輸送作戦と注意事項
週末、川西隊長が運転をする4WDを足に僕達がやってきたのはとある山間の集落。
「あそこが佐藤さんのお家だよ」
「ここが魔女の里か。ホントにふつうのど田舎だな」
「のどかなところね」
山を縫うように蛇行する道を抜け、開けた景色に一緒に来た母さんと元春が思い思いのことを口にする中、車はそのまま道なりに進み、とある民家の駐車場で停まる。
そこにやってきたのはジャージ姿の義姉さんと珍しくカジュアルな格好の佐藤さん。
「お疲れ」
「おおおお、お疲れ様です」
「いえいえ仕事ですから」
私服を見られるのが少し恥ずかしいのか、義姉さんの後ろに隠れて頭を下げてくる佐藤さんに、僕が恐縮を返していると、元春がきょとんとした顔を浮かべ。
「ってゆーか、なんで志帆姉がいるん?」
「そんなの仕事に決まってるでしょ」
前回はハイエストに襲撃されるなんていうハプニングはあったものの、義姉さんの本来の目的はお宝探し――というのは建前で、
実のところ、自分が捕まえたハイエストのメンバーが原因で集落近くの工房が襲われたと聞き、面倒見のいい義姉さんとしては黙っていられなかったというかなんというか、佐藤さんのご自宅にお邪魔する内に、顔なじみになった魔女のおばあさんが心配になって戻ってきたというのが本当なのだが、
それを元春に話してしまうと、また調子に乗って義姉さんをからかって、その照れ隠しに制裁が行われ、そのとばっちりが僕にまで飛んでくるかもしれないということで、
僕が母さんがそうしているように、適当な笑顔を浮かべて空気になっていると。
ここで先日の戦いの主役である二人の魔女が箒に乗って空からやってくる。
「ご足労ありがとうございます~」
「すでに集まっております」
着地の際に軽くつまづき、間延びした声で挨拶をくれるのは計良未来さん。
そして、しっかり着地を決めた上、ピシッと定規をあてたような挨拶をくれるのは小練杏さんだ。
ちなみに、小練さんが妙に仰々しい態度なのは、先日彼女のピンチを救ったことが原因らしく、こちらが気を使ってしまうと逆にうやうやしい態度になってしまうということで、ここはあえて軽い感じでご挨拶。
そして、元春や特殊部隊の川西さんを紹介したところで、
「とりあえず移動の準備を進めますから、こちらのパンフレットを待っていてください」
僕が二人に渡すチラシはアヴァロン=エラにおける各種トレーニングメニューを記したものだ。
今回、アヴァロン=エラでの修行に際し、魔女のみなさんはメモリーカードを持っていない方が殆どだということで、わざわざその概要を紙に印刷してきたのである。
ちなみに前回、魔女のみなさんがアヴァロン=エラを訪れた際は、なにも成果が得られなかった人が多く出てしまったからと、今回はそれぞれの力量に合わせたトレーニングメニューを考えさせてもらった。
いくら静流さんからのリクエストがあったからとはいえ、いきなりワイバーンに挑ませるのはやっぱりやりすぎだったのだ。
「虎助、それ私ももらえる」
「私もいいかな」
「どうぞ」
と、ここで母さんと川西隊長からもパンフレットを確かめたいとのご要望があったので、二人にもチラシの余りを渡し。
僕はみなさんの輸送準備を進めようと、マジックバッグの中から資材を取り出そうとするのだが、
その資材を出す駐車場の真ん中に元春がぼーっと突っ立っていたので、ちょっと邪魔だからどいてくれないかと声をかけたところ、元春はボソリ一言「ふつくしい」とまた妙なことを言い出して、
「一応、聞くけど、なにが?」
僕が訊ねると、元春は仲間の魔女さんを呼ぶ為だろう、佐藤さんのお家の駐車場で寝転がっていた黒猫を手招き、なにやら頼んでいる小練さんのことを指差しながら。
「決まってるだろ。あの人だよ。あの黒髪の君」
いや、黒髪の君とかその表現はどうなのさ。
ただ、元春が小練さんに見惚れるのはわからないでもない。
トワさんが好きってことからもわかるけど、元春ってああいうキリッとした大人の女性に弱いみたいだからね。
そしてこの後、元春がどういう行動を取るのかは言うまでもない。
「虎助、お前、あの美人さんとどういう関係なんだよ」
「どういう関係って、あの人が小練さんだよ」
さりげなくでもなんでもなく、首に回した腕に力を入れる元春を落ち着かせながら、改めて小練さんのことを聞いてくる元春に改めて小練さんのことを話すと、元春は「はぁ?」っと素っ頓狂な声を上げて――というか、自己紹介を聞いていなかったのかな?
