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黄昏の地

 深夜、工房の地下にある秘密の研究室――、

 部屋の主であるソニアがせわしなく飛び回る中、僕が大量の魔法窓(ウィンドウ)を前に、浮遊する銀の玉を使って各種確認を行っていると、作業が一段落ついたかソニアが僕の真上まで飛んできて。


「準備はいいかい」


「万端だよ」


「じゃあ、行こうか」


 ソニアの声を受けて動かし始めるのは、午前中にゲートを潜り異世界への転移を果たした量産型の銀騎士。


「例の場所はどうなってたの?」


「厄介な相手がいて近づけてないんだ。まずは用意した地図の通りに進んでくれる?」


「了解」


 と、僕はソニアからのリクエストを受け、銀騎士を塔のような岩山から飛び降りさせ、針葉樹が生い茂る森の中をとある地点に向かって進ませる。

 途中、幾度となく森の魔獣と遭遇するも、その度に魔法銃で迎撃しながら、ソニアのナビを頼りに巨大な樹木が立ち並ぶ森の中を駆け抜けていく。

 すると、ある地点でソニアからストップがかかり、そこから大きな木に登り、枝を飛び渡りながら移動すること数百メートル。

 そこには森の中にひっそりと建つ小さな家があって、その入口には見覚えのあるメイドさんが楚々と佇む姿が一つあり。


「ねぇソニア、あれって――」


「多分そういうことなんだと思う」


 成程、ソニアが操るリスレムがここの調査ができなかったのは、彼女があそこを守っていたからってことか。


「他にいるのかな?」


「いまのところ確認できたのは彼女だけなんだけど、伏兵の可能性は否定できないかな。

 ただ、場所が場所だけにその可能性はかなり低いと思うんだよね」


 たしかに、僕達ですらある種――、偶然の当たりを引いて、この場所の探索が出来ていることを考えると、安定的な戦力の配置がいかに難しいことなのかがよくわかる。

 ただ、そうなるとあえてそこに配置される戦力が低いとは思えなくて、

 だとするなら――、


「決められるなら速攻で決めた方がいいよね」


「機体の性能が性能だからね」


 そう、いま僕が操っている銀騎士は、設計こそ他のものとかわらないが、場合によっては廃棄も已む無しと、マリィさんのところの八龍はもちろん、他の世界に派遣している銀騎士よりも劣る機体なのだ。

 特に強度面などはかなり低く。

 ゆえに相手がたとえ前回勝利を収めた相手と同じだったとしても苦戦は必死。

 できれば一撃で仕留めたいと、僕は銀騎士の武器を魔法獣から剣へ。

 なるべく音を出さないように銀騎士の出力を高め、この銀騎士にできる最大の踏み込み――からの前方へ向けた瞬発で必殺の切り込みをかけるのだが、


 ガキンッ――、


 その初撃はメイドが即応、展開された薄い結界のようなものに阻まれて不発。

 ただ、今の一撃で結界そのものは機能不全に持ち込めたかな。


「出来れば通して欲しいんだけどね」


 と、ここでソニアが念話通信を使ってメイドとのコンタクトを図るも。


「会話はするつもりがないみたいだね。

 いや、そもそもそういう機能がつけられていないのかな。

 ――と虎助来るよ」


「わかってる」


 油断なく武器を構える銀騎士を前に腰に伸びた手が横薙ぎに振られ、僕の(・・)の腕に奔る大きな衝撃が奔る。


「鞭?」


「虎助!?」


 僕の疑問符にソニアの悲鳴が重なった理由は僕の腕から吹き出した血にあった。


「あの鞭、遠隔操作を通してダメージを飛ばしてくるみたいだね」


「遠隔操作を通してって――、ダイレクトペイン?」


 ダイレクトペイン――、

 それはゴーレムなど、魔動機を術者に直接ダメージを与える魔法とのこと。

 ソニアが言うには、その魔法式が仕込んである武器は相当珍しいとのことだが、

 相手はそんな武器を持ち出しているとなると――、


「まるでこういう事態を想定したかのようだね」


「まるでじゃなくて、実際予想してたんだと思う……。

 ボクがこの場に辿り着くには、ゴーレムとか、そういう手段を使う必要があるから」


 唸るような音を立て、空間を暴れまわるムチの攻撃を銀騎士に避けさせながら、僕はダイレクトペインによるダメージは少ないとあえて明るく言う僕にソニアが真剣な声で返してくる。

