ワイバーンの翼膜とデータベース
ストームワイバーンとの戦闘後、
モルドレッドのエキシビジョンや賢者様によるナタリアさんへのお説教があったりしながらも万屋に戻る。
ちなみに、賢者様がナタリアさんを万屋に連れてくるのを先延ばしにしていたのは、ナタリアさんがゲートのところでエレインに遭遇して、なにかやらかした場合、最悪自分も出禁を食らってしまうのではないかと心配していたのが大きな理由らしい。
まあ、それ以外にも理由はいくつかあるというけど……。
とにかく賢者様としては、暇を見て、僕と打ち合わせをしてから、ナタリアさんをこちらに連れて来よう考えていたそうなのだが、先週は僕も玲さん関連で忙しく、賢者様もナタリアさんの監視でなかなか自由な時間が取れなかったりと、おちついて打ち合わせするタイミングがなかなかなくて、ずるずると先延ばしにしているうちに、ナタリアさんが研究所内にある次元の歪みに気付き、賢者様達の監視からこっそり抜け出し、今日ここに至るというのが真相らしい。
成程、ナタリアさんの性格を考えると、賢者様の選択は懸命だったかな。
ということでナタリアさんには、ここアヴァロン=エラでの簡単なルールというか、この世界でやってはいけないことや、ここにどんな施設があるのかをおぼえてもらうべく、メモリーカードの進呈した上で魔法窓を使って、その利用方法なんかをを教えていると、
その途中、宿泊施設の話していたところでナタリアさんが手を上げ。
「ねぇ、その話だとそこで魔獣なんかの素材の売買ができるのよね。
なら、ワイバーンの翼膜を売りに出しているとか、だったらこっちで買い取りとかしたいんだけ、。出来る?」
「構いませんよ」
「そうよね、駄目よね、はじめての龍種だとか言ってたものね。
――っていいの?」
見事なノリツッコミだったね。
ナタリアさんとしては、宿泊施設で素材が取引できると聞いて、ダメ元で聞いたみたいなんだけど、僕達からしてみると所詮はワイバーンの素材である。
「ゲートのところでも言いましたけど、ワイバーンの素材は割と取れますから。
まあ、ストームワイバーンははじめてのワイバーンですので、研究用にサンプルを一通り採取させていただきますけど、それ以外は構いませんよ」
「そう……、そうなのね。そんなに余っているのね」
ええ、それはもうたっぷりと。
特に骨なんかは大量に余っているから、ご入用なら是非おっしゃって欲しいです。
「それで、その飛膜はどれくらい必要でしょう?」
「え、ええっと、そうね――、
いち――、いえ、二メートル四方あれば十分かしら、風のマントを作りたいだけだから」
「風のマント、ですか」
「なんかゲームに出てきそうなアイテムみたいな名前ね」
僕がナタリアさんに聞いたストームワイバーンの飛膜の使い道、その使い道に反応するのは玲さんだ。意外とゲーマーなんだろうか。
ちなみに、その風のマントというアイテムはワイバーンの飛膜を使った魔法の箒のようなマジックアイテムで、フレアさんがよく使う移動補助の魔法〈追い風〉を強化したようなものらしく。
しかし、そういうタイプのアイテムなら――、
「ウチでも同じような機能を持つ靴を取り扱っていますけど」
値段的にもそんなに高いものでもないし、ストームワイバーンの素材を買い取って作るくらいなら、そっちを買った方が手っ取り早いのでは?
