風呂上がりの乙女
「しっかし、ここも人が多くなったな」
「みんなそれぞれ好き勝手に動いてるから、みんなが一斉にお店に来ることは滅多にないんだけどね」
放課後、店番をしていると部活終わりの元春がやってきて、しみじみと一言。
いま店内には魔王様しかいないのだが、普段なら、マリィさんやユリス様にそのメイドさん達、元春達にフレアさんのパーティ、賢者様達と常連の誰かが店にいて、
最近だとフレアさんの関係者として、パキートさんのお仲間に白盾の乙女のみなさんに、それ以外にもテーガさんを始めとしたアムクラブからの常連さんと、今やここで暮らしていると言ってもいい玲さんにアビーさんにサイネリアさんに、あとナタリアさんなんかも来るようになって、
ここもかなりにぎやかになってきたんだけど。
「でも、なんで急にそんなことを言い出したのさ」
「いや、ここにくる途中、なんか宿泊施設の方が騒がしかったから、ちょっとそれっぽいことを言ってみたくなったんよ」
ああ、いつものご病気か……。
ちなみに、宿泊施設が騒がしかったのは、白盾の乙女のみなさんが攻略中のディストピアから帰ってきてお風呂に入っているんじゃないかなと言ってみたところ。
「ふ~ん、ココっち達が風呂に入ってんのか」
不自然に回れ右をする元春。
なにをしようとしているのかは聞かなくてもわかるんだけど。
「元春、どこ行くつもり?」
「ちょっとディストピアにでも潜りにってな」
制服姿でなに言ってるんだか。
そもそも元春が自主的にディストピアに行こうとしたことなんて、そんなにないと思うんだけど。
なんにしても、僕が迂闊にもこんな事をポロッと口にすることに元春はなんの疑問を抱かないのだろうか。
「覗きに行くなら止めておいた方がいいと思うよ。
白盾の乙女のかなりの実力者なんだけど、ガラハドが警備についてるから」
そう、宿泊施設のお風呂にはお客様の実践訓練の傍ら警備をしてくれているガラハドと、いまいち使い道のない――といってはかわいそうであるが――信楽焼の狸が監視装置として働いてくれているのだ。
たとえ元春がブラットデアの能力を十全に使って覗きをしようとしても、捕まってしまうのは請け合いで、
だからこそあえて教えてあげたのだと忠告の意味を込めて言ってみると。
「ちょ、おま、それ、やり過ぎじゃね」
「やり過ぎっていわれてもね」
このアヴァロン=エラにはお風呂と聞けば覗きに行きたがる不埒な人間が来るわけだから、その抑止力の為にも強力な戦力をそこに配置しておくのは当たり前のこと。
「そもそも結構前からこの警備体制だったから」
ここまでいえば、元春も諦めてくれるだろう。
元春のことだから油断はできないけど、カウンター横に置いてあるソファーにどっかりと座ってくれているところをみると――もう大丈夫かな。
置いてあったお菓子に手を伸ばしたところで、ふと和室に視線をやった元春は、クロマルに座ってゲームをする魔王様とシュトラに今更ながらに気付いたのかな。
決まり悪げに聞いてくるのは――、
「そ、そういやよ。玲っちはなにしてるん?