 ただ、ここへ来る手段とソニアの現状を考えれば、その対策を整えておくのは当然で、


「それでどうする?」


「どうするもなにも、ここで逃げることはできないよね」


 最初に受けた攻撃に続けて、変則的なムチの攻撃をすべて見切るのは難しいと、避けきれなかった細かな攻撃によって傷を増やす僕を見て、心配そうにソニアが聞いてくるけど、ここで逃げたととしても意味がない。

 それにこの程度のダメージなら、万屋製のポーションで簡単に回復することができるから、戦闘を続行するのに無理はない。

 ただ、一つ懸念があるとするなら――、


「ビーコンはどうしよっか?」


 銀騎士に搭載される異世界転移に関わるビーコンだけは変えが効かない。

 もしも、銀騎士がやられてしまったら回収ができなくなってしまい、ソニアの実験はもちろん、玲さんの地球帰還にも影響が出てしまう。

 だから、このまま戦闘を続けるかは、最終的にソニアの判断になるけど――、

 と、そんな問いかけに、ソニアの答えは、


「虎助が頑張ってくれるんだから回収はギリギリまで粘るよ。

 じゃないと一気にやられちゃうかもだから」


 まあ、そうだよね。

 ビーコンには単独での強制帰還を可能にする、強力な合成魔石の試作品が組み込まれている。

 つまりそれは、いま僕が動かしている銀騎士の最大のエネルギー源であり、それを回収してしまっては銀騎士が使える行動が限られてしまうのだ。


「まずは面倒な鞭をなんとかしないと」


 と、僕は銀騎士に相手の攻撃に合わせて剣を振らせる。

 すると、何度かの接触の後、幾度も刃が接触したその部分から鞭が切り飛ばされ。

 まあ鞭はまだ十分な長さがあるから、武器として問題なく使えるのだろうが、これで多少は戦いやすくなったかとそれは甘い考えだったみたいだ。

 それはなんという思い切りのよさか。

 いや、人形としての機械的な判断か。

 メイドは短くなった鞭をすぐに投げ捨て、腰につけていたポーチの中から一本のレイピアを取り出す。


「せっかくちょっと戦いやすくなったと思ったんだけど。

 あれも貫通武器かな?」


「多分」


「剣を取り出したポーチはマジックバッグ?」


「ふつうポーチに剣なんか入らないだろうから」


「容量はどれくらいだと思う?」


「同じサイズのものでも作った人によって随分かわるから、ちょっとわからないな。

 ただ、最小のマジックバッグでもあれくらいの剣なら十本は入ってると思うよ」


「そうなると、彼女を倒すつもりでやった方が早いよね」


「でも大丈夫?」


 ソニアにはどれくらいの強さかとか、そういう見極めは出来ないだろうけど、それはソニアがあくまで生産特化であることを考えると仕方がない。

 ただ、ここで確認を一つ。

 高速の踏み込みからの一閃と見せかけての燕返しもどきの斬撃を放つ。

 浅く切りつけた二の腕から覗くのは鉄と木でできたパーツ群。


「うん、やっぱり人形だね」


 と、相手が人間ではないことを確認して、思いっきりやっても大丈夫なことを確信。

 ただ、ここで新しい問題が一つ。

 銀騎士が装備しているのは特別な魔法付与はされていないがアダマンタイトの剣である。

 それでもってしても簡単には切り裂けない体というのはどういうことか。

 と、ここで魔法窓(ウィンドウ)を見ていたソニアが僕の疑問に反応して、剣戟直後の静止画をズーム。


「皮膚の下になにか仕込んであるね。魔法金属で作った金属糸かな」


 皮膚の下に金属糸を編んで作った防刃チョッキのようなものが仕込まれているようだ。


「だったら突きを主体に戦うのがいい? それとも首を狙う?」


 場所が生物にとって重要な部分と考えると、特別頑丈に作ってある可能性が高いものの、その仕組みを知った上でなら、防御の上からでも十分相手にダメージを与えられる攻撃は考えられる。

