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アルケミックポットを作っていたのでは?

 安室姉妹との食事の後――、

 僕と元春とマリィさんの三人はお店から少し離れた荒野にやってきていた。

 さて、どうして僕達が荒野のど真ん中にやってきたのかというと、例の試食の後、どうせここまで食べたのだからと、軽くサンドイッチなどを追加して、少し早い昼食をとっていたところ、アビーさんとサイネリアさんから試作していたアルケミックポットの一つが完成したとの報告があったからだ。

 ただ、二人に呼ばれて向かった先にあったのは何故か兜がないプレートアーマーで、


「これが新しいアルケミックポット?

 ただの鎧のようにしか見えませんけど」


「間違いないよ。これがボク達が作った新型アルケミックポットさ」


 そう言って僕の疑問に答えるのは、ゆるふわ天然パーマなダウナー系エルフのサイネリアさん。

 その背後に立っている爽やかな青年風のエルフは、彼女の祖父であるジガードさんだ。


「ただ、虎助君が指摘したように鎧であることも間違ってもいないかな。

 実はこのアルケミックポットはリビングメイルをベースに作られているんだ」


「リビングメイルを基礎にしたアルケミックポットですの。

 あの、それは単なるリビングメイルなのでは?」


 錬金釜をベースとした魔法生物がアルケミックポットで、鎧をベースにした魔法生物はリビングメイル。

 だとするなら、リビングメイルをベースにしたそれは単なるリビングメイルなのでは?

 そんなマリィさんの疑問はもっともなもので、

 ただ、ここでもう一人の浮浪者――もとい、製作者であるアビーさんが、ここ数日、浄化をする暇もなくこのアルケミックポットの作製に取り組んでいたのだろう。妙なテカリを帯びたボサボサの髪をゴムでひとまとめにしながら。


「たしかに、マリィ嬢の言う通り、これはリビングメイルなのかもしれない。

 ただ、こいつにはアルケミックポットの能力と一緒にディストピア化の加工がされているんだ。

 それで、これは実際に試してもらうのが手っ取り早いんだけれど、ディストピアのように別空間での戦闘を経ることで装備が手に入れられることができるんだよ」


「とはいえ、ベースがベースだから、手に入る装備は鎧に固定されちゃうんだけどね」


 成程、つまりこれは、アビーさんとサイネリアさん、二人の閃きにソニアのサポートが加わって、上位リビングメイルのディストピアを素体に錬金釜の構造を取り入れた成果って感じかな。


「将来的には武器とかも作れないかって考えてるんだけど、錬金釜との兼ね合いが難しくてね」


 錬金釜と組み合わせるとしたら、形からして鎧とか兜とかそういうものじゃないと、その機能を保つのが難しいとかそういうことだろうか。

 と、簡単な質疑応答でおおよその説明を聞いたところで、マリィさんが「ふむ」と平静を装いその鎧に近付き。


「それで、そのアルケミックポットですの?

