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雨の日

◆今週は2話投稿です。

 その日のアヴァロンエラは珍しく雨だった。

 その所為でもないだろうが、店内にはお客様の姿はない。

 いつもは僕と一緒にこの世界を訪れる元春も今日は部活の会合があるらしく来ていなかった。

 というわけで、珍しく1人になってしまった僕はといえば、お客様がいる時には出来ない魔剣などの整備をしていたりする。

 カチャカチャシュッシュと魔剣の手入れをしながらまったりとした放課後の時間が流れていく。


 整備をはじめて小一時間ほど、ちょうど5本目の魔剣が磨きあがったところにビニール傘をさしたマリィさんがやってくる。

 因みにこのビニール傘は、お客様が濡れないようにとゲートの付近で警備をしてくれているエレイン君が渡してくれているものだろう。

 マリィさんは店の入口で傘を畳むと、剣でも振るように傘についた水滴を弾き飛ばし、満足げな表情を浮かべ。


「不思議な傘でしたね。ですが、このくらいの距離なら別に必要は無かったと思いますけど」


「風邪を引いてしまわれてはいけませんから」


 そういえば外国の人って結構な雨が降っていても傘をささない人が多いなんて聞いたことがあったような。手入れを終えた魔剣をまとめてポリバケツに突き立てながら、僕が外国人の傘事情をなんとなく頭に思い浮かべていると、降り注ぐ雨を見上げていたマリィさんがポツリこんなことを呟くのだ。


「しかし、このアヴァロン=エラにも雨が降りましたのね」


 このアヴァロン=エラは次元の狭間に浮かぶ小さな世界である。

 故に地球や各世界にあるような自然に起こる水の循環がなく、常識的に考えると雨が全く降らないということになるのであるが、


「ディーネさんの機嫌が悪いんですよ。午前中にいらしたお客様方が何かやらかしたようで、午後からずっとこうなんだそうですよ」


 僕の説明に、雨の所為だろう。いつもよりも一回りほど大きく膨らんだ金髪ドリルをわさりと揺らして、マリィさんが小首を傾げる。


「ディーネさんとは何方(どなた)ですの?」


 そういえばマリィさんはディーネさんの事を知らなかったんだっけ。


「実は工房の裏にある井戸に水の大精霊であるウンディーネ様が棲み憑いているんですよ」


「ああ、それで雨ですか…………ん? ちょっと待ってくださいまし、この世界には水の大精霊様が住まわれていますの!?」


「はい。元々はとある世界の美しい地底湖に住んでいたらしいんですが、その洞窟で採取できる高純度の魔石を狙った貴族の嫌がらせで地底湖を追われてしまったらしく、その後、嫌がらせの報復にと、その貴族が所有する領地で暴れまわったそうなんですが、ただ、その貴族とやらが王族の一員だったらしく、コネを使って高位の魔導師を幾人も呼び寄せ、大規模な討伐作戦が行われたらしく、最終的に、一人の魔導師が用意した伝説級の魔導器によってこの世界に強制転移させられたっていうのがオチらしいです」


 と、そんなディーネさんの、この世界に辿り着くまでの紆余曲折を聞かされたマリィさんは、自分の周りでも同じような話を聞いたことがあるのだろう。軽く溜息を吐きだして、


「どこの世界にもそういった愚か者はいるのですね。おそらくその魔石というのもウンディーネ様の加護があってこそ取れるものだったのでしょう。目先の欲にかられて馬鹿なことをしましたわね。

 ですが、虎助もよく無事でしたのね。大精霊の暴走と言えば、もはや自然災害そのものでしょうに」


「ああ、それに関しては、僕がここの店長を務める前の出来事ですから、そもそもこのアヴァロン=エラの住人はゴーレムが殆どですし、オーナーが規格外ですからマリィさんが想像するほどの被害はなかったと思いますよ」


 そうでしたの。僕の返事に納得するような呟きを作ったマリィさんだったが、次の瞬間、宝石のような碧眼に剣呑な色を宿して僕と目を合わせて、


「ですが、どうして、そのディーネ様を(わたくし)に紹介してくれませんでしたの?」


 どうやらマリィさんは僕がディーネさんを紹介しなかったことが気に入らないらしい。

 だけど、


「ディーネさんはここに来た経緯からして人間不信といいますか、関わるのも嫌みたいでして、特に火の魔法と煙の魔法ですか?2つの属性を得意とする魔法使いには厳しくて、マリィさんを紹介できなかったんですよ」


