ミノタウロスの装備と砂漠の迷宮
ショッピングモールでの買い出しから戻り、買ってきた荷物を、玲さん、マリィさん、魔王様の三人に渡したり、出来上がったトレーラーハウスに運び込んだりしていたところ、そろそろ夕食の支度を考えなくてはならない時間となった。
ちなみに、荷物を持って万屋に戻ってきたところで、環さんに明日の仕事もあるだろうと、そろそろ帰り支度をしないでもいいのかと聞いてみたのだが、
環さんが言うには、仕事はネット環境さえ揃っていれば、ある程度はこなせるとのことで、今日手に入れたメモリーカードを地球でも使えるように魔力を高めたいと、明日丸々自身の魔力の向上に当てるとのことで、
だから、今日はこのまま玲さんのところに泊まっていくそうで、そのお礼というかなんというか――、
いや、正直いうと食料品の買い出しをしている最中にふと玲さんが口にした『お姉ちゃんのカレーが食べたいなー』という言葉がなにより重要だったのかもしれない。
夕飯は環さんが全部作ってくれるとのことになった。
ちなみに、万屋に訪れた初日から玲さんは、インスタントラーメンに始まり、牛丼にお寿司にハンバーガー、そして、唐揚げにピザと来て、カレーと、ここまでの一週間、ほとんどジャンクなラインナップの食事ばかりだけど、体は大丈夫なのだろうか。
まあ、玲さんの年齢を考えると、多少の無茶は許容範囲内かな。
ということで、きょうの夕食は玲さんのリクエスト通り、環さんに作ってもらうということとなり、手持ち無沙汰になってしまった僕は、この時間なら工房の方でディストピアのテスターをしているであろう母さんに『そろそろご飯だよ』というメールを送った後、いつものようにカウンター前の上りに腰を下ろす。
すると、ここで元春が何気なく。
「そういやよ。さっき倒したミノタウロスどうなったん」
「アステリオスね。解体はもう終わったみたいだよ」
ちなみに、今日のカレーに使われているお肉は豚肉である。
他意はない。
そもそも魔獣の肉を食べるなんて今更だし、ミノタウロスが二足歩行の魔獣だとはいえ、見た目は完全に牛なのだ。
ただ、単純に僕達が暮らす地域がカレーに主に入れる肉が豚と牛で混在する地域らしいので、環さんがカレーに使うお肉が気になっただけである。
閑話休題――、
「んで、そのアステリオスはいくらくらいになりそうなん?」
「ミノタウロス系はあんまり捨てるところがないから、ウチで引き取るのなら金貨二枚で買い取りかな。でも、斧や鎧をどう処分するかによって、金額が変わってくるかも」
「そういえば、あの牛、結構な装備してたよな。あれってどういうことなん?」
「わからないっていうのが正直なところだね。考えられるとしたらテイムされていた魔獣とかそういうのじゃないかな。防具がちゃんと体格に合わせて作られたものだったみたいだから」
魔獣が装備を身に着けているパターンは色々ある。
その中でもっとも多いのが落ちていた武器を偶然拾ったというパターンであるが、そういう装備は大抵の場合、形がいびつだったり錆びてボロボロだったりする。
しかし、今回、元春が倒したアステリオスが持っていた装備は、武器はもちろん、防具までもまるでオーダーメイドで作られたように体にフィットしていた。
それを考えると、かのアステリオスが人の手によって管理されていたというのが妥当ではないだろうか。
そして、たった一体で転移してきた原因は、召喚魔法の失敗ではないかというのが僕の予想である。
これは以前、ソニアが体が大きく強力な魔獣の場合、連れて歩くのに向かないということで、術士の才能と獣魔そのものの体の強さなども必要だというが、手持ちの魔獣と契約して呼び寄せるような魔法を使うことが多いのだと言っていたからだ。
「じゃあ、もしかして、アイツ殺したのはマズかったか?」
「いや、問答無用で襲いかかってきたからいいんじゃない。あの場合は仕方がなかったと思うよ」
「そうですわね」
意味なく襲ってくる相手に遠慮なんて必要ない。