なんて単純に思ったのだが……。
「んー、いいわ。
戦闘で使うものだし、自分でいろいろとカスタムしたいから」
まあ、材料があって自分で作れる人ならそうなるか。
「でも、その靴がどんなものなのかは気になるわね」
ただ、研究用にはそれが欲しいと。
しかし、そうなると、本体を買ってもらうよりも――、
「それでしたら同じ効果を持つソールを試してみてはいかがです。
消耗品なので、何度か使うとダメになってしまいますが、気に入っていただけたら、そこの魔導パソコンから魔法式も引き出せますので」
「……ちょっと待って、ここでは魔法式の公開もしているの?」
「ええ、そもそも先ほど渡したメモリーカードが魔法式を記録するものですから――、
そこの大きなインベントリを使っていただければいろいろと情報が引き出せますよ。
もちろん有償ですけど」
「私も買っちゃいました」
そう言って、メモリーカードを見せる玲さん。
最初にインストールした光魔法三種を使いこなせるようになって、今は他にもと手を出しているみたいだ。
ただ、そんな楽しそうに語る玲さんの一方で、ナタリアさんはなぜか深刻そうな顔をしていて。
「ねえ、これ、大丈夫なの?」
「いいも悪いも、ここの方針がそうなんだから問題ないだろ。
規制のゆるいユグドラシルみたいなもんだ」
ちなみに、いま賢者様が口にしたユグドラシルというのは、日本でいうところの特許庁が出しているデータベースの魔法版のようなもので、万屋のデータベースからでも繋げられるようになっている。
ただ、その内容はフリスズキャルヴなる、いかにもな名前の組織に所属している検査員が公開しても大丈夫だと判断したもので、一般の人が使っても問題ないような魔法式ばかりが集められているものでと――。
賢者様のざっくりとした説明に、ナタリアさんも『正式に認められているものなら――』と、最初の遠慮はなんだったのか、猛烈に魔法式を調べ始め。
三十分くらいそうしていただろうか、玲さんや魔王様の給餌をする僕の目の前に小さな魔法窓がポップする。
「ナタリアさん。ワイバーンの飛膜の鞣し作業が終わったみたいですけど、染色とかはどうします?」
「染色?」
ゆっくりと顔を上げたナタリアさんが少しぼーっとした様子で聞いてくる。
うん、これは完全に調べ物に没頭してた感じだね。
なので、ここで改めてストームワイバーンの飛膜の事を思い出してもらうべく。
「ワイバーンの翼膜に色を付けるかです」
そう声をかけたんだけど……。
「え、ああ、ええっと、私、風のマントにするっていったわよね」
「はい。
なので、その加工の前に染色はどうしますかという話なんですけど」
「ん?」
どこか会話が噛み合っていない感じである。
ナタリアさんの反応にそんな印象を受けた僕は、ここでナタリアさんが作る予定だという風のマントの制作において、重要になる部分について聞いてみることにする。
「あの、その風のマントを作るのにどういう加工をするんです?
なにか特殊な薬剤を染み込ませるとかしますか」
「普通にマントを作って各所に組み上げた魔法式を印字するだけよ」
よかった。
別に風のマントを作るのに特殊な工程がいるとか、そういうことではないみたいである。
「でしたら、革を染めるのはその前段階ですので、特に問題はないと思うんですけど」
「でも、飛膜とはいえ龍種の革に染色とか、そんなことが出来るの?」
「使う薬剤が多少珍しいものらしいんですけど、それ以外はふつうの革と同じあつかいらしいですから」
ちなみに、この革の染色技術に関しては、僕からしてみると、誰かが秘匿しているとか、そういう類の技術という認識ではないのだが、所変われば品変わるとでもいうべきか、いや、もしかすると、龍種の飛膜の染色は畑違いの技術だからということもあるかもしれない。
首を傾げたナタリアさんは当然のごとく、賢者様もまったくわからないといったご様子なので、
「他のワイバーンのものがありますから、それを見てからにします?」
「そうね。お願いするわ」
ならばここは現物をと、別のワイバーンのものではあるが、実際に染色した後のワイバーンの革を見せたところ。
どうやら問題なかったみたいだね。
それどころか革製品としては最高級品に匹敵するとのことで是非やって欲しいということになり。
「次は色を決めないとですね。
どんな色がいいですか」
「そうねぇ、私としては黒がいいんだけど、こっちの黒はあんまり趣味じゃないのよね。
もう少し艶があるような黒はない?」
「そうなると、この辺りの色になりますか」
持ってきたサンプルを見ながら言ってくるナタリアさんに、僕が魔法窓を使って色のサンプルを呼び出すと、それを驚くような表情でそのサンプルを一通り眺め。
「こんな数から選べるの?」
「気にいるものがなかったら追加で出せますけど」
これ以上こだわるのなら、ゲームにあるようなRGB設定を使うなり、ナタリアさん本人に色を作ってもらうしかないのだが、さすがにそこまでする必要はなかったみたいだ。
ナタリアさんはいま表示した色のサンプルを吟味して、
「これでお願いするわ」
最終的に、俗に濡羽色と呼ばれるつややかな黒を選択し、再び待つことしばし――、
染め上がってきたストームワイバーンの飛膜を渡したところ。
それはなんらかのマジックアイテムになるのかな。
ナタリアさんは某マンガに出てくる戦闘力をはかるような片眼鏡やら、レーザーの出るキューブを使って、持ち込まれたストームワイバーンの飛膜を丁寧に鑑定して。
「本当に大丈夫そうね」
エレイン君達が丁寧に染色してくれたその飛膜はナタリアさんのお眼鏡に叶ったみたいだね。
「けど、こんなふつうのことでも、私の知らない技術っていうのはまだまだあるのね」
「魔法とはまた少し違う分野ですからね。
それとウチは場所柄、いろいろな情報が集まってきますから」
「それでこのシステムなのね」
「ナタリアさんにもご協力いただけるとありがたいです」
と、僕が意味ありげにそう言うと、ナタリアさんはフッと笑い。
「仕方ないわね。
私もいろいろ集めたい情報があるから、ここはギブアンドテイクということでいきましょうか」
◆次回投稿は水曜日の予定です。




