聖女と精霊金のカード※
それは、玲さんが工房で暮らすようになって数日が経ったある日のこと、
僕が迷い込んできた巨大イノシシ型の魔獣を倒してお店に戻ってきたところ、店内から外の様子を伺っていた玲さんが、巨大イノシシの解体が行われているゲートの方を見ながら聞いてくる。
「ねぇ、いま倒したイノシシ。ここで売り出すのよね。どれくらいで売れるの?」
「そうですね。あのレベルのイノシシだと、売り物として使えるのはほぼ肉のみとなりますので、金貨一枚くらいにしかなりませんかね」
本来なら、毛皮まで合わせて、もっと高い値段がつけられるイノシシの魔獣だが、このアヴァロン=エラには比較的多く迷い込んでくるため、毛皮や牙など、他に売り物になりそうなというか、本来そっちがメインであろう部位はウチではすでに飽和状態となっており、結果、売り物になるのは肉のみということになり、これくらいの値段になってしまうのだ。
まあ、エレイン君たちの人件費的や、保存食に加工する際に使う材料のことを考えると、本来はもう少し引き取り値を下げなければならないのだが、エレイン君たちの場合、定期的なメンテナンス以外、お金がかからずに、保存食の加工に使う素材に関しても、各世界から漂流してくるものを使えばほぼ無料ということで、このお値段になっているのだ。
しかし、玲さんからしてみたら、それは十分なお金であって、
「一回の戦闘で十万くらい稼ぐとかって、儲かってるのね」
「命もかかってますからね」
とはいっても、あの程度の魔獣を狩るくらい、すでに慣れっこになってしまったのだが、油断は禁物。
無防備なところを正面から攻撃されたら致命傷になることだってあるからと。
「正直、解体や加工の手間なんかを考えると、豚肉の在庫がない時なんかはお帰り願いたい相手なんですけど」
「そうなの」
「ですね。
でも、どうして急にそんな事を気にしているんです?」
「その、この前、ミノタウロスを倒した時にもらえるお金とかの話を聞いたでしょ。
だったら、わたしもなんか稼げないかなって思って」
「成程……、
でも、玲さんの生活費は、環さんから十分な額、いただいていますが」
玲さんのここでの生活費は環さんから預かっている。
だから、玲さんがお金の心配をする必要はないという僕に玲さんは、
「お姉ちゃんに甘えるだけで何もしないでいるなんて駄目でしょ」
玲さんとしては、あまり姉である環さんに迷惑をかけたくないようだ。
できることなら、自分で稼いだお金で食費などをまかないたいなどと考えているらしい。
まあ、現状、なにもすることのない玲さんの状況を思うと、そういう考えをしてもおかしくないかな。
しかし、そうなるとどうやってお金を手に入れるかが問題で、
ただ、正直、僕としてはお客様である玲さんに魔獣と戦ってもらうのはどうかと思うのだが、
けれど、いまの話を聞く限り、玲さんをこのまま放っておいたら、勝手に自分で倒せそうな魔獣を見つけて――なんてことになりそうだ。
だから、ここは先手を打つべきかと、そう感じた僕は『ここは仕方がないか』と少し悩むようにして、
「そうなると、最低限きちんとした装備を用意しないとですね」
「えっ、でも、ここの装備って高級なものばかりよね」
たしかに、ここで本格的な装備を揃えるとなると、それなりにお金がかかるけど、そもそも武器や防具というものは基本的に高価なものが多く。
正直、着の身着のまま逃げ延びて、ここに辿り着いた玲さんの手持ちのお金では到底払える額とは思えないから。
「でしたら、万屋の試作品を使うというのはどうでしょう」
「試作品?」
「実はお店の倉庫には、作ったはいいものの、使い勝手を試す時間がなく、そのまま放置してある装備がかなりの数ありまして、中には危険な装備もあるんですけど、比較的安全なものなら玲さんに試してもらうのもいいかなと思うんですよ」