 何でもディーネさんが住む地底湖を狙ってきた貴族というのが、その2種類魔法を使っていたそうなのだ。そして、地底湖からディーネさんを追い出す為に、その2つの魔法を行使して美しかった地底湖を汚してしまったのだという。


 そんな事情を聞いたマリィさんは少し考えるようにたぷり腕を組んで、


「事情は把握しました。その上で、(わたくし)がディーネ様にお会いすることはできますの?」


「それは――、ディーネさん本人に聞いてみないと分かりませんけど、どうしてです?」


 嫌われているというよりも、もしかすると問答無用で襲いかかられる相手にわざわざ会いに行くのはどうしてなのか?

 訊ねる僕にマリィさんはしゃらんと髪を横に跳ね上げて、


「お話を聞いて、元とはいえ同じような立場にあった者として、そして、同系統の魔法を使う者として謝罪をしておかねばと感じたのです。それでなくとも、この世界においてはディーネ様の方が先達になりますからね。ご挨拶をしておかねば失礼になるでしょう」


 それは所謂『高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ』とかいう考え方だろうか。

 正直、別の世界の別の貴族が犯した罪をマリィさんが背負うのはどうなのかと、僕なんかは思ってしまうのだが、それを良しとしないのがマリィさんという人なのかもしれない。

 とはいえだ。


「先ずはディーネさんの意向を確認しませんと」


 いくらマリィさんが会いたいと言っても、会うか会わないかを決めるのはディーネさんの側である。

 それでなくとも、


「雨のアヴァロン=エラもいいですけど、このままずっと雨降という訳にも行かないですから、ご機嫌取りをしなくちゃですからね。そのついでに聞いてきます」


 アヴァロン=エラに降り注ぐ雨はディーネさんの精神状態に影響されたものだ。たまに降る雨というのも風情があるものでいいとは思うが、いつまでも降り続かれても困ってしまう。

 そう言い残して僕はカウンターの下に隠しておいた新商品をご機嫌取りにと万屋を出ると、石壁伝いに工房の裏手にぐるり回って、物陰に建つ小さな井戸へと向かう。

 そして、『危険につき立入禁止』と吊り下げてあるロープを潜り、まるで機械でカットされたような石材でしっかり組まれた井戸の中に声をかける。


「ディーネさん、ディーネさん。僕です、虎助です。出てきて下さい」


 声をかけること何回か。コポコポと水が沸騰するような音を井戸の底から聞きつけて、二歩三歩。僕が後ろに下がったその直後、井戸から水が溢れ出す。

 それからまた少しの時間を置いて、滑らかに面取りされた井戸の縁から深い青色の神を持った美女が上半分ほど頭を覗かせる。


「久しぶりね虎助、ぜんぜん来てくれなかったから、私のことなんて忘れているかと思っていたわ。

 いえ、当然かしら。何故なら、私みたいにつまらない女と話していても不快なだけでしょうからね」


 水の中で聞く声のような揺らぎを伴って聞こえてくるのはネガティブな発言。僕は相変わらずなディーネさんに苦笑いを浮かべながらもいえいえと謙遜して、


「そんなことありませんよ。ただ最近ちょっと学校や店の方が忙しくて、なかなか来れずにすいません」


 もちろんこれは言い訳である。本当は人間嫌いのディーネさんに遠慮をして頻繁に会いに来ないようにと配慮していたりするのだが、行かなければ行かないで機嫌を悪くしてしまう。その匙加減を間違えてしまったのだ。

 以前、頻繁に会いに来すぎて変なネガティブモードに入ってしまった経験から、今回はちょっと長めに会いに来なかったのだけれども、やっぱり二週間も空けるのはちょっと長過ぎたみたいだ。