もしかして玲っちも風呂とか」
元春、君は魔王様に不穏な会話を聞かれて気まずかったんじゃなかったのかい。
僕は元春の誤魔化しているようでまったく誤魔化していない質問にちょっと呆れながらも。
「玲さんは工房の近くで魔法の練習をしてると思うよ」
玲さんは聖女として異世界に召喚されただけのことはあって、魔法をおぼえる才能もずば抜けているみたいだ。
練習すればするだけ上達すると、玲さんは暇さえあれば魔法の練習をしており。
「そういや玲っちって転移チートがあったんだよな。
ああいうのってステイタスにどう反映されるんだ?」
「変則的な加護になるみたいだね。【魔獣殺し】の中にいろんな権能がまとめられてるあの感じに似てるかな」
その名もズバリ【世界の祝福】。
その、ざっくりとした実績の中に魔力強化やら成長補正なんかの実績が含まれているようだ。
「でもよ。そういうのってラノベなんかだと、もっとわかりやすく成長チートみたいな感じだけど、実際はなんか地味だよな」
「もしかしたら玲さんの権能にもそういった能力が隠れてるかもしれないけどね」
「そうなん?」
「そもそも僕達が指針にしているステイタスも、誰かがこうって表示方法を決めて作られたようなもので、レベルとか熟練度は感覚で計るしかないから、そうなってるんだよ。
だから、僕達が知るステイタスカード以外に、なにか別のシステムがあったのなら、そういうデータも読み取れるんじゃないってことなんだけど……」
まあ、いくつかの世界で作られたステイタスカードがみんな似たような表記になっていることを考えると、元春のいうようなデータを数値化するのはかなり難しそうだけど……。
と、そんな小難しい話をしても元春の頭がショートするだけなので、
「それよりも、元春も暇なら本当にディストピアにでも潜ってきたら。
言ってくれればテスト用のディストピアも用意するし」
「って、いまの流れでどうしてそうなんだよ」
「ああ、それなんだけど、この前、元春、アステリオスと戦ったよね。
あの時の戦いを見て思ったんだけど、元春、最近ブラットデアに頼りっきりで、ちゃんとした体の使い方とか忘れちゃってない?
このままだと、その内、玲さんにも追い抜かれて、母さんに鍛え直し判定を受けかねないよ。
だから、ここらでちょっとは実践訓練とかした方がいいんじゃないかって思って言ってみたんだけど」
「え、マジで?」
これに関しては、結構前からわかっていたことなんだけど……。
特に最近、元春はブラットデアに頼った戦い方をしているから、動きが雑になっていたような気がするのだ。
「つか、玲っちに負けてもアビーっちとかサイネリアさんとかダメそうな人って結構いんじゃん」
いや、その考え方がすでにすべてを物語っているということは置いておくとして、
「元春がどう思ってるのか知らないけど、ここにいるみんな結構強いからね」
「そうなん? アビーっちとか運動とかダメそうじゃね」
たしかに、普段の二人の有様を見ていると、元春がそう思ってしまう仕方のない部分はあるけれど。
「ああ見えて、アビーさんって、その世界で魔王軍幹部として恐れられるレニさんと普通にやり会えるくらいの実力はあるんだよ」
まあ、レニさんの方は相手を制圧する戦い方をしていたということで、本気じゃなかったって話なんだけど。
「それにサイネリアさんだって、剣の一族の関係者だから、そこそこ戦えるみたいだし」
正しくはエルフの中では異端の鍛冶場を取り仕切る一族の関係者らしいけど。
その仕事の関係上、武器の扱い方にも精通していなくてはならず、アイルさん程ではないにしろ、そこらの兵士程度には動けるらしいのだ。
そこにエルフ特有の魔法が加わるから、結構強くて、生身の元春くらいなら瞬殺できるくらいには腕が立つワケで――、
ちなみに、例の騒ぎの際に弓の一族が魔剣を使っていたことから、サイネリアさんの一族と関係もあるように思えるが、弓の一族が使っていた魔剣などは、彼らの上層部の人がどこからか手に入れてきたものらしく、サイネリアさんの一族とはまったく関係がないのだそうだ。
そして――、
「アビーさんやサイネリアさんがたとえ戦いがダメな研究者だったとしても、たぶん母さんは見逃してくれないと思うんだよ」
「けどよ。さっき言ってたディストピアって、残ってる中に俺がソロ狩りできるとこなんてもうないんじゃね」
「そう? 元春はローパーを一人でクリアしたんだから、他のディストピアも結構いけると思うんだけど」
ローパーは明確に女性の敵だからという理由もあるのだが、表に出すには難易度はかなり高いという理由もあったりする。
そんなローパーを一人で倒した時の努力を考えれば、頑張ればアダマー以外のディストピアなら、ソロ攻略できそうなものなんだけど。
「いやいや、あれは目的あってこそだろ。
それに何度も死に戻りして攻略法を見つけたんだぞ」
それこそ何百回とチャレンジして、攻撃パターンを把握、どうしても防げない攻撃はシューティングのボムよろしく、強力なディロックを投入することで対抗して、どうにかクリアしたというのが元春にとってのローパーのディストピアなんだけど。
それもあくまで元春にとっては重要かつ有用な目的あってのものであって、
「じゃあ、元春のやる気の出そうな探してみる?」
ソニアもサーベルタイガーの他にもいろいろと新しいディストピアを用意するとか言っていたし、それなら、元春がお好みのディストピアでも探してみようかと僕が提案すると、元春はさも当然のようにこんな事を口ずさむ。
「だったらサキュバスとか、そんな感じの相手でよろしく」
「インキュバスの素材ならあるんだけど」
「いや、そいつ、倒したじゃんかよ。なんなら変な実績もゲットしたし」
止めを刺したのは僕だけど、あの時、元春もなにか権能をもらったんだっけ?