それは僕のみならずマリィさんも同じ意見のようである。
ちなみに、マリィさんは朝からずっと万屋にいたとのことだ。
なんでも、最近、伯父であるルデロックの介入――結果的にしなければならなくなった――によって街道沿いの問題もほぼ収束。トンネル事業の方にはどこかの勢力からの介入はチラホラみられるというが、そもそもトンネルの出入り口が自治領であるガルダシア、そして、武闘派であるカイロス辺境伯の領地だということで、そのどこか勢力とやらも派手な活動が出来ずに小規模なものに収まっているそうで、マリィさんが処理すべき案件が以前よりも随分と少なくなっているのだそうだ。
「えっと、聞いてもいい?」
「どうぞ」
「ダンジョンで出るモンスターは武器を持ってるって聞いたけど」
聞いてきたのは玲さん。
お師匠さんである北限の魔女姫さんにでも聞いたのだろうか、玲さんもダンジョンに関する情報を持っているらしい。
ただ、これには一部の例外を除いて、簡単な判別法があって、
「それは死体がまるまる残ったことから、あのアステリオスがそういう場所から来た魔獣でないと判断しました」
ダンジョンのモンスターというのは、どういう仕組みになっているのかはわからない。
だけど、倒されると、一部のドロップアイテムを残して消えてしまうのが殆どなのだという。
「ふぅん、そういうので判別できるんだ」
「要は後処理が楽なのがダンジョン。それ以外は解体が面倒って感じか」
「でも、ダンジョンの魔獣は実入りとしては少なくなるから――」
「そうですわね。
ただ、ダンジョンの魔獣の場合、逆に魔石が手に入りやすいという利点もありますの」
「そうなん?」
「ダンジョンの種類にもよるけど、ダンジョン由来の魔獣って魔石をドロップする確率が高いんだよ」
その質は天然で見つかるものより劣るものになる場合が多いのだが、希少な魔石が高確率で手に入るのはダンジョンに生息する魔獣ならではの特徴である。
「オーナーの話だと、ダンジョンが魔石で魔獣や魔法生物を操ってるんじゃないかって話みたい。
ほら、前にマリィさんのところのメイドさんと調査した迷宮――、あれ、ゴーレムコアで管理してたじゃない。あんな感じでダンジョン内の動きを制御してるんじゃないかって話だよ」
「そだっけか?」
「貴方――、
つい最近のことですわよ」
「まあ、あの時の探索を元春は直接見ていませんでしたから」
「そうでしたの?」
「はい。上層に向かう時には元春もいましたが、下層に向かう時は用事があるとかで――」
「ほら、マリィちゃん俺みてねーってよ」
「でも、一応、その時の探索の映像は渡したんだけどね」
「え、マジで?」
それは夏休み前半のこと、
マリィさんがこのアヴァロン=エラへの転移に使っている魔鏡から行ける謎の迷宮の調査を行ったのだが、その際に、その迷宮が一体のゴーレムを核に管理されている施設であることが判明したのだ。
元春が僕達の話をさっぱり理解していないのは、渡した映像を細かく見ずにトワさんの活躍シーンだけを抜き出して見ていたからって感じじゃないかな。
「ちなみに、そのダンジョンどうなったん。いろいろ調べてたんだよな」
「ええと、それについては元春に話してなかったっけ」
予想よりも大きな施設で探索に時間がかかってしまったのだが、最近になってようやく施設の外に出られるようになったのだ。
「ふ~ん。
じゃあ、ダンジョンから出てなにか見つかったとか?」
「なにも――、
いまのところただただ砂漠が広がってただけみたい」
「なにもって、砂漠っつってもそれが延々と続いてるワケでもあるまいし」
たしかに、元春が言わんとすることもわからないでもないけど、
「迷宮の外に出てからずっとオートで調べてるんだけど、少なくとも周囲百キロ圏内は砂漠みたいで目ぼしいものは見つかってないんだよ」
「マジか」
現在、砂漠専用に改造したネズレムを使って鋭意探索中であるが、今のところ大きな発見には繋がっていない。
「私あのような場所があるとは思いませんでしたの」
