表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

539/851

精霊が消えた山地

◆今回は登場キャラの口調に苦戦しました。

「ああ、ここもダメが」


「帝国の(やづ)らが」


 場所はボロトス帝国北方の山地――、

 その奥深くにひっそりと存在する泉の前で膝をつき地面を叩くのは麓の村の男衆だ。

 彼らは村を襲った伝染病の特効薬を作るべく、村で唯一の薬師の老婆の情報を頼りに、霊山と崇め称えられるこの山地に分け入り、そこにあるとされる精霊の泉の一つを目指していた。

 しかし、いざ泉に辿り着くと主の姿が見当たらず、その力を受け光輝くといわれていた清らかな水は失われていた。


「ここでダメならどこに行けばいんだ?」


「北の泉に行ぐしかねぇが」


「だども、北の泉は帝国に近いだ。

 それに(いんま)あっちの山にはドラゴンが来ているって話だど」


 目当ての水が手に入らず茫然自失の一同に声をかける男衆のリーダー。

 そんなリーダーの発言によろよろと立ち上がり消極的な反論するのは、わずかな望みをかけて泉の水を革袋に汲み取っていた青年だ。

 と、そんな彼に続くように男衆の口々から溢れるのはこの付近で恐れられる帝国の驚異だ。


「あと、獣人さも見だって話もながったか」


「帝国のこん糞共がぁ」


 そう、この泉から精霊が姿を消したのは、ボロトス帝国の兵達がこの地を荒らし回ったのが原因だと言われている。

 そして、ボロトス帝国が亜人種の奴隷を危険な任務に使っていることは、この付近では知らぬものはいないのだ。

 なにしろ数ヶ月前、ボロトス帝国の一団が霊山に入った際に、多くの獣人奴隷が何に使うのかわからない馬車ほどもある魔導機を運ばされている姿は、彼らも目撃していたのだから。


「だども、ここで手ぇこまねいてだら、イスカが――、村のみんなが死んじまう」


「……ここにくる途中、精霊の守り樹がまだ(のご)ってた。

 希望を捨てるにゃまだ早いべ」


「そんだな」


「ああ、北の泉に行ぐしかね」


 精霊が住まう泉の水がなければ村の者達は助からない。

 なにより、この地にはまだ精霊の痕跡がまだ残っている。

 その事実があるだけでも、まだ希望はある。

 男衆はお互いに励まし合うようにそう言い合うと、更に山地の奥への泉を目指し、山の中に分け入っていく。


 と、そうして道なき道を進むこと数日――、

 件の北の泉はもう目の前というところまでやってきたところで、彼ら行く手にとある障害が立ちはだかる。

 その障害とは、泉近くの見晴らしのいい丘に屯する数名の男達。

 しかも、それが獣人の集団ともなれば、村の男衆としても警戒しないわけにはいかないだろう。


「獣人だど?」


「ああ、帝国の奴らかぁ?」


「わがんね。だども、ここいらで獣人さ、居んのは帝国だけだべ」


「だけんど、あいづ等、奴隷にしては着てるもんが綺麗すぎねが」


 たしかに、この付近で獣人が見られるのはボロトス帝国だけである。

 ただ、人族至上主義を掲げるのボロトス帝国では獣人などは人として扱われない。

 特に探索などの捨て駒に扱われる戦闘奴隷などの扱いは酷く、服を着ていたとしてもボロ布がせいぜいで、まともな装備など与えられないというが、

 しかし、遠目に見る獣人達は自分達の誰よりも遥かに上等な服を来ており、簡素ながらも革鎧まで身につけている。

 だとするなら、あの獣人達は何者なのか。

 考えられるとしたら流しの傭兵か?