とまあ、危険うんぬんは冗談であるが――いや、お店に出してある呪われた武器なんかを考えると、ある意味では冗談でもないのだが――図らずもこれが後押しになってくれたのかもしれない。
玲さんは緊張した面持ちで「わかった。しっかりやるわ」と頷いてくれたので、
「そうですか、そういうことなら、すぐに用意しますね。
防具は、この前、元春が狩ったアステリオスを使ったものを使うとして、武器は杖ですかね。これはいろいろ試作品があるので、それを選んでもらって、精霊金で作ったスクナカードを試してもらうのもいいのかもしれませんね」
「ちょ、ちょっと待って、そんなに一気に言われてもわからないわ。
それに、わたし、魔法は簡単な火付けの魔法と、あと〈照明〉くらいしか使えないんだけど」
そういえば賢者様の世界って魔法技術がちょっとおかしな進化をしてたんだっけ。
しかし、玲さんの師匠は北限の魔女姫なんて呼ばれている魔法使いだって話だったような。
だとするなら、『もう少し使える魔法があってもおかしくはないのでは?』と、僕は単純にそう思ったのだが、玲さんが言うには、彼女が北限の魔女姫さんと出会ったのが半年前で、そこからはほぼ逃亡生活だったこともあり、今はまず魔具をうまく使う方法を学んでいる段階だそうで、本格的な魔法の練習はしていないそうなのだ。
成程、たしかにそういう事情なら、簡単な魔法しかおぼえてないのも当然か。
ただ、それならそれで、ここで魔法の練習をしてもらえばいいから。
「玲さんの得意属性はなんなんですか?」
「光よ」
うん。そのくらいは調べてるんだね。
しかし、得意属性が光とか、聖女らしいといえば聖女らしいんだけど。
「元春と同じですね」
「え、元春って、あの坊主頭の子よね。あの子も光なの?」
見た目、中学生くらいの玲さんは元春の好みからやや外れるているからと、これまで二人はそこまで話していなかったハズだけど。
しかし、露骨ではないにしろ、玲さんが嫌そうな顔をするのはやはり【G】の効果なのだろうか。
ただ、玲さんも転移特典で魔力はそれなりに高いらしく、【G】に対してそれなりの抵抗力はあるのではないかと思うのだが、そこはやはり与えられた魔力だから本格的に抵抗ができていないとか?
と、その辺の検証は、ソニアに報告しておいて、気が向いたら分析してもらうことにして、
「わたし、光の魔法が使えるのは特別なんだって思ってたんだけど」
聖女だからこその魔法とかそういう感じに思っていたのかな。
まあ、玲さんは向こうの世界で聖女にまつりあげられ、巡業を強制されていたそうだから、図らずも、そういう特別な意識を持ってしまうのも仕方のないことなのかもしれない。
しかし、火とか風とか光とか、ゲームとかによく出てくるような属性は割合の差こそあれ、極端な偏りがあるわけではないそうで、
実際、アムクラブからのお客様でも光属性が得意という人はそれなりの数がいて、
ダンジョンの探索を有利に進める為、パーティに一人は回復や光源として有用な光属性の持ち主が入るのが定番だという。
「同じ属性の中でもいろいろありますから、
もしかすると玲さんの光の属性は、その中で特殊な力を秘めているのかも知れません」
「そうなのかな?」
「玲さんの状況を考えると、その可能性も低くはないと思いますよ」
例えば、同じ光属性でも、元春の場合、攻撃や回復よりも補助的な魔法への適正が強く。
さらに最近、ソニアが元春のブラットデアの調整を行ったところ、そのデータから影の魔法にも適正があるのではないかということが発覚したのだ。
だから、元春が得意属性を正確に表すのなら、元春らしく陰光とかそういう表現にした方がいいのかもしれないのだ。
しかし、そういう差異がきちんと使えるようになるには、まず基本の魔法をおぼえなくてはならないので、
「まあ、まずは〈閃光〉と〈光癒〉の二つをおぼえましょうか」
取り敢えず、魔力消費も低く、元春も|色んな意味でよく使うと言っていたこの二つから覚えてもらうとしよう。
