防衛戦の事後処理
ハイエストの狼使いが母さんにドナドナされていったところで事後処理をするとしよう。
僕はとりあえず、到着した時、群狼を抑える為に一番頑張ってくれていた、黒髪の魔女さんに声をかけることにする。
「大丈夫ですか、これ回復薬です」
「あ、ありがとうございます。しかし、どうしてアナタ様がここに?」
アナタ様?
僕は妙にへりくだった様子の黒髪の魔女さんからの問いかけに、簡潔にここに至った状況を答える。
「それなんですけど、群狼が現れてすぐ、魔女のどなたかが静流さんに連絡をしてくれていたようで、僕に連絡が回ってきたんです」
それは僕が仕事を終えて自宅でお風呂に入っていた時のこと、静流さんからの通信が届き、この魔女の工房への救援をお願いされたのだ。
ちなみに、どうして僕にお話が回ってきたのかというと――、
なんでも静流さんは現在出張中で、すぐに救援にと駆けつけることができる場所におらず、現場近くに目ぼしい戦闘要員が居ないとのことで、申し訳無さそうにしながらも僕にお鉢が回ってきたらしい。
そして、僕としても、僕と義姉さんと佐藤さんとで捕まえたハイエストのメンバーが原因で、魔女のみなさんが困っているならと、快く応援を引き受けたというわけだ。
ちなみに、ここまでの移動手段は空歩を使っての全力疾走。
マナポーションをガブ飲みして、なんとかここまで辿り着いた。
前に潜水艇の実地試験で海に行った時にも使った手だが、今回は風のマントも使ったことで、さらに効率的な移動ができた。
ヘリコプターなんかにも乗ったことがあるから、空の移動が早いことは知ってはいたが、魔法を使って本気を出すとここまで短時間で移動が出来るとは思いもよらなかった。
まあ、マナポーションの消費量を考えると採算度外視になってしまうが……。
そしてもう一つ、どうしてここに母さんがいるのかということに関してだが、
当然というか、家を出る時に見つかってしまって事情を話したところ、それなら自分もついていくということで、一緒に来たというわけだ。
結果的にみれば、敵の数や工房の被害を考えると母さんについてきてもらったのは正解だったと思う。
魔女のみなさんの回復はアクアやオニキスに動いてもらえば、まったく問題なかったんだけれど、例の黒い狼の大群と真っ向から戦うとなるとアクアとオニキスだとちょっと厳しかっただろうしね。
「というわけで回復しちゃってください」
「しかし、お代は?」
「それなら、魔女のみなさんがウチに入れてくださっている、プール金から出していただけるようになっていますので心配しないでください」
なにが『というわけで』なのかは彼女にはわからないだろうが、
それでなくとも彼女の怪我はかなりのものなのだ。
とにかく彼女に回復薬を押し付け。
「それで静流さんへの報告なんですけど、僕の方からしてもよろしいでしょうか」
この報告は彼女にしてもらっても構わないのだが、静流さんに連絡するなら魔法窓を使ったほうが早い。
だからと魔法窓を展開し、声をかけたところ、やはり僕が駆けつけるまでの戦闘で相当消耗しているのか。
意外とすんなり任せてくれたので、僕はすぐに静流さんとの通信を繋いで状況を報告。
すると、通信を受けた静流さんは魔女のみなさんの無事にほっと胸を撫で下ろして、
『敵の情報は逐一報告があがっていたのですが、まさか本当に『群狼』が相手だったとは』
「有名な人なんですか?」
『アメリカで多くの同胞が被害を受けておりまして』
そうやって静流さんから聞かされた内容は思ったよりも酷いものだった。
曰く、ハイエストによる襲撃はアメリカでかなり頻繁に起こっているらしく。
いまのところ、北米支部の工房長であるジョージアさんの活躍もあったりと、人死こそ出ていないものの、重傷者の数はかなりの人数に及んでいるそうだ。
そして、いま目の前で回復薬を飲んでいる、黒髪の魔女さんこと小練杏さんのお姉さんも、まさに群狼の襲撃により、片腕と片足を失ってしまったのだそうだ。
成程、そういう事情があるなら僕が『甘い』と言われても仕方がないのかもしれない。
