十五夜と人化の法
◆短めです。
それは九月十五日、十五夜の夜のこと――、
魔王様も帰って、僕もそろそろ帰り支度を始めようかと考え始めていた午後八時過ぎ。
久しぶりにルナさんがお店に顔を出してくれたので、僕はお茶とお茶菓子を出しながら、ふと思い出した案件についての相談をしてみる。
「あ、そういえばルナさん。実は聞きたいことがあったんですけど、いいですか」
「ん、答えられることなら答えてあげるけど」
ルナさんはそう言いながらも、黒文字で一口サイズに切り分けた栗羊羹をパクリと口に運ぶと「んー」と悶えるように体をくねらせて。
「ルナさんが人に変身するのってどうやっているんですか?」
「人への変身方法ね。
ごめんなさい。もともと自然に出来てたから、どうやってるって聞かれてもうまく言葉にできないわ」
「そうですか」
どうやらルナさんは感覚で人化をしていたようだ。
だからそれをどうやれと言われてもうまく説明する言葉が出てこないようで、
僕がそのことを残念がってると、また一口、栗羊羹を口に運び緑茶に手を伸ばしたルナさんが何気なく提案してくれるのは、
「じゃあ変身するとこ見てみる?
なんならスキャンってのをしてもらっても構わないわよ」
「いいんですか?」
「別に秘密ってわけでもないし、いいわよ。もともと普通に人前で使う魔法だから」
そんな簡単にデータを取らせてくれるなんて大丈夫なのかとも思ってしまうが、そもそも神獣が使う人化の力に関しては秘密でもなんでもないとのことなので、善は急げとベル君に準備をお願い。
ルナさんが人から兎、兎から人へ転身する様子を緑の光線でつぶさに読み取ってもらう。
そして、そのお礼というわけではないのだが、追加の栗羊羹をルナさんに用意したところ、ルナさんはそれに手を伸ばしつつ。
「でも、なんで急にそんなことを調べてるの?」
これは迂闊だった。
根本的な説明を忘れていたと僕が話すのは、最近になってお店に顔を出すようになったお客様のことで――、
「実は最近、呪いで人にされていた龍種の知り合いが元の姿に戻ったんですけど、そうなったらそうなったでまた不便があるそうで、自由に人化が出来るような魔法はないかと相談されていまして」
そう、今回の相談の主はリドラさんと対をなす白龍のヴェラさんからのご相談だ。
その相談のきっかけはメガブロイラーの捕獲――、
メガブロイラーの捕獲は大きなドラゴンの体では綺麗な狩猟は難しいということ、
そして、ヴェラさんが大きなドラゴンの体では拠点内の移動や森での行動に制限がかかること、
特にお風呂やベッドが自由に使えないことを再認識したヴェラさんから、メガブロイラーの輸送用にと新しく開発したカゴの受け渡しの際に人化について相談されたのだ。
ちなみに、もともと彼女の体をエルフたらしめていた血龍印の解析はほぼ完了していて、ソニアなら同じような事象の再現は可能だそうであるのだが、
そもそもその現象が呪いの力だけあって、ヴェラさんの姿を人間――というかエルフ――に変化させることは可能であるものの、それをしてしまうとヴェラさん自身の能力が大幅ダウンするの上に、それ自体、龍と人の姿を自由に入れ替えられるというものではないらしく、この方法ではヴェラさんが思うように人化が使えないみたいである。
ということで、別の方法をといろいろ探していたところにちょうどルナさんがご来店してくれたということで、せっかくだからと神獣の人化現象について質問してみたのだ。
「でも、そういうのって普通に人間たちも使うような魔法よね。
この店にならありそうなものだけど」
「たしかにそういう魔法があるにはあるんですけど」
ただ、そういう魔法は単に見た目だけを誤魔化すものだったり、変身するにしても術者の質量や存在力とでもいえばいいのだろうか、そういうものを誤魔化すのは容易ではなく、特に龍種ほどの質量とパワーを持つ体を人のサイズに収めるような魔法は存在しないみたいで、
また、人を別の生物に変えるような魔法薬の存在もあったりはするらしいのだが、対象が龍種ともなると、その効果はほぼ無効化されてしまうそうなのだ。
考えてみれば、ドラゴンを他の生物に変えられるような魔法薬なんてものが存在するのなら、シャイザークの呪いがそうであったように、対龍種の最終兵器として使えてしまうわけでだから、
現状、万屋に集まっている情報だけではヴェラさんのご要望に応えるのは難しいと説明したところ、ここでルナさんが思い出すように。
「でも、ドラゴンに変身するって人間もいたんじゃなかった?」
「そうなんですか?」
「あれはどこの世界だったかしら、たしか龍の姿を持つ英雄がいたハズよ」
八大龍王にドラゴンメイド。
人が龍に変身する伝説を中学の頃に元春から聞いたことがあるけど、世界によっては本当にそういう人(?)がいるんだな。
しかし、人化の力を持つ龍種の居場所がわかったところで僕達にはどうしようもなく、
神獣の力により、いろいろな世界へ移動できるルナさんには異世界転移の調査は、神獣という立場のこともあり、彼女の気まぐれに任せている為、頼んでそのデータを見つけてくれるように頼むのは難しい。
「それを考えると、まずはルナさんの変身をしっかり調べるのが一番ですかね」
「でも、その龍ってマオのところの子でしょ。だったら妖精とかに聞けばよかったんじゃない。
だってほら、妖精ってイタズラ好きでしょ。そういう魔法がうまいのよ」
成程、聞けば納得の話だった。
しかし、それもあくまでルナさんが知っている妖精という但し書きがつくのだが、
とにかく、ルナさんがそういうのであれば、また今度聞いてみることにするとして、
取り敢えず、いまはルナさんからゲットした人化のシステムの懐石からだなと、今しがた取ったルナさんのデータをソニアに投げておくと同時に、エレイン君と万屋のパソコンの両方にその分析をしてもらっていると、ルナさんのお茶がもうなくなってしまったようである。
「しかし、去年も思ったけど、この時期の虎助の故郷は私にとって天国のような場所よね。ちょっと足を運んでみようかしら」
「ルナさん日本に行けるんですか?」
「行けるわよ」
しれっと爆弾を落とすルナさん。
そして――、
「いま、貴方達のところにいる同郷の女の子。向こうに連れて行ってあげようか」
神獣様はなんでもお見通しなのかな。
ただ、ルナさんからのせっかくのご提案に悪いのだけれど。
「彼女は僕達が責任を持って地球に送り届けますよ。別にルナさんを信用していないわけではなんですけど、ルナさんが通る道を僕達が通れるとは限りませんから」
「懸命な判断ね」
別にルナさんがなにか変なことをしないかとか、そういうことは考えていないのだが、
以前、いらした巨人の神獣であるテュポンさんが、このアヴァロン=エラへの転移の際に鎧を置いてきてしまったなんてことを見たことがある。
その後、その鎧がどうなったのかはしらないが、場合によっては次元の狭間で漂い続けるなんてこともあるかもしれないのだ。
「データ収集には協力してあげるから頑張って」
「ありがとうございます」
◆次回投稿は水曜日の予定となっております。




