●赤と白の邂逅02
それは白盾の乙女と赤い薔薇が銭湯で遭遇したすぐ後のこと、
約束通り、白盾の乙女のメンバーを食事に招待しようと、赤い薔薇のリーダーであるクライを先頭に、女性九人が宿泊施設に戻ってきた。
すると、そこには風呂に入る前に注文したバーベキューセットを用意する万屋の店主・虎助の姿があって、
「お待ちしてました」
「あれ、なんで店長さんが?」
「赤い薔薇のみなさんから買い取ったフォセジを使ったデザートを作ってみたので、その差し入れに――、
バーベキューの準備はその差し入れのついでですね」
魔法のバーベキューコンロを温めながらの虎助の発言に、赤い薔薇の面々から『おぉ』との声が上がるも、さすがに、いきなりデザートを出すのはどうかということで、
「まずはバーベキューをどうぞ。
クラッシュファングのお肉もいい感じに熟成していますよ」
「あれ、クラッシュファングの肉は時止めの箱に入れてきましたよね?」
「そこは錬金術で熟成を促しましたから」
「この短時間で熟成を促すですか。
詳しく聞きたいところですが、食事が先ですね」
新鮮な状態で持ち込んだお土産がどうして熟成状態になっているのかと、気になるニグレットとクライであったが、用意された食材を前に、目を輝かせる仲間のロッティやポンデ、白盾の乙女を見てしまえば放ってはおけない。
個人的な好奇心をいったん収め、用意された肉を焼き始めようとするのだが、
いざ肉を焼き始めようとしたその時だった。
ゲートから不意に大きな光の柱が立ち上り、そこから寝そべった巨大イノシシのような魔獣が這い出してくる。
虎助はその姿を確認すると、手伝いについていたエレインに、肉に先駆けて焼き始めていた野菜やホイル焼きの管理を任せ。
「みなさんはお食事をお楽しみください」
ポップアップした魔法窓から、エレインへの応援を要請し、迷い込んできた魔獣の対応に当たろうとするのだが、
ここでロッティが持っていたトングをその魔獣に向け。
「なあ、店長さん。あれってベヒーモなんじゃないか」
ロッティの言うように、ゲートに現れた魔獣はたしかにベヒーモに似てなくもない。
似てなくもないが、本物を知る虎助からしてみると、その魔獣は本物よりも二周りくらい小さなサイズであり。
なによりも、虎助は手元の魔法窓をざっと目を通すと、白盾の乙女、赤い薔薇の両メンバーに見えるように大きく表示して見せ。
「あれはアビスモールという下位竜種のようですね」
「下位竜種?
モグラじゃなくてか」
「名前にモールとついていますが、
それは、あの見た目とモグラのように土の中に巣を作るという生態から、勘違いされて付けられた名前みたいですね」
ネコ目イヌ亜目レッサーパンダ科のレッサーパンダ然り。
見た目や分類、名前に違和感がある動物というのはどこにでもいるものである。
「ドラゴンだけどモグラってこと?」
「じゃない?」
「どっちにしても土臭いのかね」
「どうなんでしょう」
異世界に限らず、地球上でもモグラも食肉として売られている地域はある。
しかし、ロッティが言うように、本来モグラの肉というのは暮らす環境の影響から土臭いもので、そういった場所では、特別な環境で育てられたものが食べられているという。
だが、相手が下位竜種だということを考えると、その肉は高級なものになるのではないかと、虎助はそんな前置きをしながらも、
「倒してみないとわかりませんね」
「そうだな」
と、話がまとまったところで虎助は、ゲートを取り囲む結界に体当たりをくり返す、アビスモールの下へと走り出そうとするのだが、
「アタシも行くよ」
ここでロッティが参戦を表明。
「そうですね。私もフォローに入ります」
それに残るメンバーまでもが続くとなれば話は変わってくる。
「みなさんにはバーベキューを楽しんでいていただいても構わないのですが――」
「それはありがたい提案ですが、店長殿が戦っているのを横目に私達だけが食事をしているというのも座りが悪いですし」
「魔獣を狩るのが私達の仕事なので」
お客様に迷惑をかけたくないというのが虎助の本音だったが、魔獣を退治するのが自分達の仕事だと言われてしまっては反対するのも難しい。
