●仕事に戻った十三
◆今回のお話は虎助の義父である間宮十三を主軸にしたSSとなっております。
それはとある雪山の中腹にある山小屋の中、
山小屋の片隅に置いてある鋼鉄製のストーブを前に焚き火を見つめるダンディは間宮十三。
ビッグフットの捕獲により世界的に有名になった冒険家である。
そんな十三に声をかけるのはインターネット番組の若きディレクター木村。
彼はガサガサと防寒ジャケットをこすりながら十三の方へ近付き。
「間宮さん、どうしたんスか。今回はあんまノッてないみたいですけど」
「ん、木村君か。
いや、ここまで順調過ぎて、少し物足りなくてな」
「えっ、今回は吹雪とかに巻き込まれたりとか、かなり過酷なロケだった気がしたんスけど。
やっぱ間宮さんレベルになると、あのくらいは想定の範囲内ってヤツっスか」
「いや、大変だったには大変だったぞ。
ただ、休みの間に家族と行った旅行の方がハードだったからっていうのもあるんだろうな。過酷とまでは感じなかったんだ」
そう言って、ペダルで開けたストーブの口に薪を放り込む十三。
すると木村はそんな十三の発言に呆れたように細く長い息を吐きながらも。
「はぁ、ここよりもハードって、それ、どんな家族旅行なんなんスか」
「ああ、それはな。
親族が管理してる土地で、普段は人が入れないようになってるんだが、そこでいろいろとな」
「いわゆる立入禁止のその先で――とかそんな感じっスか。
その話が本当ならちょっと同行したかったっスね」
さすがに異世界に行っていたとは言えないので、あえて十三は家族旅行という表現にしたのだが、逆にそれが木村の興味を引いてしまったようだ。『あわよくば――』と、そんな魂胆を覗かせる木村の言葉に十三は苦笑しながらも。
「命の保証はできないぞ」
「命の補償が出来ないって――、
本当にどんな人外魔境なんスか。ソコ」
「そうだな。本物の心霊スポットに飛び込むとかそんな感じと考えてもらえればいい」
木村の言う人外魔境と表現も決して間違っていないと言う十三。
しかし、木村はそれを冗談と受け取ったのかもしれない。
十三の話に「またまた」と返しながらも、それは狙っていたのか、それともただなんとなく思い出しただけだったのか、ふと口にするのは、この雪山にまつわるオカルトチックな情報で、
「そういえば、この山にもそういう場所があるみたいっスよ。
悪魔の棲家とか言われてて、地元の人も近づかないらしいっス」
「悪魔の棲家ね。
この山なら、火山性のガスの吹き溜まりというわけでもなさそうだが――」
「およ。
間宮さん、そういう都市伝説みたいなのものいける口っスか」
十三の思わぬ反応につい変な声を出してしまう木村。
それに十三は、ストーブの近くに置いてあった火かき棒を手にとって、いましがた投げ込んだばかりの薪の位置を調整しながら。
「伊達にいろんなところに行ってないからな。
物騒な伝承がある場所には、実際危険が及ぶ場所があったりするから、その辺の知識だけはしっかり入れているんだ」
「へぇ――、
でも、そういう企画も面白そうっスね。
伝説のUMAハンター、古代からの謎に挑む――とか?」
「企画としては悪くはないかもな。
うちの娘が好きそうな番組タイトルだ。
しかし、俺を伝説と呼ぶのは大袈裟な気がするんだが」
企画自体には興味があるものの、そのタイトルは大袈裟ではないかとつっこむ十三。
しかし、木村の方は決して過大だとは思っていないようで、
「いやいや、間宮さんを伝説と呼ばないで誰を伝説と呼ぶんスか。あれだけのことをやらかしたんスよ」
「おいおい木村君。やらかしたとか人聞きの悪いことを言うなよ」
木村の言い分に物言いをつける十三。
しかし、十三が例のビッグフットを見つけた際には、マスコミはもちろん、政府関係者も巻き込んで一騒動どころか、相当な騒ぎが起こったのは事実であり。
そんな冒険家を伝説と呼ばずしてなんと呼ぶのか。
この辺の考え方は人それぞれであるのだが、少なくとも木村にとって十三は伝説と呼ぶにふさわしい冒険家であってだ。
「そういえば伝説ついでに聞くんスけど、間宮さんが見つけたあのビッグフットって、まだ間宮さんのお宅にいるんスか?」
「うん? いることにはいるが、取材がしたいのか?」
「できれば、特集とか組みたいっスねぇ」
やや強引な話の流れに、最初からそれが目的じゃなかったのかと勘ぐる十三。
しかし木村が悪びれもせずに、出来ることなら取材がしたいと猫なで声でそうねだり。
ただ、十三はそんな木村のお願いに「そうだな」と少し悩むようにしながらも。
「俺としては彼女の了解が取れれば別に構わないんだが、また変なのが湧いたらご近所さんに迷惑だしなあ」
ちなみに、十三が言う『彼女』というのは、世間一般ではビッグフットそのものだと認識されていたりするもののことになるが、実際はそのビッグフットの向こう側にいる少女が十三にとっての『彼女』であって、続けて十三が口にした『変なの』というのは――、
「例の動物保護団体っスか。
けっこう前に結構な逮捕者が出たって聞いたんスけど」
「ちょっとした伝手でお偉いさんが動いてくれてな。あの時は大変だったな」