マリィさんの暮らすガルダシアは大陸の中央を貫く山脈の麓にあるが故、豊かな水源に恵まれ、付近に大きな砂漠など存在しないという。
故に延々と続く砂の景色は初めて見るもののようで、当初、魔王様と一緒にずっと続く砂の景色に魔王様と一緒に見入っていたりもしていた。
「だから、砂以外、ほとんど何もなくて、中継機をセットするのにも大変なんですよね」
「中継機ってアレよね。お姉ちゃんと話す為に使った電波みたいなのを飛ばすヤツ」
「はい。それで砂漠の中に住居跡のようなものをいくつか見つけましたから、そこを多少修復するなりして、中継機を設置、行動範囲を広げているんですけど、そういう場所もなかなか見つからなくて」
ちなみに、その住居跡というのも、ちょっとした住宅の石壁のようなものが、多少のこっている程度で、特段珍しい素材で作られているわけでもなく、それを調べて何かがわかる類のものではないそうだ。
そして、そんな住居跡も本当に数が少ないらしく、中継機の通信範囲内にそういう場所がない場合は古代樹で作った巨大カプセルの中にクッション材と共に入れて砂の中に埋めているのだ。
ついでに、カプセルの素材をどうして魔法金属などではなく、古代樹としたのかというと、掘り出されてたとしても、古代樹とはいえ木材ならば、潰して新たな製品に作り直すことが出来ないので、持っていかれないのではないかという期待からである。
まあ正直、あんな砂漠の真ん中に採掘にくるような人間はほぼいないだろうと思うのだが……。
「しっかし、ここのゴーレムを使ってまだ出口が見つからない砂漠って、どんだけ広いんだよ」
「少なくとも北海道以上はあるんじゃない」
「マジか」
「でも、地球でいうとサハラ砂漠とかはアメリカと同じくらい広いでしょ」
「え、あの砂漠ってそんなにデカかったんすか!?」
「あんた、そんなことも知らなかったの?」
大袈裟な元春のリアクションに冷めた目線を向ける玲さん。
サハラ砂漠の広さなんて世界地図を見れば一目瞭然なんだけど。
とそんな気まずさを誤魔化すかのごとく、元春が慌てたように、
「で、で、そんな砂漠の真ん中にあったあのダンジョンはなんだったんだ?」
特殊な建材とゴーレムを使って、あきらかに人工的に作られた巨大な地下空間。
それがどのような目的で作られたのかというと。
「なにかの保管庫とか、避難用のシェルターとか、オーナーともいろいろと考えたんだけど、本体にデータが残ってないからわからないんだって」
ソニアがマリィさんのところのメイドさんを介して、例の迷宮の核となっていたカーバンクルのようなゴーレムを調べてみたのだが、かの迷宮が作られた目的はまったくわからなかったのだ。
「だからなにかヒントになるものはって迷宮の調査と並行して周辺を調べてるんだけど――」
「砂漠ばっかで何も見つからねーってか――って、つーか、なんでこんな話になったんだっけか?」
「ああ、それは私がミノタウロスの話から話題になったダンジョンの話が気になって、
よくわからないけど、その砂漠の迷宮? っていうのが、ダンジョンと同じような仕組みで動いてるって話になって――」
要するにここまでの話は完全に脱線だということで話は戻り。
「そんで、ミノタウロスの装備はどうするん?」
「どうするって、あれは元春が倒した魔獣が持っていたものだから、元春が好きにすればいいんじゃない」
「おお、マジか。
ちなみにあの斧とか売るってなったらどれくらいになるん?」
「武器として使うなら――そうだね。あの大きさで多少の魔法金属を含んでるみたいだから、加工の手間とかを考えると、少なくとも金貨五十枚はくだらないんじゃないかな」
「おお、五百万とか、スゲーじゃん」
「いや、金貨五十枚っていうのはあくまで最低額だから」
場所によってはもっと金額がかかる可能性もなくはない。
「でも、あの斧を扱う人がね。いないでしょ」
「ああ――」
そう、問題はミノタウロスの上位種であるアステリオスが常用する巨大な斧を誰が買ってくれるかである。
「マリィちゃんとかどうなん?
