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●人工衛星発射実験

「これが万屋製のロケット? 意外と小さいのね」


「本来はもっと大きい機械らしいんだが、このロケットはマジックアイテムでもあるからな。失敗の可能性も考えてコンパクトにしてあるんだと」


 魔の森とまでは言わないが、森の奥深くに存在するロベルト研究所、その庭のような森を切り開いた広場で会話をするのはナタリアとロベルト。

 そんな二人の目の前には、ガイノロイドのプルの手によりセッティングされる三脚のような発射台と、ホリルが抱えるようにする全長二メートルほどのロケットがあった。


「けど、まさか空から環境魔素濃度を観測するなんて――」


「俺たちにはなかった発想だよな」


「けど、普通に打ち上げたところで空の魔獣に食べられちゃうのがオチでしょうから、そこに考えがいかなかったのはある意味で当然なのかもね」


 魔獣がいる世界において、宇宙へ進出することは難しい。

 それは魔法技術がかなり発達しているロベルト達が暮らすこの世界でも例に漏れず、その分野の技術はあまり発達していなかったのだ。


「ちなみに、飛ばした後の対策とかって、なにか立ててあるの?」


「一応はな。

 ソニアいいか?」


『あ――、うん。ちょっと待って、

 と、いいよ』


 そう言ってロベルトが魔法窓(ウィンドウ)を介して話しかけるのは万屋のオーナー、ソニアである。

 本日、彼女は開発者の一人として、そして個人的な興味から、この打ち上げに参加していた。


『ロベルトからアイデアを出してもらって、結界装置とか、カモフラージュ機能とか、いくつか搭載したんだけど、ものがものだから、どこまで通じるかはやってみないことにはわからないって感じだね』


 ちなみに、こういうイベントの時、責任者的な立場を任される虎助は、残念ながら今日この場にはいない。学校へ行っているのだ。

 虎助としてもロケットの打ち上げは見たかったようで、元春などと共に立ち会いたいと希望を出していたのだが、天候の関係からタイミングが合わずに参加できなかったのだ。


 と、ナタリアが通信の向こう側のソニアと話をしていたところ、ロケットの設置を担当していたホリルから「たぶん出来たわよ」との声がかかり、ロベルトとナタリアがロケットのセッティングの細かいチェック、そして最後にソニアにシステム周りを動作確認を行って――、


「じゃ、そろそろ打ち上げと行こうか」


「楽しみね」


『失敗しないといいけどね』


「それも込みでのこの実験なんだろ」


『まね』


 そもそも失敗をしたところで、この規模のロケットなら、ロベルト達としても、万屋としても、そこまでの損害にならないのだ。

 ということで、ロベルト達はロケット発射に関連する魔法窓(ウィンドウ)を展開するアニマの誘導で、ロケット本体から三十メートルほど距離を取り、リフトオフまでのカウントダウンを開始。

 カウントがゼロになったところでロケットは僅かな土埃を残して宇宙へと飛び立っていく。


「思っていたより静かな打ち上げだったわね」


『推進力のメインが風の魔法だからだね。後で火の魔法も使うけど、そこまでは静かなものさ』


 と、ここでソニアがこのロケットが多段式の魔法ロケットであることに触れたところで、ナタリアはロケットに取り付けられたカメラの一つから送られてくる映像に目を落とすロベルトの背後に近付いて。


「どんな感じ?」


「もうかなり高いところまでいってるな」


 またたく間に遠くなっている大地を映し出す映像の横に、ロベルトが添えられた高度カウンターをチェックしながらそう一言。


「第一宇宙速度だった? 思ったよりもスピードが出てるのね」


『とはいっても、星の大きさがちがうから地球のそれとは違うんだけどね』


「こっちのそれも過去の実験ではじき出せたからよかったものの、まったくデータのない状態だったら考えるだけでも恐ろしいな」


 ちなみに、第一宇宙速度というのは周回軌道に入る為に必要な初速のことで、人工衛星の打ち上げなどにとても重要なデータである。


「ただ問題はここからだよな」


『ドラゴンも生息してるとかって話だけど――』


「あくまでそう推測されているだけだけど、実際の確認はまだって話よね」


「公式にはそうなってるな」


 ロベルト達が暮らす世界での龍種の扱いは、半ば伝説の存在。

 ワイバーンや一部妖精龍などと呼ばれるような小型の龍以外、ほぼ確認されていないというのが現状である。

 ただ魔の森など、人の手がおよばない領域などではまだ生息しているとされており、近年、特殊なゴーレムなどを使った探索によって、その姿らしきものが確認されていたりするのだ。

