禁じられた魔法
◆少し長めです。
魔女の工房の襲撃から数時間後、僕はやや眠気が残る頭で家を出る。
ちなみに、母さんは簡単に事後処理を手伝った後、お土産を小脇に直に仕事場へと出かけていった。
今回の襲撃に関連して部隊で話をすり合わせたいことがあるそうだ。
なんというか、さすがは母さん、タフである。
軽い仮眠の後、日課の訓練をこなして学校へ行こうとする僕も人のことはいえないかもしれないが……。
ただ、救援に向かった山奥の工房からの帰りは、魔女のみなさんが長距離の移動に使うという魔法〈森の道〉を使わせてもらったので、疲労という意味では思ったよりも軽かったりする。
ちなみに、僕が帰路に使った〈森の道〉という魔法は、かつて存在した強大な力を持った魔女が作ったとされる移動距離を誤魔化す為の儀式魔法だそうだ。
決まった手順に沿って移動しなければならないという成約があるが、魔女が管理する森と森とを空間的につないで大幅に移動距離の短縮が出来るという効果が得られるのは興味深い。
と、そんなこんなで帰宅することができた僕は、いつも時間に普段通りの登校と相成ったわけだが、家を出たところで元春に捕まってしまった。
どうも昨夜のことを知りたいらしい。
ちなみに、どうして元春が昨夜のことを知っているのかというと、昨夜、静流さんの要請で魔女の工房に向かう前に、『明日、学校休むかもしれない』というメッセージを|魔法窓の掲示板にあげておいたからだ。
ということで、また何かおかしな勘違いをしているらしい元春に、昨夜のことを簡単に話したところ。
「いろいろツッコミどころがあんだが、とりあえず小練さん is 誰?」
そういえば元春は会ったことないんだっけ。
そういう僕も昨日はじめて名前を伺ったんだけど。
「静流さんの補佐をしてるっていう魔女さんだよ」
「静流さんってーと、たまに虎助に連絡してくる色っぽいネーチャンだよな。あの人の部下ってことは美人なん? 幾つくらいなん?」
小練さんの容姿を聞いてくる元春がいつもより落ち着いているのは、魔女のみなさんの実年齢を考えてのことだと思う。
魔女のみなさんは見た目と年齢が噛み合わないからね。
元春としてはどうしても食指の動きが鈍くなってしまうといったところだろう。
ちなみに、魔女のみなさんの老化が鈍いのには大きく二つの理由があって、
一つは魔力が多ければ若い肉体を維持できること。
もう一つは【魔女】という実績に中にアンチエイジング効果を高める権能が含まれているからだそうだ。
さて、そんな魔女のみなさんの美魔女っぷりはともかくとして、
「小練さんは黒髪で長身の大和撫子って感じの人だよ。見た目は環さんと同じくらいかな」
最近はこういう表現も使いづらい面倒な世の中になっているけど、小練さんの雰囲気を表現するには大和撫子という言葉がぴったりな女性だ。
「ふ~ん。
で、その静流さんの要請で虎助が魔女の工房 に駆けつけると、その小練さんって人が狼男にやられそうになってたってわけか」
「えと、まあ、だいたいそんな感じだね」
正確にいうとやられそうになっていたのは小練さんだけじゃなくて、その相棒の計良さん。それ以外にも負傷していた魔女さんはかなりいたんだけど。
それを元春に言っても仕方がないか。
「しっかし、群狼だっけ? ヤバそうな相手に自分一人で向かってくなんて、その人も無茶するよな」
たしかに、それは元春の言う通りかもしれないが、小練さんには小練さんの戦う理由があって、
「それなんだけど、小練さんのお姉さんがアメリカの方で酷い目にあわされたらしいんだよ。それで、どうしても群狼には負けたくなかったみたい」
とはいうものの、その根底にあるのはお姉さんへの尊敬じゃないかというのが僕の考えだ。
小練さんは最後までみんなの為に戦っていたみたいだからね。
「酷い目って、もしかして薄い本にありそうな感じの?」
状況からして元春が言わんとすることもわからないでもないけど、小練さんのお姉さんに関しては、
「そういうのじゃなくて普通に肉体的なことだね」
聞いた話によると、小練さんのお姉さんは群狼との戦闘で片手片足を失ってしまったのだという。
「ただ、僕が本人を見た印象からすると、元春が想像したようなこともやりそうな人物ではあったかな」
「なんだよその気になる言い方は、向こうでなんかあったん?」
「それが僕が現場に駆けつけた時、その群狼って男が小練さんの服を破ろうとしててね。小練さんのお姉さんがそういうことにならなかったのは不幸中の幸いってだったんだと思うんだよ」
