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狭小住宅と買い出し

「もう建物が建ち始めてるってどういうこと?」


「建材のストックがありましたから」


 トレーラーハウスを作ることも決まったところで早速と秘密基地の隣に土台を運び込み、柱を立て始める。

 すると、ここでその建設風景に唖然とする姉妹が一組いた。もちろん安室さん姉妹である。

 早く建物を作ってしまわないと、今日もまた玲さんには賢者様のところに帰ってもらわないとならなくなってしまうからと、二人がトレーラーハウスの設計をしている間に土台を作り始めていたのだが、それが二人を驚かせることになってしまったみたいだ。


 ちなみに、ここまで早く土台を作ることができる理由は単純に、土台となる鉄骨の台車を巨大な錬金釜で一気に作ったからである。

 まあ、広さが通常のキャンピングカーサイズだったということで、もともと手間でもなかったのだが、錬金術を使えば溶接なんかも一瞬で終わる為、手早く思い通りの形のものを作ることができてしまうのだ。


「でも、本当に一番小さいサイズで良かったんですか?」


「え、ああ、うん。そだね。あんまり広いところでも落ち着かないから」


 元はあんなマンションに住んでいたのに意外と庶民的なところがあるんだな。

 いや、もしかすると、ここに来るまでの逃亡生活の間に価値観が変わったってこともあるのかも。


「それにこれくらいトレーラーハウスなら、後で使い道がありそうでしょう」


 成程、モノは五十万もする買い物である。環さんは後のことも考えているみたいだ。

 ただ、玲さんのご実家はマンションだったハズ。

 これを持ち帰れたとして、どこに置くつもりなんだろう?


 いや、あんなお高そうなマンションに暮らしているのだから、このトレーラーハウスを置くくらいの土地を買うくらいできるのかもしれない。


 と、僕がそんなことを考えている間にも、目の前ではエレイン君達の作業が続く。

 組み上がったトレーラーハウスの骨組みに筋交いを打ち、外壁と窓枠を取り付けて、屋根を張り、断熱材を入れられていく。

 ちなみに、ここで使う断熱材というのは世界樹の樹液を使った発泡ウレタンだ。

 前にテレビでリフォーム番組を見たソニアが、ガルダシア城のベッドを大量生産したあれが使えないかと、溶剤の配合を見直して、断熱材用に吹き付け剤を作ってくれたのである。


「本当にあっという間に出来上がるのね」


「すぐに組み立てられる建材があったということもあるんですけど、エレイン君達が優秀ですから」


 マリィさんの領地に建設中のトンネルに設置する施設や魔王様の拠点の拡張と、すぐに使える建材があったこともあるのだが、

 鉄骨も軽々持ち上げるエレイン君が複数そろえば小屋一つを作るくらい造作もないことなのだ。


「私からするとゴーレムが電気工事までしてくれるなんてビックリなんだけど」


「そうですか。建設途中の建物に配線を引くくらいなら僕にだって出来ますよ」


「君、高校生よね?」


「こんなところでお店をやっているといろいろあるんですよ」


 万屋に電気を引くのは見ていたし、元春と一緒に作った秘密基地作りの手伝いをしている。

 だから、あの手の作業はすでに経験済み。

 それに、すでにある建物に後で設置するならまだしも、作っている最中の建物の中に配線を通す作業はそこまで難しい作業ではない。


「ちなみに、ソーラーにも対応していますから、後でパネルを付けることも出来ますよ」


「ホント、至れり尽くせりね」


 このアヴァロン=エラにいる限り、電源の心配はほとんどないけど、各種配線の引き込みなどの作業は内装なんかをしてしまう前に設置しておかないと、後で面倒になるのである。


「あと、一応エアコンの穴はつけておいたんですけど、こちらは魔具の方が高性能ですから、それで構いませんか」


「ええと――」


「大丈夫よ、お姉ちゃん。魔具そのものがあるのなら、わたしにだって使えるわ」


 まあ、魔具うんぬんの話は先に玲さんから聞いていたことで、本物のエアコンに関しても別に取り付けられないことはないのだが、狭い部屋なのでエアコンが一つあるだけでも結構な圧迫感がある。

 あと、エアコン本体だけを買ってくるのがちょっと面倒臭いってのもあるかな。

 ということで、マジックアイテムで簡略化できるところは簡略化しつつも、細かな部分は現場ですり合わせ、組み立ては進み、ものの一時間ほどでおおよその部分は完成し。


「とりあえず箱は完成しましたね」


「本当にあっという間だったね。お姉ちゃん」


「そうね。本当にあっという間に出来上がったわね」


「何度もいいますけど用意してあった組み立てるだけですから」


 本格的なプレハブ住宅で三ヶ月ほどと考えると、小一時間でこの小さな小屋が組み上がってしまうのは驚異的に思えるけど、工房なら建材の輸送時間はほぼゼロで、重機などの準備も不要となれば、その分、かなりの時間短縮となるのだ。