「それで今日はなんの御用かしら。ああ、もしかして、水、水を汲みに来ただけなのかしら。ごめんなさい。もしかして声をかけられたと勘違いしてしまったわ」


 うわぁ。完全に卑屈モードに入っちゃってるな。

 取り敢えずはここはご機嫌取りからいってみないと。


「えと、そうじゃなくてですね。取り敢えずこれをお納めください」


 と、僕が取り出したのは一本のボトル。そう、これは手土産として万屋から持ってきた新商品だ。

 その中には宝石のような粒上の物体が浮かぶエメラルドの液体が入っていて、

 ずいとそのボトルを差し出す僕に、ディーネさんは少し戸惑ったようにしながらも、そろそろと触手のようなものを伸ばして受け取ってくれる。

 ディーネさんは水の精霊だけあって栄養源は液体に含まれる魔素だという。魔素が溢れるアヴァロン=エラでは井戸の中にいるだけでもその栄養は事足りるのだが、ただ、ソニアがそうであるように、食事やその他の楽しみが無いのはつまらないものである。

 ディーネさんにとってそれは――飲み物を飲むことらしく、その中でも特にお酒が好きみたいなのだ。

 そう、僕が差し出したボトルに入った液体はお酒。所謂これは『まあまあ、お酒でも飲んで――』という定番のご機嫌取りなのである。

 因みに、今回持ってきたお酒は〈森の雫〉なる僕の世界の魔女さん達が作るお酒である。

 何でも特別な森に発生する虹色の朝露を集めて、それを木苺と一緒にスピリッツにつけて作るリキュールらしい。

 本来、万屋では酔っぱらいトラブルを避ける為にお酒の類は扱っていないのだが、この〈森の雫〉というお酒に関しては、強力なマジックポーションの一種でもあり、軽い狂戦士化薬でもありと、場合によっては有用な魔法薬であることから、魔女の皆さんの外貨獲得の助けになればと万屋でも取り扱うことにしたのである。

 売る際にこの〈森の雫〉が持つ効果を伝えると共にピンチの時に飲んでくださいと言ってあるので、このアヴァロン=エラで酔っぱらいに絡まれる心配はないだろう。

 そんなお酒を精霊の最上位であるディーネさんに渡すのは危険ではないかという懸念があったりもするのだが、

 水の精霊には〈浄化〉の権能が常に働いており、〈森の雫〉のバーサク効果は聞かないのでは(・・)?というのがソニアの意見である。

 実際、〈森の雫〉を恐る恐る受け取ってチビリチビリと味見するディーネさんに酔っ払う素振りは見られない。


「これも美味しいけど、前に買ってきてもらった大吟醸?あれも美味しかったと思うんだけど……、ああ、勘違いしないでね。別に催促しているとかじゃあないから」


「構いませんよ。万屋(ウチ)としてもディーネさんにはお世話になっていますから。次に来る時、持ってきますね」


「ごめんね。ごめんね。本当に大丈夫だから」


「いいえいいえ気にしないでください。お世話になっているのは本当なんですから」


 いい感じで緊張もほぐれてきたこのあたりがタイミングかな。

 お酒を飲んでリラックス。いつものネガティブ発言が和らいできた頃合いを見計らって切り込んでいく。


「実はディーネさんに会いたいという人がいまして――」


炎(煙)(エン)術師かしら。目的は何なのか聞いてもいい?」


 さすがは大精霊というべきか、僕の考えなどディーネさんはお見通しだったみたいだ。

 アクアマリンのように透き通った目を鋭く尖らせたディーネさんが聞いてくる。


「何でも同じ立場にいる者として、同じ魔法を使う者として、一度、ご挨拶をしておきたいそうです」


 ふぅん。ディーネさんはクリアブルーの両腕をマリィさんと同じようにたぷりと組んで黙考。


「いいわ。会ってみましょう。だたし2人きりでだけど」


「2人きりですか?」


「心配しなくても大丈夫よ。ただお話するだけだから。本当よ。本当――、信じて、ね。お願い」


会話の途中、少しキャラを忘れてしまったのか。真剣な感じだったディーネさんだけど、今はいつも通りに見える。

 ふむ。これなら2人で会わせても大丈夫かな。

 そう思いつつの念の為と、警備をしてくれているエレイン君達にそれとなく気にするようにと伝えつつも、僕はマリィさんを呼びに一旦万屋へ。

 その後、マリィさんとディーネさんとの間でどんなやり取りがあったのか僕は知らない。

 ただ、その会談の後も、しとしとと暫くの間ふり続いた雨に、これはまたお土産を持ってディーネさんのところに顔を出さないとな。そんな事を思い、携帯で美味しい地酒を検索する僕であった。

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