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●カイロス伯爵と娘達01

◆今回はカイロス伯爵領領館サイドのお話となっております。

 それは日中、カイロス辺境伯領、領館三階執務室前でのこと――、


「儂は行くぞ」


「お待ち下さいお館様」


「何事です?」


 質実剛健という言葉がふさわしい石の回廊に響く声にやってきたのは、いつものメイド服姿ではなく、どこか執事を思わせるかっちりとしたスーツを着たスノーリズ。

 彼女は近々完成予定のトンネルの運営や警備についての打ち合わせをするべく、この領館三階にある会議室で、このカイロス伯爵領の秘書官たちと打ち合わせをしていた。

 そんなところに聞こえてきた父の声にいま駆けつけてきたのだが、いわずもがな現場では面倒な状況が進行しているようで、


「り、リズ様、も、申し訳ありません。お館様が例の鎧の製作者に会いに行くといい出しまして」


「むぅ、スノーリズか、ちょうどよい。この鎧を作った職人に我が武具を鍛えてもらうのだ」


 と、まるでわざと聞かせているのではないかとばかりのカイロス伯爵の主張にスノーリズは面倒さを隠さずため息を一つ吐き捨てると、侍従達が押し止めるカイロス伯爵の前まで歩いていって、


「かの御仁は戦争に使われる武器を作らぬ御方と言っているではありませんか」


「それでも儂が赴けば――」


「迷惑です。そもそもお館様が赴いたところでなにも変わらないでしょう」


「言い切りおったな」


「言い切りました。トワに聞いても同じことを言うはずです。そもそも彼の地を取り仕切る御仁は、お館様のような根っからの武人でも、ゴンツ殿のような職人でもありませんので」


 スノーリズがわざわざトワの名前を出してまでそう宣言するのだから、それはおそらく本当のことなのだろう。

 カイロス伯爵は娘の言が示す意図をハッキリと読み取るが、それでも引き下がれないものがある。

 それほど先日献上された鎧がカイロス伯爵にとっては特別なものだったのだ。

 ただ一方で、カイロス伯爵は娘がこうと決めたことは決して曲げないことも知っていた。

 ならばどうするべきか、カイロス伯爵が瞬発的な思考により出した結論は――、


「では、これならばどうだ。決して相手を殺さず制圧する武具の製作をその御仁に頼むと、資金、素材、時間に糸目はつけんでな」


 しっかりと相手の考えに沿いながらも、その穴をつくような注文にしたり顔のカイロス伯爵。

 しかし、スノーリズは冷静で、


「それならば注文も可能でしょう。

 ですが、そういう武器ならば既にございますが」


「なんだと」


「こちらの魔法銃がお館様が御所望の武器になります」


 予想外の返答に驚くカイロス伯爵にスノーリズがどこからか取り出すのは一挺の拳銃。

 ただ、カイロス伯爵はその拳銃を見て「ふん」と鼻で笑うと。


「そのようなチャチな武器でなにができるというのだ」


「なにができるですか、ならばお館様ご自身で試されてみてはいかがでしょう」


「それはヌシが儂に教えてくれようという意味ととらえてよいのか」


「そのような理解で構いません」


 この試しで魔法銃の無価値を証明できればもしやも――、

 凄むカイロス伯爵にはそんな目論見があったのかもしれない。

 しかし、スノーリズはそれを涼しい表情で受け流し、鼻息荒いカイロス伯爵を伴って訓練場になっている中庭へ赴く。

 そして、よほど自信があるのか、訝しげな顔をするカイロス伯爵を前に、先の宣言通り、お互いに距離をとって勝負をしましょうということになるのだが、

 中庭の訓練場でお互いが対峙したところで、スノーリズが自分とカイロス伯爵、その彼我の距離に目を留め、わずかに数度、首をかしげるような仕草を見せると。


「お館様、この武器を相手にこの距離からでよろしいので?」


「飛び道具を相手に近距離で打ち勝ってなんの自慢になる?」


 スノーリズの挑発とも取れる言葉に鼻を鳴らすカイロス伯爵。

 たしかに、カイロス伯爵のその弁は、ある種、戦いに挑む者として当然の心構えなのかもしれない。

 しかし、スノーリズの側からしてみると、そんな心構えなど失笑ものの悪手でしかなく。

 加えていうなら、あえて自分からハンデを背負ってくれるなら、それはそれで楽しめそうだと、スノーリズの側からすると、傲岸不遜ととれなくもないカイロス伯爵の態度を特に気にすることなく、あえて淡々と銃を構えて。


