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ソウルフード

 それはある週末のこと、

 その日は仕事が休みだったということで玲さんのお姉さんである環さんが万屋にご来店。

 姉妹仲良く魔法の練習をしていたのだが、環さんがなにやらサプライズを用意していたみたいだ。

 昼食の時間にはまだ早いのだが朝ごはんが早かったからかな。魔法の練習の後、お腹が減ったと机に突っ伏す玲さんを見て、さりげなく一人万屋の簡易キッチンに引っ込んだかと思いきや、ニコニコ笑顔で持ってきたのはある地方に暮らす者にとって少々特別なスパゲッティで、


「お、お姉ちゃん。それって――」


「冷凍で悪いんだけど、食べたいと思って買ってきたのよ」


「ふぉぉぉぉぉぉおおっ!! ありがとうお姉ちゃん」


「ふふふ、どういたしまして」


「虎助、玲が妙に嬉しそうですがあれは特別な料理ですの」


「……気になる」


 思わぬ玲さんのリアクションに、こそっと聞いてくるのはマリィさんと魔王様。

 玲さんのオーバーなリアクションに興味を持ったみたいなのだが、


「あれはあんかけスパゲッティといって、玲さんの地元で食べられている郷土料理のようなものですか」


「あんかけスパゲッティ?

 それは玲があれほど喜ぶほど美味しいものですの」


「それなんですけど、僕は食べたことがないのでわからないんです」


 残念ながら僕はあんかけスパゲッティを食べたことがない。

 なので、あくまで名前や見た目なんかを知っているだけとして、あんかけスパゲッティがどんな食べ物なのかを説明していると、玲さんがバッと顔を上げ。


「え、虎助、あんかけスパ食べたことないの。どうして?」


「どうしてと言われましても――」


 僕達の地元だと有名なチェーン店がなく、店によってはメニューにあるみたいだけど、あえていうなら『なんとなく』だと答えたところ、玲さんは「食べないのは人生損してるわよ」と環さんにあんかけスパゲッティを追加注文。

 環さんも玲さんに言われてはと苦笑いでキッチンに戻ったところで、玲さんが改めて聞いてくるのは、


「でも、それなら学校帰りとかどうしてるの?

 ファミレスとか入った時、なに食べてるの?」


「そりゃ、ふつうにハンバーグとかなんじゃないっすか」


「パスタならナポリタンとか?

 鉄板に乗ってて卵焼きが敷いてある」


「ああ――、けど、それもどうなんよ。

 あえてそっち選ぶことなんてあんまねーんじゃね」


 まあ、実際のところ、僕も鉄板ナポリタンは一回か二回しか食べたことがないから、元春の言わんとすることもわからないでもない。


「それに学校帰りってんならガッツリ系じゃなくて、普通に駄菓子屋で玉せんとか、肉屋によって揚げフランクだろ」


 僕達が学校帰りなんかに立ち寄るといったら、学校から家に帰る途中にある商店街のお肉屋さんとか駄菓子屋さんくらいなものだ。

 運動部に入ってたりとかならその限りじゃないかもしれないけれど、僕達の場合、夕食前に本格的に食事をすることなんてまずないことだから、買い食いってなるとそういう手軽に食べられるものになってしまうのだ。

 と、僕と元春が話していると、今度は玲さんが頭の上にクエスチョンマークを浮かべて。


「アゲフランク? なにそれ」


「素揚げしたフランクフルトのことですね」


「皮がパリパリで、肉の味が濃い感じで美味いんすよ」


 肉屋だけに揚げ油にラードが入っているらしく、調味料をなにもつけなくてもしっかりと味がある揚げ物が沢山売っているのだ。

 すると、それを聞いた玲さんは『じゅるり――』あんかけスパゲッティを食べながら「それは美味しそうね」と器用によだれを拭い、「そうっしょ、そうっしょ」と元春が何故か自慢げで、

