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フェアリスの花束

 それは残暑きびしいある日の夕方、

 来店したフレアさん達が、すでに日課となったお昼に狩った魔獣を売ったお金でお買い物をしていたところ、ティマさんがカウンターのすぐ脇に置いてある冷蔵ショーケースから瓶ラムネを取り出して、その支払いにメモリーカードを出しながらこんなことを聞いてくる。


「そういえばあの子達はちゃんとやってる?」


「あの子達ということ、白盾の乙女のみなさんでしょうか、それともアビーさんでしょうか?」


 このアヴァロン=エラでティマさんが気にかける『あの子』となると、この二組のどちらかだろう。

 あたりをつけて聞いてみると、ティマさんは「両方よ」とラムネの蓋を開け、零れそうになったラムネを「うわっと――」とその小さな口で受け止めて、

 僕はそんなティマさんの慌てっぷりに苦笑しながらも、


「アビーさんはサイネリアさんと一緒にずっと研究をしていますね。ご飯の時と珍しい魔獣が現れた時は出てきますけど」


 そう答えると、ティマさんが呆れたように「まったく、あの子達は相変わらずね」と肩をすくめ。


「白盾の乙女のみなさんはあちらとこちらを行ったり来たりしながら、装備を整えたり、ディストピアを攻略していたりしていますね」


「へぇ、そうなの」


 どこか挑発的に笑うティマさん。


「そういえば、なにやら妙な輩に絡まれたなどという話を耳にしましたが」


 ティマさんに続いて声をかけてくるのはポーリさん。

 彼女は到着早々にトラブルに巻き込まれた白盾の乙女のみなさんを心配しているみたいなんだけど。


「そちらは現在調査中ですね」


 パキートさんの元お宅(魔王城)近くの拠点に到着するなり、白盾の乙女のみなさんに絡んできたという冒険者――、

 強盗や誘拐まがいのことをしようとした彼らには、どうも背後関係があるらしく。

 確保した彼らには、ちょっと(・・・・)夢見の悪くなるおクスリを飲んでもらった上で近隣の街に放逐。

 現在、スカラベやネズレムを使って、その後の行動を追いかけている状態で、

 その間、白盾の乙女のみなさんには、一度、パキートさんのお宅(魔王城)近くの拠点に戻っていただいて、そこにあるギルドにて彼らに襲われた経緯を報告してもらっている。


 こうすれば、表からも捜査が進む可能性があるからね。


 まあ、この報告をしたことで、余計な横やりが入る可能性もなきにしもあらずなのだが、そうなったらそうなったで犯人の特定は出来るからと、白盾の乙女のみなさんには、彼らがいつ戻ってきてもいいように、しばらく魔王城内にこもって調べ物をするという名目で、このアヴァロン=エラに滞在してもらっていたりする。


 ただ、彼女達は次になにかあった時には自分たちだけで対応できるようにと、以前、万屋を訪れた時に中途半端にしていたスケルトンアデプトのディストピアの攻略。

 いまは直接的な戦闘力に繋がりやすいサーベルタイガーの攻略に取り掛かっているようだ。


 と、僕が彼女達の現状を報告したところ、ここで精霊同士のテレパシーのようなものを使って、エクスカリバーさんの指導を受けていた陽だまりの剣(ソルレイト)を見守っていたフレアさんが顔を上げ。