手足を食いちぎられて不幸中の幸いというのも酷いけど、本当に最悪のことにならなかっただけでも、まだ救いはあったんだと僕は思いたい。
手足の欠損はエリクサーを使えば治せるのだから。
「マジかよ。
てか、そんなタイミングで駆けつけるって、お前、どこの主人公だっての」
「いや、そんなこと言われても――」
僕は救援を頼まれたから向かっただけで、助けに入ったタイミングはまったくの偶然。
まあ、相手が相手ということで、そういう展開も予想しないわけでもなかったのだけれど。
「小練さんはそういうことでそうなるような人じゃないと思うよ」
「そうなん?」
「どっちかっていうと正則君とか似たタイプかな。
相手を倒した手並みに感心するというか、後の話し合いで修行をお願いされたくらいだから」
「ああ、そういうタイプの人かよ。
てゆーか、修行をお願いされたってことはなんだ、また万屋に女子が増えるんか?」
「若手を中心にメンバーを考えるって言ってたかな」
「おおっ」
『若手』という言葉に反応して歓声をあげる元春。
すると、ここで――、
「なに盛り上がってんなだ」
「おう、ノリにひよりっちに次郎か、珍しい組み合わせだな」
さっきの会話がフラグになったのか、声をかけてきたのは正則君だ。
その隣にひよりちゃんがいるのはいつものことだが、そこに次郎君がいるのは珍しい。
と、どうして三人が一緒にいるのか「おはよう」ついでに聞いてみると、三人がここにいるのは元春と同じ理由で、次郎君が合流したのもちょうどそこでのことだったようだ。
「つか、この時間にノリがいるなんて珍しくね。部活サボったん?」
「サボりって、今日は朝礼じゃんかよ」
正則君の言う通り、ウチの学校では朝礼がある時は基本的に部活動の朝練はないことになっている。
「で、なに話してたんだ。昨日のメッセと関係あんのか」
「ああ、それなんだけど――」
と、ここで昨晩あったことを合流してきた三人にも簡単に説明。
すると、魔女のみなさんが万家に来るというくだりで正則君とひよりちゃんが、
「みんなで修行とか、羨ましいな」
「私も気になるです」
体育会系の二人は魔女さんが受ける訓練に興味があるようだ。
ただ、一方で次郎君は先の話が気になっているようで。
「魔女の方ですか、前にもそういうことがあったと聞いていますが」
「前回はワイバーンと戦っただけで終わっちゃったって感じかな」
「いや、いきなりワイバーンと戦わせるって無茶だろ」
今更だけど正則君の言う通りだよね。
ただ、あの時は訓練や修行というよりも、若手魔女さん達の勘違いを正すっていうのが目的だったので、わかりやすい強敵をということでフォレストワイバーンのディストピアが選ばれたのだ。
しかし、その戦闘で一定以上、勝利への貢献していないと、たとえ一緒に戦闘に参加していたとしても実績を得られないから、ディストピアのクリアが彼女達の強化に繋がったのかといえばそうではなく。
「そうなると、今回は地道に魔法を訓練、魔力の向上を目指すなど、そういう修行になるということですね」
「基本的にはそうなるね。とはいえ、ハイエストへの対抗手段ってことで考えると、どこかでディストピアをクリアしてもらいたいところなんだよね。だた、なかなか魔女のみなさんの強化につながるようなディストピアがなくて」
身体能力の向上効果がある実績を獲得というのも悪くはないが、それがしっかりと効果を発揮するのは地道な努力があってこそだ。
ただ、魔女のみなさんの資質を考えると、純粋に魔力の力を伸ばす方向の実績を手に入れるのが一番になると思うが、それに対応するディストピアの数は少なくて、
「公開しているディストピアの中で魔法特化なのはアダマー=ナイマッドだけでしたか」
「あれな」
次郎君の声に達観したような声を出すのは正則君。
ディストピアのテストプレイを引き受けるほどチャレンジャーな正則君としては、自称とはいえ大魔王と戦えるチャンスは逃せないと、アダマーのディストピアにも挑んだことがあるのだが、その結果は、彼の表情を見てわかる通り、惨憺たる結果というか、それ以前のものであって。
「一応、他にも魔力の底上げができるディストピアはあるんだけど」
「そうなん?」
「ボナコンなんだけどね」
「それは女子として絶対拒否です」
ボナコンのディストピアに強い拒否反応を示すのはひよりちゃん。
正則君とのお揃いにさり気なくこだわる彼女としては、ボナコンのディストピアは挑んでみいディストピアだったのだが、そこに出現する凶悪な敵の情報、そして得られる権能を知って攻略を断念したという経緯があったのだ。
