●血溜まり無きお土産
◆将棋盤の裏側にあるくぼみのことを『血溜まり』と呼ぶそうです。
「お土産よ」
「教官これは」
その日、警察の特殊部隊の隊長を務める川西重吾は、部隊の戦闘指導教官を務めるイズナに呼ばれていた。
だた、イズナに呼び出された部屋に入るなり、机の上に置かれたものに驚愕する。
川西が驚くのも無理はない、なにしろ呼ばれた先の部屋にあった机の上に置かれていたのは生首だったのだから。
しかし、その光景は川西にとってそれは一度見た――いや、実際に自身が体験した光景だった。
そして、すぐに平静を取り戻した川西は、猿ぐつわを噛まされ、うつろな目をする男の生首を見下ろし、その先の椅子に楚々と座るイズナに問いかける。
「教官。この首は一体? 状況から見て虎助君にやられた相手のようですが」
川西が口にした虎助というのはイズナの息子の間宮虎助のことである。
虎助は空切という物体を空間的に分断する魔法のナイフを所持しており、机の上に置かれた生首が瞬きなどをしちるという状況から、川西はこの生首が虎助と関わりがある人物のものだということは見抜いたが、なに故それがここにあるのかがわからない。
「ねぇ川西君。ハイエストって集団を知ってる?」
川西からの問いかけに質問で返すイズナ。
しかし、その質問に川西は自分の記憶を探るも聞きおぼえはない。
「お伺いしても」
その問いに首を振った川西が先を促すと、イズナから返ってきたのは、にわかに信じがたい話であった。
「超人主義を掲げるアメリカの団体らしいんだけど――、
あ、超人主義っていうのは、自分たち、超能力者が人類の進化系だとかいって、人類の上位に立とうとする。まあ一種の選民思考かしらね。そういう集団よ」
ただ、それを明言している人物がイズナであることを考えると、冗談の類だとは思えない。
「教官はどこでその情報を?」
「川西君は魔女の人達に会ったことあるわよね。彼女達がアメリカでそのハイエストとぶつかっているらしくて」
「ということは、この首はそちらから?
いや、それならわざわざ危険を犯して首を送ってくる意味がわからない」
「そうね。この首は日本に入り込んだハイエストのメンバーのものよ」
「詳しくお聞かせ願えますでしょうか」
ハイエストなる集団がすでに日本に入り込んでいる。
その情報を聞いて警戒を顕にする川西。
そして、イズナの本題もおそらくそれに関係しているのだろうと理解し、先を勧めると、イズナは「ええ――」と微笑み、先日の志帆の件から昨日あったことまでの状況を話していく。
そして数分、おおよそ説明を聞き終えた川西は眉間のシワをほぐすようにしながら。
「なぜ最初の時におっしゃってくださらなかったのですか」
「静流さんと相談して内緒にしていたのよ。
この国だけじゃないんだけど、魔女って立場的に扱いが難しいみたいだから」
「そうなのですか?」
「魔女狩りとか魔女裁判って言葉、聞いたことない」
かつて、ヨーロッパで行われたという魔女狩り、こちらの知識はさすがの川西も記憶にあった。
「それが今でも続いていると?」
「そこまでは詳しく知らないのだけれど、彼女達としてはあんまり目立つことはしたくないみたいよ」
「そういう事情でしたら仕方ありませんか」
実際、魔女があまり表舞台に立ちたがらない理由はそれだけではないのだが、その理由は川西を納得させるに十分だったようである。
「それで彼らの目的はなんでしょう?」
「大きな目的としてはパワースポットの奪取ね」
イズナがそのハイエストに接触して、なにも聞き出さなかったことはなかっただろう。
そんな前提に立った川西からの問いかけに、イズナは満足そうに頷いて答える。
「パワースポットですか」
パワースポットというのは、地脈と呼ばれる地下を流れる魔素の噴出孔。
魔素濃度の薄い地球において、そこを抑えるということは膨大な魔力の利用券を得るに等しいことである。
その辺りの事情は、川西もある程度、聞かされている話であり、現在、彼等も上層部を説得し、まだ未開発のパワースポットの確保に向けて動いていたのであるが、まさか、それに先んじて海外勢力が動いているとは思いもよらなかった。
と、そんなハイエストの動きにさらなる危機感をおぼえる川西だったが、イズナがハイエストのメンバーから聞き出した目的はそれだけに留まらない。
「それと、川西君は八百比丘尼って人のこと、知ってる?」
「ヤオビクニ――ですか? すみません。無知なもので」
ここにサブカルチャーに詳しい春日井がいたのなら、すかさず詳しい説明が入れられたのかもしれないが、残念ながら川西の知識の中に八百比丘尼なる人物のものはなかった。
ただ、説明する側のイズナも、かの人物に関する情報は表面上のものしかもっていなかったようで、