ちなみに、元春がこの二つの魔法を何に使っているかは言わずもがな。
「光属性の攻撃魔法とかはないの?」
「ありますけど、下位のものは威力が低いですから、ここにやってくる魔獣に通じるものとなると魔力消費が激しいものになってしまいますが」
光系統の攻撃魔法はその特性上、下位の魔法では威力が低く、アヴァロン=エラに迷い込んでくる魔獣に通じるものとなると、中位以上の攻撃魔法が必要となってくる。
だから、玲さんには、まず補助魔法をおぼえてもらって、エレイン君のフォローを受けて戦ってもらおうと考えていたんだけど、玲さんは自分一人の力で魔獣を倒せるようになりたいようで、
「できれば、そっちもお願い。
わたし、魔力ならたくさんあるみたいだから」
これは俗に言う召喚ボーナスみたいなものかな。
念の為に確認をとってみると、玲さんの魔力は、なんと驚きの五十ポイント超え。
たしかにこれなら中位の魔法も余裕で使えそうである。
だから、先の二つの魔法に加えて、マリィさんがよく使う〈炎の投槍〉ほど拡張性はないもののシンプルで使い勝手のいい〈光杭〉の魔法も追加して、場所を訓練場に移して実際に使ってもらってみたところ、
最初は〈閃光〉の魔法の発動すらも失敗することもあったのだが、何度も練習する内に、魔法窓で空中に描き出した魔法式を利用してではあるのだが〈光杭〉の魔法も使えるようになり。
とりあえず、これで一段落と、ここらで休憩を入れようということになったのだが、
その休憩の最中に玲さんが、
「そういえば気になってたんだけど、さっき、わたしの装備がどうのこうのって言ってる時に、言いかけてたスクナカードってなに?
なんか魔法カードみたいなものがあるとか?」
「カードを使った特殊な召喚魔法のようなものでしょうか。
玲さんはスクナビコナって知ってます?」
「えっと――?」
「日本神話に出てくる小さな神様で、一寸法師のモデルにもなった神様なんですけど、その名の通り、このカードを使うと手のひらサイズの精霊ゴーレムを呼び出せるんですよ。
ほら、この通り」
と、僕がアクアとオニキスを呼び出して見せると、玲さんは僕の手の平に乗るアクアとオニキスにキラキラと目を輝かせて。
「えっ、なにこれ可愛い。これってわたしにも呼び出せるの?」
「カードを使って精霊と契約すれば出来ますよ。玲さんも使ってみますか?」
「いいの?」
「はい。実は少し特殊な金属で作られたものがありまして、そのテストをしてもらえるとありがたいです」
そう言って、取り出すのは淡い燐光を灯す金色のスクナカード。
それは、以前、魔王様のところのニュクスさんから精霊金を少しいただいた時に、この素材はスクナカードと相性がいいのではと作ってみたものの、すでにアクアとオニキスと契約している僕が使うのもどうかと思い、後でトワさんたち、ガルダシア城のメイドさんにお願いしようか、それとも魔王様のところに新しく来た誰かに使ってもらおうかと、使い道を模索していたカードなのだが、
そうしている内に、マリィさんのところで街道封鎖に関するイザコザがあったり、魔王様のところでティターンの侵攻があったりと、騒動が続いてなかなかお話が出来ずに今に至ったものだった。
と、そんな事情を玲さんに話したところ、玲さんは納得したように「ふぅん」と鼻を鳴らして、
「それでわたしにね。
でも、いいの? それって結構、レアなアイテムって感じだけど」
「こればっかりは巡り合わせですから。
それにスクナカードはいいカードを使ったとしても、なにが出てくるかは使用者次第なところがありますし」
カードを使い、どんな精霊が呼び出せるのかはその人次第。
素材が影響するのは宿った精霊をどう顕現させるかということに意味がある。
だから、それがたとえレアなカードだとしても、使う人、使うタイミングによっては、思ったような結果が得られない。
