに走り。
その後、万屋の前だとちょっと邪魔なので、アビーさんとサイネリアさんのトレーラーハウスの周辺の借りて蟹しゃぶパーティとなったのだった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