「サーベルタイガーのディストピア? はじめて聞く名だな」


「最近追加したディストピアですよ。

 近接戦闘の役に立つ実績が取れますので、これをクリアしたら、白盾の乙女のみなさんの力もかなり強化されるんじゃないでしょうか」


「ふむ、それは俺達もうかうかしていられないな」


 フレアさん達は、現在公開している中で最強の難易度を誇る、自称大魔王アダマー=ナイマッドのディストピアをクリアしている。

 だから、白盾の乙女のみなさんが、一つディストピアをクリアしたところで、簡単に追いつかれることはないのだが、

 フレアさんはそうは思っていないみたいだね。

 ディストピアに行きたそうな雰囲気を発し始めるのだが――、

 ただ、ティマさんたち女性陣はすでに仕事終わりのゆったりモードで、ソワソワとするフレアさんに困ったような顔をしながらも、そんな彼の気を逸らす為か。


「でも、あの子達があの『白盾の乙女』だなんてね。最初にパーティ名を聞いた時は驚いたわ」


「エレオノールさん達って向こうで結構有名なんですか?」


 ここで白盾の乙女のみなさんの話題を口にするのだが、

 最近、冒険者となったメルさんはこういうことに詳しくないのかな。

 フレアさんの背後に控えていたメルさんが、小さな疑問符をその頭上に浮かべる中、ティマさんが教えてくれるのは、近隣における白盾の乙女の評判で、


「隣国になるけれど、同じ若手の注目株だから、たびたび名前を聞いたわ。

 ま、私達ほどじゃなかったけどね」


 フレアさんのパーティは、ヴリトラの討伐にパキートさんの城への突入と、大きな実績を残している。

 そのことを考えるとティマさんの態度も当然か。


 でも、いまフレアさん達パーティは活動休止中だから――、

 と、僕の考えがそこまで及んだところで、


「そういえば、フレアさん達のパーティってどんな名前なんですか?」


 ふと浮かんだ疑問を訊ねたところ、フレアさんは決まりが悪そうに頬をかき。


「それがまだ無いのだよ」


「無い?」


「ま、いろいろあってね」


 フレアさん達は、その世界――まあ、一部地域ではあるそうだが――において、魔王に対抗しうる力を持つパーティ、もしくは、黒雲龍を討伐した勇者パーティとして有名だという。

 しかし、そんなフレアさん達パーティに名前がないというのはどういうことなのか?


 フレアさん曰く――、

 なんでもフレアさんはもともと、ティマさん達とは別に地元の仲間とパーティを組んでいたそうだ。

 ただ、ある時、立ち寄った街で魔獣の大暴走(スタンピード)に遭遇。仲間の二人が取り返しのつかない怪我を負ってしまい、結果的にパーティは解散となってしまったそうな。

 ただ、フレアさんは地元へ帰ろうという仲間に、村を旅立つきっかけとなった精霊との約束があるからと、仲間達を村まで送ったところで笑顔で別れ、しばらくソロとして活動していたそうなのだが。

 そんな活動の中で、当時の召喚師として駆け出しで、碌な召喚獣を持っていなかったティマさんと知り合い、はじめての召喚獣獲得に協力。

 そして、ティマさんの性格柄、たぶんツンデレ的な衝突はあったのだろう。

 二人は対立しながらも、いつしか一緒に冒険をするようになって、順調に功績を重ねていったのだそうである。


 と、そうして冒険者として格を上げていった二人は、ある時、当時――正確には今もその立場は変わらないそうなのだが――聖女として名を馳せていたポーリさんの護衛依頼を他の冒険者グループと合同で受けることになったそうだ。

 そこで定番の展開というかなんというか、ポーリさんを狙った誘拐計画があったりなんかして、それをフレアさんが華麗に(?)解決した結果、ポーリさんもフレアさん達にくっつく形でパーティに加わるようになり、ここで一応パーティ要件となる三人の仲間が揃うことになったそうなのだが――、


 ただ当時、聖女として教会にガッチリ囲われていたポーリさんが、まだそこまで有名ではなかったフレアさんのパーティに加わることをよしとしない人達がいたらしく、パーティ結成への横槍が幾度となく入ったそうな。


 しかし、ポーリさんとしては共に困難を乗り越えたフレアさん達の仲間に加えて欲しいと、そんなポーリさん本人からの心からの願いもあり、フレアさんは全力で――、ティマさんとしては渋々ながらにと、ポーリさんを仲間に加えるべく、西に凶悪な魔獣の被害に困っている村があると聞けばその討伐に駆けつけ、東に魔王の手下が現れたと聞けばその解決に乗り出してと、自分達がポーリさんに釣り合う冒険者だという事を示すべく精力的に活動を行っていったのだという。


 すると、その活動が実を結んだのか、国のお偉いさんに目を止まり、フレアさん達はパーティとして王城に招かれるようになったそうなのだが、ここでフレアさんの運命的な出会いが――まあ、これは結果的にフレアさんの一方的な想いになるのだが――あったり。

