カイロス伯爵と娘達02
◆前回からの続きで万屋側のお話になります。
『申し訳ないのですがお願いできますか』
「わかりました。検討してみます」
『よろしくお願いいたします』
放課後、僕がいつものように店番をしていると、珍しくトワさんから通信があった。
そして相手がトワさんとなればこの友人が黙っているハズがなく。
カウンター横の応対スペースで漫画を読んでいた元春が、何気なくを装いながらも顔を上げ。
「トワさんなんだって?」
「カイロス伯爵が武器が欲しいって、だからこちらで見繕ってもらえないかって相談だったよ」
「武器の注文かー、万屋的にどうなん?」
「それなんだけど今回は受けようと思ってる。伯爵もこっちの方針はわかってくれてるみたいで、注文されたのは、純粋な武器じゃなくて制圧用の武器だっていうから」
場所は(高い山脈を挟んではいるものの)ガルダシアのお隣の領地。
そして、その領地は魔獣蔓延る空白地帯に隣接する辺境の土地となれば、巨獣の侵攻やらスタンピードの発生などもある可能性もある。
だから、いざという時に備えて、効果を限定した武器を売り渡すのは、直接のご注文をいただいたトワさん、ひいてはマリィさんの安全にも繋がると思うのだ。
「で、どんなのを作るん?」
「まずはオーナーに相談かな」
「ん、でもよ。ソニアっちっていま忙しいんじゃなかったっけか」
「ああ、それは、この前の転移実験で一段落したから――、
気分転換にもなるだろうし、ちょっと頼んでみるよ」
龍の谷の騒動に玲さんの問題。他にもいろいろタスク重なり忙しかったソニアであるが、最近は抱えていた案件の幾つかがほぼ完了したということで一時期の忙しさは無くなっていた。
本来なら、こういう依頼はソニアの忙しさに拍車をかけるものなのだが、今回の依頼はかなり自由にやってもいいという確約をトワさんからいただいているので、ものづくりが好きなソニアの気分転換になるのではと、魔法窓を開いてソニアに連絡を取ってみると、二つ返事でOKとのメッセージが返ってくるのだが、ここで一つソニアからも提案があって、
「俺達も参加してのコンペ?」
「なんか最近ずっと一人で研究をしてたから、他の人の発想に触れたいみたい。
まったく関係ないアイデアが他の研究に使えるってこともあるかもだから、みんなにも案を出して欲しいってさ」
そして、アイデアによってはお礼も用意するからと、同じく和室にいた玲さんと――魔王様はゲームがいいところみたいだったから玲さんだけだね――と誘ったところで、
「そういうことならやってみっか」
「意外とやる気だね」
「報酬もそうだけどよ。今回の依頼ってトワさんの親父さんからなんだろ。俺がいい感じの武器を作りゃ名前とかおぼえてもらえるかもしんねーだろ」
成程、そういう理由ね。
たしかに、話に聞いたカイロス伯爵なら、元春が言うようなこともあるかもだけど、
結局のところトワさんとちゃんと向き合わないとどうにもならないんじゃ。
僕はいまだにトワさんとまともに話せていな元春に、ここであえて外堀から埋めていく作戦はどうなのかと思わないでもないのだが、
まあ、せっかく元春がやる気になってくれているんだ。ここであえて落とすようなツッコミを入れるのは野暮(?)だろうと、聡く無言を貫き、元春にはさっそく作業に入ってもらうとして、
「わたしもいいの?」
「お願いできますか」
今日はこういう企画が大好きなマリィさんもいないから、ソニアへの刺激という意味でも玲さんにはぜひ参加して欲しい。
「ちな、トワさんの親父さんってどんな武器を使うん?」
「特にこれといってこだわりはないみたい。
ただ、真正面からの近接戦闘が好きみたいだから、弓とか魔法銃とか遠距離系の武器じゃないほうがいいかもね」
「志帆姉とか正則タイプのおっさんって感じか」
貴族としての闘う場合はその限りではないということだけど。
それも領地の戦力的にはあまりないことらしく、なによりも伯爵本人が格式張った戦いは苦手とのことである。
「けどよ、近接武器でそういう武器って難しくね」
たしかに、普通に考えるとそうなんだけど。
「例えば元春が最初に使った実体が無いような武器とかならどうかな?」
「前に使ったつーと――、
あのビームサーベルみたいなのか?」
と、エア八相の構えを取ってみせる元春に、
「へぇ、そういう武器もあるんだ?」
「見てみます」
「おねがい」
実物が見たいと言い出す玲さん。
ということで僕は手持ちの魔力剣を一つ取り出し、使い方を軽くレクチャー。
玲さんに実際の使い道を試してもらう一方で、玲さんはもとより、イマイチ考えがまとまらないのか、自前の魔法窓手元に手を頭の後ろで組み天井を見上げる元春の参考になればと、
