ある意味で物騒な人質の引き渡し方法
加藤さんにハイエストの処分をお願いして一週間ほど、受け渡しの算段が大凡ついたらしい。
というよりも、ちょっと前に報告に上がってきた、ハイエストの追加部隊が日本に派遣されてきた件で、交渉を早めた結果がこれなのだという。
ちなみに、前に母さんと加藤さんとの話し合いの中にあった、捕らえたハイエストを交えた戦闘訓練の話であるが、
こちらは母さんによる本人達(頭)との交渉?
いや、説得?
それとも脅迫? の結果、無事に協力を取り付けることに成功したみたいだ。
引き渡しの前に時間が取れるようにと、近々警察の訓練施設を借り切って、大規模な実戦訓練をやることになったという。
そして、訓練の際の協力者の輸送手段は普通に車移動になるそうだ。
バラバラの状態で向こうに運び込み、現地で体を組み立てて、そのまま訓練を行うとのことである。
しかし、そうなると帰りの輸送が問題になりそうなのだが、こちらは期間中、訓練には不必要な体の一部を万屋で預かることで、逃亡などを防ぐという算段らしい。
あと、この処置に関してだが、実は分割した状態で世界をまたいで、距離を離した場合、どうなるのかという実験も兼ねていたりする。
体がバラバラの状態での異世界転移しても問題ないのは、すでに魔獣や盗賊、エルフのみなさんの協力(?)である程度しらべはついていたのだが、転移の起点となる地点から、百キロ近く離れた状態でもその状態が維持されるのか否かは、いまだ不透明なところがあるのだ。
ただ、これもソニアが提唱する小難しい理論によると、空切で分割された空間は時間も距離も関係なく、本人の魂を核につながっているとのことで、
理論上は問題ないそうなのだが、それもあくまで机上の話。
実際、その状況になった時、どうなってしまうのかは実験しなくてはわからないということで、むしろこれがいい機会だと、実地で確認してみることになったそうだ。
ちなみに、もし実験の結果、もし彼等の体の一部が失われることになった場合、エリクサーを使用するとのことだ。
生命の実に龍種の血液と、貴重な素材をふんだんに使った魔法薬ならば、一部欠損を治すことくらい朝飯前なのである。
そして、この実験については母さんも非常に興味を持っているようで、
まあ、つまりそういうことである。
と、そんな報告を放課後の開いた時間に元春達にしたところ。
「いや、ツッコミどころ満載っつーか、いきなしそんなこと聞かされてもな」
「しかし、状況からしてやむを得ない処置なのでは?」
「でもよ。アレが万屋に残るって話はどうなん? 気持ち悪くね」
ちなみに、この会話が交わされているのは学校内ということで、さすがの元春も周囲に人の気配がある状況では直接的が言及は避けみたいだ。
ただ、最後に元春が口にした『アレ』に関してであるが、
「もちろん引き渡しの際にはそっちも渡すよ。
安全上の関係から切り離した状態でだけど」
「ってことは、まとめて渡された方はすごいことになりそうだな」
まあ、引き渡しの際に、それだけをポンと渡されたのなら阿鼻叫喚の騒ぎになりそうであるが。
「その辺はちゃんとするから大丈夫だよ。
いま考えているのはガンケースみたいなのを作って、別個で保管・運搬してもらおうかって感じかな」
「で、これが誰々のだとか確認するってか。
てか、わざわざアレを保管したり、持っていくだけでそんなん作んの勿体なくね」
たしかに、それがその時だけのことであるのなら、元春の言う通りなのかもしれないが、
実は、それを作るのにちょうどいい素材が、最近手に入ったってことで、
それを試してみたいっていうのが一つと――、
「さっきもちょっと言ったけど、ハイエストの後続部隊が日本に入ってきているみたいだから、念には念を入れてね」
「ああ――」
「もしもの時は、それだけ持って逃げるという判断もできるということですね」
そう、もしも途中で襲撃を受けたとしても、最悪それだけを持って逃げることができれば、その後に繋げることができるのだ。
「それで、その捕まった方なのですが、ハイエストという集団はどこに引き渡されるんです?」
「アメリカの諜報機関に引き渡されるそうだよ。
向こうから日本に来てくれるらしくて、安全面を考えて、この地方にある基地での受け渡しになるみたい」
「――って、諜報機関とか、なんか映画みてーな話だな。
さっきまでの話だけだとギャグマンガとかエロマンガみてーな展開だけど」
それは言ってはいけないことである。
「ちなみに、引き渡した後、ソイツ等はどうなるん?