「だったら、この前やった鎧のヤツはどうなん。あれって魔法生物なんだろ、なんかそういう実績とか取れそうじゃね」
ここで口を挟んだのは元春だ。
それは、先日アビーさんとサイネリアさんに実験を誘われたあるけミックポットの進化系――、後にアルケミックアーマーと名付けられた鎧のことだろう。
ただ、アルケミックアーマーはディストピアのようでディストピアではなく。
「あれはあくまで装備獲得がメインだから、ディストピアのような討伐系の実績獲得はできないんだ」
「そだっけか」
と、僕と元春が先日のことを思い出していると、ここでボナコンのことで苦い顔をしていたひよりちゃんを慰めていた正則君が、
「ん、なんだそれ?」
「ちょっと前にサイネリアさんとアピーさんが作ったディストピアみたいなものだよ。捧げた素材に寄ってパワーアップするリビングメイルと戦うことで、鎧が手に入るんだ」
「おいおい、そんな面白そうなことがあったんなら呼べよ」
「実験になったのが急なことだったし、正則君は最近忙しくてこっちにこれてなかったから」
二学期に入って部活が新体制に入り、文化祭の準備なども重なったことから、ここ一ヶ月ほど、正則君は万屋にはあまり顔を出せていなかったりする。
「でも、あんまりディストピアにこだわらなくても、次郎君の言ったように、魔女さんなら普通に、魔法の訓練をするだけでも、かなりの戦力アップになるっていうものあるかもね」
実際、万屋に来る魔法使いのお客様のほとんどが、ディストピアに潜らず、新しい魔法を購入して、訓練場やアヴァロン=エラの荒野でひたすら魔法の練習をするという光景も見られるのだ。
しかし、やる気になっている小練さんや、先日の襲撃で忸怩たる想いを抱いている魔女さんがいる考えると、できれば群狼くらいの相手なら、立ち向かえるくらいには強くなってもらいたいから。
「フレアにやったみたいに必殺技を伝授するとかはどうなん?」
「必殺技って、お前等そんなこともやってたのかよ」
「かなり前の話だけどね」
あれはもう一年くらい前のことになるだろうか。
ロゼッタ姫の関係で、一時茫然自失状態に陥ってしまったフレアさんが再起する時に、いろいろお手伝いをしたことがあったのだ。
そういえば、あれって結局どうなったんだったんだっけ?
みんなで試練を考えて、それから――、
と、すっかり忘れてしまったあの時のことを思い出そうとしていると、ここで正則君がパシンと手の平に拳を打ち付け。
「けど、必殺技とか燃えるな。俺もそういうのが欲しいところだな」
「つかさ。魔女の人等にもそういうのをおぼえてもらうのはどうなん?」
成程、悪くはないかも。
「しかし、魔法で必殺技というと禁呪とかそういうのになりますか?」
「ああ――、
けど、そういうのって実際にあるん?」
「データベースにそれらしき魔法はあるね。誰にでも使えるような魔法から、魔王様クラスじゃないと使えないものまで」
友人三人の会話の流れから出た質問に僕がそう返したところ、元春から「誰でも使える禁呪ってどんなのよ」との疑問の声が上がったので、
「わかりやすいのは儀式魔法の類かな」
「儀式魔法?」
「指定された条件を整えさえすれば発動する魔法だよ」
地面にでもなんでも魔法陣を書いて、後は発動に足る条件と魔力さえあれば発動するというものだ。
「それだけ聞けば、あまり問題にならないような気もしますが」
「問題はその発動条件なんだよね。
例えば、その魔法には何十人と生贄が必要ですってことならどう」
[
「ああ――」
「そりゃ禁止されるわ」
フレアさんの世界のヴリトラの召喚なんかがそれにあたるかな。
特定の条件下で魔法式――この場合は魔法陣――を地脈上に構築、そのエネルギーを利用するスターターとしての生贄を捧げてしまえば発動する大魔法――、それがヴリトラの召喚の本質だったそうだ。
まあ、僕達がアヴァロン=エラでそれを行った時は、もともと存在する魔素量やら、魔法式そのものの改良、さらに生贄の代わりとなる質のいい素材を用意して、先に儀式に組み込まれていたメルさんがいたことで、犠牲が出ないようにソニアが改良してくれたんだけれど。
「そういうのって、なんかヤバ気な組織が地下でやるってイメージがあるよな」
実際、ヴリトラ復活はどこぞの地下神殿のような場所で行ったという話だ。
ただ、そういう魔法の他にも。
「すごく面倒な魔法陣を書かないといけないけど、発動自体は簡単な強力な睡眠魔法とかもあったりするみたいだよ」
「わざわざ難しい式書いて寝かすだけって、それってどういう意味があんの?