 いや、どちらにしても、そもそもそんな連中がこんな山の奥深くにいるということがおかしい。

 だとするなら、やはりボロトス帝国の関係者になるのではないか。

 と、丘を見上げる茂みに潜み小声でやり取りをする男衆。

 だが、しばらくそうしていると、男衆のまとめ役が、ふと件の獣人達が自分達の方を見ていることに気付く


 マズイ。


 気付かぬ内に声が大きくなってしまっていたか、バチリ。獣人達と視線が合ってしまった男衆のまとめ役はちょうど声を出そうとした青年の口を塞ぐ。

 そして、なにやら手で合図を送り合い、真っ直ぐ自分達の方へと歩いてくる獣人達に、すぐにでも動き出さねばと考えるのだが、

 まとめ役とはいえ彼はただの村人。弱い魔獣などならともかく、本格的な戦士の動きをする獣人達を相手にどう対処していいものやら、即座に判断することなど出来はしない。

 結果としてなにもできないままにジリジリとお互いの距離はつまり。

 そして、緊張に耐えかねたか。男衆の何人かが走って逃げようと小さな悲鳴をあげて踵を返したところ、ここで獣人などよりはるかに強大なプレッシャーが村の男衆にのしかかる。


 ばさりと聞こえたその音に視線を上げると、そこには真っ白な鱗を持つドラゴンが空から舞い降りてくる姿があった。

 圧倒的な存在感に唖然とするしかない村の男衆。

 そんな状況の中で語りかけてくるのは白いドラゴン本人だ。


「……あなた達、何者?」


 どうやら男衆は獣人に見つかるよりも以前に、このドラゴンにその存在を見つけられていたようだ。

 たっぷり間をとって響いたその声は意外にもよく通る女性のものだった。

 ただ「ねぇ、あなた達、聞いてる?」と続く呼びかけに、村の男集は誰一人として答えられない。

 当然である、相手はドラゴンだ。きまぐれにもその爪を振るえば、それだけで自分達の命などあっけなく刈り取ってしまえるような存在なのだ。


 この絶望的な状況に村の男衆は動けない。

 ただ、天の助けか。

 ここで、やや気の抜けた声が両者の間に割って入る。


「あのヴェラ様、彼等、ヴェラ様の覇気に当てられていますから」


「動けるわけないですよ」


 それは先ほど男衆が警戒していた獣人達だった。

 どうやらこの獣人達と白いドラゴンは既知の間柄のようだ。

 自分達の心情を代弁してくれた犬耳の獣人に村の男衆は心の中で盛大に頷く。

 しかし、ヴェラと呼ばれた白いドラゴンはどうも獣人の弁に納得していないらしい。

 あからさまに不機嫌な声で――、


「別に威圧しているつもりはないんだけど」


「ヴェラ様はそうかも知れませんが、他の者からすると龍種という存在は存在そのものが圧力になるんです」


「だったらどうすればいいのよ」


「では、少し離れててもらってもいいですか、その間に俺が話を聞きますから」


「面倒ね」


「すみません」


 獣人達の説得でヴェラという白いドラゴンがズシンズシンと離れていく。

 と、村の男衆と獣人、それとヴェラとの距離が十分離れたところで、犬耳の獣人が話しかけてくる。


「じゃあ、話を聞かせてもらってもいいか」


 表面上、気軽なようではあるが決して警戒は緩めない。そんな雰囲気を漂わせる犬耳の獣人の問いかけに『どうしようか』と顔を見合わせる村の男衆。

 この獣人が悪名高いボロトス帝国の関係者であった場合、自分達は少々困った立場に置かれてしまう。

 なにしろ、いま自分達がいるこの場所、北の泉がある場所は――、あくまでボロトス帝国の弁を信じるとするならばだが、帝国が治める地にあたるのだ。

 そのような場所に自分達がいるところを、もしも、この獣人達が帝国の関係者で見つかってしまったとならばどうなってしまう。

 いいや、そうでなかったとしても、こんな山の奥で出会った怪しげな獣人だ。

 なにか迂闊なことを言おうものなら何されるかもわからないのだ。

 ただ、目前となった泉にまだ精霊が残っているのなら、その水だけは確保したい。

 そんなジレンマから、チラチラと視線のみで仲間内の意思疎通を成立させようとする村の男衆。