などと僕と元春が話していると、そこに白盾の乙女のみなさんがやってきたみたいだ。
カラカラと万屋のスライドドアが開いて、フローラルな花のいい香りが店内に広がる。
と、その香りに元春の背筋がピンと伸び。
先頭を歩くココさんが僕と元春を見つけて近付いてきて、
「何の話をしてるんすか?」
「ん、ああ、ココっちか。実はいま虎助と新しいディストピアがどんなんがいいか話してたんだよ」
彼女達が店に入ってきた時点でわかってただろうに、湯上がり濡髪のココさんに平静を装って話しかける元春。
「ココっちはどんなディストピアがあったらいいと思うん?」
ただ、ココさんはあからさまに鼻の穴を広げて話しかけてくる元春に気付いているのだろう。苦笑しながらも。
「あ、それなら探索とか、そういうのがものを言うのを増やして欲しいっすね」
成程、ココさんのご要望はカーバンクルのディストピアみたいな、特殊なクリア条件のあるディストピアらしい。
ただ、ディストピアの元になるのが強力な魔獣のシンボルだから、狙ってそういうディストピアを作るのはなかなか難しいのだ。
たとえば、かなり前に戦ったシャドートーカーの上位種でもやってきたら話は別なのだが、こればっかりは時の運――、
いや、相手の強さによっては不運になるのかな――、
ということで、ココさんの要望に応えるのはなかなか難しいと説明したところで、
「エレオノールさんはなにかないですか」
「私は特に不満はありませんね。
例え実績は得られなくとも、スケルトンアデプトと戦うだけでも相当な経験になりますので」
「うむ、あのディストピアはいい修行になるな」
前衛の二人は達人と戦えるだけで満足なようだ。
実際、スケルトンアデプトのディストピアは様々な武器を使う達人との戦いに、その前段階で集団戦ができてと、アムクラブからのお客様にも人気のディストピアだ。
しかし、そんな二人の一方で、魔法使いのリーサさんにはちょっとした要望があるらしく。
「私はできればだけど、アデプトの中に魔法の達人を加えて欲しいわね。
いまのところ強い魔法を使う相手となるとアダマーしかいないから」
たしかにそれは他のお客様からも聞いている。
「ただ、それなんですけど、魔法使いでアンデッドとなりますとリッチになってしまいますから同じディストピアに組み込むのは難しいんですよね」
「ああ――」
魔法使い系のアンデッドは基本的にリッチ系統となり、スケルトンアデプトに組み込もうにも一段上位になってしまうのだ。
そして、別にリッチのディストピアを作るにしても、アンデッド系の弱点はハッキリしていることから、魔法戦闘の訓練にはあまり適していないという理由もあったりして、
まあ、あえて不利を承知で戦うって手もあるのだが、それはそれで鍛えられる属性に偏りが出てしまいそうということで、ディストピアとしては存在しているものの表に出していないという事情があったりするのだ。
「そもそも魔法特化の魔獣ってあんまりいないんですよね」
「たしかに魔獣が使う魔法は基本一種類よね」
「えっ、そうなんすか?」
「彼等は本能で力を使っていますので」
元春の驚きに応えるのは風呂上がりにも関わらずしっかりとした身なりのエレオノールさん。
魔獣というのはその名の通り、獣が変体したものがほとんどで、多彩な魔法を使うような個体はかなりレア。
「候補としては魔法生物の核なんかがいいんじゃないかと思うんですけど」
ただ、魔法生物というのは存在そのものが珍しく、しかも、アルケミックポットのように得意な力を持っているものが多く。
それでなくとも、その存在の確立理由から、それそのものが魔法金属化している場合があり、見つけたらすぐに倒されてしまうなんてことが殆どなのだ。
故に、強力な存在にまで成長することがほとんどなく。