 そんな運命の出会いから、ロゼッタ姫の魔眼に関連して勇者(仮)認定を受けるなんてことがあったりして、

 ここまでのお墨付きがあれば、そろそろホリルさんを含めたパーティが結成を結成しても、他から文句もつれられないのではと、あらためてパーティ申請をしようとしていたそのタイミングで――、

 運命の悪戯か、フレアさんの想い人であるロゼッタ姫の誘拐事件が発生。

 魔王を倒すには聖剣が必要だという、どこぞの偉い人の鶴の一声を信じて、フレアさんはパーティを結成する暇もなく各地を放浪することになって――、


 まあ、その後は僕も知っての通り、フレアさんが魔獣はびこる魔の森で修行をしたり、偶然発見したとある万屋での聖剣チャレンジを繰り返すことになったりと、ロゼッタ姫を救う為、これまで以上に精力的な活動をしていたところ、不意に黒雲龍の襲来があり。

 その討伐作戦――そして、 魔王城(パキートさんち)への突入の決定し。

 その隙にということか、ポーリさんが軟禁されるような事態が起こったり、例の鉱山での一騒動あったり、アギラステアの件もあったりして、

 結果的にフレアさん達はパーティを結成することなく姿をくらますことになってしまい、ついぞパーティ登録が叶わなかったのだという。


「ちなみに、パーティ名は考えてあるんですか」


「当然じゃない。あれだけ待たされたのよ。考える時間は十分にあったから」


「お聞かせ願っても」


 僕が聞くと、ティマさん、ポーリさん、メルさんの視線がフレアさんに注がれて、

 三人の視線を受けたフレアさんが自信満々に教えてくれたその名前は――、


「フェアアスの花束だな」


 フェアリス――、

 それは、その世界において精霊の魔力を受けて咲く花の名前だという。

 そして、その花は、フレアさんとその仲間達がかつて子供の頃に出会った精霊が住まう泉にも数多く咲いていたものだそうで、

 もともとフレアさんが所属していたパーティが『フェアリスの花』という名前だったらしいのだが、

 そのパーティが解散となってしまい、一時は散ってしまった花なれど。

 ティマさん、ポーリさん、メルさんという花が集まって、花束としてパーティが再生したことから、そういう名前を考えたのだという。


 うん、そこはかとなくロマンチックな名前だね。

 たぶん、前のパーティの名前も、新しいパーティの名前もフレアさんが考えたんじゃないのだろう。


 僕はところどころたどたどしいフレアさんの話を聞きながら、一人そんなことを思いながらも。


「みなさん、メモリーカードを貸していただけませんか」


「別に構わないが何をするのだ?」


「実はメモリーカードにはパーティ機能がありまして」


「このカード、所属パーティなんか書き込める場所があったのね」


「以前はなかったんですけど、お客様から要望があって追加したんです」


 それは迷宮都市のお客様からリクエスト。

 身分証明や情報の伝達などにグループが作れたらいいという話があって、ソニアに追加してもらった機能である。


 ちなみに、フレアさん達がこれに気付かなかったのは、フレアさん達のメモリーカードがその機能がつけられる前に購入されたものだったからである。

 更新をすれば機能はすぐに追加されたのだが、フレアさん達はそういうことを出来るのを知らなかったそうだ。

 まあ、ソフトウェアの更新なんていうのは、ファンタジーな世界に住まうフレアさん達にとっては常識の範囲外だっただろうしね。


「こまめに更新してもらえると便利ですから、せひお願いします」


「次からはそうさせてもらうわ」


「あと、パーティのエムブレムなんかも作れるようになっていますから、興味があれば是非ご活用下さい」


「そうなの。それは頑張るしかないわね」


 それから数日後、現在フレアさん達と一緒に暮らしているパキートさんのお仲間(他称・魔王軍幹部)がこぞって――というか、実際に来てくれたのはレニさんだけだったのだが――メモリーカードを更新に来てくれた。

 フレアさん達の話を聞いて羨ましくなったのだろうか。

◆次回投稿は水曜日の予定になります。

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