ほれ、コレクション的な感じで」
「興味がないとはいいませんが、あのサイズと使われている素材、その出自が不明なことを考えますと、あまり魅力的な装備とはいえませんの」
「ま、そうっすよね」
マリィさんの場合、その武器の力、見た目、そして来歴などを総合的に判断して興味を抱く。
飾るにしてもあれだけ大きく重量があるものとなってしまうと、飾る施設に管理方法といろいろ大変なことになってしまうだろう。
「マオっちのところは?」
「……?」
うーん、オーガの変異種であられるブキャナンさんとかなら使えると思うんだけど、現状、魔王様の拠点の状況を考えると特に利用価値が思いつかないのかな?
ゲームをポーズにしてただただ首を傾げるばかりの魔王様に、元春が助けを求めるような目線を向けてくるので、
「そうなると、やっぱり鋳潰す?」
「それしかないか」
「さすがにアレを店頭に並べるとか無理だからね」
そもそも、万屋はふつうの武器をとりあつかってないし――、
いや、そう考えると、あの斧をお店に並べるのは別に問題はないと思うのだが、そこは少なからず需要を考えないといけないからと考えると、やっぱり鋳潰すしか選択肢は残されていないんだと思う。
ただ、そうなると、あの戦斧の価値は単純に素材だけの価値となり、よくて金貨一枚といったところと、その概算をだしたところ、元春はしばらく唸るようにしていたのだが、
「しゃーねーな、虎助の言う通りで頼むわ」
「じゃあ、素材から武器まで一括で引き取るってことでいい?」
「ああ――」
商談が成立したところで、なぜか玲さんが呆れたような目でこちらを見てきたと思いきや。
「ねぇ、お姉ちゃんも言ってたけど、あんた達、本当に高校生?」
「そっすけど」
「いや、十万とか二十万とかふつうに取り引きしてる高校生ってどうなのよ」
たしかに、今のやり取りだけを考えると金銭感覚がおかしくなっているようにも思えるけど。
「ここで手に入れられるアイテムは向こうだと換金が難しいですから、どっちかというと、ここでのお金はここ限定の価値という感じですね」
「そうなの?」
「考えてみてください。地球で日本刀を買うとなるとかなりしますよね」
それこそ百万とかふつうにするだろう。
しかも、ただの鋼鉄製の武器がだ。
「言われてみれば、そうかもね」
しかし、万屋で売っているのは、その上位互換ともいうべき装備である。
まあ、日本等には芸術品の価値もあるということで、単純に武器の性能で比べるのは少し違うような気もするが、その芸術性に関しても、例えば、これは身内贔屓が入っているかもしれないが、エレイン君達が魔法金属を鍛えて作った盾やガントレットなどはかなりいい線いっているのではないか。
そんな話を交えて説明したところ、玲さんも「たしかに、そう言われるとここで売ってる装備なんかもリーズナブルに見えてくるわね」と納得してくれたご様子だ。
そして――、
「出来たわよ」
「おお、お姉ちゃんのカレーだ」
完成したカレーが運ばれてきたことで話は中断。
その後、マリィさんと魔王様、遅れてやってきた母さんも含めて、みんなでわいわいカレーを食べた。
◆次回投稿は水曜日の予定となります。




