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風のマント

「そりゃ運が良かったと言うか悪かったというか」


「なにを言っていますの。悪いにきまっているではありませんの」


「いや、マリィさんが興奮するほどの相手でもなかったんですけどね」


 さて、放課後の万屋で僕と元春とマリィさんが、何を話しているのかというと、先日ナタリアさんが万屋を訪れた時の話である。

 最初に、賢者様の知り合いの『北限の魔女姫』が訪れたという話を聞いた元春が、ナタリアさんの容姿を気にしだし。

 その後、ナタリアさんの興味によるのだけれど、彼女には戦闘狂のきらいがあるという話をして、

 ただ、その時にちょうど襲来したストームワイバーンにはかなり驚いていたようだから、たとえばマリィさんが戦いを挑まれたとしても、多分問題はないだろうという話題になったところで、今のやり取りになったというわけだ。


 ちなみに、ナタリアさんは現在、賢者様の研究所に戻って自分専用の風のマントを作っているとのことだ。

 こちらとしては、これからソニアが接触するだろうし、工房の施設を使ってもらってもよかったとは思うんだけど、ストームワイバーンの飛膜を引き渡した後、気がつけばいなくなってたんだよね。

 せっかちちいうかなんというか、本当にアクティブな人である。

 今度きた時には、その辺りのことを話してあげるのもいいかもしれない。


「で、なんか能力とかはもらえたん? はじめてのドラゴンだったんだろ」


 と、『そういうことだから彼女の扱いは気をつけてね――』ということで、ナタリアさんの写真を渡したところ、元春はその写真ですっかり満足したのか、どこか適当に聞いてくるのは、僕が倒したストームワイバーンから得られた権能のことで、


「ストームワイバーンの権能ね。

 風読みっていう風の流れを感覚的に掴む力だね」


「ベタっつーかなんつーか、名前はカッケーけど、ドラゴン倒したわりには微妙じゃね」


「さあ、そこのところはどうなんだろ。

 例えば相手が風の魔法を使う場合とか、ちゃんと鍛えていけば相手の動きが察知できたりするかもだし、悪くはないと思うけど」


「ま、言われてみると確かにな――」


 とはいえ、どこまで風が読めるのかは、まだロクに使っていないからわからないが、

 まあ、まったく役に立たないということはないと思いたい。


「しかし、その、なんだっけか。 ナタリアさんが作るっていう?」


「風のマント?」


「それそれ、そのマントと権能でコンボ技とか使えそうじゃね。

 龍の翼から作ったマントとかって、めっちゃ使えそうじゃん」


 風の力を宿した龍種の素材で作ったマントに風読みなる権能。

 説明だけ聞けば、いかにもなにかありげな二つだから、元春が気にするのもさもありなんなんだけど。


「ただ、あれは慣れないと使い難いと思うよ」


「そうなん。

 てか、その言い方――、お前もそのマント使ったん?」


「一応、どんなものか気になって作ってみたんだよ」


 まあ、僕が作ったそれは、ナタリアさんがいま作っているそれと比べると、単にストームワイバーンをそのまま加工しただけのオモチャみたいなものになるんだろうけど、感覚的にはほぼ同じものになっていると思う。


「やっぱかよ。

 しっかし、気になったからって、ふつう作るか?」


 いや、元春だって気にしてたよね。

 いろいろ試してみればって感じの雰囲気だしてたよね。

 それに――、


「ワイバーン素材は余ってるし、玲さんの装備も頼まれているから、その試作にね」


 ワイバーンの中でもストームワイバーンは今回が初ゲットのワイバーンである。

 だから、その素材がどんな特性を持っているのか、それを調べるためにも、一つなにか作ってみることになったのだ。

 そして、わざわざストームワイバーンの素材から作るなら、やっぱりストームワイバーンそのものを体現するようなアイテムがいいらしく。

 結局、風のマントが一番わかりやすいだろうということで、データ取りという名目からソニアにも頼まれて、それを作ることになったのだ。


 ただ、そこまで聞いて元春が気になったのは風のマントを作った理由ではなく。


「玲っちの装備ってなんなん?」


 ああ、それは――、


「玲さんが魔獣とか倒してお金を稼ぎたいみたいでね。その時に使える装備をちょっとオーナー(ソニア)に作ってってお願いしたんだよ」


「ん、金稼ぎって、玲っちも魔獣と戦うん?

