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週末の予定と鎧のバージョンアップ

「虎助、例の輸送作戦は明後日でいいんだよな」


 部室棟につながる渡り廊下のちょうど中間点。

 周囲が文化祭の準備で忙しなく動き回る中、声をかけてくるのは元春だ。

 ちなみに、元春が言った『輸送作戦』というのは、単に訓練を希望する魔女のみなさんと、群狼を始めとしたハイエストの虜囚をアヴァロン=エラへ移動させるものなのだが、


「それなんだけど、ついでに行くところが出来たから、元春には途中で帰ってもらうかもだけど、それでもいい?」


 とはいっても、魔女さん達の移動について先に万屋に戻ってもらうだけで、帰りの心配は必要なく。


「別にいいけど、ついでに出かけるってもしかしてまた環さんとかか?」


「ううん、加藤さんのところに行くんだよ」


「加藤のじっちゃんって、またなんかするん?」


 元春が訝しげな視線を向けてくるのは、それが加藤さん絡みだということで、またなにか訓練でもさせられるのではないかと疑っているからだろう。

 しかし、今回の面会はそういった相談とは別のもので、

 僕は警戒も顕にする元春からの問いかけを「いや、今回のはそういうのじゃないから」ときっぱり否定。


「ハイエストの処理を頼もうと思って」


「ああ、そっちかよ。

 けど、それって師匠がやるんじゃねーの」


「相手は外国の人だから、さすがの母さんも勝手できないみたい」


 というよりも、せっかくなのでいろいろな方面に恩を売っておこうというのが本音みたいだ。


「アメリカからでしたっけ?」


 と、ここで訊ねてくるのは次郎君だ。

 ちなみに、次郎君がなぜここにいるかというと、僕達の同じでクラスの出し物に使う機材を借りに行く為である。


「全員が全員アメリカ出身じゃないみたいだけど、組織の母体がアメリカにあるらしいから、加藤さんにお願いしようってことになったみたい」


 そして、その説明に、こちらは純粋に部活へと行こうとしていた正則君が「ああ――」と納得したような声をあげるも、すぐに「ん?」と疑問符を浮かべ。


「そういや今更なんだが、加藤のじっちゃんってなにやってる人なんだ」


 本当に今更の質問だね。


「表向きには古武術の師範だね。その関係で母さんと同じような仕事をしてるから各方面に顔が効くんだよ」


 昔でいうところの〇〇家剣術指南役といった立場になるのかな。

 しかし、それはあくまで表向きの仕事であり。

 実際は鍛えた実務部隊を率いて、いわゆる裏の仕事と呼ばれるようなことをやっていたみたいだが、

 ただ、それも今は息子さん達に任せており。

 いまの加藤さんは悠々自適の生活の中、後進の指導に当たっているとのことらしく。


「そういえば、以前お世話になった時に、お弟子さんのような人にいい顔をされませんでしたね」


 と、次郎君が思い出すように言うそれは、母さんのブートキャンプで山奥の訓練施設を借りた時のこと。

 直接的になにかされたというわけではないのだが、ちょうど同じような訓練をしていた一部の人から不躾な視線を送られることがあったりしたのだ。


「今回も絡まれたりしてな」


「フラグだよな」


「止めてよ」


 みんなは楽しそうに笑うけど、僕からしてみると心配意外になにものでもない。

 なにしろ今回、加藤さんとの話し合いでメインになるのは母さんなのだ。

 これはもう、なにかあると言っているようなものであって、


「しかし、そのハイエストですか?

 外国勢力まで関わってくるとは大事になってますね」


「密入国からの集団での集落の襲撃だからね」


「そう聞くと完全にテロリストって感じだよな」


 実際、群狼という男の人以外はあっさりと捕まえることに成功して、あまりシリアスにならなかっただけで、目的とか所業を考えるとかなり危険な集団なんだよね。

 しかし、今回の問題の主体は魔女のみなさんということで、国際的な事案という意味ではある意味で当然とも言えなくはなく。


「だから今回、母さんだけじゃなく加藤さんにも一枚噛んでもらうってことみたい」


「大変だな」


「母さんが行くなら僕は必要ないと思うんだけど」


 ただ、母さんからついてくるように言われてしまっては逆らえる筈もなく。


「しかし、そこでわざわざ虎助君も連れて行くということは、やはり裏がありそうですね」


「裏か――」


「具体的にはどんなんなん?」


「そうですね。そのハイエストという人達は超能力者なのでしょう。

 加藤老旗下の人間に、そういう超常の力を体感させる為、虎助君を連れて行くことになったということは考えられませんか」


 たしかにそれはありそうだ。


「しかしだとしても、虎助君には実績など相当なアドバンテージがありますし、特に問題はないのでは?」


「たしかに、ディストピアに入る前と後だと、実力が段違い(ダンチ)だもんな」


 そう言われるとそうかもしれない。

 実際、地球でも竜を倒して無敵になった英雄の話があるように、たとえば魔獣を数匹でも倒せば幾つかの権能を獲得することが可能で、その力の半分でも引き出すことに成功すれば、それだけで素の肉体性能に少なくない差が出てしまうのだ。