 しかし、そんな魔法じみたことを田舎の村の男達にできるわけがない。

 そして、どう切り出したらいいのかもわからぬまま、時間ばかりが過ぎていき。


「話したくない理由がなにかがあるんのか。

 だったら後は好きにしてくれ、俺達は行くからな。

 ただ、あっちの方に行かないでくれるとありがたい。精霊様がおられる泉があるからな」


 獣人達は一向に事情を話さない男衆に諦めたようにそう言うと、忠告を一つ残し、その場を立ち去ろうとする。

 だがしかし、最後、獣人達が残した忠告は村の男衆として聞き逃がせないものだった。

 そう、いま犬耳の獣人は確かにこう言ったのだ。精霊様がいる泉があると――、


「ちょちょちょ、ちょっど待っただ。

 待っでくれ、この先に精霊の泉があるだか」


 踵を返し歩き出そうとした犬耳の獣人に男衆の一人が思わず声をかける。


「あるにはある、が――、まさかお前達、ボロトス帝国の人間か」


 と、その発言に鋭く目を尖らせる犬耳の獣人。

 無意識に唸り声まで出すその反応は、明らかにボロトス帝国と敵対するものの反応である。

 だとするなら、村の男衆としてすることは一つである。

 そんな獣人達の反応に、村の男衆はすかさず今までの態度を反転させる。


「いやいやいやいや、オラ(だつ)はあの国とは関係ね。

 オラ(だつ)は村っ子を助けるさに、精霊様の泉の水がいんだけだよ」


「そんだ、そんだ。

 オラん(とう)は精霊様さ水が欲しいだけだ」


「というが、お前達もさ。あの国と関係ないんが」


「どういうことだ?」


 聞きようによっては言い訳のような言い分。

 しかし、その言葉の中にあった『村を救う為』という言葉が気になり、ここでようやく話を聞く体勢にはいる獣人達。

 ただ、彼等の手は腰にさしている剣鉈のグリップにかかるっている。

 そう、もしも彼等が精霊に仇なすものだった場合、獣人達としてはその排除も已む無しなのだから。

 と、そんな緊張の中、村の男衆は、村の現状――、そして精霊水を求める理由を話していく。

 すると、その話を聞いた獣人達は、とりあえず男衆がここにいる理由に納得したようで、若干警戒の手を緩めつつも、少し離れたところに待機していた仲間を呼び寄せてなにやら相談。

 少しして、その中の数名が離れた場所で寝転んで待つ白いドラゴンの方へと歩いていく。

 と、一言二言言葉を交わすと、そのまま森の奥へ。


 そこからは村の男衆にとって一瞬一瞬が緊張の連続だった。

 獣人達や白いドラゴンが身動ぎ一つする度に、ビクリと構える村の男衆。

 正直に自分達の事情を話したものの、説明がないままのこの状況はいつ襲いかかられるのかと、記書きではない状況なのだ。

 ただ、そんな緊張の連続に耐えて待つことしばらく。

 森の奥へと入っていった獣人達が戻ってきたところで、


「いいぞ許可が出た。ついてきてくれ」


許可(きょが)が出た? ついていぐってどごにだ?」


「どこにって精霊水を取りに来たんだろ」


 警戒もあらわに訊ねるのは男衆のまとめ役。

 そんなまとめ役の青年の疑問に、なにを言っているんだといわんばかりに肩を竦める犬耳の獣人。

 と、ここにきて村の男衆はようやくこの獣人が自分たちの為、ドラゴンや精霊と交渉してくれたことに気付く。

 そして、村の男衆全員で感謝を述べる中、みんなで精霊の泉に向かうことになるのだが、その道すがら、彼等が聞かされた獣人達の事情は意外なものだった。


 曰く、彼等はボロトス帝国の横暴により別の地に移り住んだ精霊と、その受け入れ先の盟主を務める夜の森の女王の願いでこの地の整備と守護を任されているという。

 あの白いドラゴンは夜の森に住まう精霊姫が従えるドラゴンの奥方候補で、その関係から守護を手伝ってもらっているらしいのだ。


 前に旅人から聞いた話を信じるのなら、彼らが言う夜の森に住まう精霊姫は残虐なハーフエルフの魔王のはずだが、いま聞いた話が真実だったとするなら案外それらは帝国の奴らが流した噂なのかもしれない。