 いつもなら、そこはお客様が――とか面倒なこと言うところじゃね」


 面倒な――って、まあ、否定はしないけど。


「玲さんの場合、事情が事情だから」


 転移の研究はソニアが進めているとはいえ、玲さんが地球にいつ帰れるようになるのかはわからない。

 しかし、その間、いろいろとお金がいるワケで、

 このアヴァロン=エラに留まるとなると、それは賢者様達が暮らすあっちの世界でも変わらないのだが、魔獣の襲来があるからと。

 それに、あっちの世界では神秘教会の動きにも注意を払わないといけないから、いつ何時なにがあってもいいようにと。

 特に狼系の魔獣が持つ実績とか、ある程度の力は持っておいた方がいいと思うんだよね。


「でも、そういうことなら、そのついでに俺のブラットデアのさらなる強化とかしてくれてもいいんだぜ」


 ブラットデアの強化かぁ……。


「ブラットデアの強化自体はアステリオスの報酬って件もあるし、別に構わないと思うんだけど」


 ただ、前にブラットデアの改修を行ったのはつい数ヶ月前だ。

 まだ弄らなくてもいいのではと、僕なんかはそう思ったのだが、元春からしてみるとブラットデアのバージョンアップはチャンスさえあれば行っておきたいものらしく。


「おっしゃ頼んだぜ」


 この場合、言質を取ったとか、逃げ道を塞いだっていうよりも、ただ純粋にそう思っているんだろうな。

 屈託のない(?)元春のお願いに、僕は軽くため息を吐き出し。


「わかった、後でオーナー(ソニア)に相談でもしておくよ」


 もともと元春のブラットデアはゴーレムの動きなんかの参考になるからと、その調整も兼ねて定期的にメンテナンスを行っている。

 だから、そのついでにと元春からブラットデアを預かったところで、受け渡しの様子をマリィさんがちょっと恨めしそうに見つめる中――、


「んで、話は戻るんだけどよ。その風のマントってヤツはどんな感じなん?」


「それは(わたくし)も気になりますわね」


「……ん」


 と、これは元春にしてはファインプレイかな。

 この話題転換でマリィさんの興味が風のマントに移り、そこにゲームをしていた魔王様が乗っかってきたとなると、話の流れは決まったようなもの。

 そして、せっかく話題が逸れたのだからそのままと、僕はその流れに乗る形で「みなさんもちょっと試してみてみます」と誘導するようなことを言うと、三人もそれに乗ってきて、

 すぐに工房での作業の時によく使う東屋に移動すると、近くの広場を前にアクアとオニキスを召喚。

 風のマントを使う準備を始めるのだが、その作業を見て元春が、


「虎助、アクアっちとオニキス出してなにしてるん?」


「風のマントは空も飛べるマジックアイテムだから、落ちたら危ないでしょ。

 だから、二人にクッションを作ってもらってるんだけど――」


「それって前に使ったミサンガだけじゃダメなん?」


 元春がいう、ミサンガというのは魔法靴スカイウォークの時に使った落下防止用のマジックアイテムだろう。

 あのミサンガには空中に浮かぶことで下着が見えてしまう事故を防ぐ効果もあるから、これからの実験内容を考えると、マリィさんと魔王様につけてもらうのは確実なのだが。


「アレだけでも安全は確保できると思うんだけど、風のマントって意外とスピードが出るんだよね。だから、念の為にね」


 今回、試してもらう風のマントはかなりスピードが出るマジックアイテムである。

 なので、ミサンガだけでは完全な安全は確保できないかもしれないと。

 その追加対策として、アクアとオニキスに協力してもらって、巨大なウォータークッションのようなものを作成してもらっているのだ。

 と、そんな説明をしたところで、万屋を出る時に頼んでおいた風のマントが工房のエレイン君の手によって運ばれてきたみたいだ。


「あら、素敵なマントですわね」


「なんつーか、闇落ち勇者って感じ?」


「……ゲームに出てきそう」


 ちなみに、この風のマントを見た元春と魔王様の感想は的を射ており、ストームワイバーンを飛膜をそのまま加工してテンプレートなマントを仕立てようとすると、僕がチョイスした色がよくなかったのか、どうも古臭い感じになってしまうからと、ゲームからデザインから引っ張ってきたのだ。


 と、僕がそんないかにもな暗色のマントを羽織り、内側から魔力を全身にまとうように流すと、僕を包み込むように風が逆巻き、軽くジャンプするように一歩踏み出すだけで、まさに人間大砲状態。

 僕の体は風にはじき出されるように空中に投げ出され、そこから空中を駆け回るように足を動かすだけで、その足元に風の魔力による足場が構築される。

 そして、その足場がトランポリンのような効果を生み出して、空中をピンボールのように跳ね回ることができるのだ。


 と、そんな風のマントの効果で、工房の上空を軽く一周まわって戻ってくると、それを見ていた三人から拍手が上がり。


「リアル舞空術じゃねーかよ」


「……カッコイイ」


 そう言ってくれるのは嬉しいけど。


「ただ、これって本当に扱いが難しいマントなんですよね」


「そうなんですの?