「後はここから備え付けの家具などの配置はお願いします」


「ええ」「任せて」


 とはいっても、建物そのものが小さいので、作り付けの寝台に棚、テーブルに椅子と並べていって、あっという間に内装は終了。

 ここで内覧会ではないのだが、元春にマリィさんとトレーラーハウスの中を覗き込み。


「イッツシンプルって感じっすね」


「ル・コルビジェが作ったカップマルタンの休憩小屋って知っているかしら、あれを参考にさせてもらったの」


 元春の忌憚のない感想にそう答えるのは環さん。

 玲さんは特に気にしていなかったようだが、環さんには明確なコンセプトがあったみたいだ。


「なんすか、その、ルなんとかって?」


「なんていうか、すごい建築家の人だよ」


 元春に国立西洋美術館を建てた人なんて言ったところでわからないだろう。


「にしては、なんか普通な感じだけど」


「休憩小屋はコルビジェが終の棲家として作ったものだって話だからね」


「詳しいのね」


「前にテレビで特集してるのを見たことがあるだけですよ」


 ちなみに、たしか本物はトイレもカーテンで仕切られただけで、ベッドも木製ソファーのようなものだったというシンプル具合だったと思うんだが、それはあくまでコンセプトってことかな。

 こちらの建物は現代っ子である玲さんに合わせて、少し遊びがあって、女の子が住むような可愛らしくアレンジされているみたいだ。

 そもそも部屋の広さがまったく違うし。


「それで、お風呂は工房と宿泊施設のどちらでも使ってください」


「そう、ありがと」


 ちなみに、工房のお風呂は夏休みに入って鍛冶仕事を始めた僕が汗を流す為に作ったものである。

 単に汗を流すだけならば浄化の魔法で十分なんだけど、鍛冶は肉体的にハードな仕事ということで、その疲れを癒やすためにと宿泊施設の簡易風呂やサウナテントよろしく、ぱぱっと作ってしまったものがこの工房内にあるのだ。


「後は布団を運び込んでカーテンを取り付ければ完成なんですけど――、

 そちらは向こう(地球)で買い揃えるんですよね」


「うん」


「生活用品と一緒に買い出しに行きたいから――、

 ええと、近くにショッピングモールとかあるかしら?」


「僕の家に戻って、車で二十分くらい走ればありますよ」


「なら、そこに案内してくれる。お礼になにかおごるから」


「ゴチになります」


 ゴチになりますって――、

 元春も着いてくる気なの。

 まあ、買うものが買うものだけに、僕と環さん以外にも人は必要か。

 しかし、それで奢ってもらうのはどうなんだろう。


「でも、そんな悪いですよ」


「いいのよ。そもそも五十万でこんな立派な建物は作れないから、なにかお礼でもしないと私も気持ち悪いわ」


 うーん、そういうことなら仕方ないか。


「なら、そういうことで、早速向こうに戻りましょうか」


 と、ここでいったん地球側に戻ろうと、僕がみなさんを先導する形でお店に戻ろうとするのだが、ここで、


「あ、向こうの映像はこちらにも送りますので、玲さんは勿論ですけど、マリィさんや魔王様もなにかあったら言ってくださいね」


「あら、(わたくし)達もよろしいんですの」


「はい。この際ですから」


「……地球のお買い物」


「久しぶりの日本か、ちょっと緊張するわね」


 ということで、ゲートを介し自宅に戻った僕達は、そにあの口から出たところで、ちょうどリビングの掃除をしていた母さんに遭遇、環さんが微妙に気まずそうな雰囲気で挨拶をするなんてことがありながらも、工房で待つ玲さん達との間を念話通信でつなぎ、車に乗り込む。

 ちなみに、車の席順は環さんのマンションからここに来る時と一緒で、僕が助手席、元春が後部座席だ。

 さっきの様子から、元春もすっかり環さんに慣れたのかと思ったのだが、まだ自ら助手席を主張するほどの状態ではないらしい。

 そして、車を出してすぐ聞こえてきたのはマリィさんと魔王様の会話。


『……これが本物の自動車ですの』


『……動かしやすそう』


『ああ、こういう街中の景色、なんかすごく懐かしいわね』


 二人は生で初めて見る住宅街の風景よりも、車の操作性にあらためて感心しているみたいだ。

 まあ、二人の場合、実際に車が動いているところを見るのは、ゲームか映画の中くらいなものだから、車のスムーズに町中を走っている様子が奇妙に映るのかもしれない。


 ちなみに、そんな異世界組の一方で玲さんはというと、久しぶりの街の風景に軽く感動しているようである。

 玲さんが召喚された世界はかなり発達した世界であるが、街の風景は若干SF寄りになっているということで、やはり久々の日本の風景というのは落ち着くものなのかもしれない。


 そして、そんな姦し――くはないのかな?

