暴食の魔導書と素材不足
普段より少し重い脳に鞭打ち、その日の授業を終えた僕は、万屋に出勤すると、すぐにソニアの研究室に足を運ぶ。
今朝、元春達との会話から使えそうだと感じたアイデアを相談するためだ。
すると、ソニアはその幾つかのアイデアに興味を示し、さっそく色々と作ってくれるということで、僕は店番に戻ろうとしたしたのだが、ここでソニアから、その魔女さんの修行関連で、アビーさんとサイネリアさんに会いに行くと面白いかもと勧められる。
ということで、僕はすぐに二人とのアポを取ると、彼女達が暮らす工房の石壁沿いに建つトレーラーハウスへと向かうのだが、
到着したトレーラーハウスの前では、サイネリアさんのお祖父さんであるジガードさんが、弾幕系魔法アプリを楽しむ姿があって、
僕はそんなジガードさんを邪魔しないようにと、遠くから頭を下げつつもトレーラーハウスの入口をノック。
すると、すぐにトレーラーハウスのドアが開いて、出迎えてくれたのはメイド服の少女。
彼女は以前、この世界に迷い込んできたカースドール。
カオスとという名を得て、常識を学び、人になれた(?)彼女は、現在ここでメイドとして働いている。
と、そんなカオスに誘われ、トレーラーハウスの奥へと足を踏み入れると、そこでは白衣姿の女性二人が、散乱する大量の本を前に、魔法窓を大量に浮かべて議論する姿があって、
僕はそんな二人の会話が途切れるタイミングを見計らって声をかける。
「こんにちは」
「ん? 店長じゃないか。どうしたのさ」
「ちょっとご相談がありまして」
「「ご相談?」」
すっかり姉妹のように息ぴったりな二人に、僕は許可を取って目の前の席に座ると、近々魔女のみなさんがこっちに修行に来ることと、彼女達に丁度いいディストピアがなかなか見つからないとの旨を二人に伝える。
すると、二人は一様に首を傾げ。
「魔法系のディストピア?」
「そういうのはソニアの領分じゃない?」
「ええ、それは勿論、ソニアにも協力を頼んでいます。
ただ、そこでお二人が面白いものを作っていると言われまして、こちらに回ったんです」
「ああ」「そういうこと――」
「それでお二人は何を作っているんです?」
その問いかけにサイネリアさんとアビーさんが部屋中に浮かぶ魔法窓を集めると、その幾枚かを僕の手元に寄越してくれて。
「アルケミックポットの魔導書バージョンだね。前にふとした雑談からソニアに本を取り込む魔導書があるって聞いて、それなら面白いものが作れるんじゃないかって、いろいろ実験しているところなんだよ」
それは、前に元春達が倒したワンダリングカースツリーから作られた、暴食の魔導書というリアルブックリーダーだった。
アビーさんとサイネリアさんの二人は、この暴食の魔導書を核に、個人魔法というような特殊な魔法をおぼえられるものが作れないかと実験中だとのことである。
成程、たしかにそれなら今回の目的にもマッチしそうではある。
ただ、暴食の魔導書の元になったワンダリングツリーがそこまで強力な魔獣でないことから、ディストピア化することが難しく。
そもそも、その前段階である魔法生物への加工すらうまくいっておらず、いまだ製作の足がかりすら掴めていない状態だそうだ。
なにより圧倒的な素材不足という問題があるようで、アルケミックポットはもとより、魔法生物の素材すらほとんどない状態とのことで――、
しかし、魔法生物の素材といえば、
「フォールンシンボルはどうしたんです?」
フォールンシンボルというのは、以前、このアヴァロン=エラに迷い込んできたとある宗教偶像が魔法生物になったもので、その中核となった天使像は大きな力を持っており、それがアルケミックポットの開発に使えそうだと、サイネリアさんとアビーさんが確保していったハズなのだが。
「あれはアルケミックアーマーの実験やでほぼ使い切ってしまったんだよ」
ちなみに、アビーさんが言うアルケミックアーマーとは、先日僕達が実験を手伝ったアルケミックポットの鎧バージョンのことである。
成程、そもそもリビングメイルは――元になった鎧の素材や来歴にもよるのだが――あまり格の高い魔法生物ではないから、例のディストピアもどきに加工する為、その実験や調整も含めて、強力な魔法生物の素材――つまりフォールンシンボルの天使像が必要だったということか。
「そこで一つお願いがあるんだけど」
「お願いですか?」
なんだろう?