 下から見ていた限りでは、じゅうぶん自在に操っていたように見えましたのですけど」


「原始的な風の魔法を付与しているようなものですから、フレアさんの得意技〈追い風(フォローウインド)〉を強力にした感じで、空中で止まることが難しくて、常に動いてないと墜落しそうになるんです」


 うまく扱えていたように見えていたのは、僕がふだんから母さんの特訓でバランス感覚なんかを過度に鍛えているからであり。

 実際それをやったことがないからわからないけど、例えるなら、インドアスカイダイビングとかで使われる装置の中にずっといるって感じかな?

 とにかく、空中にいる間の体勢制御が難しく、ただ数メートル行って帰るだけの動きならまだしも、これを自在に操るのはなかなかに至難の業となっているのだ。

 多分、ナタリアさんがここ数日、万屋で魔法式を調べつつも賢者様の研究室にこもっているのは、その辺の調整に時間をかけているからなんじゃないかな。


「とりあえず元春やってみる?」


「俺でいいのか?」


「はじめての人がどれくらい出来るのか見てもらった方がいいからね」


 僕がマリィさんと魔王様を見ながらそう言うと、元春は「脅すなよ」と一言。


「それくらい難しいってことだよ」


 ただ、ここでマリィさんからの横槍が入る。


「風の魔法ならば(わたくし)の方が適任だと思いますの」


 たしかに、はじめてのマジックアイテムを使うのなら、その属性の扱いに長けた人がやった方がいいというマリィさんの主張もわからないではない。

 しかし今回、場合によっては事故の危険性もあるから、最初は元春を実験台にしてもらいたいんだけど――、

 最終的にはやる気満々のマリィさんの押しの強さに敵わなかった。

 まずはマリィさんが簡単に風のマントを使ってみてということになったんだけど。

 本当に風のマントの扱いは難しいから――、


「最初からとばさないでくださいね」


「わかりましたの」


 ちなみに、マリィさんには事故の防止とパンチラ防止に例のミサンガもつけてもらった。

 なので一応は派手に飛んでもらっても平気だとは思うのだが、あまり複雑な操作をすると空中でバタついてしまう可能性があるということで、今回は念の為、シンプルな動きだけをしてもらえるようにお願い。

 数メートル先に佇むエレイン君を指差して。


「まず、まっすぐ向こうまで飛んで戻ってきてくださいね。

 ちなみに、出だしは風の魔法を使ってジャンプする感じで、着地の時は空気の塊でクッションを作るようなイメージをすると扱いやすいかと」


「わかりましたの」


 基本的な動きをレクチャーして、万が一の事故を考えて、マリィさんにはアクアとオニキスについてもらい。


「では、行ってまいりますの」


 アクアとオニキスを肩に乗せたマリィさんが空中に飛び出していく。

 そして、約束通り、まっすぐ飛んだところで、着地はやや乱れてしまったようだがこちらを振り返り。


「大丈夫ですか――」


「いま戻りますの――」


 今度は着地まで上手く決め。


「成程、これは魔法使いにはうってつけの装備なのかもしれません」


 しばらくあっちに飛んではこっちに戻るといった動きを繰り返し。

 ようやく満足したのか、マリィさんがマントを脱いだところで、


「おっしゃ、次は俺の番だぜ」


 元春がハスハスと鼻息荒く近づいてくるのだが、マリィさんはそんな元春のいやらしい顔を横目に、脱いだマントをちょうど――というか狙って――近くにいた魔王様の肩にそっとかけ。


「似合いますね」


「ええ、まるでマオの為にしつらえたようなマントですの」


 と、続いて魔王様が風のマントで試験飛行。

 最後に元春がお約束というかなんというか、着地に失敗するなんて情けないハプニングに見舞われはしたのだが、アクアとオニキスのおかげで怪我はなかったので良しとしようか。

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