●続・とある旅路の乙女たち・赤
◆今回は迷宮都市側、赤い薔薇の面々が主役のお話です。
場所は迷宮都市アムクラブ近くの鉱山ダンジョン。
その中層に位置する水晶洞窟。
幻想的な洞窟の中、赤い薔薇の五人は白い岩の体を持つ小型の下位竜種トロネクスと戦っていた。
「しっかし、ここは微妙な魔獣ばっかだな。ダンジョンに入ってから結構経つけど、まともに食えるヤツが出てきやしねぇ」
「鉱山としての利用が主なダンジョンですし、仕方がないのでは?
まあ、同じような魔獣でもジュエルタートルなんかなら食べられそうですけど」
戦いの末、動かなくなったトロネクスの首元に食い込んだ大鉈を引き抜きながら言うのは、女性としては大柄な女戦士のロッティだ。
そんな彼女の文句に応えるのは、逆に成人前の子供のように小柄な魔法使いのニグレット。
「けど、ジュエルタートルって何百回って潜って一回会えればいいってレベルの魔獣でしょ」
「ポンデさん。それらしき気配とかって――」
武器をしまいながら肩をすくめるセウスに、ニグレットが中衛の位置から全体を見渡していたポンデに確認。
しかし、ポンデはフリフリと顔を左右に振って、
ただ、なにか気になることでもあるのだろうか、彼女は周囲の岩場を調べ始める。
と、そんなポンデを横目にニグレットは早速トロネスクから素材採取を始めたクライの手元を覗き込み。
「そもそもダンジョンって、意外とそういう魔獣が少ないですよね」
「それはダンジョンが成長の初期段階に抱える資源の問題だと言われていますね。
ダンジョンは自身が拡張する時に取り込んだ鉱物や生物を、その守りに転用することが多いからという話を聞いたことがあります」
素材採取をする手元を覗き込みながらのニグレットの疑問に、クライはトロネスクの白く水晶質な鱗を剥ぎ取りながらそう応え。
ロッティが剥ぎ取られた鱗の下に覗く、真っ黒なトロネスクの身に渋い顔をしながらも。
「しかし、どこだったかオークやタウロスばっかの肉ダンジョンがあるとかって話がなかったか」
「ムンペ近くのダンジョンね。
けど、そのダンジョンで出てくるのはほとんどが下位種だから、満足できるのは量くらいなものなんじゃない」
「素材が普通でもうまく調理すればよいのでは?」
「でも、わざわざそこに行ってまでオークとか食べたい?」
「ですよね」
それがその土地でしか食べられないものならいざ知らず、オークやタウロスならば、街道から外れた森の中を探せばどこにだって見付けられる。
そんなセウスの指摘に肉ダンジョンへの興味を失ったか――、
「けど、ここも前にベヒーモが出たんだよな」
「あれは魔石鉱床と次元の歪みの影響じゃないかって話ですよ」
ここでロッティが話題にしたのは、一年半ほど前、突然このダンジョンに現れた巨獣のことで、
「そもそもベヒーモは私達だけで狩れる相手じゃないでしょ」
「ですね。突発的な事故があったのかもしれませんが、二級以上の探索者二十パーティからなる集団が敗走して、最終的にあの万屋の店長さんの協力があってようやく撃破できたという話ですから」
実際、この戦いで一番活躍したのは、ニグレットの指摘の中にあった万屋のメンバーだ。
「あの店長な。見た目は普通なんだけどな」
「彼は強い」
「ポンデがこう言ってるから」
と、ここでふだん無口なことが多いポンデが会話に入ってきたことに驚きつつも、
「クライ。そこの岩にヒートシールド」
なにかを見付けたのか、珍しく長文になったポンデの声にクライが半信半疑のまま、愛用する大盾に火の魔法を付与。
ポンデが指定した岩に魔法の効果で赤熱する盾を叩き込んだところ。
数秒して岩の隙間から乳白色の触手のようなものが飛び出してきて、
「なんだこれ?」
「スライム、じゃないわよね」
突如襲いかかってきた触手に驚きながらも、それを赤熱した盾で受け止めるクライ。
と、ロッティとポンデ、そしてセウスがそれぞれ愛用の武器で応戦。
ニグレットが触手がつながる先、岩から顔を出す本体を見て、
「羊角貝の一種ですか。クライさん、盾の属性を変えた方がいいかもです」
分析と提案。
「私の電撃が効けばいいのですが」
クライが盾に付与する魔法を火から雷へスイッチすると、ニグレットの狙い通りか、絡みつかんと迫る触手の勢いが鈍り。
「よっしゃ。一気に叩き潰すぜ」
「なにしきってるのよ」
ここでロッティが反転、大振りの一撃を決めようとするも、振り下ろした大鉈は触手によって絡め取られ、そのまま岩に擬態した本体が隠れる殻に引きずり込まれると思いきや。
ここでロッティが「ふんっ」と気合一発。
自分を引きずり込もうとした触手本体――どうもイカのような魔獣らしい――を逆に引きずり出すことに成功すると、相手が隠れて獲物を襲うような魔獣だっただけに、表に引きずり出してしまえば後は簡単だった。