 それでなくともディストピアという世界であれば、何度でも死ぬほどの戦闘経験が出来るわけで、それを何百・何千と繰り返した前と後では実戦経験に差がつき過ぎてしまっている。

 と、そんは話をしていたからだろうか。


「そういえば、いま僕達はの実力はどれくらいなんでしょう」


「装備込みでなら、一人でもワイバーンが倒せるくらいなんじゃない」


 ここで次郎君が聞いてくるのは現状での自分達の実力がどれくらいかというもので、

 そもそもみんなの鎧が高性能だってこともあるけど、三人の実績の獲得数もかなりのものになっている。

 それによる補正効果を加味して考えると、ワイバーンくらいはソロで狩れるくらい強くなっているんじゃないだろうか。


「鎧なしならどうなんです?」


「それでもそれなりに戦えるようになってると思うよ。

 例えば、正則君なら無手でも狼系の魔獣に勝てるくらいは強くなってるんじゃないかな」


「ホントか」


「ってか、その言い方だと俺よりマサの方がツエーって感じになるんだけど」


 実績数やその質などを考えると元春の方が上になるものの、様々な敵に対して命がけの戦いをした数でいうと、正則君は二人よりも遥かに多く、その恩恵だけでも相当な実力になっていると思われ。

 一方、元春の場合、戦ったことがある相手が限定的過ぎるので、かなり尖った成長になっていることが予想でき。


「フッ、そういうことだ」


「元春の場合、ローパーなんかのクリア実績があるから、ちゃんとすれば正則君よりも上にいけるんだけどね」


「そうなん?」


「だって、テュポンさん(神獣)の加護とかも持ってるでしょ」


 図らずも、思わぬトラブルに巻き込まれがちな元春はレアで有用な実績をかなりの数獲得している。

 ゆえに、真面目(・・・)に鍛えさえすれば三人の中では一番強くなれる可能性を秘めており、ポテンシャル一点だけで図るなら三人の中でダントツに高いという結果になるのである。