 いえ、リビングメイルですの?」


「ああ、この子のことはアルケミックアーマーとでも呼んでくれるかい」


「では、そのように――、

 それで、こちらなのアルケミックアーマーなのですが、これがアルケミックポットの力を有しているといるとなれば素材を投入することになりますわよね」


「勿論」


「それはどこに入れてしまえばいいんですの」


「それなら首の穴からだね」


 まあ、何かを入れるならそこしかないよね。


「入れるのは鎧だけなんですの?」


「いや、入れる素材はなんでも構わない。

 だけど、素材を投入した分だけ強化につながるから気をつけて、

 実験の時にアヴァロン=エラ産の魔獣素材をいっぱい入れたら、お祖父様でも危ない相手が出ちゃったからさ」


「むぅ、あれは少々油断しただけだ」


 苦笑交じりのサイネリアさんの発言に拗ねるようにそっぽを向くジガードさん。

 これはアルケミックポットと同じ仕様だね。

 ただ相手が魔法生物ということであることと、限界が存在しているということで相手が強くなり過ぎるという事故が防げたが、こちらはそうはいかないみたいだ。

 しかし、仕組みがディストピアと同じだというのなら――、


「これの設定はどうなっているんです。

 脱出機能とか――、例えば強くなりすぎたアルケミックポットをリセット機能とかはあったりするんですか?」


「勝てなくても脱出はできるようになってるよ。

 ただ残念ながらリセット機能は搭載できなくてね」


「だから素材の投入は慎重にお願いするよ」


 つまり強くなり過ぎたが最後、クリア不能のディストピアもどきが出来上がってしまうってことか。

 新しい名物に使えるかと思ったのだが、これはちょっと問題ありのマジックアイテム(?)なのかもしれない。

 しかし、それもある程度の指標があればコントロールができるかもしれないと、そう考えた僕は手を上げて、


「なにか目安のようなものはあるんですか」


「素材が保つ力がそのまま乗算されるだけだから、そこまで難しく考えなくても大丈夫さ」


「そうなると金属素材がいいってことになりますか」


「うん。ただ使い込んであるようなものは、鎧そのものに残留思念を読み取るみたいだから、気をつけてくれるかい」


「まあ、逆にボロボロだと効果も薄いだろうけど」


 つまり、装備に残った残留思念を元に鎧そのものの強さや、クリア後にもらえる鎧の形状も変化したりするわけか。


「とまあ、そんなワケだから、こんなものも用意してもらったんだ」


 と、アビーさんの号令で数体のエレイン君が運んできたそれは、バックヤードにしまわれていた装備の数々だ。

 そんな装備を見た元春がやや顔をしかめるようにして、


「ってか、これってヤバいんじゃないんすか?

 ここに流れてくる武器ってレベルが高い魔獣が住んでるトコから流れてくるものなんすよね。そんな装備を取り込んだら、メッチャ強くなるんじゃ」


「いや、今日ここに集めたのは、ありふれた素材の、あまり使い込んでない感じの装備ばっかりだから」


 基本的にこのアヴァロン=エラに流れ込んでくる装備品は、元春の言う通り、魔素濃度が高い魔獣の領域で討ち死にした戦士の装備品だ。

 ただ、比較的手に入りやすい素材で作られ、キズの少ない装備品の主は、あまり戦うことなく討ち取られてしまった場合がほとんどで、そういう装備品を選べばそこまで危険なことにはならないって計算なのだろう。