 村の男衆は獣人達の身の上話にそんなことを考えながら、獣人達が作ったのだろうか、最低限であるが切り開かれた森の中を進んでいく。


 すると十分ほどで森が切れ、現れたのは神秘的な光景だった。


 真正面に見えるのは淡い光を放つ小さな泉。

 その周囲には見たことのない色彩の蝶が舞い、背中に小さな花畑を背負った亀の親子が甲羅干しをしている。

 そこはまさに夢の世界だった。


 森の中に突如として現れた、まるで寝物語のような光景に唖然と立ち尽くす村の男衆。

 すると、泉の中央にトプンと小さな水音を立て、水の少女が姿をあらわす。

 彼女は少し済まなそうな顔をして、泉の中から大小様々な水球をいくつか浮かる。

 それから、その水球を引き連れるように男衆の目の前まで移動してくるのだが、

 村の男衆は水の少女が目の前までやってきても動かない。

 そんな男集の反応に少し困ったような表情を浮かべる水の少女。


 はたして、彼女はどうしてそんな表情を浮かべたのか。

 目の前の光景にそんな疑問を抱いたのかもしれない。

 と、次の瞬間、そんな思考が呼び水となったか――、


 そうだ。自分たちの目的はこの幻想的な光景を見るというものではない。

 村を襲った伝染病を治す薬の材料となる精霊の力を帯びた水を得る為だった。


 ようやく本来の目的を思い出した村の男衆。

 こうなると、彼等はもう慌てるしかない。

 なにしろ、自分達がその水を求めてやってきたにも関わらず、いざ前にしたら頭が真っ白になってしまったのだ。

 なにより、せっかく善意で目的の水を用意してくれた水の少女を――いや、精霊様を待たせてしまうなんて愚かにも程がある。

 大急ぎで空の革袋を用意する村の男衆。


 そして、拙い敬語で難度も謝りながらも精霊手づから用意してくれた精霊水を譲り受け。

 十分な量の精霊水を手に入ったと改めて――、それこそ、しつこいまでに精霊の少女に平伏し、村へ引き返すことになるのだが、

 精霊の少女が住まう泉から離れ、残る獣人と白いドラゴンが休む広場まで戻ってきたところで犬耳の獣人から一つの提案がされる。


 その提案とは彼ら男衆を白いドラゴンに山の麓まで運んでもらうということ。


 村の男衆からしてみると、それはありがたい提案だった。

 なにしろ、あのドラゴンの背に乗れば麓まではひとっ飛びだろうからだ。

 ただ、ここまで迷惑をかけた自分達がドラゴンの背に乗っていいものか。

 それに、もしも自分達が知らぬ間にドラゴンの勘気に触れた場合どうなってしまうのだろうか。

 それはただただ恐怖でしかない。

 しかし、精霊水を手に入れたいま、急ぎ村に帰らないとならないというのもまた事実。

 そして、白いドラゴンもやや不機嫌そうではあるものの、協力はやぶさかではないというような態度とあらば、断れないのではないだろうか。

 結局、村の男衆は諦めるように犬耳の獣人からの提案を受け入れることにした。


 ただ、彼らはすぐにその決断を後悔することになる。

 なぜなら、その移動手段というものが奇妙な木の箱の中に入れられ、そのまま山を転がり下るように麓まで戻るというものだったからだ。

 てっきり伝説の竜騎士のようにドラゴンの背に乗って移動するものだと考えていた彼等は、その輸送手段に恐怖する。


「「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁ――」」」」」


 いや実際、その輸送方法の方が安全ではあるのだが、それを知らない彼等からしてみると、しっかり施錠がされた木の箱に押し込められ運ばれるという状況は恐怖でしかなかったのだ。


 ただ、そのおかげもあってか、行きに十数日かけた道のりが麦粥を一杯食べる程度の時間で済んだ。

 こうなると、村の男衆としても感謝するしかなく。

 最終的に、フラフラになりながらも、村の男衆は自分達を運んでくれた白いドラゴンに何度もお礼を言ってその場を立ち去るのだった。

◆次回投稿は水曜日の予定になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓↓↓クリックしていただけるとありがたいです↓↓↓ 小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