それを考えるとパキートさんのところにいるリーヒルさんなんて、かなりレアな存在になるんじゃないかな。
まあ、リーヒルさんは魔法戦闘なんかは出来ないみたいだけど。
僕が一人そんなことを考えながら、「いまのところ、魔法戦闘の経験を積むならマーリンが一番ですか」と言うと。
ここでリーサさんがズイと一歩前に乗り出してきて、
「そういえば、そのマーリンなんだけど、あの子が使っている杖って、どういう仕組みになっているのとかって聞いてもいいのかしら、一つの杖で複数の魔法式を即時展開できるようになってるみたいだけど」
「ああ、あれはメモリーカードの機能を杖にもたせてるんですよ」
正確にはインベントリを核に杖を組み上げることで、様々な魔法への拡張性を持たせているというのが正しいのだが、大雑把にはいま説明した通りである。
「それってお店では取り扱ってないの。もし売ってるのなら買いたいんだけど」
「オーダーメイドになりますが作ることは出来ますよ」
作ること自体はエレイン君に頼めば一発である。
「それなら、私にも一本――」
「ちょちょちょ、リーサさん狡いっす。それなら自分もここの装備が欲しいっす」
そして、さっそくリーサさんからのご注文かというそこに、ココさんからの横入り。
「こら、ココ。お金にも限りがあるんだから、無理を言ってはダメだよ」
ただ、こういう装備関連の資金に関してはパーティの運営資金から出るのかな。
エレオノールさんがココさんの我儘に釘を差し。
しかし、その裁定にココさんには不満があるらしく。
「えー、自分はダメなのにリーサさんだけ、狡いっす」
「けど、リーサの魔法はパーティの要だから」
まあ、白盾の乙女のみなさんのパーティバランスを考えると、エレオノールさんの言わんとする事もわからないでもない。
ただ、そもそもマーリンの杖はそれほど高い杖でもなく。
「あの、もしよろしければみなさんの装備を一括作成するというのはどうでしょう。
予算を先に出していただいて、作成はすべてこちらに任せてもらえるなら、たとえば、そこの鎧を買うくらいの金額で全員分のなにか装備を作ることも出来るかと」
と、それを聞いたエレオノールさんは僕が指差した鎧の値段を確認して、
「え、こんな値段で四人分の装備をですか?」
「ええ、まあ、一人一品という形になると思いますけど。
実はいま別のお客様の装備一式を作っていまして、そのついでといいますか、実験品のような扱いでいいのならお安く出来るかと」
正直、これに関しては、お金とかの問題ではなく、ソニアのストレス発散という意味合いが強いのだが、一応、商売という体でそう提案したところ。
「実験品っすか」
実験品という言葉がココさんには引っかったみたいである。
ただ――、
「そこは、ちゃんとお店に出してもいいようなレベルのものを厳選しますけどね。なにせ商売ですから」
まあ、たとえソニアが過剰な装備を作ったり、イマイチ気分が乗らなくも、
日々、滅多なことでお客様に売れない装備がバックヤードに溜まっているのだ。
「成程、そういうことでしたら、私は良いと思うのだけれど、みんなはどう思う」
「この店の装備だ。是非も無し」
「私もあの杖が手に入るなら構わないわ」
「みなさんがそう言うのなら、自分も嫌とはいえないっすね」
「では、よろしくお願いたします」
ということで、白盾の乙女のみなさんの装備のご注文をいただいたところで、
その後は、手持ちの資金からどれくらいの装備が作れるかというご相談を受け、四人のご納得を取り付けたり、さっき途中までだったディストピアに関する要望などの話に戻ったりと――、
一人ソワソワと落ち着きのない元春を横に、話し合いを進めるのであった。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




