ドライアド
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放課後、ここ数日の間『紳士の集い』という名の下に行われていたらしい部活の会合を終えた元春を伴って万屋へと向かう道すがら、僕達は道路脇にあるそれを発見する。
「こんなところにこんなデッケー木なんてあったっけか?」
「昨日までは無かった筈だけど」
そこにあったのは大きな黄緑色の葉を茂らせた立派な木だった。
前日の植物育成実験を思い出し、もしかして使った野菜の種が異常成長してこんな風になってしまったのかとも一瞬疑ったのだが、野菜の種からこんな立派な木が生えるとは思えないし、そもそもこのアヴァロン=エラでは植物がうまく育たない筈である。
だったらこの木はなんなのか。そう考えて先ず思い浮かんだのは、この木が魔物の類なのではないかという可能性だ。
しかし、それならゲートで警備してくれているエレイン君からなんらなかの警告を受けてもおかしくない。
それが無いということは――、
いや、もしかすると、以前迷い込んできたシャドートーカーのような擬態能力を持っていてエレイン君の監視網を逃れたのかもしれないが、
どちらにしても、エレイン君を呼び寄せて調べてもらうのが手っ取り早いか。
最終的にそう結論して、僕が魔法窓を発動させようとすると、そのタイミングで立派な木の陰から1人のグラマラスな女性が現れる。
しかも、その女性が薄布1枚しか身に纏っていないのだとしたらこの男が黙っていない。そう元春だ。
「おいおい、何だよ虎助。エッロい姉ちゃんが飛び出してきたぞ。なに、俺、誘われちゃってんの」
「何を言ってるのさ。どうみたって怪しいでしょ」
いきなり現れた半裸の女性を目に、どういう思考経路を辿れば誘われてるなんて結論に到れるのか。
僕は元春の発作に苦笑しつつも、なにがあっても対応できるようにと油断なく腰のナイフへと手を伸ばす。
そして、現在呼び出し中のエレイン君にこの美女の詳細を調べてもらうべく、魔法窓を経由して簡易的な情報を送りながら、その返信を待っていると、何を思ったか。いや、何も考えていないのだろう。隣にいた元春が美女の方へと歩き出そうとしていたので、僕は軽くため息を吐きながらも『危ないよ』と声を掛ける。
だが、何故か元春からは反応が返ってこなくて、
「元春?」
不審を感じ、僕がぐるり元春の目の前へと回り込んでみると、そこには熱に浮かされたような元春の顔があった。
「これは――」
『松平智春様は精霊・ドライアドによって魅了されたようデス』
疑問する僕の視界内にようやく現場に到着したエレイン君がフキダシを割り込ませてくる。
それによると、どうやらあの美女はドライアドという精霊で、元春は彼女が放つ魅了の力にとらわれてしまったらしい。
続けてエレイン君から魅了状態になってしまった元春の処置を求められたので、
「悪いけどお願いできるかな」
お願いをしてみると、それを受け取ったエレイン君は了承を伝えるようにビコンと目に当たる部分を光らせ、〈電撃麻痺〉という名の最近ソニアが開発に成功した非殺傷性の高い雷属性の魔法を元春に叩き込む。
しかし、
えと、これはちょっとやり過ぎなんじゃないのかな。
おそらくエレイン君は、電撃を撃ち込む事によって魅了の状態に陥ってしまった元春を一時的に失神させ、異常状態を上書きしようとしたのだろう。
僕としては少しやり過ぎのようにも感じられたのだが、その目論見は失敗に終わってしまったみたいだ。
どうやら元春にかけられた魅了の効果はなかなかに強力なものだったらしく、〈電撃麻痺〉程度の魔法効果では失神に至らなかったようなのだ。
あるいはこれが通常のスタンガンによるショックだったのなら魅了状態が解けたのかもしれないが、エレイン君が使ったのは魔法によって再現されたスタンガン。精霊であるらしいドライアドの魅了効果を吹き飛ばすにまでの力は無かったみたいなのだ。
僕はそんなフキダシによって知らされた情報を見て、これはむしろ僕の世界で手に入るスタンガン(物理)そのまま使った方が効果が高かったのかも。
そう思いながらも、
けど、すぐに用意は出来ないし。
なんて次なる対応に頭を悩ませていたところ、たぶん途中で立ち止まった僕達が気になってやってきたのだろう。万屋がある方向から歩いてきたマリィさんが声をかけてくる。
「そんなところで立ち止まって、どういたしましたの?」
「それがですね。ドライアドという精霊がこの世界に紛れ込んでいたみたいで、元春が魅了で捕えられてしまったんですよ」