なによりこの人数で迫られてはと、虎助の側が妥協して、
「無理はしないでくださいね」
心配の言葉をかけつつも全員の参戦が決定。
ゲートへ向かいながら簡単な作戦会議をとなるのだが、さすがに会ったばかりの二パーティに連携を求めるのは難しいだろうということで、今回はオーソドックスに、エレオノール・クライ・ロッティの三人の盾役を正面に配置。
アビスモールを引きつけている間に、その他メンバーが側面に展開。攻撃を加えていくというシンプルな作戦となった。
ちなみに、ソロの虎助は遊撃に回り、まずは空切で邪魔になりそうな長い尻尾を斬り落とそうということになったようだ。
さて、そうしている内にもゲートに到着。
ここでゲートの警備にあたっていたエレインと合流して、
頼んでおいた応援は戦っている間にやって来るだろうと、エレインを含めた盾役がアビスモールを引きつけている間に、残るメンバーが二人の魔導師を守りながら側面へと回り込み。
攻撃を始めるのに合わせて虎助が大きく背面に展開。
サクッとアビスモールの細い尻尾を切り落とすのだが、虎助の持つ空切で出来るのはあくまで空間的な分断だ。
「尻尾はまだ動きますので気をつけてください」
「はい」
だから虎助は、切り離された尻尾がまだ生きていることを伝えつつ、魔法銃で牽制。
メインウェポンを変えて、直接本体に攻撃を仕掛けようとするのだが、ここで前方を抑えていた三人がアビスモールの突進に圧力負け。
「ぐっ、きっついな」
「下位とはいえさすがは竜種ですね。突進の威力が半端ありません」
弾けるように飛び退くと、アビスモールが虎助達を置き去りに走り抜け。
ゲートの回りに配置されるストーンヘンジを守るように展開された結界に激突。
ひっくり返るも、すぐに四本の短い足をバタつかせて起き上がり。
結界にぶつかってしまったのお前達の所為だとばかりに、盾役の三人に向かって再度突進を仕掛ける。
「よっとぉ――」
それにロッティがすれ違いざまのカウンター。
装備した大鉈でアビスモールのピンクの鼻先を斬りつけると、
PGYUuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuu――、
アビスモールはその巨体に似合わない甲高い声を上げて転げ回り。
これが思わぬ事態を巻き起こすことになる。
アビスモールが転がる先に魔法を発動させようとしていたニグレットが居たのである。
「ちょっ――」
「待って」
慌てて魔法をキャンセルしようとするニグレット。
しかし、これは間に合いそうもないと、ニグレットの近くにいたセウスもそう判断したのだろう。
転がってくるアビスモールを止めようと、愛用のショートソードでアビスモールに斬りかかるも、勢いよく転がるアビスモールは止められない。
と、このままでは二人が潰されてしまうと、そんなピンチに暴れ転がるアビスモールを追い越す影が一つ――虎助だ。
虎助はバタバタと振り回されるアビスモールの長い爪を左の肩口に受けながらも、素早く転がる先に割り込み、タックルをするようにニグレットとセウスをピックアップ。
魔法窓を使い、前もって展開してあった〈一点強化〉の魔法式を足で発動させ、強化された脚力でもって、自分達を転がり潰さんと迫るアビスモールの巨体から逃げ出し、そこからさらに後方へ。
女性とはいえ二人を肩に担いでいることもあったのだろう。少々雑になってしまったが、虎助は二人を地面に降ろし。
「だ、大丈夫ですか」
「店長さん、怪我を――」
「いえ、これくらいはかすり傷ですから」
肩に担いた時についてしまったか、お腹の部分が赤く染まったニグレットが慌てたように、そしてセウスが息をつまらせるように虎助を心配するが、
当の虎助はお客様を守るのは店主の務めだとばかりに笑顔を作り、すかさずポーションを煽り飲み。
「こんの野郎が――」
と、これに安心したのは特に赤い薔薇の面々だ。
危うく仲間が大怪我を負うところだったと、そして、戦いの前に言われたにもかかわらず虎助に迷惑をかけてしまったと、鼻先へのダメージから立ち直り、突進を仕掛けるアビスモールに強撃で切り返すロッティ。
そんなロッティの怒声に、
