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●東方からの報告

◆今回はハイエストの拠点にいる幹部連中の視点のお話となっております。

 ◆ルイside


 アメリカ某所、オフィスビルの高層階――、

 全面ガラス張りの部屋の中、綺羅びやかな摩天楼を背景に二人の男女が向かい合っていた。

 一人はデスクに座るロマンスグレーの偉丈夫。

 もう一人は、そんな男の対面に立つ、ブロンドの髪をアップにまとめたスーツ姿の女性だ。

 女性はパソコンを操作する男の手が止まるのを待って、持っていたタブレットを確認しながら話しかける。


「ルイ様、日本で活動中のチームが消息を絶ちました」


「日本に送ったチームというと――人魚姫を調査していたグループか。

 率いていたのは、たしか群狼だったと記憶しているのだが、何があった?」


 女性からの報告に、ルイと呼ばれた男は眼帯に覆われていない片目を上げて問いかける。


「はい。そのウルフラク(群狼)からの報告なのですが、人魚姫の遺産の確保に向かった部下達からの連絡が、数日前から途切れているそうです」


「報告の意味がわからないのだが」


 部隊を従えているのなら群狼もその場にいた筈だ。

 であるのに、それが事後報告としてメッセージを送ってくるとは一体どういうことなのか。

 顔の前で手を組むルイの眼力に、女性はやや怯みながらもこう返す。


「それが作戦中、彼は一人、別行動をとっていたようで」


「部下が動く中、指揮するものが一人、別行動だと?」


「それがどうも作戦地点とはまったく別の場所にいたようでして」


「……まったくあの男は――」


 女性の言いにくそうな雰囲気から大凡の状況を察するルイ。

 群狼は自分勝手という言葉が服を着て歩いているような男というのがルイの認識だ。

 そんな男が部下が任務に動いている中、一人、別行動をとっている理由など考えるまでもない。

 ルイは『おそらく遊び呆けていたのだろう』と、頭痛をこらえるように眉間に手を伸ばしながらも女性に問いかける。


「それで群狼はどうした?」


「それが、役に立たない部下の代わりに自分が仕事をしてくると連絡を送ってきたのが最後で、

 そこからそろそろ二十四時間になるということで、報告にあがったのですが」


「これはやられたか?」


「群狼がですか、それは――」


 群狼という男はその性格はともかくとして、戦闘能力はこのハイエストという組織の中でも上位に食い込むものだ。

 それが単独での行動だったとはいえ、なんの連絡もなくやられるなど女性には信じられなかったのだが、


「あえりえない話ではないだろう。群狼が単独なら狩れるという人間は組織の中にもいるからな」


 そう言うルイもその一人であり、戦いに絶対という言葉は存在しない。

 ルイ自身が群狼よりも高い戦闘力を持つが故に、たとえ群狼が自分達の組織において最上位の戦闘能力を有していたとしても、それが敗北した可能性はそれなりにあると推測したのだ。