さすがの母さんもそこまでは知らなかっただろうけど……。
ただ、聞かされる被害と、いま戦った群狼の実力がどうしても噛み合わない。
あの数の狼を使役できるのは凄かったけど、本人の力はそこまでのものでもなかったし、狼の一体一体も野犬などのそれとほぼかわらないものだった。
狼本体も魔力で作られた亜成体ということで、その耐久力も控えめで、生物的な急所を狙えば意外と簡単に倒せてしまったことを考えると、魔女のみなさんが揃えば十分対応できるのではと思ったのだが。
どうも群狼が出す狼は魔法耐性が高く、魔女のみなさんでは少し倒しにくいとのことらしく。
だからこその被害というべきか。
あの群狼という男は、物理的な攻撃手段をあまり持ってない魔女のみなさんにとって物凄く相性の悪い相手だったみたいだ。
と、僕はアメリカでの被害と群狼の実力の間に感じる違和感に納得しつつも、
『それで、『群狼』はいま?』
「すみません。それが母さんに連れられて行ってしまわれまして」
そう言うと、急に表情を引き締める静流さん。
やっぱり母さんへの苦手意識があるみたいだね。
まあ、最初の出会いがアレだったから仕方がないか。
そして、そんな母さんに群狼が連れて行かれたと聞いて、静流さんの中で群狼の処分に関する心配はもう終わってしまったようだ。
話題は不自然に今後の話へと移っていき。
『しかし、『群狼』まで捕らえたとなりますと、この工房も危ういでしょうか』
いまさっき確保した群狼という男は、幹部とまではいかないものの、ハイエストの中ではトップクラス? いや、あのいっぱいでてくる狼は脅威かな? とにかく貴重な戦力と数えられる人物らしく。
そんな人物が他の勢力の手に落ちたとなれば、さらなるハイエストの侵攻も考えられなくはないだろう。
ただ、それに対抗するには、この工房の有様では難しそうで、
と、僕は建物そのものは無事なものの、けが人多数の周囲の状況を見回し。
「でしたら、こちらの工房の守りは一時的にゴーレムなどに任せて、ハイエストの面々はしばらくウチで預かりましょうか」
『それならば人員の立て直しに注力できますか。しかし、彼等をそちらに預けてもよろしいので』
「あまり自慢できることではないんですけど、万屋にはそういう手段が充実していますから」
最近ではあまり来なくなってしまったが、以前は月に一・二度という頻度で盗賊などの輩が万屋にやってきていた。
故に、|万屋にはディストピアを始めとした隔離空間や、空切を使って相手をバラバラにして管理する方法など、危険人物を安全に隔離しておく手段が幾つもあって、
「それに異世界なら、取り返される心配もありませんし」
地球側からアヴァロン=エラへ入るには、今のところ『そにあ』の口の中に飛び込むしかない。
その『そにあ』も移動可能ともなれば、こちらへの侵入はほぼ不可能。
『しかし、ことによっては間宮さんのお宅が標的になってしまうのでは?』
僕としては前に捕らえたメンバーも含めて知られないように運ぶつもりでいるが、相手が超能力者の集団ともなると、なんらかの方法で味方の位置を探るような力を持つ能力者もいるのかもしれない。
もし、相手側にそういう能力者がいた場合、ウチに殺到してしまうという静流さんの指摘はとうぜん気にしておくべきだが、それも考えようによっては、
「それこそ好都合じゃないですか。いま家にいるのは僕と母さんだけですから」
現在、義父さんは仕事で海外に行っている。
そして、義姉さんも佐藤さんと一緒に出掛けているとなると、相手を迎え撃つのにはちょうどいい。
心配があるとすれば、少し前に連絡をくれた義父さんから頼まれ事とご近所さんへの迷惑なのだが、
それも、家の周辺にソニアが作った警備装置や結界、意識誘導の魔法がてんこ盛りに仕掛けてあるとなると、その多くは自動で対応できるもので。
「そうね。それでいいんじゃないかしら」
『い、イズナ様』
ここでするっと会話に入ってきたのは母さんだ。
相変わらず、間がいいというかなんというか、こっちの話を全部聞いていたんじゃないかってタイミングで入ってくる。