 ただ――、


「制御装置がどこにあるかわからないから微妙かな。

 でも、視覚を潰すって意味なら首を狙うのもありかな」


 人の形をしているとはいえ、そのまま同じ位置に弱点があるとは限らない。

 しかし、視覚などを司る器官があるのは、人体という構造上、主要部分が頭にあるのが普通となる。

 となると、ここはセオリー通りに頭部の破壊を狙うのが無難だろうか。

 と、防御をメインにメイドに対応しながら考えていると、映像の向こう、防御に回りながらも、幾つかの攻撃をもらい、追い込まれて(・・・・・・)いるようにも(・・・・・・)見える(・・・)銀騎士の姿に、ソニアが勘違いをしてしまったみたいだ。


「虎助、もしかしてダメージがヒドい?」


「あ、ううん、貫通してくる攻撃の方は我慢できるレベルなんだけど、それよりも銀騎士の動きの方が厳しいかな。自分の体ならよかったんだけど、この銀騎士だとね」


 僕はソニアを安心させるよう、しっかりと体に問題がないことを明言した上で、せっかくだからと現在進行系で続く戦闘の問題点を指摘してみる。

 思考操作によって思い通りに動かせるとはいえ、やっぱり身体能力に大きな違いがあるゴーレムを操るのは難しいのだ。

 特に全身金属でできている銀騎士の場合、その初動が重く、自分本来の動きとはまったく違う為、とっさの行動ではどうしても送れが出てしまい、結果いつもなら受けるハズのない攻撃を受けてしまう。


「あと、視界――っていうよりも、視線の移動に難があるかな。

 見たい時に見たい場所が見れないのがちょっとやりにくい」


 銀騎士の僕が周りを見回すのに合わせて勝手に移動するようになっているのだが、あくまで実際に動くのは銀騎士であって、首を振る速度が僕がするよりも格段に遅くなってしまう。

 これが自分の体なら、ほぼ視界が遮られた状態でも他の感覚でかなりの部分を補えるのだが、ゴーレムの遠隔操作の場合、視覚と聴覚が頼りなので、そういった技術が使えないことになる。

 しかも、この銀騎士は最終的に廃棄処分の可能性もあるということで、マリィさんや魔王様などの拠点に配備されているそれよりもスペックが落ちるとなると、ゼロコンマ以下のほんの僅かな差になるが反応が遅れるわけだからと、いま思いつく限りの気になる点を指摘してみたところ。