「じゃあ、あの人が前に話してた。虎助が助けたっていう小練さんかよ?」
「うん」
前に話した時はそこまで興味を持ってなかったようだが、実際に見たらストライクど真ん中だったといったところだろう。
ただ、元春の中でその最上位に位置する人は変わらないらしく、小練さんに対してはトワさんを前のようにガチガチにはならないようで、
「ピンチに現れて好感度爆上げとか。
く、悔しくなんてないんだからね」
好感度とか、ゲームじゃないんだから。
あと、悔しがり方が気持ち悪い。
僕はいつも以上に鬱陶しく絡みついてくる元春に「ちょっと邪魔だな」とハッキリと口に出しつつも、どうせ突き放したところでまた絡みついてくるだけだからと、元春をひっつけたまま、魔女さんの輸送準備を進めていく。
すると、ここで義姉さんが近付いてきて、
「アンタ等、なに気持ち悪いことしてんのよ」
さすが義姉さん、ハッキリ言った。
ただ、それが呼び水となったか。
元春はここで絡みつく対象を僕から義姉さんにチェンジ。
「志帆姉。
虎助が、虎助が――」
ちなみに、元春がこんな風に絡んでいった場合、ふつうの女子なら問答無用でしばき倒されてしまうところだが、
義姉さんの場合、長年の経験から元春が自分に劣情を催さないと知っている為、元春が抱きついてきても特に気にすることもなく。
正確には純粋に鬱陶しがっているといった方が正しいのだが……、
面倒そうにしながらも、無理やりに聞かされた元春からの話で大凡の事情は察したようだ。
「虎助ってそういうところがあるわね」
いや、そういうところと言われても、僕はただお願いされたことをやっただけで、
ただ、義姉さんもそれを深く追求するようなつもりはないらしく。
「それで、アンタはなにをしてんの?」
話は変わって、義姉さんは僕が取り出した資材が気になるようだ。
「これは魔女のみなさんをお店に連れて行くためのゲートの材料だよ」
「ゲート? ゲートって万屋にあるあれよね。あんなのが簡単に作れるんだったら私にも寄越しなさいよ」
清々しいまでに義姉さんだね。
しかし、これは義姉さんが思っているものとは違うもので、
僕は義姉さんの耳元に顔を寄せ、本当のことを話していく。
「ゲート云々の話はあくまで方便で、これはあくまでそにあをつかった異世界転移を誤魔化す為のカモフラージュなんだよ」
今回は不特定多数の魔女さんが相手だということで、そにあの能力をあまり明かしたくないから、こうして偽装を考えたのだ。
そう説明したところ、義姉さんも「そういうことね」とすぐに興味をなくしたように肩をすくめ。
その後、僕達は――実際には僕一人なのだが、テキパキ偽ゲートを組み立ていき。
すると、少しして、ごねるのにも飽きたのだろうか、元春がペシペシと叩かれながらも絡みついていた義姉さんから離れ、僕た組み立てていた偽ゲートをしげしげと眺め。
「無駄に凝ってんな」
『こういうのは雰囲気が大事だから』
元春の声に応えたのはソニアである。
今回、魔女のみなさんの輸送任務にあたり、魔女の里というのも見ておきたいと、ソニアがわざわざそにあを操り、ここに来てくれているのだ。
「そういや、そのゲートっぽいのを作った後、こっちのそにあっちはどうするん?
ゲートの代わりになるってことは、そのゲートの中に入るってことだろ」
『それなら魔法窓を使って幻影を作るから問題ないよ』
と、ソニアが言い終わるが早いか、もう一体のそにあがその場に現れて、
「おお、立体映像」
「凄いわね」
突然の立体映像に驚く義姉さんと元春。
とはいえ、それは魔法窓などの存在を考えると、今更の技術のような気もするのだが、
ただ、これに元春が大興奮で、
「これってAVとか――」
「アンタ、子供の前でなにいってんのよ」
『ええと、一応ボクって君達より歳上なんだけど』
その不用意な発言に義姉さんの拳骨が落とされ、元春が悶絶。
そんな中、ソニアからの小さな抗議が上がるも、その抗議は風と共に流れて消え去り。
一方、僕は我関せずとゲートを組み上げていき、ものの二十分ほどで偽ゲートは完成。
そして、後は魔女のみなさんに転移してもうだけだと、黒猫に呼ばれ集まってきた魔女のみなさんの傍ら、なにやら川西隊長と話していた小練さんに声をかけ、そろそろ転移をしてもらおうとするのだが。
いざ、転移をすることになったその前に魔女のみなさんから質問があるらしく、代表して小さく手を上げた計良さんが聞いてくるのは以下のようなことだった。
「あのぉ、移動の前に少し聞きたいことがあるのですけど」
「わからないところがありました?」
「このディストピアによる実践訓練のところにある注意書きはどのような意味でしょう」
「ああ、それはですね。
その修業にはちょっとした副作用のようなものがありまして――」