「では合図をお願いできますか」


 伯爵自身に戦闘開始の合図を委ねると、


「では始めるかの」


 カイロス伯爵が剣を抜いたのに合わせて、構えた魔法銃の引き金を引く。

 すると、発射されるのは三発の魔弾。

 カイロス伯爵はそれを素早く薙いだ剣で切り裂くも、その魔弾の効果の一部が剣を伝って伯爵に伝わり。


「麻痺属性の魔弾か」


「制圧を目的に作られた武器なので」


「小癪な」


 口ではそう言いながらも愉悦に顔を歪ませるカイロス伯爵。


「連続で発射されることには驚いたが、それにせっかくの状態異常も効かねば意味があるまい」


 どうやらカイロス伯爵は麻痺の効果に強い耐性をもっているようだ。

 ただし、この結果はスノーリズも予想していたようで、ゆったりと、ただ隙のない動きで魔法銃を操作して、放つ魔弾の種類を変更すると。


「ならばこちらはどうでしょう」


 放たれた魔弾がカイロス伯爵が振った大剣を大きく弾く。

 それは衝撃の魔弾。

 着弾と同時に周囲に衝撃をばらまく効果を持った魔弾だった。

 その衝撃によって軽くのけぞるカイロス伯爵だったが、


「この程度、大したことないわ」


「そうですか。

 しかし、この連打にどこまで耐えられますか」


 追いすがるカイロス伯爵に逃げるスノーリズ。

 ただ、逃げているスノーリズも魔弾を放ち、僅かながらもカイロス伯爵にダメージを通している。

 さて、そんな両者の攻防の中、カイロス伯爵には気になることが一つあった。

 それは――、


「うぬぅ、リズ、ヌシはなぜ急所ばかりを狙う」


「それはこの魔弾が常に股間を狙うようにセットされているからです」


「どういうことじゃ」


「用途は違いますが、かの店舗には殿方が悪さを出来ないようにする拘束具があるのです。これはその術式を利用した魔弾でございます」


 つまりどういうことか――、

 それは現在スノーリズが放つ衝撃の魔弾はオートで股間を狙うように設定されているのだ。

 それを聞いて、いつの間にかこの対戦を見学していた兵士達の顔がさっと青褪める。

 どこを狙ってどう撃っても確実に急所を貫く、その恐ろしさに気付いたのだろう。

 しかし、スノーリズと対峙するカイロス伯爵はひるまない。


「狙われている箇所がわかっておれば防御するのも容易いわ」


 たしかに、カイロス伯爵の言うことももっともである。

 ただし、それは常に股間を狙うという前提条件があってこその話であって、


「残念ながらこの魔弾は意図的に狙いを外すことも可能なのですよ」


 この魔弾はちょっとした意識の集中であえて狙いを外すことも可能なのだ。


「ぐっ、卑怯だぞリズ」


 弾を散らされたことにより、カイロス伯爵の防御が乱れる。

 一方、ここでスノーリズはそんなカイロス伯爵の苦戦を眺め。


「卑怯? お館様からそのような言葉をいただけるとは重畳です。

 ということで、このまま追い詰めさせていただきますね」


 その口元の笑みを深めると、


「聞けばつい先日、お館様に待望のお子が生まれたとのこと、ここで遠慮する必要はないでしょう。

 お父様(・・・)、お覚悟を――」


「うおぉぉぉぉぉぉおお――」


 あえてここで『お父様』という言葉を添えて、恐ろしげなことを口にしながらも楽しげに魔弾を放つスノーリズ。

 そこには長年に渡り、積もりに積もったナニカ(・・・)があったのかもしれない。


「ふふっ、そうやって必死に逃げ回るお父様が見られるとは、まさに重畳」


「このような儂の姿を見てなにが面白い。趣味が悪いぞリズ」


「趣味が悪い――ですか。

 ですが、私達もこのように育てたのもお父様ですよ」


 弱点をつくのは戦術の基本。

 スノーリズはカイロス伯爵の娘達はそうやって育てられてきたのだ。

 故に、いまのこの状況はかつて自分が教えられたことをやっているに過ぎないと、自信満々のスノーリズに追い詰められカイロス伯爵は叫ぶ。


「ぐっ、こうなっては仕方あるまい。来るのだアトラス!!」


 すると、その叫びに応えるように執務室の窓をぶち破って戦いの場に舞い降りる真紅の円盾。

 これはカイロス伯爵家が所蔵する護国の守り手の名を冠した魔法盾。

 万屋で手に入れられる防具に付与される自在盾とまではいかないものの、ちょっとした自動防御の魔法効果が付与される魔法の盾だ。


「あらあら、まさかこんなことにアトラスシールドをお呼びになるとは――」


「くくっ、がはははは――、ヌシも言った通り、戦いに卑怯もなにもないと教えた筈だが」


「私が言いたいのそういうことではないのですが」