「あら、いつの間に、私が来た時にはいませんでしたのに」
フラフラと歩み寄った元春を抱き留める美女を指差し僕が言うと、マリィさんは魅了された元春に汚物でも見るような目線を送りながらも、続けてドライアドを見てそう零す。
どうもマリィさんがこの世界に訪れた時にはまだドライアドがこの場にはいなかったようだ。
おそらくはマリィさんが万屋に顔を出し、僕達がこの世界にやってくる僅かな時間の間にドライアドはここに根を張ったのだろう。
しかし、基本的には植物である筈のドライアドがどうやってエレイン君の監視を掻い潜りここに移動してきたのか。
その移動方法も気にはなるけれど、
「マリィさんは平気なんですか?」
ドライアドに人を魅了する力があるというのは自明の事実である。
ならばマリィさんにもその効果が及ぶのではと思ったのだがどうもそうではないらしい。
「ドライアドが狙うのは主に男性ですからね。稀に子供などの姿を装って女性を誘う個体があるそうなのですが、彼女(?)の場合は明らかに前者でしょう」
たしかにあんなグラマラスな女性の姿では女性の気は惹けないか。相手によっては逆に嫉妬を買いかねないし……。
「それよりも虎助はどうして平気なのです?」
逆にマリィさんが聞いてくる。
「僕には【忍者】由来の異常耐性がありますからね。それに魅了系統の魔法は誘引の中の一系統ですから」
そのどちらかが、もしくは、その両方が効果を発揮して魅了にかからないのだろうという僕の答えに、マリィさんは「成程」と納得の声を漏らして、
「それでどういたしますの?相手が精霊だとはいえ、この場所に根を張られては万屋としてあまりよろしくないのでしょう」
名目上、精霊に分類される生物だとしても、それが人に害を成すのだとしたらそれは魔獣と変わらない。
実際、このドライアドという精霊は、人を魅了し、その魔力を養分として成長するなんていう性質を持っているらしいのだ。
しかし、その情報が本当だとして、魔力がたったの2ポイントしか無い元春が無事であるということは、
「魅了以外は特に問題もないみたいですし出来るだけ穏便に処理したいですよね。ドライアドからはエリクサー作成に必要な素材が得られるみたいですので」
と、エレイン君から受け取った|ドライアドに関する情報を手元に、僕が口にした意見を聞いてマリィさんは目をパチクリさせる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし、ドライアドから取れる素材でエリクサーを作ることができますの?」
通常、エリクサーという魔法薬は龍の血からしか作れない伝説の薬として有名なアイテムだ。
それが、龍の血以外でも作成可能だという情報にマリィさんは驚いたのだろう。
「とはいっても、エリクサーの亜種みたいなものらしいですけどね。魔法窓を通じて送られてきたオーナーの資料によりますと、どうもドライアドに大量の魔力を摂取してもらうと生命の果実という実が取れるようになるみたいで、それがドラゴンの血の代わりとして使えるみたいなんです」
「と、ということはですの。その生命の実とやらが手に入れば、オ、オリハルコンなどの伝説の金属も作ることが可能になるということですの」
さすがはマリィさんブレないな。どんな時でも真っ先に思い付くのが、武具やその素材のことだとは……。
しかし、生命の果実からオリハルコンなんて作れるのだろうか。
たしかにエリクサーが作成できるくらいの魔素を含む素材を使えば、相当な魔法金属が作れるとは思うのだが、神金と呼ばれるレベルの金属を生み出すとなると魔素以外にも生命力やそこに含まれる成分などのファクターも重要になってくることから、龍から取れる素材や神獣から取れる素材。最低でもそのクラスの素材が必要になると思うのだが、
少し気になってちょうど開いていた〈魔法窓〉からソニアに質問を送ってみると、すぐにその返事は返ってきて、
「さすがに生命の果実をそのまま使ってオリハルコンを精錬するのは無理みたいです」
マリィさんの膨らんでいた期待が一気にしぼむ。
だが、落ち込むのは少し早い。
「でも、別レシピで作ったエリクサーからでも賢者の石が作れるそうですので、質の違いはあるかもしれませんが、オリハルコンなどの金属も作れなくもないとのことです」
「成程……そういうことでしたら彼女は逃すのも倒すのも惜しい相手ですわね」
落としてから上げるではないが、勿体ぶったようになってしまった僕の説明を聞いて、マリィさんが獲物を狙う肉食動物のような獰猛な笑みを浮かべる。
「僕としましては話し合いで解決できればいいんですけど」