なにか気になることがあるなら転移の後でと考えていたのだが、質問されたからには応えなければと、僕がその質問を答えようとしたところ、興味津々とそのやり取りを見ていた元春が、小練さんに向ける視線の盾として使っていたパンフレットに踊る文字にふと気付いたみたいだ。
「ちょ、これ、あの糞牛と戦わせるとか正気かよ!?」
「糞牛?」
急に大きな声を張り上げて、
そんな元春があげた不穏な声に、魔女のみなさんが揃って疑問符を浮かべる。
ちなみに、ここで計良さんへの回答であるが、多彩な攻撃が故か、それとも精神修行になるのか、ボナコンの実績には魔法を扱うのに必要な精神力の向上やらと、魔女のみなさんにとって有益な実績が獲得できるのだが、このボナコンのディストピアには少々問題があって、
これは実際に見てもらった方が早いだろうと、偶然にもその実績を所持している元春にお願いしてステイタスを開示してもらうと、それを覗き込んだ義姉さんが大爆笑。
「それがこのボナコンとやらのディストピアにある注意書きなのですね」
「これはなんとも――」
「聞いてはいたけど、本当にこんな実績があるのね」
「も、元春、アンタなんてもん持ってんのよ。ぷはっ――」
「俺だって好きで取ったんじゃないんだって」
小練さん、川西隊長、母さんに続く義姉さん笑いに、小練さんの前だからなのか、やや控えめな抗議をする元春。
「でも、そういうことなら、私達は受けない方がいいってことですかぁ」
「一応、相当珍しい実績になりますので、クリアしても獲得してしまう可能性はかなり低いのですが」
「そうなのですか」
最後、小練さんからの確認に僕が「はい」と答えていると、既にその権能を手に入れてしまった元春としては、その入手確率の方が気になったのかもしれない。
「というか、これって、どんくらいのレアな実績なんだよ」
「実際の数値まではわからないけど、一般公開してから、いまだに元春以外手に入れてない実績だってことを考えると、かなりレアな実績なんじゃかないかな」
「げっ、これって俺以外にもってねーの?」
「うん」
そもそもからして、汚物舞い散るボナコンとの戦いが人気がないということもあるのだが、アムクラブからの探索者さんを含めて、ボナコンのディストピアをクリアした中で、火糞の実績を獲得したのはいまだ元春だけ。
一般公開する前に僕や母さんも数度クリアしているが、ついぞ火糞の権能は手に入れることがなかったのだ。
そこから、火糞の希少さは相当なもの考えられていて、もしかすると特殊な条件付きで獲得できる権能ではないかと予想されており。
「ただ、普通に持っているだけでは、そこまで問題ある権能でもないんですけどね」
「そうなの?」
ようやく笑いも収まったか、聞いてきたのは義姉さんだ。
「元春にお願いしていろいろとデータを取らせてもらったんだけど、この実績の効果を発揮させるには、それなりの期間、体内で排泄物を熟成させる必要があるみたいなんだよ」
ソニアが言うには、体内で錬金術のような反応が起き、それそのものに火属性の魔法が付与されるみたいだ。
「ってことは、便秘気味の人じゃない限り、ゲットしても問題ないってこと?」
「わ、私は違いますよ~」
義姉さんはそういう理由で周りを見たんじゃ思うんだけど、計良さんここで盛大にやらかす。
ただ、あえてそこに言及してしまうと、計良さんが残念なことになってしまうので、
空気を読んでか、ここで小練さんが真剣な顔で聞いてくるのは、
「では、その火糞は体内で爆発するような可能性はないのですね」
「そりゃ――ないですよ」
「元春にカプセル内視鏡を飲んでもらって調べたんですけど、完全に排泄された後でないとその効果は発揮されないようです」
と、話し相手のことを思い出したか、途中で丁寧に言い直す元春を僕がフォローしたところ、なぜかホッと胸を撫で下ろす小練さん。
もしかすると、小練さんは相棒である計良さんが爆発なんてなったらと心配だったのかもしれない。
ただ、そもそボナコンのそれと違って、〈火糞〉によって生み出されたそれは、わざわざ火を近づけたりしなければトイレに流しても問題ないという研究結果が出ているので、
おそらく生前のボナコンを倒して得た権能ならまだしも、幻影ともいうべきボナコンから極低確率で手に入るそれは効果は低くなっているのではないだろうか。
「ということで、いちおう注意書きがしてある程度に留められているわけです」
「成程――」
「しかし、これは悩みどころですね」
「まあ、どちらにしても、ボナコンはある程度の実力がなければ倒せない相手ですし、ゆっくり考えてください」
そんな忠告めいた注意事項は資料を呼んだ魔女のみなさんも理解しているのだろう。
小練さんの「そうですね」という声に全員が頷いたところで本題に戻り。
その後、ハイエストのメンバーを抱えた魔女さん達の協力もあったりして、転移はつつがなく完了したのだった。
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




