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任意転移実験

◆夏休みの宿題は終わっていますか。

「へぇ、これが地球に行くために必要なアイテム?

 意外と小さいじゃない」


「いったいどんな構造になってるの?」


「えと、これ自体はそこまで複雑な魔動機ではないそうで、いわゆるビーコンのような魔動機みたいです」


 場所は工房にある東屋の下、玲さんをメインに集まってなにをしようとしているかというと地球(任意の世界)への転移実験だ。

 ナタリアさんから提供されたデータを元に聖女召喚の儀式を解析し、リドラさんの関係で訪れた龍の墓場で見つけたトワイライトドラゴン素材から、異世界転移に重要な魔動機を作製。それを銀騎士に搭載し、実際に使ってみようというものである。


 この実験が上手くいけばソニアの目的に一歩近づき、玲さんが日本に帰ることにも繋がるということなので、今回の実験はぜひ成功させたいところであるが、正直成功するかどうかは蓋を開けてみないとわからない。

 なにしろ任意の場所への転移実験はこれまでもやってきたのだが、ほぼ失敗しているというのが現状なのだ。

 空間系の魔法にかかわる最上位素材と、成功実績のある異世界召喚に関するデータが揃っているとはいえ、絶対に成功なんてことは断言できないのである。


 ちなみに、今回の転移実験に重要な地球の位置情報は、僕を含めた友人各位に、環さん、万屋(ウチ)と取り引きのある日本生まれの(・・・・・・)魔女のみなさんから集めさせてもらった。

 ここに玲さんのデータを入れなかったのは、玲さんの位置情報がすでに他の世界のものと書き換えられている上に、先に触れた聖女召喚に関する分析で既に使っているからである。


 さて、そんな地球の位置データを入力した魔動機(ビーコン)をセッティングしたところでさっそく転移実験を行うとしよう。

 ちなみに、今回この転移実験の被験者になってくれるのは安定の銀騎士だ。

 この銀騎士は、玲さんやナタリアさん、賢者様達の強力で、すでに賢者様達が住まう世界で一回起動しており、その主軸となる位置情報は向こうのものとなっている。

 そこに外部動力としてのビーコンをセット。

 ゲートに向かってもらうのだが――、


「なんかイキナリSFの世界になっちゃったわね」


「でも、玲っちは師匠んとこにいたんすよね。これっくらい普通じゃないんすか」


「召喚されてから半年は軟禁状態で、師匠と合流してからはずっと潜伏生活だったから」


「ああ――」


 ゲートに向かって歩き出した銀騎士を操作する僕のすぐ後ろ、やや気まずい空気になったのは元春と玲さんだ。

 ちなみに、元春の言う師匠というのは賢者様のことで、玲さんの言う師匠というのはナタリアさんのことである。


「でも、レイも壊れた人形はいくつか見たんじゃない。何度か襲撃があったから」


「あれってわたしを追いかけてきてたロボットなんですか」


「そうなんじゃない。だって他に心当たりはないから」


 ここで玲さんに驚愕の事実を伝えるのはそのお師匠様であるナタリアさんだ。


「そういえばこのゴーレムはなにか特別な機体なのかい」


 そんな弟子と師匠のやり取りに苦笑を向けながら聞いてきたのはアビーさん。

 彼女は転移魔法の専門ではないが、今回の実験がソニア肝いりの実験ということで、サイネリアさんと、おまけでジガードさんと一緒に見学に来ていた。


「いえ、今回は、実験結果によって、銀騎士をそのまま廃棄しなければならないという状況にもなるかもしれませんので、量産タイプのものになります」


 実験が成功した場合は問題はないが、少なくない確率で失敗やトラブルがあり、そうなると変えが聞かないビーコン意外は廃棄になるやもと、この銀騎士はあり物の下位魔法金属をベースに作られているんだ。