 その流れからなのか、元春は玲さんの向かいに座るマリィさんとゲームをしながら会話に加わる魔王様を見て、


「ちなみに、マリィちゃんのとこやマオっちのとこにもそういう名物料理みてーなのってあるん?」


「それならばラキョプなどが有名ですの」


「ラキョブ? なんか気が抜けるみたいな名前っすけど、それってどんな料理なんすか」


「細切れにしたお肉を豆やタマネギなどを香辛料で煮込み、薄く伸ばしたパン生地で包んで焼いた料理ですの」


 想像するにミートパイのようなものかな。

 ちなみに、魔王様のところにはフェアリーベリーなる精霊の住まう森だけで取れる七色の実がなる木苺のようなフルーツがあるそうだ。

 今度見つけた時に持っておすそ分けをしてくれるそうで、


「しっかし、マオっちのとこの木苺もそっすけど、そのラキョブってヤツもうまそうっすね」


「でしたら今度トワに作らせますの」


「マジっすか!?」


「マオも美味しいものを持ってきてくれるようですし、元春には食べさせませんけど」


「ちょ、そりゃないっすよ」


 慌てる元春にマリィさんが軽く嘲笑。


「冗談ですから安心なさい」


「冗談きついっすよ」


 珍しく悪戯なマリィさんと元春のやり取りを見ていると、あっという間にあんかけパスタを食べ終わってしまったみたいだ。玲さんがウェットティッシュを使って、その口元を拭きながら。


「そのトワっていうのは誰?

 わたし会ったことないと思うんだけど」


「マリィさんのところのメイドさんですね」


「ああ、やっぱりそういう人がいるのね」


 ちなみに、玲さんにはマリィさんを始めとした常連のみなさんの素性は教えてある。

 ただ、その素性が元姫やら魔王様だったということで、最初はあまり信じていなかったみたいなのだが、普段からそこはかとなく気品漂うマリィさんの立ち居振る舞いや、魔王様を迎えに来たリドラさんとの遭遇があったりして、いまではしっかり信じてくれているみたいだ。


 と、僕達がそれぞれの故郷の味で盛り上がっていると、ここで試食用にと環さんがレンチンしてくれていたあんかけスパゲッティが完成したようだ。

 環さんにレンジ調理でアツアツになった皿を持たせるのはと、ベル君が持ってきてくれたそれを、みんなで少しづつ小皿に取り分け試食。


「……おいしい」


「ホント、意外とウマいっすね」


「意外とってなんなのよ。美味しいに決まってるじゃない」


「いやー、想像してたのとちょっと違ったもんで」


 たしかに、このあんかけスパゲッティのソース。

 見た目は中華あんっぽいけれど、基本はトマトソースで、ちょっとスパイシーな感じがするのは予想外といえば予想外だ。


「でも、まさかあんかけスパがアンタ達の地元だと食べられてないだなんて」


「けど、そういう食いモンってそんなもんじゃないっすか。

 玲っちも小倉トーストとか、きしめんとか、あんま食べないっしょ」


「それは――、そうかもね」


 元春が言ったいくつかのメニューは、僕達が暮らす地方の名物とされているが、好きな人じゃなければ案外地元の人でも食べないことが多いメニューだ。

 まあ、小倉トーストなんかは喫茶店のモーニングなどで問答無用に出てくることもあるんだけれど……。


「しかし、虎助達の地元には多くの名物料理がありますのね」


「俺達の地元っていうか、近くのデッケー街にそういう食いモンが多いんすよ」


 実際、これに関しては一つの変わり種ジャンルになる程の種類があるといっていいもので、


「マリィさんのところでも新しい特産を開発するのはどうです」


「むぅ、たしかにそろそろトンネルも完成することですし、一考すべき懸案なのかもしれませんわね」


 現在ガルダシア領に建設中のトンネル。

 このトンネルが完成すればガルダシア領を往来する旅人の数が増加することが予想される。

 それを見越して新たな名物料理を作るのは悪いことではないはずだ。


ちな(ちなみに)マリィちゃんとこで一番取れる食べ物とかってなんなん?」


 僕の提案に考え込むマリィさんは元春からの質問に眉根を寄せるように間をおいて。


「ゴーヤですわね」


「ああ――」


 ゴーヤと聞いてイマイチな反応をする元春だが、ーヤは栄養豊富だし、マリィさんが暮らす地域で作っているところは他に無いだろうから、調理方法によっては十分お土産になるポテンシャルを持ってるんじゃないかな。

 例えば、さっき話題になったミートパイのような料理にゴーヤを使うとか?

 と、いまだ食料の生産が安定しないガルダシア領の食材の乏しさに難しい顔をするマリィさんに、僕は今度作ってきてくれるというラキョブの新しいレシピを提案するのはどうだろうとぼんやりと考えるのだった。

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