「とりあえず、この魔力剣には体力を吸収する能力が備わってるんですけど、その改造からやってみたらどうです?」
「状態異常とか? でもそんなん作れるん」
「魔力でできた刀身部分は魔弾とかの延長線上だから、案外難しくないと思うよ。魔法剣とか付与魔法を参考にしたら意外と面白いものが作れるかも」
例えばフレアさんの高いノックバック効果を持つ水属性の魔法剣とか、エクスカリバーさんが使う麻痺の付与効果がある稲妻の剣とか。
ただ、そういう武器はわざわざ作らなくてもあるから、一工夫が必要だろうけど――と幾つかの例を出したところ。
「なーる。見た目ビームサーベルみたいなのはあっちの人に受けそうだし、そういう方向で行くか」
「そうね。もしダメだったとしても、自分で使うのもアリみたいなのを作れれば」
ち、見た目に拘るのも付加価値としては悪くはないと、元春は一人ブツブツつぶやきながらも、玲さんはもしダメだったとしても実用的なものをと、その後、二人の設計は進み。
後日、その武器が完成。
「これは組み合わせて使うものですか?」
「いえ、一つ一つが別の武器になりますね」
完成の報告を受け、品物を受け取りに来たトワさんが、訓練場に用意された長机の上、置かれた長さがそれぞれある三本の棒に視線を流しながら聞いてくる。
ちなみに、三本の中で一番短いのが元春のアイデアから作られた武器で、中くらいのがソニアのもの、長いのが玲さんが考えた武器だ。
「まず短いのですが状態異常の付与効果を持つ非実態の刃を作り出す武器になります」
ちなみに、本日元春は部活がある為ここに来ていない。
しかし、元春がトワさんの予定とかち合わないのはいつものことなので、あえてそのことに触れることなく、さっそく作った武器の感触を確かめてもらうことに。
「状態異常の効果があるとのことですが、それはどのような効果になるのです?」
トワさんが手にとった短い柄のような棒に魔力を込めるとエメラルドに発光する刃が現れる。
「斬った相手を体力吸収効果を持つ緑の触手で拘束するというものですね」
「緑の触手、ですか?」
「はい。相手の魔力を吸い取る精霊魔法を応用したものになります」
ちなみに、この効果の元になったのは魔王様が使う〈静かなる森の捕食者〉。
これはその超劣化版で、拘束する触手も半霊体のような状態になっており、安全対策もバッチリとなっている。
「使い方によってはこんな事もできます」
と、僕がもう一本とりだした同種の魔法剣で地面を突き刺すと、少し離れた場所に用意していた巻藁のすぐ足元に半透明な緑の触手が無数に現れる。
そして、その触手がぐるぐると巻き藁に巻き付いて、
相手が普通の生物なら、ここから体力を吸い取っていくことになるのだが、今回は無機物ということでただ拘束するだけに留まり。
「うまく使えば足止めなどに使えそうですね」
この効果は実は僕が後付けで考えた追加機能だったりする。
もともと元春が考えていた使い方が、本当にトワさんにアピールしてもいいのかというようなものだったので、少々調整させてもらったのだ。
と、僕が無難に落ち着いた剣の効果を実演してみたところで、トワさんにもいろいろと試し切りをしてもらい。
はてさてそれはどういった反応なのか、トワさんはなにか考えるように顎に手を添えた後、続いて手にしたのはソニアが作った一メートル二十センチ程のバットのような武器で、
「続く、こちらはどのようなものなのでしょう」
「それは夕薙といいまして、魔力を込めて殴ったものをショートワープさせられる魔法の武器となっております」
「ショートワープですか」
「距離はほんの十数メートルなんですけど、打撃の威力に乗せて相手を移動させることができるんです」
これに関しては実際に見てもらった方が手っ取り早いと、僕が夕薙に魔力を込め、先ほど触手の餌食になっていた藁束に思いっきって打撃を加えると、その藁束が黒い球体に飲み込まれ、数メートル先に転移する。
すると、その一部始終を見ていたトワさんは「これはどういう武器なのでしょう」と困惑の表情を浮かべたので、
ただ見せただけじゃ、このバットの使い方はわからないよねと、僕はすっかり魔力が抜けてしまったバットもとい夕薙をトワさんに返しつつ。
「夕薙の運用は檻や罠などとセットで使うことを想定している武器です。
たとえば、これで強制移動させ相手を檻に入れたり罠に落としたりといった使い方が考えられます」
「成程――」
実はこれも僕が後付けで考えた言い訳のようなもので、ソニアからしてみると、前回玲さん絡みの転移実験の際に作ったビーコンの端材――実際には削りカスのようなもの――からどんなものが作れるのかと実験した結果、この夕凪が出来てしまったのだといっていた。
うん、久しぶりの自由度の高い製作依頼に作りたいものを作ったって感じだね。