もしかして消されるとか?」
「さすがにそれはないんじゃないかな」
でなければ、わざわざ引き取りに来るなんて言い出さないだろうし。
「じゃあ、どうなんだ?」
「さあ」
もともと秘密の部隊なのだから、なんらかの担保を取って再配置される可能性もなくはないけど、それを決めるのは引き渡した先の人達だ。
「もしかして、アレをそうしたままにする理由は裏切り対策ってことですか」
「それもあると思うけど、『あれはこっちはこういうことも出来ますよ――』ってことを見せるっていう意味の方が強いかも」
「それは――、大丈夫なのでしょうか」
と、次郎君が心配するのは魔法技術の漏洩かな。
だけど――、
「空切の能力はワンオフなところがあるからね。
それに、実は空切についてなんだけど、製作者であるウチのオーナーですらわかっていないところがあるから、向こうの人がなにか見つけてくれたらそれはそれでありがたいってことみたい」
「成程――」
だから、これは加藤さんの関係者も含めて、こちらからあえて見せている部分が大きくて、
それに、この受け渡しによって、ハイエストと敵対関係にある魔女のみなさんが、その魔法知識でもって現地関係者のみなさんと連携が取れないかっていう思惑もあったりするみたい。
「しっかし、今更だけどよ。
こういうシチュで取るの、普通、心臓とかじゃね」
特殊な力を使って心臓を奪って、自分達の手駒にする。
マンガとかにある定番のシチュエーションだね。
「でも、空切で心臓だけを取り出すのは難しいから、
透視系の魔法を使ってどこに心臓があるのかとか調べないといけないし」
場所が心臓となると、上手く分割しないと、他に影響が出てしまう可能性がある。
そして、それが空間により分割されているだけの状態なら、別に体のどの部分だったとしても、その全体に影響を及ぼすことも簡単で、
結局、あの部分を切り取る場所に選んだのは、日常生活への影響を最小限にしながらも、弱点となる部分を手元に置くことを考えた結果だと、そんな理由を話したところ、ここで元春が手を顎に添えて、妙に真面目な顔をしかと思いきや。
「なあ、その透視系の魔法ってヤツ。服とかも透けて見えるのか?」
ああ、そっち?
元春はそっちに引っかかりをおぼえたんだね。
ちなみに、いま僕が話した透視の魔法は、たぶん元春が想像しているようなものではなく、ベル君が使うスキャンや〈金龍の眼〉に由来する鑑定の魔法に近いものになるから、元春が求めるような魔法となると、それこそ魔眼とか、そういう権能が含まれる実績でも持ってないと、思ったような性能にならないんじゃないかっていうのは僕の考えだ。
と、そうした話を聞いた元春は、また目の色を変えて、
「魔眼とかって実績でも手に入るんか?」
さすがは元中二病、魔眼って言葉にすごい反応だね。
まあ、それ以上に透視能力への期待があるのかもしれないのだが。
「フロゼッタ姫の家系がそうじゃない。
たしか妖精を助けたことでそういう力を得たって話だったよね」
「そうなん?」
前に元春も聞いているハズなんだけど、やっぱり憶えていなかったようである。
ちなみに、ロゼッタ姫というのは、フレアさんが半年くらい前まで拠点としていた国のお姫様で、
魔王というレッテルを貼られ、追いかけられていたパキートさんと愛の逃避行をしてしまった方である。
「そんな訳だから、外からでもわかりやすい弱点を切り取ったんだけど」
「わからないでもないけど、絵面が最悪だな。
切り取るとことか想像したくねーぞ」
「いや、そこはちゃんと触れずに斬ったからね。
というか、バラバラになってる状態で下半身からね。
こう、スパっと分割しただけで、直接触ってもいないから」
さすがに、僕だって他人のアレを持ち上げて切り取るなんてマネはあまりやりたくない。
だから、ベル君に協力を願って、無防備な下半身をちょうどいい高さで仰向けに持ってもらい、目的のブツだけを回収したのだと、居合抜きをするような仕草をみせたところ。
元春はその際の状況をリアルに思い浮かべたのか、股間を押さえて。
「なんか、ひゅんってなりそうな状況だな」
まあ、曲芸みたいな状況で斬り落とされるんだからね。
実際、その処理を受けたメンバーの顔は恐怖に染まっていたし、その所為で的が小さくなって面倒だった。
考えてもみると、本人から見える場所で処理をしたのは可哀想だったのかも。
僕がその時のシチュエーションを思い出し、少し反省していると、ここでまた元春がよからぬ閃きを得たらしい、弾けるように顔を上げ。
「ちょっと待て、虎助と志帆姉が捕まえた中に女の人がいたとか言ってなかったか、その人はどうなったん?」
どんな想像しているのだろうか、それは元春らしいといえば元春らしい疑問であるが。
「女性から回収させてもらったのは舌の先だよ」
「「舌の先?」」
そう、舌先一センチ程である。
「それって何の意味があるんです?」
「決まってるじゃなねーか、ベロチューする為だろ」
この発言がアヴァロン=エラで行われたものなら、速攻で魔法の雨が降り注ぐのだが、残念ながら今ここで僕達がその代わりをするわけにはいかないので、今回、元春に向けられる処罰は、今しがた、興奮からつい大きくなってしまった元春の声が断片的に聞こえてしまったのだろう、周囲の女子から向けられるただただ冷たい視線だけであり。
「それで、なんでそんなとこ取ってんだ?」
「なにか不都合があった場合、魔法の薬で味覚を奪うことになってるんだよ。具体的には甘みだね」
「ん、それってなんの意味があんの?」
「はぁ、まったく元春君は……、
そういうところですよ」
女子にとってそれは、なによりも辛いことであるという。
僕も感覚としては元春と同じ側の人間であるのだが、次郎君が『まったく――』と肩をすくめてこう言っている以上、黙って頷いておくのが正解なのだろう。