禁呪指定する意味なくね」
「その魔法が本人対象のもので、解除するのに本人の承諾が必要になるから」
本人の意思で行い、本人の意思で発動、その結果、セルフ眠り姫が完成してしまうという恐ろしい魔法だ。
「それは禁止されるのも当然ですね」
「後で治すことはできないんです?」
「できなくはないんだけど、解除が物凄く面倒で、高位の対抗魔法の使い手か、超高額の万能薬が必要になるレベルだから」
例えば、ウチで売っている解呪薬が必要となるレベルの効果といったらどうだろう。
「だから使う方を封じたんですね」
治すことが難しいなら、使用を禁じてしまえばいい。
というのが、この魔法が禁呪たるゆえんである。
しかし、そこは本当に『個人で使える簡単な禁忌魔法』という悪徳詐欺のようなキャッチコピーがつけられそうな魔法だからというべきか。
「ただ、それでも、この魔法で大きい国が滅びたって話もあるみたいで――」
「滅びたって、それヤバ過ぎね」
その国は貧富の格差が激しく、テンプレートな悪徳貴族が蔓延る国だったらしい。
生活の苦しさに耐えかねた国民が、意図的にバラ撒かれた幸せな夢の中に逃げ込むことのできるこの禁呪に飛びついた結果、国民の九割がさめることのない眠りに入ってしまい。
国自体が機能不全に陥り、他国の侵略を待つまでもなく崩壊してしまったのだそうだ。
「あと、珍しいところだと精霊合身があるかな」
「精霊合身? なんが凄ぇ必殺技って感じの魔法だけど」
「もしかしてマンガとかにありがちな、使うと命を削る系の技とか」
うん。正則君が言うタイプもあるにはあるのだが。
「これは精神が同調することが危険なんだよ」
「精神が同調? もしかして合体したら相手に精神を乗っ取られるとか」
「いや、相手が精霊だし。
合意の上での合体だから、そういうケースはまずありえないかな」
「じゃあ、どうなるんだ?」
これに関してはちょっとイメージが難しいか。
「ただ、その性質みたいなものが合体後も影響するみたいでね」
「凶暴になったりとかです?」
「いや、凶暴とかじゃなくてもマイナス方向の変化ってあるよね。
たとえば次郎君のゆいタンみたいな精霊と合体したらどうなると思う」
「最高じゃねぇかよ」
元春の頭の中では美少女がユイたんと合体してとか、そういう想像が繰り広げられているんだろう。
しかし、
「合体したのが元春だったとしたら」
歌とダンスは得意だけど、『はわわ』と言いながらなにもないところで転んでしまう坊主頭の助兵衛な男子高校生が誕生とか誰に特があるというのだろう。
しかも、その影響が合体後も続いてしまうとか、どんな冗談か。
「最悪です」
「使い方を知っちゃうと好奇心で使いたくなるっていうのが人だから」
「禁呪に指定するしかないってことかよ」
「しかし、そういうデメリットさえなくなれば、手軽な強化魔法としていいかもしれませんね」
ただ、たしかに、次郎君の言う通り、そういうデメリットが少ない精霊合身があったとしたら、魔女のみなさんのパワーアップにつながるかもしれない。
スクナカードを使えば精霊とのコミュニケーションも簡単にできることを考えると、悪くはないアイデアなのではないだろうか。
これはちょっとソニアに相談してみようか。
僕はそんな次郎君のアイデアを脳裏にメモ書き、授業が終わったらソニアに相談してみようと思うのだった。