「じゃあ、僕も押さえに回ります」
虎助が腰のポーチから取り出したそれは、盾としても使える巨大な解体包丁だった。
「大丈夫なの?」
「これを使いますから」
そして、そこに普段から魔剣の整備に使っている暗黒騎士の小手が加われば、即席であるが盾役くらい務められると――、
虎助はまだなにか言いたげな二人を励ますように、重ねて笑顔を見せると、盾役を務めるメンバーの下へと駆けつけて、
「手伝います」
「――っ」
「応っ」
若干数名、なにか言いたげにしていたものの、いまは戦闘中。
余計な言葉は必要ないと、すぐに意識を切り替えて、四人と一体――そして、ここで間に合った二体のエレインを加えてアビスモールの巨体を受け止めると、タイミングを合わせて〈一転強化〉。
踏ん張る足元を強化すると、
「重い」
「が、返せる」
力を合わせてホウルトラッククラスのアビスモールの巨体を弾き返し。
「一斉攻撃だ」
「承知」「了解」「わかりました」
全員がいま自分に出来る限りの攻撃をアビスモールに叩き込む。
と、ここでアビスモールの激しい抵抗が――、
やられまいと振り回された前後、短い手足から伸びる鋭い爪が、盾役である四人と三体に襲いかかる。
しかし、そんなアビスモールの悪あがきも、エレインが二体が増えたことにより、その防御に余裕が生まれる。
そして、盾役以外の五人が、魔法や飛び道具とその攻撃方法に違いはあれど、いまの位置から自分が出来る精一杯の攻撃を撃ち込んで、
アビスモールの上半身が大きく海老反りになったのをチャンスだと、
「おおぉぉぉぉぉぉおおっ!!」
ロッティがその顎下から口の両端から生える牙の一本を斬り裂かんと大鉈を振り上げ。
それに合わせるように、アヤ・セウス・ポンデの三人がそれぞれの武器を手に斬り込み。
その攻撃が決まると同時に、ドンッ!! と大きな音が鳴り、周辺の地面が鋭角に隆起する。
「ちょっ!?」
「なんだ?」
彼岸花のように立ち上がる地面にアビスモールの近くに居たメンバーが宙に投げ出される。
ただ幸いなことに、この戦いに参戦したメンバーの装備は固く、致命的な怪我を負った者はいなかった。
しかし、ダメージを負ってしまったことには変わらない。
各自がそれぞれの判断で手持ちの薬を開けたりする中、
「土魔法でしょうか?」
「と、敵、逃げます!?」
大したダメージなく着地した虎助が口にした呟きとニグレットの鋭い声が重なる。
どうやらアビスモールは形勢が不利と見るや、地面に潜って逃げる算段のようだ。
しかし、これに虎助が素早く反応。
アビスモールが掘り起こそうと爪を立てた地面に、魔法窓を経由してゲート由来の結界を展開。
逃げ場を奪うと、
「〈氷筍〉」
先ほどのお返しだとばかりに、その腹下に先の尖った氷の柱を生やし。
「いまだっ!!」
ここで怪我が少なく、回復薬を一飲みすることで完全回復したアヤが一閃。
アビスモールの短い腕の一本を半ばまで斬り裂いてしまえばこっちのものだ。
腕の一本をほぼ失ったアビスモールに、残るメンバーが総攻撃を仕掛ける。
そして、時に反撃を受けながらも着実にダメージを重ねていって、
エレオノールとクライがアビスモールの悪あがきに弾かれたところで、助走をつけたシールドバッシュ。
これが決まったところで決着のようだ。
横っ腹に大きな衝撃を受けたアビスモールは口から血を吐き、そのまま横倒しとなり。
倒れたアビスモールを前に一同は警戒を残しつつも。
「なんとかなりましたね」
「すまなかったな店長さん。
せっかく忠告してくれたってのに」
「本当にご迷惑をかけてしまい」
「その、お怪我の方は――」
「いえ、大したことありませんでしたから、
それよりも、みなさんがいてくれて助かりました」
相手は巨獣にも迫らんという大きさの下位竜種だったのだ。
虎助が倒すにしても工房からエレインを呼び寄せ、場合によってはモルドレッドのても借りなければならなかったのかもしれない。
それを、少々ヒヤッとした場面はあったものの、結果的に早く片付けることが出来たのだ。
虎助は申し訳無さそうにする赤い薔薇の面々にそうフォローを入れて、
逆に戦いの途中、飛び出したアビスモールの土魔法でダメージを負った赤い薔薇と白盾の乙女の両メンバーを心配するのだが、