だったら、聖女として認定された玲さんに使ってもらうのはどうかと考えたことを説明すると、玲さんも一応納得はしてくれたみたいなのだが、しかしそれはそれとして、こんなキラキラの高そうなカードをタダでもらうのは気が引けるようだ。
そして、少し考えた玲さんは「ちょっと待って」といったん自室へと引っ込んだかと思いきや、
「これ、そのカードの代わりになったりする」
持ってきたのは藍色の宝玉が三角錐のフレームに嵌ったデザインのネックレス。
玲さんの許可を得てそのネックレスを鑑定してみると、どうもこれは魔力を高濃縮した特別なドロップが嵌った緊急脱出用のネックレスらしい。
ちなみに――、
「これって、どこで手に入れたんですか?」
玲さん自身、ほぼ無一文なのは万屋を訪れた初日に聞いている。
そんな、玲さんがなぜこんな値打ちものらしきネックレスを持っているのか、それは――、
「わたしを召喚した教会の司祭(?)が持ってたのよ。
師匠に連れられて逃げる時に気絶してたからそのままもらってきたの」
それって勝手に売り払っていいものなのかな。
ネックレスの出処を聞いて、僕は素直に素直にそう思ってみたのだが、
よくよく思い返してみると、それもこれも玲さんを召喚して聖女として利用していた神秘教会の自業自得、お金も含めて召喚の慰謝料のようなものだろうかなと、いい笑顔でそのネックレスを差し出してくれる玲さんに、そう納得するしかなく。
それに、どちらにしても、今となってはこれを返す手段もなかなかないだろうし、鑑定によると、このネックレスそのもの――というよりも、ヘッドに嵌っているドロップが一番価値があるもので、
そして、ドロップの部分がまた消耗品のようなものらしく、それならと、
「わかりました。お受け取りします」
「交渉成立ね」
そのネックレスとカードを交換。
「それでどう使うのかしら?」
「呼びたい精霊やゴーレムそのものの姿形なんかをイメージして、脳裏に浮かんだ魔法名を唱えるだけですよ」
かなり大雑把な説明であるが、スクナカードの場合、あまり先入観を持たせても、そこに宿る精霊の幅を狭めてしまう。
追加でそんな説明をしたところ、玲さんは「わかったわ」をカードを両手に持って、それをおデコに当てるようにポーズを取って、
「よし、可愛いケロちゃん。私のカエルちゃん妖精。薬屋さんの前にいるみたいなカエルちゃん、来て来て来て来て――」
「あの、そういうのはちょっと著作権とかに引っかかりそうなので、色を全く別のものにするとか、もう少し穏便なイメージでお願いします」
どうして僕がスクナカードを渡す人はみんなこうなのか。
と、そんなギリギリのやり取りがありながらも呼び出されたのは二足歩行の黒いカエル。
「か、かわいい。色が違って凛々しい感じになってるけど、逆にそれがいい」
うん。これならギリギリセーフかな。
たぶん、僕のツッコミからイメージの方向性が決まってしまった感はあるのだが、今回の場合は仕方がないと思う。
「ちなみに、能力の方はどうなっているんです」
「どうやって確認したらいいの」
「そこにある小さい魔法窓に出てると思いますよ」
「あれ、いつの間に」
「初期設定で召喚すると勝手に出るようになっているんですよ」
二人して召喚と同時に出現した魔法窓を見てみると、表示されていた特技は〈輪唱〉と〈雨乞い〉の二つ。
輪唱はそのまま、ちょっと恥ずかしいと思うが、詠唱という方法で魔法を発動した場合、連続魔法のように使える特技。
そして、〈雨乞い〉はそのまま雨乞いのようだ。
ただ、確実に雨が降るワケではなく、使用した環境によっても確率が変わってくる特技らしく。
おそらくは待機中に水分がどれだけあるとか、そういうことが関係してくるのだろう。
と、そんなこんなで能力も確認したところで、いつものように、
「とりあえず、名前をつけてあげてはどうですか」
「そうね。いい名前をつけてあげなくちゃ」
◆スクナ紹介※
クロッケ(玲のスクナ・二足歩行のカエル型)……〈輪唱〉〈雨乞い〉