「くっくっくっ、聞いたかよノリ。俺のがスゲーんだって」


「聞いたけどよ。それでも今の時点では俺の方が上なんだろ」


 これこそまさに正論である。

 そして、この正論に対する元春の反応だが、


「くっ、こうなったら――、虎助もんどうにかしてよ」


 だれが『虎助もん』か。

 というか、どうにかしてと言われても、真面目に修行するしか無いと思うのだが、

 元春がそんな殊勝な性格をしているハズもなく。


「そうだ。ブラットデアをパワーアップさせよう」


「ブラットデアのパワーアップって、ちょっと前に装備追加したばっかだよね」


 また、いつものように安易な手段に出ようとする元春。

 そんな元春に言い返す僕。

 すると、正則君が「装備追加?」と頭上に疑問符を浮かべ。


「ほれ、このまえの立体機動そ――」


 言わせないよ。


「アンカーワイヤーね」


「そうそれ、それをつけるついでにちょっち弄ってもらったんだけど、それがイマイチ地味だったんよ」


 元春がちょっと不満そうにしているのは、その時の調整が主にシステム周りのものだったからだろう。


「しかし、例のアンカーワイヤーをつけずとも、ブラットデアには飛行能力がありませんでしたか」


「あれな。

 実はあれ、魔力をメッチャ持っていかれるみたいなんよ」


 次郎君の言う通り、ブラットデアには飛行能力が備わっている。

 ただ、全身を覆う金属の鎧で空を飛ぶのには魔力の消費が激しく、その対策にと今回アンカーワイヤーが望まれたという経緯があるのだ。

 そして、それを聞いた、正則君から「ふぅん、魔力使わねぇんなら俺のにもつけて欲しいぜ」との要望があり。

 それに僕が『別に構わないよ』と応じようとしたところ、ここで元春が「ダ~メ~で~す」といやらしくも割り込みをかけてきて、


「なんでだよ」


「せっかく三人別の装備なんだぞ。性能が被るのはつまんねーだろ」


 性能被りって、そこはこだわらなくてもいいじゃ――、

 と、僕は思ったのだが、当の正則君は元春のその意見にわからないでもないといったご様子で、


「じゃあ、次郎はなんかアイデアとかあったりするのか」


「あ、僕は自分で改造してますのでお気遣いなく」


 次郎君は錬金術で作ったものを、できるところは自分で、それ以外のところはエレイン君に頼んで装備の強化を図っていた。

 すると、そんな次郎君の裏切り(?)に、正則君と元春から「いつの間に」とか「聞いてねーぞ」とか声があがるも。


「狡いといわれましても、自分で錬成した素材やらを使って鎧を強化していますから」


 こう言われてしまえば、さすがの元春も反論できなく。

 そんな気まずさを誤魔化そうとしてか元春が言うのは、


「というか、そもそもノリに金とか払えるん?」


「正則君はテスターでかなりポイントが溜まってるから大幅に改造しても大丈夫だと思うよ」


 元春から飛び出した疑問に僕が明らかにするのは、正則君の資金が潤沢であること――、

 そして、鎧の一部を上位魔法金属に切り替えることが出来ることである。

 すると、ここで元春が「え、マジで、だったら、それでいいじゃん」と続け。


「おいおい、そりゃねぇだろ」


「でもよ。なんかこうして欲しいとかってあるん?」


「そう言われるとなあ。虎助なんかあったりしねぇか」


 いや、そこは自分で考えるところなんじゃないかな。

 立て板に水がごとく僕に問題を投げてくる正則君に、そんな声が心の中に生まれるも。

 とはいえ、元春も似たようなものだし、せっかくご指名を受けたのだからと少し考えて。


「ベタだけどパイルバンカーみたいなのをつけるとか」


「ええと?」


「あっ、ボアか!?」


 元春が『閃いた――』とばかりに大声をあげるのは、正則君の鎧の名前がクリムゾンボアだからだろう。

 しかし、僕のこのパイルバンカーをつけるというアイデアをそこから連想したのではなく。

 正則君の場合、普通の相手なら、自力と鎧のアシストさえあれば十分に戦える実力があるということで、

 例えば、普通に戦っても倒せない巨獣なんかと対峙した時、使える武器を用意するとかいいのではないのかとパイルバンカーを提案してみたのだ。

 決して、バックヤードの在庫を処分使用などと考えてはいない。考えてなどいないのだ。


「けどよ。ああいうのってデカくて邪魔そうじゃね」


 たしかに、パイルバンカーを腕につけるとなると戦うのにちょっと邪魔だろう。

 ただ、それも――、


「普段はマジックバッグの中に入れておけば邪魔にならないんじゃないかな」


「って、それもどうなん。戦ってる途中でゴソゴソ取り出すとか、なんか間抜けじゃね」


「いや、僕が考えているのはそうじゃなくってね」


 元春はマジックバッグと聞いて、普段遣いするウェストポーチ型のそれを思い浮かべたようだ。

 しかし、僕が考えるマジックバッグはオーソドックスなタイプではなく、銀騎士が装備するような鎧にセットしたスロットにその機能を持たせたもので、

 これなら必要な時だけ、腕の部分にパイルバンカーを直接呼び出すように出来るんじゃないかと、実際それがどのようなものかを説明したところ、正則君もそれなら悪くはないかもと納得してくれ。

 すると、ここで何故か元春が、だったら俺も如意棒とかしまえるようにと乗っかってきて、

 正直、元春の鎧まで改造するのはどうかと思ったりはしたのだが、

 ここで断っても、どうせ後でごねられるだけだからと、お金があるならと二人の鎧を預かって、

 数日後――、

 完成したそれをお披露目すると。


「格好いいわね」


「むぅ、マー君だけ狡いです」


「なんかスゲーパワーアップしてんじゃねぇかよ」


「こういう方向も悪くはありませんわね」


 みんなの反応は上々で、正則君もデカイ敵が倒しやすくなったと大満足の結果となった。

 ◆三人の装備


 ブラットデア零式……幾度に及ぶ改修により進化を果たしたブラットデア。頑強な本体にオートモード。鎧に使われる素材の効果や光魔法による隠匿性能。短時間ではあるが飛行が可能と多くの能力を有している。ただ、一つの鎧に機能を詰め込んだ所為で、その能力を十全に使うには膨大な魔力が必要となってしまった。そして、その対策か、魔力の必要ない立体機動を手に入れた。


 シルバーレイブン……装備者である酒井次郎製作の、ワイバーンの骨を砕き作ったムーングロウを表面にメッキすることにより、魔力伝導率に蓄積量、防御力が格段に増した。そして、オプション装備として専用ライフルだけでなく、鋼鉄に空魚の骨を錬成することで作り出した魔法金属で作成した盾により、空中戦も出来るようになった。


 クリムゾンボア改……赤色の無骨な鎧。もともとアダマンタイトの粉が鎧本体に混ぜ込まれており、高い強度を誇っていたが、今回の改修でアダマンタイトのプレートが各所に埋め込まれ、さらに防御力が向上した。基本的な機能としてはパワーアシストと空歩、土類操作の魔法が付与されている。そこにマジックバッグ付与によるパイルバンカーが加わった。

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