 考えられる状況としては――、

 思わぬ強敵がいたか。

 それとも何らかの罠にかかったか。

 もしくは群狼の能力を封じるような相手であるが――、

 ともかく、群狼の性格や立場、そしてその能力から敗走する確率が低いことを考えると、残された可能性は敗北となる訳で、

 ただ、それはあくまでルイの個人的な考えによるものであって、


「しかし、まさか群狼が魔女にやられるなどとは」


「ふむ、たしかにそれはな」


 そう、この群狼という男は組織内でカウンターウィッチという観点からすると、一番の戦績を上げているもので、それが魔女に関連する任務で敗北することは考えにくい。

 ルイは女性の指摘に組んだ手を顎の下に持っていきながらポツリと一言。


「……追加で現地に調査部隊を送れるか?」


「場所が場所だけにすぐの派遣は難しいかと」


 彼らハイエストは創立からまだ数年の組織。

 人員もまだまだ足りない箇所が多く、場所が外国、しかも海に囲まれた島国ともなると、即時の追加派遣はどうしても難しくなる。

 いや、そもそも群狼率いる部隊が慎重に行動してさえいれば、このような面倒事に頭を悩ませることもなかったのだ。


「これは組織全体を引き締める必要がありそうだな」


 今回のことは、我々組織の人間が己の力を過信したがゆえに起こったこと。

 特に戦闘に関わる人間にその傾向が顕著にあり。

 とはいえ、このケースに関しては、魔女達の戦力強化がこちらの想像を上回っているという可能性も無きにしもあらずではあるものの。

 どちらにしても、今回のような雑な行動が許されるような組織運営をしていたら、この先、立ち行かなくなることも考えられる。

 ゆえに、この辺りで、組織の引き締めを図る必要があるとルイは思案を巡らせる。


「それでこのことは他のみなさまに、いえ、ドゥーベ様に報告すべきでしょうか」


「報告するしかないだろう」


 女性の言うドゥーベというのは、群狼の上司であり同族の男である。

 彼は群狼に輪をかけて自分勝手な男で、その一方で同族に対して強い情を持つ男で、

 もし、今回のことを報告しなかった場合、後で面倒になるのはわかりきったことだった。


「しかし、このことが知れたらドゥーベ様が日本に乗り込むと言い出しかねないのでは?」


「放っておけ、調子に乗って無駄に暴れてしまえば痛い目にあうのは連中だ。逆にいい薬になるであろうよ」


「痛い目ですか、日本にドゥーベ様のような規格外に対処できるような組織はなかったと記憶しておりますが」


 ドゥーベという男はこのハイエストという組織の中でも一二を争う実力の持ち主だ。

 そんなドゥーベがやられる状況など女性からしたら想像できなかった。

 むしろ日本で派手な事件を巻き起こし、組織にマイナスに働かないかと心配だというのが彼女の本音だった。

 しかし、ルイは言う。


「公的にはな」


「公的には?」


「ああ、群狼をどうにかした相手が折れの想像通りの相手だったとしたら、ドゥーベでも危ないだろう」


「それ程の……」


 しかして、その相手とは?

 言外に訊ねる女性にルイはギッとその体をリクライニングに預け。


「そうだな。トレース、お前は彼の国で最強のソルジャーはなにかと聞かれて、どんな相手を思い浮かべる」


「それは現在我々が目をつけている人材という意味ででしょうか」


「いや、軍人や超能力者、そういった大きな括りでだ」


 ルイに訊ねられトレースと呼ばれた女性は考える。

 しかし、具体的な名称は思い浮かばず、難しそうな顔をするトレースに、ルイは「フム」と顎に指を添え。


「ならばこう言い換えたらどうだ。ハリウッドムービーに出てきそうな日本のソルジャーといえばなにを思い浮かべる」


「そうですね。サムライやNINJAなどが思い浮かびますか」


「正解だ。おそらく今回の件にはNINJAが関わっている」


 優し過ぎるヒントを出してようやくの正解を出してくれたトレースに苦笑のようなものを浮かべるルイ。

 しかし、当のトレースはというと信じられないといった表情で。


「ルイ様、サムライはともかくNINJAは実在するのですか」


「実在する。実際あれはコミックヒーローのようなものであった」


 トレースの認識も少々間違っているのだが、ルイがそれを気にすることはない。


「では、ルイ様は群狼がNINJAと遭遇したと?」


「ありえなくはないと思うぞ。

 先に群狼の部下が連絡を絶ったという話は聞いているのだろう。それら一部でも魔女が捕らえられていたとすると、こちらの目的から増援が送られてくることは想像できるからな。