ちなみに、そんな母さんが物陰に連れて行った群狼であるが、
「ちょっとやりすぎて、いま気絶しちゃってるの」
『そ、そうですか、それはよかったです?』
母さんがいい笑顔ってことは、ぜんぜん大丈夫じゃないと思うんだけど……、
静流さんもこう言ってるし、ここは流すのが正解ってことかな。
と、僕が二人の――、
特に静流さんの反応から群狼のことはいったん忘れようとしたところ、
母さんはそんな僕の心の内を読み取ったように笑みを深くして、
「心配はいらないわ。ちゃんと正気を保っていられるように〈浄化〉使っているし、輪蔵に見張ってもらっているから」
いや、そういうことじゃなくて――、
というか、それは本当に大丈夫なのだろうか。
ちなみに、ここで〈浄化〉が名前にあがるのは、万屋の浄化魔法に精神安定の効果があるからだ。
そして、輪蔵というのは母さんのスクナのことで、
母さんの薫陶を受けていることもあり、精霊でありながら忍者犬のような働きが出来るようになってしまっているのである。
「それで、どうやって万屋に捕虜を運ぶの?」
「そうだね――」
バラバラの状態とはいえ、先に捕らえたメンバーの人数を考えると結構な数になるから、輸送中に相手が暴れたり逃げようとすることもあるかもしれないとなると、ここは適当なディストピアを持ってきて運ぶのが一番単純かつ安全かな。
僕が具体的な案を考えていたところ。
「その輸送、我々にお手伝いさせていただけませんか」
ここで手を上げたのは、僕達が話す直ぐ側で回復に努めていた小練さん。
こちらとしてはそこまで手間ではないのだが、彼女達からしてみるとこちらに任せっきりというのは申し訳ないのかもしれない。
そして、彼女にはもう一つ希望があるようで、
「――そして、出来うることなら私は鍛え直してはくださいませんか」
「ええと――」
突然の申し出に僕が視線をスライドさせると、それを受けた静流さんが、
『本気なのですか。杏』
「私は今回、敵を前に不甲斐なくも助けられる立場でした。この方はそれをあっさりと撃退されました。私はその力を手に入れたいのです。なにより、以前、あちらで佐藤先輩が強い力を手に入れたと聞いております。なればこそ、私もそちらで鍛え直したいのです」
急に態度が軟化したと思ったら、群狼と僕の戦いを見て思うところがあったみたいだ。
しかし、魔女のみなさんの処遇に関しては静流さんがその責任者なので、僕の一存では決められない。
その判断を静流さんにと任せたところ、魔法窓の向こうの静流さんは少し考えるように頬に手を添えて。
『……いいでしょう。そもそも我ら支部は地の利があるにもかかわらず、戦力増強に関しては海外支部に出遅れている状態ですからね。皆の強化は望むものです。ただ、人選は慎重に頼みますよ』
「心得ております」
『では、虎助様、彼女達の指導をお願いできますか』
「任せて」
そこは僕が返事をするところじゃないだろうか。
僕は勝手に返事をした母さんを軽く湿り気を帯びた目で見ながら。
「承りました。いまならちょうど他に女性のお客様がおられますので、みなさんも過ごしやすいかと」
『どうぞよろしくお願いいたします』
今回本格的に日本の魔女のみなさんを招くことになったのだが、
「それで期間の方はどの程度を予定しているんでしょうか」
多くの人をアヴァロン=エラで受け入れるとなると、寝床の用意から食料の調達といろいろ準備が必要となる。
とりあえずの予定を伺ってみると。
「私としましては納得できるまでといいたいところですが――」
『表の仕事を考えると一ヶ月、近頃ハイエストの活動が活発化しているようですから、なにかあった場合はすぐに戻ってもらうことになりますね』
「わかりました」
魔女のみなさんもかすみを食べて生きているわけではないのだ。これは仕方ないことだろう。
『では、残る人選はこちらで、お手伝いを頼みましたよ』
「了解しました」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