「人魚の肉を食べて不老不死になってしまった女の子なんだけど」
「不老不死ですか」
やや適当にも聞こえるその説明に思わず疑わしげな声を漏らしてしまう川西。
しかし、それは仕方のないことだろう。
なにしろ不老不死などという話など、誇大妄想の類でしかないのだから。
ただ、それがどんなに信じられない情報であったとしても、イズナが手に入れてきた情報とあらば無視はできない。
「ことの真偽は定かではないんだけど、そのハイエストは八百比丘尼の痕跡を探してるみたいなのよね。
一通り聞き出したことはこっちにまとめてあるから目を通してくれる」
イズナはそう言うと、ぱぱっと浮かべた幾枚もの魔法窓を川西にフリック。
川西は送られてきた資料を斜め読みしながら。
「しかし、不老不死などということが可能なのでしょうか」
「さあ、魔力を鍛えていけば寿命は伸びるみたいだけど」
魔法や魔獣といった存在に触れることによって、超常の現象にも慣れてきた川西だったが、
返されたイズナの言葉に一瞬キョトンとした顔を浮かべ。
「あの、それは我々も寿命が伸びているということでしょうか」
「多少は伸びているんじゃないかしら、まだ常識の範囲内だと思うけど」
単純に魔力のみのアンチエイジング効果は、その総量がかなり多くなければ、誤差範囲でしかならないだろう。
「ただ、魔力以外にも寿命が伸びる条件はいろいろあるらしくて、敵さんの狙いはそっちかもしれないってことよ」
事実、魔力がそこまで多いわけではない魔女の寿命は相当長く、若い姿を保つ事が出来ており、
そこには脈々と伝わる技術や実績の恩恵が大きく関係しているのではないかというのがイズナの想像だ。
「そうなると、我々も一度、魔女の方々に接触した方がよいのでしょうか」
いまのところハイエストの日本潜入を知っているのは魔女とイズナの関係者だけである。
「そうね。ただ、私達だけで勝手に話を勧めるのも問題がありそうなのよね。
それに捕らえたハイエストの処理の問題もあるから――」
と、ここでイズナが頬に手を添え、頭を傾けると。
「ここは加藤さんに相談すべきかしら」
「加藤さんとは?」
「偉い人よ」
「それは我々警察組織の上層部という意味ででしょうか」
「偉い人よ」
ただ『偉い人』と繰り返すだけのイズナに、これは聞いてはいけない類の質問だと、賢く口を閉ざす川西。
「とりあえず、週末にでも面会できるようにしておくから、それまでに聞きたいことがあるならこの子に聞いておいて」
イズナはなにもこの説明の為だけに、この生首状態の人物を連れてきたわけではない。
有益な情報があれば、こちらでも取っておくのがいいのではという考えがあったのだ。
だから、後のことは隊員のいずれかに任せようとしたのだが、
「あの教官、われわれ尋問は専門外なのですが」
部隊所属の隊員達は尋問の類をあまりやったことがないようだ。
「巴ちゃんは? 彼女、そういうこと得意そうじゃない」
「彼女も一応はですが我々と同じ畑ですから」
隊長補佐の女性隊員の名前を出したイズナに難しそうな顔をする川西。
川西個人の印象からすると、イズナの人選は的を射ているとは思う。
だが、自分達の組織が警察の一員であることを考えると、倫理的にこのような状態の相手を尋問するなどというのは不祥事にもなりえることであり。
「組織の今後の活動を考えると、こういうのに長けた人材はいた方がいいと思うけど」
「それはわかっているのですが、我々も警察組織の一員ですので、あまり過激なことをするのは難しのではないかと」
「コンプライアンスとか、そういう話?
面倒ね。また前みたいな催しを設けた方がいいのかしら」
「私の口からはなんとも」
それは半年以上も前のこと――、
川西を隊長とした新たに立ち上げられた特殊部隊のお披露目の際に、それはもういろいろと――、イズナの活躍によって一部の警察官部はとても友好的になってくれたのだが、それによって生まれた影響力はまだまだ限定的で、
それでなくとも、この件がマスコミなどに流れていたらことである。
いや、それとてイズナならば物理的になかったことにできるかもしれないが、常識人である川西としては、これ以上、胃が痛くなるような状況は勘弁して欲しいわけで、
「でも、今回は環境も整っているし、せっかくの機会だからやって損はないでしょう」
イズナは今にも泣き出しそうな生ける生首の頭をポンと叩いてそう言うと。
「とりあえず巴ちゃんと八尾君――は抑えが効かなそうだから、聡子ちゃんくらいかしら」
「お手柔らかにお願いします」
「あら、私としてはまだまだ序の口なんだけど」
生首を掴むイズナの言葉は川西にとって恐怖しかないものだったという。