 おそらくその時点で、それら勢力のいずれかに応援を頼んだと見るのが一番わかり易い」


 つまり、ルイの考えでは、

 当初、群狼の部下を倒したのは魔女であり。

 後に魔女が雇った助っ人が群狼を倒したということになる。


「だが、護衛を頼むなら、同じ魔法使いということで繋がりとしては陰陽師の方が可能性が高いともいえるが、あちらは政府直下――いや、皇家の組織だと聞いている。

 それを考えると、先に倒したメンバーから情報を引き出し、魔女たちがNINJAを雇っていたとしても不思議ではないだろう。

 彼等は傭兵集団だ。相応の対価さえ払えばその分働いてくれるからな。

 まあ、その信頼を勝ち取るのが難しいのだが……」


 金で雇えるならと考えたトレースもルイが最後に零した呟きでその考えを改める。

 そして、その代わりにではないのだが、ここでトレースが訊ねるのは、


「ルイ様、そのオンミョウジ、というのはどのようなものなのでしょう?」


「日本シャーマンだ」


「シャーマンですか、それは我らの驚異になるのでしょうか」


 トレースが知るシャーマンとは占いや祈祷を行う超能力者という認識である。

 ならば戦闘に関してはメグレスが気にするほどの相手ではないのではと、トレースは頭上に疑問符を浮かべるが、ルイは言う。


「彼らがオーガを使役すると聞いてもか」


「オーガというと、グレートスモーキーの悪魔のような」


 グレートスモーキーの悪魔。

 それはアメリカ東部に存在する深い山林の中を、闘争を求めて彷徨っていると一部で有名な悪鬼のことである。


「あんなものではない。場合によっては神話クラスの怪物を従えているのが陰陽師という集団だ」


 メグルスの言葉に絶句するトレース。

 神話を持ち出すなどリアリストなら鼻で笑い飛ばす行為だが、彼女たちハイエストは、超能力という超常の能力を備え、先に触れたグレートスモーキーの悪魔などの超常に対抗する兵力として最前線に立っていた経緯がある。