相手が相手だけに僕があからさまな警戒をしていると、誰に習ったのか、二人はきれいな土下座を決め。
「「銀騎士を貸してくれないだろうか」」
だからソニアは僕にここに行けと言ったんだな。
ソニアは二人が困っているのを知っていて、僕に知らせるここに誘導したのだ。
しかし、ソニアはこの世界の主なんだから、ソニアがそうしたいなら好きにすればいいのに。
まったく律儀な性格である。
僕は意外と気遣いしいな万屋のオーナーに心の中で苦笑しつつ、いつまでも二人に土下座をしてもらっているのも居心地が悪いと。
「構いませんよ」
「いいのかい?」
「二人の研究が成功すればウチにもプラスになりますから」
今回、二人の研究が魔女のみなさんの修行に間に合うかといえばそうではないが、魔法関連の新たなコンテンツが増えるのは万屋として歓迎すべきことである。
ただ一つ心配なのは、
「それで銀騎士を貸すのはいいのですが、お二人がそういう相手を勝手に倒してしまっていいんでしょうか」
お二人が新型のアルケミックポットを作る為、わざわざ倒しに行くということは、敵はフォールンシンボルと同等の力を持つ魔法生物になるだろう。
そんな相手を勝手に倒して周辺に影響が出るということもあるのではないのか。
僕が訊ねると、お二人は意外にもあっけらかんとしたご様子で、
「魔法生物は基本特定の想いに縛られてて、引きこもりの傾向にあるから、倒したところで周辺への影響はほぼないし、周りの人から感謝されることはあっても恨まれることはない筈さ」
「それに、実際に目当ての魔法生物に挑む前にセリーに報告――というか、対象のリサーチなんかをしてもらう予定だから、その時に冒険者ギルドに根回しなんかをしてもらえれば問題ないと思うんだよね」
成程――、
前もって侯爵令嬢であるセリーさんに関係各所に連絡を取ってもらっておいて、倒していけばそこまで問題にはならないのか。
しかし、銀騎士を使うとなると、討伐後に誰が倒したんだとか、戦力的な意味では関係各所を騒がしてしまうかもしれないから、その対策として、
「そうなると、しっかりした銀騎士を作らないとですね」
「ん、前に使った機体じゃダメなのかい?」
前に使った機体というと、アビーさんの実家のお家騒動の時に使った銀騎士だろうか。
あれを使ってもフォールンシンボルクラスの魔法生物を仕留めることは出来なくもないだろうけど。
「今回の作戦はお二人がメインに動くんですよね」
「そうだね。さすがにことが個人的なことだけに、白盾の乙女のみんなやフレア君達に頼むってこともできないだろうし」
うん、白盾の乙女のみなさんなら、依頼料を払えばもしかして手伝ってくれるのかもしれないが、さすがにフレアさん達は無理だろう。そろそろ冬支度を考えないといけない時期でもあるし。
「でしたら、銀騎士も丈夫で動かしやすいものにした方がいいんじゃないですか」
「ああ、たしかに――」
加えて、隠密行動が出来る仕組みも必要だろう。
と、そんな僕の意見に、ここで反論がないのは、二人もゴーレム操作の経験がほとんどないからだろう。
そもそも、銀騎士に関しては、ソニアが独自に開発した操作ツールを使っているので、移動やちょっとした作業なら初心者でも簡単に出来なくはないのだが、それが戦闘ともなるとまた違う次元の話になってくる。
だから、ここで言い出しっぺというか元凶というか、ソニアに銀騎士の操作に慣れていない人でも、きちんとアシストが効いて戦える機体を作ってもらうべく、自前の魔法窓を開いて、
「できれば、各種装備や消耗品を出してくれると嬉しいのだけれど」
さすがというべきか、抜け目のない。
僕はさりげに追加の要求を差し込んできたサイネリアさんに苦笑しながらも。
「周辺に被害が及ばないようにしっかり倒してくださいね」
「それは任せてくれたまえよ」
「僕たち専門家だよ」
どちらかというと、この二人の場合、だからこそ心配というのが本音なのだが、まあ、エレイン君とカオスをフォローにつけておけばダイジョウブかな。
僕はそんなことを考えながらもソニアにメッセージを送信。
注文する銀騎士の仕様をまとめるべく、お二人に要望を聞いていくのだった。
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