「しかし、空間系の魔法をいともたやすく成すなど信じられませんね。
ただ、やはり魔力の消費はかなりのものになりますか」
そう、トワさんの言うように、この夕薙は能力が能力だけに魔力をバカ食いするのだ。
と、この夕薙の使用感もたっぷりたしかめていただいたところで、
「最後のこれはどのようなものなのです?」
「水の魔法によってふっとばし性能が高い水のハンマーを作り出すことが出来ます」
「水のハンマーといいますと、魔法にあるような――」
トワさんが口にするのは、おそらく〈水の槌〉という魔法名そのまんまの水のハンマーを作り出す魔法のことだろう。
その魔法の効果は、水のハンマーを任意の方向に発生させ、スイングさせることによって敵をふっとばすという魔法なのだが、
「こちらは攻撃した相手の体温を奪う効果も持っていまして」
「……それは恐ろしい武器ですね」
はて、トワさんにはなにか心当たりでもあるのか、体温を奪うという説明を聞いただけでこんな深刻な反応をされてしまうとは、意外といえば意外である。
ただ実際、例えば水難事故などでは体温を奪われた結果、死に至る人の数がどれだけ多いことかを思い出してもらえると、今回作った武器の中で玲さんが考えたこの武器がいかにおそろしいものなのかを理解してもらえると思う。
とはいえ、それも奪う温度の調整を行えば、そこまで危険な武器でもなく。
「正直このハンマーで相手を動けなくするには、結構な回数攻撃しなければいけないんですけど、大きさも自在に換えられますし、下位竜種を相手にする場合など、かなり使いやすい武器となっているかと」
「たしかに、この能力ならば一部の魔獣に特化した使い方ができそうな武器ですね」
そう言いながら、ふだんからメルビレイを使っているトワさんからすると、水のハンマーはかなり使いやすい武器なのか、水で形成されるハンマーヘッドの形をいろいろと変更しながら素振りを行い。
「これら三つ、いかがでしたでしょうか」
「そうですね。どれもそれぞれに個性的な武器でどれにするのか迷ってしまいます」
訊ねると、それはお世辞か本心か。
ともあれ、トワさんはちょっと勘違いしているようだ。
「ええと一応、ご相談していただいた予算内でその三種類は作ってありますので、三種類とも持ち帰っていただいても構わないのですが」
「はい?」
妙に迫力ある問い返しだが、トワさんも混乱しているのだろうか。
「ええと、この三つは全部合わせて予算内で作ったものですので、三つとも持ち帰っていただいてもかまわないんですけど」
「この夕薙もでしょうか。
空間系のマジックウェポンとなると、それこそ国宝級の武器になると思うのですが」
確かに、その夕薙だけは他の二品より希少な素材が使われた一点物であるが、
「夕薙の力の元になっている素材が極々微量なもので、本当に耳掻きに半分も使われていないものですから」
「その量でこの力ですか、恐ろしいですね」
まあ、そこにはソニアの技術力というおまけもついてはいるが、それくらいの素材でないと例のビーコンは作れなかったのだ。
「本当ならゴミとして捨てられてしまうものを再利用したものなので、遠慮の必要はありませんよ」
なにより、この夕薙はその素材の効果をしっかり把握する為、いろいろと実験をした後のものだということなのだ。
「……そういうことでしたら、遠慮なく。
しかし、こちらは取り合いになりそうなものですね。
マリィ様が黙っておられないかと」
ああ、たしかにこういう珍しい武器はマリィさんが食いつきそうだ。
それでなくとも、ちょっと前に打撃武器が欲しいって感じのことをいってたから。
「その辺りの調整はトワさんの方でやってもらえると助かります」
「ふむ、親方様には、こちらの水のハンマーを渡しておけば文句はないですか」
なんか本来この武器が手に渡るハズだったカイロス伯爵が妙に雑な扱いだけど、今回の注文は無茶振りみたいなものだったのが関係しているのかも知れない。
ともかく、お代の範囲内でこの三つが手に入るならと、トワさんは何度も何度も感謝を述べた後、綺麗に梱包されたそれを持ってガルダシア城へと足早に戻っていった。
◆今回登場の装備品
花蛇……元春作、魔力の刃で斬ったものを魔法の触手で拘束するマジックビームサーベル。
夕薙……ソニア作、ショートワープの空間魔法が付与された金属バット。素体には複雑な魔法式が彫られたジュラルミンバットが使われており、そこに極少量(耳掻き一杯程度)のトワイライトドラゴンパウダーが錬金合成されている。
ヒエピタスタンプ……玲作、蒸散しやすい水で形成された水のハンマー。魔法の補助で気化熱を操り、相手を行動不能に追い込むことができる。
◆我ながら子沢山絶叫おじいちゃんの扱いが酷いと思います。