 故に、そういった幻想の存在が実在していることは重々理解しているのだが。


「しかし、いまはそういうハイレベルな力を持った陰陽師はいないと聞いているが」


 続くルイの言葉にホッと胸をなでおろすトレース。

 ただ、それも束の間、ここでルイがふと窓の外を見詰め。


「しかし、いま思い出したが、日本にはそれらとまた別種の化物が存在していたな」


「それは?」


「ビッグフットだ」


「ビッグフット、ですか?」


 ルイの口から飛び出した名称に一瞬呆けるトレース。

 それも当然なのかも知れない。

 NINJA、神話級の鬼と続いてまさかのUMAの名前が飛び出るとは、いくら超常の世界に足を踏み入れているトレースからしても悪い冗談でしかなかったのだ。

 しかし、ルイは顔は真剣そのもので、


「あれは本物の化け物だ。

 いまどこにいるのか調べておいてくれるか」


「かしこまりました」


 冗談のようなその話も上司たるルイから願い出でられては無視できない。

 かくして、図らずも真相に近付いていると気付かずに彼等は動き出したのだった。



 ◆ドゥーベside


「ウルフのヤツがやられただと」


「正しくは消息不明になっただけ、生死不明」


 アメリカ某所、誰も立ち入らないような森の中にある巨大な実験場。

 その日、ハイエスト幹部の一人であるドゥーベは、その施設において新兵器の耐久実験を称したストレス発散を楽しんでいた。

 そんなところに舞い込んできたのが、親愛なる同族であり部下との連絡が取れなくなったという報告だった。

 そして、少し前までの上機嫌から一転、不機嫌を隠さないドゥーベの声に淡々と対応する小柄な少女はビスタ、彼の副官である。


「同じだろ」


「違う」


「チッ、どうでもいいか。やったヤツは、ソイツに聞けばいいんだからな」


 舌打ち一発、ドゥーベはスクラップとなった自立型戦車の上にどっかりと腰を下ろすと、手元にあった機関銃をむしり取り、ペン回しのようにくるくると回しながら。


「で、ウルフをやったヤツはどこのどいつなんだ?」


「誰かってのはわからない。ただ、魔女と関わりがあるのは確実」


「あん? どういうことだ」


 面倒を省いた問いかけに対するビスタの答えにスッと普段から鋭い目を細くする。

 しかし、ビスタはそんなドゥーベの視線に恐れるような素振りすら見せずに淡々と。


「上から回ってきた仕事で日本に行って連絡がつかなくなった。部下との連絡が途絶え、そのフォローに行くっていうのが最後の通信」


「日本だぁ、ウルフのヤツはなんでそんなとこに行ってんだ」


 思いもよらない行き先に呆れと不満をにじませるドゥーベ。

 一方、ビスタの表情は変わらない。


「メーメイドの肉を食べて不老不死になった魔女がいたみたい。ウルフラクはその調査と可能ならサンプルになるものを持ち帰る為に派遣された」


「なんだそりゃ、ウルフのヤツはどっかの考古学者様じゃねぇんだぜ」


「ウルフラクが襲撃した魔女の拠点にあった報告書にそれがあった。それに場所は日本の工房長が直接管理する土地の一つ」


 ドゥーベの言う通り、ウルフラクはあくまで戦闘員、調査員ではない。

 しかし、それがウルフラクによる仕事の結果、入手した情報で、相手が大物魔女となると話は別だ。

 ウルフラクは対魔女の尖兵としてハイエストにてトップを走っていた人間である。

 調査そのものは他の人間に任せるとして、その大物魔女に出くわすといった事態になった場合に備えてウルフラクは派遣されていたのだ。


 しかし今回、ウルフラクがその仕事をまっとうすることはなかった。

 いや、積極的にサボタージュしたせいで、どうしようもない状況に陥り、遅ればせながら仕事をしようとした結果、消息を絶ってしまったのだ。


「工房長っていうとライトニングと同類か」


「厄介な相手」


 ライトニング――、

 彼等にそう呼ばれているのは、ハイエストが拠点とするアメリカの地で、魔女を取りまとめる立場にあるジョージア=フランクリン。

 ドゥーベはジョージアと直接戦ったことはないが、これまでに何人ものメンバーがやられていることは情報として知っていた。


 そして、今回ウルフラクが消息を絶ったその状況から、ビスタはそこに大物魔女が絡んでいるのではないかと懸念していた。


 しかし、そんな情報を聞いた上でドゥーベは強がる風でもなく。


「そうでもねぇだろ」


「日本の工房長はマリオネットマスターだと聞く」


 ただ、続くビスタの情報にはあからさまに面倒な顔を浮かべてしまう。


「ウルフの似たタイプかよ」


 群狼ことウルフラクは、代々受け継がれた超常の力によって影の狼を生み出し、数をもって相手を押し切るタイプだった。

 影の狼を纏、ウルフラク自身もパワーアップするという裏技を持っているが、結局のところウルフラクの強みは数による圧殺なのだ。

 そんなウルフラクの優位点が、同じような魔法で抑え込まれたとしたら、どうなるのか。

 そんなことなどいわれるまでもない。


「迎えに行くぞ」


 おそらく敗北したであろうウルフラクを想い、行動を起こそうとするドゥーベ。

 しかし、ビスタは立ち上がり歩き出そうとするドゥーベをただ見つめ。


「動くなと言われた」


「俺が聞くと思うか?」


「思わない」


 ただ、ドゥーベが行くといえば反対意見はすぐに取り下げる。

 それは、ビスタがドゥーベが言って聞くような人間ではないことを知っているからだ。

 しかし、それでも言うことは言わせてもらうが――、


「行くのはいい。でも、すぐには動けない」


「なんでだよ?」


「ウルフラクが消えた状況はおおよそ把握している。しかし、相手がわからない。調査が必要」


「そんなの適当に魔女を狩って吐かせりゃいいだろ」


「ダメ、魔女の繋がりはあなどれない。ここで無理を通せば全面戦争に発展する」


「チッ、面倒臭ぇなあ」


 小さな少女にたしなめられる大男。

 そこだけ切り取ってみれば、どちらが上司でどちらが部下かがわからない光景だった。

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