 と、それを聞いたアビーさんとサイネリアさんが、


「廃棄を前提とするなら已む無しか」


「それでも贅沢な気がするけど」


 二人それぞれに銀騎士のスペックに対し思うことを口にして、ここで銀騎士がゲート前に到着。

 後はこのままゲートに突入――となるのだが、

 いざ銀騎士をゲートに飛び込ませようとしたところで元春が聞いてくるのは、


「しっかし、思ったよりも普通だな」


「いや、そんなこといわれても、どんなイメージしてたのさ」


「なんかこう、ゲートをパワーアップさせてスゲー転移をするとか?」


 まあ、実験の目的が任意の異世界への転移ってものだけに、元春が言わんとする事もわからないでもないが、


『ゲートはもう殆ど完成しているから、変に弄ってそのバランスを崩したくなかったんだよ』


 ソニアが言うように、すでに完成しているゲートそのものに手を加えるより、それを誤魔化す方法を開発した方が手っ取り早い。

 そして、いま繰り返したようにゲートそのままゲートということで転移自体は普段と変わりなく。

 後はビーコンに記載された情報がうまく転移に干渉してくれさえすれば地球への転移となるハズだったのだが、

 いざ銀騎士をゲートに飛び込ませたところ、そこはどこともしれない森の中。


「ありゃ、地球に飛ぶってんなら、ふつう虎助ん家に転移すると思うんすけど、ここどこっすか」


「とりあえず周囲に生き物の反応はなさそうだけど、どうしたらいいかなソニア。

 ――ソニア?」


『――っと、ああ、ゴメン。

 転移した先がまさか夕焼けの森(・・・・・)だとは思っていなかったから、ラグっちゃってたよ』


 成程、すぐに返事がないと思ったらそういうこと(・・・・・・)――、

 と、あえて、その部分を強調したソニアに、僕は銀騎士にリスレムを用意させ、すかさずその操作権をソニアに移譲。

 すぐに動き出すリスレムの調査で刻一刻と広がっていくマップを頼りに森の中を進んでいくのだが、少し進んだところで茂みの中から飛び出してきたのは巨大なイノシシで、


「あ、ここ地球じゃないかも」


「あんな生物、地球にゃいねーっすからね」


 突如登場した巨大イノシシにガッカリするのは玲さんだ。

 万屋にやってきてまだ一ヶ月も経っていないということから、今回の実験も最初からそこまでの期待はしていなかったようだが、実験の開始から五分とたたずのこの結果にはさすがに落胆は隠せないようだ。

 しかし、そんな落ち込みモードの玲さんには悪いけど。


「ここがどこかはとにかく、周辺に魔獣が出るとなると、まずはセーフポイントの確保が重要だね」


 僕はあえてこれからの行動指標を口に出しながらも銀騎士を素早く操作。

 横槍に飛び出してきたイノシシの攻撃から素早く銀騎士を退避させると、そのまま彼我の距離を一気に突き放し。


『そうだね。とりあえず安全だろうって場所に、いくつかチェックを入れておいたから、適当に拠点を確保しておいてくれる?』


「おっ、さすがソニアっち、仕事がはえーな」


 すかさず入れられたソニアのフォローに銀騎士の進む方向を微調整。


「なあ虎助、これ適当にずんずん進んでいるようにしか見えんのだけど、ちゃんとソニアっちに言われた場所に進んでるん」


「とりあえず、近くに大きな山というか高台って感じのところに向かってるかな。ほら、あそこ――」


 視線をあげて木々の隙間を覗けば、遠く塔のように細長く空に伸びる岩山が聳え立っている。


「なんか水墨画とかに出てきそうな山だな」


「地殻変動で出来たのかな?」


「タワーカルストじゃない?」


『あれは魔法で出来てるんだよ』


「魔法?」


『正則が石を槍状にして地面から生やす魔法を使ってたでしょ。あれの強化版があの岩山の元になってるんだよ』


「え、マジっすか」


 どうやらあの突き出た岩山は魔法によって作られたものらしい。

 元春は自分の友人が牽制として使っている魔法の効果が増していけば、岩山一つ作れるレベルになるという事実に驚いているようだが、それを成すにはマリィさん並みの魔法の才能が必要で、