残る触手はロッティの反省から、セウスとポンデの二人が叩き斬るのではなく、撫で斬るようにして対応。
一方のロッティは、自分にそんな器用さはないとばかりに本体を豪快に叩き割って止めを刺す。
そして、べちゃりと地面に散らばる触手と開きにされた本体を赤い薔薇の面々が取り囲み。
「で、これ、食べられるのか」
「毒も受けなかったですし、食べられるのでは?」
そんな会話の一方で、ポンデが鑑定魔法を発動。「食用可」とその結果を伝えたところで、セウスが本体から切り離された触手の一本をショートソードで突き刺し、持ち上げて、
「そうなると後は調理法ね」
「貝なんだし、身を殻に詰め直して、殻ごと焼いちまえばいいんじゃないか」
「いやいや、ロッティさん。こんなおっきいのを丸ごと焼くのは大事ですよ」
豪快過ぎるロッティの発想にニグレットが常識的なツッコミを入れ。
ただ、ロッティとしてはどうしても、その調理法で食べてみたいのか。
「魔法でドパンとやったらどうだ」
「そんなの身が弾けて終わりですよ」
前の案に輪をかけて豪快な調理法を提案するも、それもあえなく却下。
「ここは一口サイズに切って焼くのが無難じゃないですか」
最終的にクライがリーダーらしく現実的な案にまとめたところで浄化の魔法を発動。
まずは食べやすそうな触手からと、火が通りやすいように一口サイズにカット。
いつものように盾を鉄板代わりに使った炒めものにしようとなるのだが、
「味付けはどうするんです」
ここで手を上げたのはニグレットだ。
「もらったブランデーと残った醤油を使ってしまいましょうか」
それにクライが魔法を使って熱する鉄板の温度を確認しながらもそう答えると、
「おお、どうしたんだクライ。思い切ったじゃねぇか」
自分のアイデアが却下され沈んでいたロッティが急浮上。
クライは爛々と目を輝かせるロッティの勢いに軽くたじろぎながらも、依頼主から借り受けたマジックバッグの中から二つの小瓶を用意して、
「いや、残り階層から考えて、万屋まではあと数日でしょうし、ここでないと使うタイミングがなくなるかもしれないと思いまして、とはいえ、最初はちょっとづつ試してみてからですけどね」
「そうね。このダンジョンだと、次に新鮮な食材が手に入るかは何時になるのかわからないし」
それにセウスが納得と頷いたところで、鉄板も十分温まったか、バターを一匙、鉄板の上へと落としてみると。
じゅわーと溶けたバターの香りが広がり、五人の顔が思わずほころぶ。
そして、バターが焦げ始める前にと一口サイズに薄切りした触手を投入。
表と裏、両面をしっかり焼いたところで塩と胡椒を振りかけ。そこにフランデーを回し入れたところで、
「ここから火をつけるんでしたね」
「酒精を飛ばすんだったか、おっちゃんが言ってたな」
ウキウキとするロッティを前にクライが着火の魔法を使うと、鉄板から青赤い炎の柱が立ち上り、他の四人から「おおっ」と感嘆の声を上がる。
そうしてしばらく、炎が落ち着いたところで、それぞれに用意した金属カップに味見と二切れづつ乗せ、各々で祈りを捧げて、いざ試食。
「美味いじゃんか」
「なんでしょう香りが違うわね」
「甘みも少々ありますか」
ロッティ、セウス、ニグレットと簡単な感想があって、
「次は醤油をいきますよ」
続いてと調理役のクライが同じ手順で焼いた触手にしょうゆを垂らしたところ。
「この匂いは――」
「早く、クライ。速く食わせてくれ」
「待ってください。もう少しですから」
醤油の香ばしい香りに興奮するロッティにそれを落ち着かせようとするニグレット。
ただ、彼女も含め、全員がこの匂いには抗いがたいものがあるのか、クライは他のメンバーの『早く早く』という念に抗いながらもしっかり触手を焼き上げ、こちらも試食。
「どっちが美味しかったと思います?」
「「「「醤油」」」」
その問いかけに四人は即答。
クライもそれには納得とばかりに「ですよね」と頷いて、
「正直、ブランデーの方は本当に香り付けですね」
「味というよりは風味を楽しむものよね」
「けど、多少甘みがありましたから、使い方次第では化けそうな気配はありますね」
「だが、量がこれじゃあな」
調理風景の派手さの割に思ったよりも地味な結果に終わったブランデーの可能性を考えつつも。
「まあ、後はあっちに着いてから考えた方がいいだろ」
「そうね。それがいいと思うわ」
現地に到着してしまえば、同じものが手に入る。
そんな結論に落ち着いたところで、その後は好評だった羊角貝のバター醤油焼きをメインにと、手分けして本格的な調理に入る赤い薔薇の面々だった。
◆作者による作者のための備忘録
ちなみに、アムクラブ近郊にある鉱山ダンジョンの入場から万屋までの行程は、初見でおよそ三週間程度――、
実力があり、このダンジョンに入り慣れた一団でも十日はかかる設定となっております。(一部例外あり)