「さすが、世界的な冒険家となると付き合いの方も幅広いんスね」
「いや、俺の力だけじゃああはうまくいかなかったと思うぞ」
そう、付き合いが広いのは十三ではなく、その妻のイズナであって、最終的に十三達がいま話していた騒動を収めたのは、ビッグフットそのものといえるソニアの力と言えるのだが、それをあえて伝える必要はないと十三は聡く口を濁し。
「じゃあ、取材は無理って感じっスか」
「まあ、ご近所さんからは、コロッケとかもらって可愛がられてるから、地味に取材するのなら問題ないようにも思えるんだが――」
「えっと、ビッグフットがコロッケとかって冗談っスよね」
「いや、全部本当の話だぞ。
息子の話だと、最近ではご近所のマスコットみたいになっているそうだ」
事実、十三の自宅に住まうビッグフットのそにあは、暇なお昼の時間などに、研究に疲れた頭脳をリフレッシュさせるという目的で、とある人物の手により商店街を散歩させられたりしているのだ。
そして、その時にいただいたコロッケなどは、そのビッグフットことソニアの口を通じて、とある神棚に捧げられ、ちゃんと本体の魔素として還元されていることはここで触れておこう。
「間宮さんのご近所さんはどうなっているんスか?」
「さっきも言ったがウチの嫁は顔が広いんだよ」
「それ、顔が広いからってどうこうなる話じゃないと思うんスけど」
これはまったく木村の言う通りなのだが、実際、この件に関しては、彼女の妻である間宮イズナにとってはそういう扱いの案件になっているのだから、十三としてはそう言うしかないのである。
「しかし、そうなりますとますます取材がしたいっスね。商店街を闊歩するUMAとか凄い映像じゃないっスか」
「面倒な連中をなんとかしてくれたらできるんじゃないか」
「うわぁ、それはちょっと難しそうっスよ。
僕等がいくらなにか言っても、ああいう連中は聞いてくれないっスから」
「そこは放送局の強みを生かしてどうにかするんじゃないのか」
十三があえて強調したその部分に、木村は難しそうな顔をして、
「いや、そういう尖った報道をすると黙ってない人達がいるんスよ」
「ああ、大手の連中――というよりもその上の連中か。
しかし、あっちはあっちで最近は面倒なことになっているらしいじゃないか。
別に気にすることでもないんじゃないか」
「たしかにそれは間宮さんの仰る通りかもっスね。
でも、いいんスか、そんなこと言っちゃって――、
どっかから漏れたらあっちのお仕事減っちゃうんじゃ」
木村があえて濁した事実をハッキリという十三。
そんな十三のあけすけな発言に、木村はわざとらしく周囲に視線を巡らせながらも多少の心配と多大な冗談を込めて聞き返すのだが、十三はまるで気にしていないようだ。
こちらも大袈裟に肩を竦めるようにして、
「別にそれならそれで構わないさ。
俺のスポンサーはこの業界だけでもないし、最近では君等のようなところも増えてきてる。
あちらさんもそれなりに苦戦しているみたいだからな。
だから変なところに気を使っている状況でもないだろうに」
「アハハ、十三さんキツイっスね」
十三の指摘に思わず腹を抱える木村。
「それに、もしもの時は俺が個人的にそういう発信をしても構わないんじゃないのか」
「とかいっちゃって、間宮さんデジタルツールとか全然じゃないっスか」
「いや、俺の息子の友人にそういうのに詳しい子がいてな。その子達に聞けば一発だと思うぞ」
「え、ちょっとやめてくださいよ。十三さんが動画配信とか始めたら、ふつうに人気出そうで怖いんスけど」
十三の発言に焦る木村。
木村達の番組にとって十三は欠かせない存在である。
ここで十三に抜けてもらうわけにはいかないと、やや焦ったように言う木村に十三は軽く笑いながらも。
「冗談だ。俺が息子たちのところに入っていっても足を引っ張りそうだからな」
「ははは、まさか――」
世界的な冒険家がなにを言っているのか。
木村は十三の発言を冗談の類と思ったようだが、十三の方はまったくの本気であって、
「それがまさかじゃないんだから驚きなんだけどな」
「まさかじゃないって、息子さんたち何やってるんですか?」
「知り合いに歌が好きな娘達がいるらしくてな。彼女達を歌やダンスを配信しているそうだ。
たしか、ゆいタンだったか、それとアクアって娘がやっている動画なんだが、知っているか」
「ちょ、それっていま密かに話題になってる歌姫じゃないっスか。
一回、どっかの局がコンタクトを取ろうとして失敗したってヤツ。
十三さん、彼女を紹介してもらうとか出来ないっスか」
十三の話に思いっきり食いつく木村。
そのあまりの勢いに十三は気圧されながらも。
「いや、さすがに無理だと思うぞ」
「人見知りって話っすもんね」
木村はこう言うが、実はその歌姫は人見知りどころか、もっぱら人懐っこい性格だったりする。
ただ、十三はその事実を告げられない。
なぜなら木村が言うその歌姫は人間ではなく、精霊であるからだ。
そう、十三の周りにはビッグフットにも劣らない超常的な話題が数多く転がっているのである。