そちらは特にこれといった問題はなかったようだが、
「あのモグラやってくれたよ。黒鉄の得物が欠けちまった。
あの牙、思ったよりも硬かったんだな」
ここで愛用の大鉈をかかげロッティが零した一言に、セウスがヒステリック気味な声で反応。
「ちょっとロッティ。それってこの前買ったばっかの装備よね」
どうやらそれは、つい最近入手したばかりの武器だったようだ。
「あの、それ修理しましょうか、それとも牙を使って新しい武器を作ります?」
ギャーギャーと言い合うセウスとロッティの間に割って入る虎助。
そんな虎助からの提案にロッティが「いいのか」と遠慮しがちに訊ねると。
「構いませんよ。ウチで引き取る素材の代金と相殺で――」
今回アビスモールを倒したのはみんなの協力があってこそなのだ。
だから、途中で怪我をした分を差し引いたとしても、その討伐によって冒険者として受け取れる報酬は少なくはなく。
「ですが――」
「みんなで倒した獲物ですから、ねっ」
と、ここまでされてはさすがに赤い薔薇の面々も諦めたようだ。
「……申し訳ありません」
「いえいえ、他のみなさんもなにかあったら言ってくださいね」
どうせみんなで倒した獲物だと、虎助はあえて強引にバーベキューが待つ宿泊施設への帰り道、今回戦闘に加わったメンバーそれぞれのリクエストを確認。
戦闘で汚れた体を浄化の魔法で綺麗にして、バーベキューを再開させる。
と、一度、肉を焼き始めてしまえばすっかりいつも通りで、
「熟成肉ってこんなに美味かったか」
「ううん、こんな美味しくならないと思うわよ」
「店長さんこれも――」
「錬金術の熟成効果でしょうね」
「これは益々欲しくなりましたね」
「そうですね」
おいしい食べ物に貪欲な赤い薔薇の面々はすっかり錬金釜を手に入れるつもりらしく。
そんな赤い薔薇の一方で、
「うまうま」
「落ち着きなさい」
「でも、本当に美味しいわね」
白盾の乙女のメンバーは、ただただその肉の味を味わうのみと、両者の温度差はあれど、用意された肉などが凄いペースで消費されていき。
そろそろお腹も八分目と落ち着いた頃に、エレインによって運ばれてきたものは、甘い香りを漂わせるデザートだった。
「これは?」
「先ほど話したフォセジを使ったデザートですね。
こちらがチョコバナナで、こちらがバナナヨーグルトです。
どちらも簡単なデザートですが、お口に合えば幸いです」
お腹に余裕のある方はチョコバナナで、さっぱり食べたい方はバナナヨーグルトがオススメだと、虎助の紹介があったところで、甘いものは別腹というやつなのだろう。
体が小さなニグレットや、少々体型が気になるエレオノールなどは、お互いにシェアしあってではあったものの、それぞれに二種類とものデザートを確保。
「チョコレートが粉っぽくなくて濃厚ね」
「私はヨーグルトの方がさっぱりして好きですね」
「ヨーグルトか、前に食った時は乳の臭みが強くてそこまで美味くなかったんだが」
「それってヤギのミルクから作ったものじゃないですか、癖があると聞いたことがありますから。
ちなみにこれは牛のミルク――牛乳で作ったヨーグルトですよ」
「牛のミルクですか、高級品ですね」
それが牛乳で作られたヨーグルトだと知ったクライが喉を鳴らして手元を覗くが、
「僕の地元では安価に売られているものですから、気にしなくても大丈夫ですよ」
「そうなんですか」
「ええ、酪農が盛んでして――」
正確には酪農の効率と流通システムが他の世界よりも優れているだけなのだが、虎助はそれを素人にもわかりやすい理由で片付けて、
「これくらいの瓶一本銅貨数枚で買えますから」
「そ、それはまたお安いことで」
「でも、そう言うことなら遠慮はありませんね」
げに恐ろしきは別腹か。
この頃には赤い薔薇の面々もすっかり、先の失態を忘れ。
その後、赤い薔薇と白盾の乙女の大食漢なメンバーが、万屋に持ち込んだフォセジを食べ尽くす勢いでデザートを頼んだのは言うまでもないだろう。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