「では、最初は控えめにして試してみましょうか」


「わかりましたの」


「って、マリィちゃん。初っ端は鎧とか入れるんじゃね」


「貴方、最初は武器を指定するに決まっているでしょう。

 でなければ剣士と戦うことができなくなってしまいますの」


「あ、そっすか」


 まずマリィさんがマリィさんらしい理由で、用意された装備品の山の中から選んだ、シンプルな片手剣を鎧の中に差し入れ。


「これって鎧とか入るん」


「口に近づければ勝手に入るよ」


 元春が選んだのは狼系の魔獣の一撃だろうか、脇腹の一部が抉れた鉄の鎧。

 それをアビーさんに言われた通り、鎧型のアルケミックポットの投入口に近付けたところ。


「おおっ、マジで入った」


 まるでゼリーのようにつるんと鎧型アルケミックポットに吸収されて、

 続いて僕が小さな鉄の盾を投入すると、鎧の胸部を飾る宝玉代わりに取り付けられたインベントリが赤い輝きを放ち。

 これで鎧の構成に必要な素材が揃い、挑戦できるようになったみたいだ。

 ただ、ここから更に素材が入れられないわけでもないようで――、


「ここから追加で強化することもできるんだけど、追加した素材によっては後で戦う鎧の強さはもちろん重量も増すみたいだから気をつけて」


 そうなると入れるバランスが難しいな。

 しかし、この条件を全面に押し出せば、宿泊施設とかでも利用可能にできるのではないか。

 とはいえ、お店で買った方が無難に強い防具が手に入るだろうし、そう考えるとあんまり意味がないのか。

 ただ、今回はあくまでこの鎧型のアルケミックポットの実験ということなので、とりあえずこの状態で一度戦ってみようということになって、


「それで、どうすれば戦えますの」


「ディストピアと同じだよ。シンボルそのものに触れれば戦闘開始さ」


 マリィさんが挑戦方法を確認し、その仕様がディストピアと一緒だということが判明したところで、


「では、参りましょうか」


「ボク達もお供させてもらうよ」


「製作者として当然だね」


「護衛はワシに任せるのだ」


 マリィさんを筆頭にアビーさんとサイネリアさん、そして孫大好きおじいちゃんのジガードさんが参戦を表明。


「俺は止めとくわ」


 ただ、当然といえば当然なのか、元春が参加を辞退。

 ということで、元春を除いたみんなでディストピア(?)内へ。

 参加者全員でせーのと鎧に触れたところ、次の瞬間、僕達はしっかりと整備された闘技場の真ん中に立っていた。

 と、そんな僕達の目の前にはデンとシンプルな鎧がデンと鎮座しており。

 ガシャリ、音を立てて立ち上がり剣を構えるリビングメイルにマリィさんは視線を飛ばし。


「あの武器はいただけないのですね」


「あれはあくまで彼の武器だから」


 ああ、マリィさんが最初に剣を選んだのにはそういう理由もあったのか。

 検証のためについてきたアビーさんの言葉に「残念ですの」とため息を一つ。


「あの鎧は壊してしまっても構わないのですよね」


「問題ないよ。あれは幻影みたいなものだから」


 そのセリフは敗北フラグのようであるが、後で鎧がもらえるとして壊れたままだと困ってしまう。

 ディストピアと同じで精神世界のような場所での戦いと位置付けられているらしい。

 だったらと僕は腰のポーチ(マジックバッグ)から片手サイズのハンマーを用意。


「あら虎助、それは新しい武器ですの?」


「いえ、鍛冶用に作ったハンマーです」


 夏休みに始めた鍛冶仕事もだいぶ慣れてきたということで、最近になって下位の魔法金属も鍛えられるように、エレイン君に頼んで総アダマンタイト製のハンマーを作ってもらったのだ。

 ただ頑丈なだけのものであるが、相手が金属の塊となればこれが一番戦いやすいのではと選んでみたのだが、そんな僕のハンマーを見てマリィさんが「ふむ」と一考。


(わたくし)も打撃武器を用意した方が良さそうですわね」


 〈百椀百手の格納庫〉から以前エルブンナイツとの戦闘で使用した杖剣を取り出し。


「まずは僕が突っ込みますのでマリィさんは援護をお願いします」


 僕の言葉にマリィさんが「仕方ありませんわね」と火弾の弾幕を張ったところで突撃をかけるのだが、マリィさんの火弾がそのリビングメイルに到達した次の瞬間、横殴りな火弾の雨を受けたリビングメイルがガシャリと崩れ落ち。


「あれ、倒しちゃった?」


「まあ、素材が素材だから」


「これなら(わたくし)が近付いて戦っても変わりませんでしたわね」


 などと話している間にもふたたび僕達を光が包み込み、元の場所に戻ったみたいだ。


「ってか早すぎね。瞬殺だったん」


「思ったよりも弱かったみたいでね」


 待っていた元春の第一声に肩をすくめて、


「それで鎧はどうなりましたの」


「多分それじゃね。お前らと一緒に出てきたし」


 元春が無駄に格好つけて親指で示した方向を見ると、そこにはついさっき戦ったばかりのリビングメイルと同じデザインの鎧が鎮座しており。


「虎助――」


「待ってください」


 マリィさんの呼びかけに、僕が手早く〈金龍の眼〉を使って鑑定したところ、それはアイアンキメラメイルというフルプレートメイルという鎧のようで、


「鉄の鎧っすか微妙っすね」


「投入した素材がそのまま鎧として形成されるということですわね」


 ただ、ここで詳しく鑑定結果を見てみると。


「体力増強の効果が追加されていますよ」


「それは当たりだね。まだ完璧にその条件はわかってないんだけど、入れた素材や戦果によって特殊能力が付与されることがあるんだよ」


 素材だけじゃなく、戦果にもよるってところがミソかな。


「そうすると魔獣素材で固めるのがいいってことなん?」


「そこが悩ましいところなんだけど、素材ばっかり詰め込むと鎧の出来が微妙でね」


 アビーさん曰く、素材の組み合わせによっては、重要な部分が守られていなかったり、違う種類の皮が溶融するように混ざり合うといった妙な鎧が出来上がってしまうのだそうだ。


「皮のリビングメイルとかちょっと斬新じゃね」


「たしかに――」


「それは気になるね」


 うん、リビングメイルといえば金属のプレートアーマーってイメージがあるから、一体どんな動きになるのかとか、僕も気になるかな。


「そういえば、これはサイズはどうなっていますの」


「参加した人の中で一番活躍した人のサイズになるみたいなんだけど」


「てゆーか、これって聞くまでもなくマリィちゃん専用の鎧だろ」


 その後、胸の部分を撫で回すように言った元春に火弾の嵐が撃ち込まれたのはいうなまでもないだろう。

◆次回投稿は水曜日の予定となっております。

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