「わかった。ちょっと待って――」


 ソニアは僕の周囲に幾枚もの魔法窓(ウィンドウ)を展開。

 そこに一枚一枚、銀騎士とメイドが戦う周囲の景色を映し出していって、


「これは?」


「リスレムを周辺調査に出してたでしょ。

 それを戦ってる銀騎士の周りに集めて、送られてくる映像つなぎ合わせて視界を確保したんだ。

 無理やりつなぎ合わせてあるから、微妙にズレちゃってるところはあるかもだだけれど、そこは我慢して」


「いや、十分だよ」


 ソニアによると多少のラグや位置のズレがあるとはいうが、その程度のなら感覚で補正してやれば問題ない。

 さっきまでとは比べ物にならないくらいに戦いやすいのだが、それによって見えてくるものが一つ。


「これはちょっと決め手にかけるね」


「相手のダメージを見るに、このまま戦っても削り切れるとは思うけど、ボクは虎助の身体が心配だよ」


 僕の体を心配してくれるソニア。

 一方、僕としては痛みや怪我にはそれなりに耐性があるから、そういう方面での問題はまったくなく。

 ただ単純に銀騎士のスペックの問題で相手を押し切ることが難しいことを懸念。

 すると、ここでソニアが、


「フェイクゾディアックの方から魔力を回そうか」


「でも、そうするとビーコンの回収に影響が出るんじゃない?」


「いや、ビーコンの回収に必要な魔力は別に残してあるから構わないよ」


「そういうことなら、遠慮なくお願いしようかな。

 合図を出すから合わせて」


「OK」


 と、メイドとの激しい剣戟の中、タイミングを見計らい。


「いまっ!!」


 その合図で銀騎士の出力が一気に増大。

 僕はその魔力の全てを銀騎士の推進力に回して攻撃。

 間隙を縫って放たれた超速の突きがメイドの鳩尾を捉えるも、さすがの防御力か、突き出された剣先はメイドの体表を滑るようにずれ、脇腹に引っかかったタイミングで、


 ここ――、


 ゴーレムならではの関節の使い方でドリルのような一撃を繰り出し、無理やり突き刺すも、


 ――やっぱりこうなるんだ。


 突き砕いた部分に重要な部品が存在したのだろう。

 アダマンタイトの直剣が突き刺さった脇腹から腕にかけて、メイドの身体が焼けたモチのように大きく膨らんで――、


「虎助」


「わかってる」


 これは定番の自爆だなと、僕は銀騎士にアダマンタイトの剣を手放させ、メイドの腹を蹴って距離を取ろうとするのだが、

 バシュッと気の抜けたような音が聞こえたその直後、僕が操っていた銀騎士の胸にメイドゴーレムが持っていた剣が突き刺さり。


「ぐっ――」


 自爆での巻き込みに見せかけて、爆発に指向性をもたせて武器を飛ばしてくるとか――、

 メイド人形同士で情報を共有している?


 と、そんな思考と共に、胸を貫く鋭い痛みがあり、胸からじわりと生暖かいものが流れ出す。


「虎助!?」


「平気、急所は外したから――、

 それよりもビーコンは?」


「結界で守られてるから問題なし。

 転移も今した。

 後はゲートのエレイン君が――、

 うん。回収できたよ」


 思ったよりも僕にダメージがきていないのはビーコンが結界で守られていたからなのだろうか、ゲートの警備をするエレイン君がビーコンを回収したのを確認したソニアが声を張り上げる。

 ちなみに、転移した瞬間にエネルギー切れで映像が途絶えてしまったらしい、目の前の魔法窓(ウィンドウ)がブラックアウト。

 しかし、リスレムから送られてくる映像はそのままなので、倒れる銀騎士の姿が確認できるみたいで、


「ごめん。銀騎士がダメになっちゃったね」


「もともとそのつもりで作ったから仕方ないよ。

 それよりも虎助、早くポーション使って」


 いつの間に指示を出したのか、ソニアの声を受け、ベル君がぐいぐいと押し付けてくるポーションを飲み、念の為、上着を脱いで怪我の具合を確認したところで、さっきまで銀騎士が戦っていたあっちの世界の調査の話になるのだが、


「とりあえず回収できたビーコンを解析とリスレムの調査がメインになるかな。

 あと、今後のことを考えると世界樹の移植をしないとだね」


「世界樹ってまだ植えてなかったの?」


「あのメイドが居た場所に植えるつもりだったから――」


 ああ、植えられるならあそこに植えたいか。


「でも、やられた銀騎士をリスレムで回収して動けるようにとかできないの?」


「ボクもできたらそうしたいんだけど、見てよアレ」


 ソニアが指差す魔法窓(ウィンドウ)を覗き込むと、そこには独りでに動いてくっつくメイドの残骸があり。


「自爆の上に再生機能持ちメイド人形とか初見殺し過ぎない」


「だから彼女があそこを守っていたんでしょ。

 ま、断定は出来ないけど」


 呆れをにじませる僕の声にソニアがため息を一つ。

 初見殺しにもほどがある。


「しかし、そうなると、世界樹あんまり近くに植えることもできなさそうだね」


「だよね。とりあえず後はボクがやっておくから、虎助は家に帰りなよ。今日は疲れたでしょ」


 さすがにソニアが言う通り、今日は疲れた。

 まあ、母さんの教育が賜物か、まだ探索の続きができないかといえばそうではないが、その探索の主体であるソニアがこう言っているのだから、ここは素直に従うとしよう。

 いろいろと心配もかけちゃったみたいだからね。


「じゃあ、後のことはお願いするよ」


「任されたよ」


 僕は残る処理をソニアに任せて研究室を御暇するのであった。


 ◆????


「……」


「どうかしましたかメア。手が止まっていますよ」


「申し訳ありません。少々気になることがございまして」


「はぁ……、リコリス様のお披露目パーティは明日です。ぼーっとしている時間はありませんよ」


「わかっております」


「ならば手を動かしなさい」


「かしこまりました」


◆タイマンの戦闘シーンはキャラの動きや心情がシンプルで書きやすいです。


◆次回投稿は水曜日の予定です。

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