 スノーリズは突然の盾の登場に対する娘の反応、それに喜び出した我が父の言葉にため息を吐くと、ここまで使っていた拳銃さいずの魔法銃をスカートの中に収納。


「ただ、お父様がそのような態度なら、こちらにも考えがございます」


 と、収納した魔法銃の代わりに取り出すのは長身の魔法銃。

 所謂アサルトライフルと呼ばれるタイプの銃である。

 三点バーストが限界だった拳銃と違い、こちらはフルオート射撃が可能な魔法銃である。


「ああ、ちなみに、これも先程の魔法銃と基本は代わりませんのであしからず」


 さて、そんな魔法銃をただでさえ苦戦していたスノーリズが取り出したらどうなるのか。

 その結果は言わずもがな。

 長大な魔法銃の登場に表情を険しくするカイロス伯爵。

 そんな伯爵に向けて放たれる魔弾の嵐。

 まさに弾幕いう言葉がぴったりな魔弾の連打に、魔法盾を持ち出したカイロス伯爵もただただ耐えるしかない。

 そこには絶望の風景が広がっていた。


「さて、お父様はいつまで耐えられますでしょうか」


「ぐぬぬ、勝負の途中で得物を変えるとは卑劣なり」


「戦いに卑怯もなにもないのでは?

 なにより魔法銃という括りなら、これも同じ武器でありましょう?」


「ぐっ――」


「ということでお父様、今度こそお覚悟を――」


 柔らかでありながら、嗜虐的な笑みを浮かべるスノーリズ。

 と、刻一刻と苛烈さを増していく弾幕。

 そして、その弾幕の圧力と共に深まっていくスノーリズの笑み、その笑みに周囲の兵が恐れ慄く。


「ぐっがああぁぁぁぁぁぁああ――」


 その場はまさに雪の女王(スノーリズ)の独壇場であった。

 嵐のような弾丸に大盤振る舞いされるマガジン。

 それはまさに怒涛の攻めという言葉が現実化したような光景だった。

 そして、どれくらい魔弾の連打に耐えていただろうか、年齢らしからぬ体力を持つ辺境伯にも、ついに限界が訪れる。

 無数の魔弾を防いでいたカイロス伯爵の動きがわずかに鈍り、さらにかなり高性能な自動防御(オートガード)機能があるアトラスシールドを、魔弾の衝撃で正面から排除したのが功を奏したのだろう。

 一瞬の隙をするりと抜けて、一発の魔弾がカイロス伯爵の局所にヒットする。

 後はダムが決壊するが如く、一つのミスが積み重なって、取り返しのつかない状況に発展する。

 結果、防御の手が足りずに数発の魔弾を取りこぼしてしまう。

 そして、カイロス伯爵が本格的な防具をつけていなかったのが仇となった。

 連続して叩き込まれた衝撃は本来耐えられるものであった。

 ただ、防具もなしに何度も無防備な急所を狙われては、さすがに戦鬼と呼ばれた男でも耐えられない。

 一度、それを受けてしまえば魔力による防御も砕き剥がされ、続く魔弾によって無防備なそこ(・・)へと衝撃が叩き込まれる。

 そして、その痛みから思うように動けずにいると、さらに続けての被弾を余儀なくされ。

 カイロス伯爵は十秒と待たずにその場に崩れ落ち、後はただ蹂躙されるのみとなってしまった。


「ぐおおぉぉぉぉおお――」


 文字通り、魂消えるような叫び声をあげ崩れ落ちるカイルス伯爵。

 そんなカイロス伯爵の姿に顔を歪めるしかない周囲の兵士。

 一方、スノーリズはそんなカイロス伯爵の状態に一度は射撃をストップするも、前述の通り、相手は卑怯な行いも戦略の一つを標榜するカイロス伯爵。

 ともすれば、この状況も実はやられたフリで、虎視眈々と反撃の機会を伺っているという可能性も大いにあるのだ。

 スノーリズは自分はそう教え育てられたのだと、当たり前のように、タタタン、タタタンと衝撃の魔弾を確実に急所にヒットさせ、カイロス伯爵の反応をたしかめながら、股間を押さえ前のめりに倒れる伯爵に近付き、ピクピクと小刻みに痙攣するカイロス伯爵のお尻に銃口を突きつけたところで、


「有用性なわかりましたか。

 ――と、やはりこうきましたか」


 気力を振り絞り、反撃する素振りを見せるカイロス伯爵の動きにもクールに反応。

 無言で残弾を撃ち切ったところで、素早く使い捨てのマガジンを交換。

 おかわりで一セットの魔弾を打ち込んだところで再びマガジンを交換しつつも。


「有用性をおわかりいただけましたか」


 問いかける声に返事はない。


「返事がありませんね。気付けにもう一発撃ち込みましょうか」


 それが最後通牒になったようだ。

 最終的にカイロス伯爵がうずくまったまま敗北を宣言することになった。

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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