 そして現在、万屋製のロケットが飛び進む成層圏もそんな未開領域の一つで。


「いまのところはそういう反応は――、待て、なにか大きい反応が一つ近付いてくるぞ」


 レーダーを見ていたロベルトが少し慌てたように魔法窓(ウィンドウ)に指を滑らせる。

 すると、ロケットに搭載されるカメラの一つが青白い火の粉を振りまく大型の鳥の姿を映し出し。


「火の鳥ね」


「フェニックスかしら」


「伝聞と炎の色が違うからはっきりしたことはわからんな」


『まあ、それは後で解析すればいいんじゃない。

 それよりも今はこの鳥がこっちに向かってきてるのが問題だよ。

 このままだと、一分もしない内に追いつかれちゃう』


 迫りくる火の鳥とロケットの上昇速度をざっと計算して、ソニアが言うとロベルトが「面倒な」と舌打ち。


「スピードアップは出来ないのよね」


『変に加速したり減速したりすると、宇宙に行く途中で分解しちゃうってこともあるからね』


「結界の強度を信じて、祈るしかないだろ」


 宇宙への飛行は、ロケット本体の強度などを考えると途中でのスピードアップすることは難しい。

 だから、いまロベルト達に出来るのは結界などを使った防御のみであり、ぐんぐん近付いてくる火の鳥に、ロベルトはロケット本体に影響がないように離れた位置にシールド状の結界を展開。

 祈るような気持ちで見ていると――、

 そろそろ火の鳥が結界と接触するという距離まで接近してきたそのタイミングで、カメラの前を長大な影が横切り、先ほどまで画面で捕らえていた火の鳥の姿を見失う。


「いまの、なに?」


『見た目は蛇みたいな感じだったけど、あれがさっき言ってた龍種ってこと?』


「……さあな。そっちは分析はソニアに任せてもいいか」


『構わないよ』


「けれど、いま見たことを思うと上にあがったところで心配にならない?」


 フェニックスとおぼしき火の鳥が一瞬でやられてしまうという現実に、天空に住まう魔獣はかなり強い力を持っているのではないかと心配するナタリアだったが、それに対してソニアは言うのは、


『さっきもちょろっと説明したけど、とりあえず上まであがっちゃえば大丈夫だと思う。この監視衛生はそういう意図で造ってあるから』


 いま打ち上げているロケットに乗せられている監視衛星には、ブラットデアに搭載した認識阻害と光学迷彩を始めとした隠蔽機能が備わっている。

 だから、多少の運は絡むのだが、偶然接触するなどして見つかることがなければ、たとえ目の前を龍種が通ったとしても、襲われる心配はほぼ無くなるハズである。

 と、ソニアが監視衛星に備わる機能を簡単に説明している間にも。


「そろそろ動力を変えるタイミングだな」


「風から火の魔法に切り替えるのよね」


『魔力効率を考えると風の魔法で飛ぶのが一番いいんだけど、高く跳ぶと風の魔法では思うような推進力が得られないみたいだから』


 魔法窓(ウィンドウ)の向こうで行われる魔法式のスイッチ。


「切り替え成功したようです」


 それを随時モニターしていていてくれたアニマの声に一同はホッと一息。

 そして、ここまでくると、もう宇宙は目前で――、


「すごい光景ね」


『地球で見たことがあるけど、これはまた――』


 地球側なら映像を探せばいくらでもある。

 しかし、リアルタイムでそれを見るとなるとやはり特別に感じるものなのだろう。

 もともと無口なアニマは元より、ロベルトにホリルと、比較的お喋りなナタリアまでもが数分間、特にこれといった言葉を発することなく時間は過ぎていき。


「衛星が安定起動に乗ったみたいだな」


「で、すぐに調査を始めるの?」


『いや、まずはその前に姿を隠さないと』


 ソニアが遠隔操作で監視衛星の隠蔽機能を発動。


「特に変わった様子は無いけど大丈夫なのかしら」


「そこは搭載されたカモフラージュ機能を信じるしかねぇだろ」


『じゃ、改めて調査を始めようか』


「了解」「わかった」

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