「あれを見てできると思います?」
穏便に済ませようとする僕に対して――とばかりにマリィさんが指差す先では、捕まえられた元春が四つん這いになってドライアドのお姉さんに乗られていた。
どうやら僕の友人は少し見ない間に椅子にジョブチェンジしてしまったみたいだ。
「と、ともかくですね。無理やり従えるとかそういうのは趣味じゃないですし、安全、安心、安定的な素材確保の為にもここは穏便にいきましょう」
「虎助がそう言うのでしたなら私としては異論はありませんけど、気をつけてくださいましね」
なんにしても、アヴァロン=エラでの素材採取の優先権は僕達にある。
僕自身の安全か。それともドライアドを逃してしまわないようにか。どちらかは分からないが気をつけてと言ってくるマリィさんに適当な笑顔で答え、さてと、気を引き締めてドライアドに話しかける。
「こんにちは、少しよろしいでしょうか」
「何の用かしらニンゲン」
「えと、そのですね。友人の回収と交渉をしたいのですが」
「この子の代わりにアナタが私の椅子になってくれるのかしら」
交渉を提案する僕にさも当然の如く毒を吐くドライアド、そんな彼女の発言を聞いて「なっ」と背後のマリィさんから不穏な気配が放たれるが、僕はその動きを片手で制して、
「ああ、回収というのは出来たらという意味で、魔力を吸収されるのは魔法の修行にもなりますから。夜までに返していただければそれで構いませんよ」
これに唖然としたのがドライアドだ。
ドライアドとしては僕がどうにかして元春を助けようと交渉してきたのだと考えたのだろう。
「どういうことかしら?」
「ええと、これは勝手な想像というか予想になるんですけど、その、いまアナタの椅子になっている僕の友人ですが、そうやっていただければ、毎日、喜んででもアタナの下に通うと思いますよ」
「嘘、こんなことされて喜ぶ人間なんている筈がないわ」
たしかに一般的な常識を持っている人ならドライアドの言う通りなのかもしれないけれど、しかし、現在彼女がお尻の下にしいているソレは元春である。
「残念ながら僕の世界にはそういう趣味を持った人が一定数存在するんですよ。なんなら魅了を解いてみてはいかがです。たぶん僕の友人はアナタの要求を受け入れてくれると思いますよ」
これにはマリィさんも呆れ顔だ。
僕の世界に元春だけではなく、他にも多くのHENTAIがいるというのだから、そんな反応になってしまうのも仕方がないだろう。
だが、探せばマリィさんの世界にもそういう人がそれなりにいるのではないだろうか。
そして、その一方、ドライアドはといえば、
「だ、騙されないわよ。ニンゲンはそうやって私達のことを騙すって知っているんだから」
ふむ。もしかすると、精霊であるドライアドが魔獣まがいに人間を襲うようになった理由には、人間との間に何かしらかの確執か誤解があるのかもしれない。
だが、それはともかくとして、
「だったら魅了を解いてみたらどうでしょう。それでわかると思いますよ」
一瞬驚き目を見開くドライアド。
けれどすぐに目を鋭く細めて、
「嘘だったら、この子の魔力を吸い尽くすけど、それでもいいの」
「どうぞご自由に。 でも、もし本当だとしたら僕の交渉にも乗って欲しいものですね」
「交渉?それってこの子の開放じゃなくて?」
警戒して剣呑な視線を飛ばしてくるドライアドに僕は言う。
「はい。どちらかというと彼――元春の開放はついでのようなものでして、僕がドライアドさんに頼みたいのは、この場所からの立ち退きと安全な移動先を確保する代わりにドライアドさんに素材を提供していただきたいと、その交渉なんです」
ひどい言い草ではあるが元春の解放交渉は安全を確保した後でもどうとでもなるだろう。
そもそも元春は望んでその仕打ちを受け入れているだろうし、最悪の場合は強硬手段に打って出るなんて方法もある。
しかし、安定的な素材の確保を考えると、ドライアドにはこちらが味方であると認識してもらうのが一番だ。
何よりも、世界によっては魔獣認定されているドライアドにとって、安全に暮らせる空間というのは代えようのない財産になるのではないか。
「それに、これはドライアドさんにとってもメリットがある話だと思いますよ」
「メリット?」
首を傾げるドライアドの美女に僕は隣に立っていたエレイン君から受け取った小瓶を投げ渡す。
「これは?」
「実はこの世界には水の上位精霊であられるウンディーネ様が棲み着いていましてね」
と、ここまで言えば分かるだろう。
そう、その小瓶の中身はディーネさんが棲む井戸から汲み取った魔素をたっぷり含んだ水なのだ。