 そんな事実に元春が安心している間にも銀騎士は森の中を駆け抜け。

 十分もすると件の岩山の袂に到着。


「でも、これってゴーレムで登れるレベルの岩山じゃなくない」


「いや、これっくらいの取っ掛かりがあるなら余裕じゃないっすか」


 ここまでの移動時間で落ち込みモードからすっかり回復、岩山を見上げる形の映像にため息を吐き出す玲さんに、元春が余裕なのはこういう地形でのクライミングをすでにしたことがあるからだろう。

 僕はそんな元春の態度に苦笑しながらも銀騎士に搭載された秘密兵器の一つを起動。

 それはどこかでみたような射出式のアンカーで、

 打ち出されたワイヤー付きの杭が岩山の一部に突き刺さると、すぐに腰の装置によってその杭から伸びるワイヤーが巻き上げられる。

 すると、銀騎士の体が空中に舞い上がり、適当な足場に着地。

 そこからはアンカーの射出と巻き上げを繰り返し、どんどん岩山を登っていくと。


「これまんまアレでしょ。巨人絶対殺す装置」


「てか、なんだよコレ。虎助、これ俺の鎧にもつけてくれよ」


「うん? これくらいならすぐに作れるから別にいいけど」


 アニメから飛び出してきたような装置に大興奮の元春と玲さん。

 いや、アビーさんやサイネリアさん、ジガードさんもこのギミックには興味があるみたいかな。

 ただ、みんな興奮してるところ悪いんだけど、この装置って、以前、ソニアがアニメに影響されて、適当に作ったものを、今回なにかに役に立つかもと取り付けたものだから意外と扱いが難しいんだよね。

 というか、そもそも元春はいったいこの装備をいつ使うというのだろうか。

 僕はまた元春が変なことをやらかさないかと心配しながらも、とりあえず、この装置の改良が先だろうなと、その旨を心の中でメモ書きしながらも、一回では一番上まで登れないのでと、安全な足場を乗り継ぐように何度かアンカーの射出を巻き取りを繰り返し、岩山を頂上まで登りきり。


「すっごい景色」


「けど、森しかないっすよね」


「まるでエルフの森みたいだね」


「うむ」


 たしかに、岩山の周囲には延々と森が広がっていて、ところどころ顔を出す、ここと同じような岩山以外はずっとグリーンの絨毯が広がっているばかりだ。

 と、僕達が少し、その岩山の上からの風景に心奪われていると、ここでソニアも一段落ついたか。


『じゃあ、ここに簡易的な拠点を作っちゃおう』


「一から作るの?」


 ソニアの声に首をかしげる玲さん。


「いえ、マジックバッグの中に組立式の倉庫の材料がありますから、それを使って作ろうかと」


 こんなこともあろうかと、用意してきた材料がマジックバッグの中に入っている。

 僕はホームセンターで売っているような組み立て式の倉庫の材料を銀騎士に取り出させ。


「ねぇ、それ組み立てるのわたしにも手伝わせてくれない」


「構いませんよ。時間がかかりそうですから」


 と、ここで玲さんが自分も銀騎士の操作をしたいと言い出した。

 なので、せっかくだからと、実験の失敗の慰めという意味でもと、銀騎士の操作を玲さんとバトンタッチ――しようとするのだが、

 ここでナタリアさんが『自分もやってみたい』と言い出して、『そういうことならこっちも――』と、前に動かしたことがなかっただろうか、アビーさんやサイネリアさんまでもが便乗してきたので、僕は「交代ですよ」と言いながらも、その四人に銀騎士の操作のレクチャーをすることにするのだが、それが実際に手を取ってのものとなると――、


「ちょ、虎助――、そこ代われ」


「別にかまわないけど、元春は教えられるの」


 まあ、この友人が黙っていない。

 元春が場所を代われとわがままを言い出して、ことがサイネリアさんに及びそうになったところでジガードさんが乱入と、ちょっとしたハプニングがありながらも、その後はなんとか落ち着いて、太陽が地平線に沈む前までにはなんとか倉庫も完成。


「今日はこれくらいしておきましょうか」


「そうね」


 銀騎士は暗視もできるので夜の調査も問題ないのだが、その日は時間も時間ということでここでお開きと相成ったのだった。

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