植物系の精霊であるドライアドにとってそれは垂涎の品なのではないか。
「僕の提案に乗ってくだされば、その水を毎日提供できると思いますが」
その提案にゴクリと喉を鳴らすドライアド。
ふむ。この辺りが頃合いだろう。
「さて、取り敢えず元春を開放していただけますか。そうしたら僕が言っていたことが本当だとわかってもらえると思うのですが」
と、未だに信じきれないのだろう。疑わしげな視線を飛ばしてくるドライアド。
だが、その瞳に最初のような問答無用で拒否をするような強さはない。
幾つかの甘言に加え、同じ精霊であるウンディーネがこの世界で暮らしているという証言、そして、その証拠たる高純度の魔素を含んだ水。
上手い話には裏がある――とはよく言うが、他の世界では滅多に手に入らないとされる高純度な魔素水を出されてしまっては、少しは信じてもいいのかもしれない。そんな迷いが生まれるのだろう。
取り敢えずはその試金石に――とアタックレンジの外にいる僕達に警戒の視線を送ってきながらも、ドライアドは元春にかけられた魅了効果を解除する。と、
「ん、俺はどうしちまったんだ」
「元春、そのままの状態で上を見て」
魅了状態が解けたことは良かったが、人間椅子になっている今の状態から急に立ち上がれてはドライアドが危険である。
素早くかけた僕の言葉を訝しみながらも強引に首をひねって自らの状況を確認した元春は、大きく目を見開きこう叫ぶ。
「な――、何だよ、何なんだよ。このシチュエーションは――、ご、ご褒美過ぎんだろ。何があったんだよ虎助。説明してくれ」
うん。君ならそう言ってくれると思ってたよ。
僕は油断なく再び魅了できるようにとだろう構えていたドライアドにすら引かれるくらいに興奮する友人を本当に残念だと思いながらも、取り敢えず今の状況を簡潔に説明することにする。
とはいうものの、煩悩に忠実な元春に難しい説得や説明の言葉は必要ない。
「彼女はドライアド。一時の安らぎと引き換えに対象の魔力を吸う精霊だね」
「おいおい、それって――」
「君が大好きなサキュバスとよく似た性質を持っているよね。そんな彼女が君にお願いがあるみたいなんだけどどうする?」
それを聞いた元春が「ウッヒョ――。来た来た来た来た――」などと奇声を上げて興奮するけど、このままでは埒が明かない。
取り敢えず僕は「取り敢えず落ち着いて、ね」と毎度毎度の対応で元春が静かになるのを待って、
「でね、彼女は毎日魔力をくれるならそうやって仲良くしてくれるって言うんだけど、君はどう思う?」
「マジでか!?いいに決まってんじゃねーか。つか、待てよ。じゃあ、俺の魔力が上がったりしたら、これ以上のご褒美がもらえるってことか」
おっと、調子に乗り始めたぞ。ここは軽く注意をしておかなければなるまい。
「元春、そういうのは後で仲良くなってから自分で交渉してね」
「そうか……うん。そうだよな。俺、ちょっと焦っちまった」
てへっと舌を出す元春。正直、その仕草は可愛くもなんともなく、女性陣も渋い顔をしているのだが、興奮の絶頂にある本人は全く気付いていない。
だが逆に、元春の頭の悪そうな行動のおかげで嘘がないことを分かってもらえただろう。
僕は、良からぬ妄想をしているのだろう。だらしない顔でブツブツと独り言を呟き始めてしまった元春をやんわり落ち着かせると、もう、どうリアクションを取っていいものやらと困惑するドライアドに声をかける。
「ということで、毎日、新鮮な餌が手に入る訳なんですけど僕のお話を聞いてくれますか?」
結局、その後、ドライアドとの交渉は、正気を取り戻しても喜んで人間椅子を続けた元春のHENTAI度ペースを乱されたか、こちらの提案は全て通り、元春という生贄と各種魔法薬や平穏を過ごせる場所の提供を条件に、ドライアドから素材の提供を受けることが確約されることと相成った。
◆ちょっとした補足
オリハルコン……龍や神獣の血液などが金に偶然かかることによって生まれる。(因みに金以外になると鉄=アダマンタイト 銀=ムーングロウ などが存在する)
人工オリハルコン……龍や神獣の代わりとして様々な魔法薬が試され、その中でもエリクサーの成分を結晶化させた『賢者の石』を使ったレシピが有名。
ドライアド……世界によっては魔獣や魔物の類と混同される存在だが、れっきとした精霊。宿る植物によって格がそれぞれあるものの下位精霊・中位精霊の範疇に収まる存在。
今回登場したドライアドは桑の木のドライアドとなり、宿る生命の果実もマルベリーとなる。
餌である魔力(魔素)を多く取り込めば取り込むほど生命の果実の効果は高くなる。