 念話通信を介した三人との会話を楽しみつつも、環さんの運転する車は郊外に向けてひた走り、周囲に家などの建物も少なくなり、畑や森が増えてきた頃、見えて来たのはこの近辺で最大の売り場面積を誇る巨大な商業施設。

 とはいっても、なんとかドーム一個分とか、その程度の広さなんだけどね。


『ショッピングモールは本当に実在したのですね』


『……ゾンビはいない』


「あの、お二人共、あれはゲームの中のお話ですから」


 天空の城でも見つけたようなマリィさんのリアクションに警戒を含んだ魔王様の声。

 ゾンビゲームとかだとショッピングモールは基本だからね。

 マリィさんと魔王様が変な誤解をしてしまうのも、わからないでもないと、僕が二人の誤解を解いている間に、環さんが運転する車は駐車場に止まり。

 僕達はショッピングモールの中へと入っていくのだが、その途中、何人かの買い物客とすれ違ったところでふと環さんが聞いてくるのは、僕達の目の前に浮かぶ魔法窓(ウィンドウ)のこと。


「そういえば、それは出したままでいいの?」


「指定した人以外には見えないように設定していますから」


「便利なのね」


 本当に便利なものである。

 ただ、いまの地球でも、自分にしか聞こえないスピーカーとか、映像を投影するメガネとか、そういう商品が既に開発されているのだから、何年か経てば地球でもこういう技術が生まれそうなものであると、埒もないことを考えながらモール内を進み、意外と出入り口に近い場所にある寝具売り場に到着。


「まずはここで大物からですね」


「ええ――」


『お布団がいっぱいありますの』


 ちなみに、寝具に関しては当初、マリィさん以下、ガルダシア城のみなさんよろしく、万屋で用意しましょうかと提案したのだが、こちらはトレーラーハウスと違ってすでに材料が揃っていることではなく、一から作らなくてはならないということで遠慮されてしまった。

 とはいえ、トレーラーハウスの断熱材に使った吹付け材の配合をちょっと変えれば、中身のスポンジ部分は簡単に作れる。

 なので、実際はそこまで手間がかかるものではないのだが――、

 そこはお客様のご要望である。

 とまあ、そんなこんなで寝具はこちらで揃えることになったんだけど。


『その一番安いのでいいんじゃない』


「ダメよ。お布団はいいものをえらばなくちゃ」


『でも、お姉ちゃんが選んだそれ、けっこう高いよ』


 ここで寝具選びにはこだわりたい姉と迷惑をかけたくない妹との間で意見がぶつかり合う。

 ただ、それも交渉の末、最終的に高くもなく安くもなく、わりと質のいい布団を購入することに落ち着いて、

 ただ、枕に関しては玲さんもちょっとしたこだわりがあるようで、安易に安いものは選ばず、しっかりと自分の好みにあったものを選んだようだ。


 と、そんなこんなで寝具一式を買い揃えた僕達はすぐに人気のまばらな非常階段の近くへ移動。


「じゃあ元春、見張ってるから布団入れちゃって」


「おうよ」


 隙を見て、いま買ってきたばかりの布団なんかを僕のマジックバッグの中に収納。


『マジックバッグなんて本当にあるんだ』


 ちなみに、賢者様達の世界においても空間拡張能力を持つマジックアイテムはかなり希少なものだという。

 実際、ふつうにマジックバッグを作るなら、空間系の特殊能力を持つ魔獣の素材が必要で、

 そうでなければ、どこぞの宇宙からの漂流者が持っていたような空間制御の技術が必要になってしまうのだ。

 とはいえ、万屋においては、ある程度、数が揃えられるものなので、


「容量は小さくなりますが、それでもよろしければ一つお譲りりいたしますよ」


「それって幾らになるの?」


 ここで食いついてきたのは何故か環さんの方だった。


『姉さん?』


「あ、ああ、ええと、別に変なことに使うわけじゃないのよ。試供品が家に転がっているから」


 環さんのあまりの食いつき具合に、玲さんの咎めるような声が聞こえてくる。

 環さんは化粧品の輸入業をしているといったから、玲さんは自分の姉がなにか変なことにそれを使うのではないか思ったのかもしれない。

 ただ、環さん本人は自宅にある試供品などの収納場所として、環さんは欲しがっているみたいなので、

 とまあ、それが本当の理由なのかはわからないけど、とりあえず、マジックバッグの件は後で相談するとして、

 次の買い物になるのだが、


「もう一度聞くけど、服はいらないのね」


『うん、こっちでおしゃれしてもどうにもならないから。

 それにペラッペラの防御力じゃ心配でしょ。だから下着だけ買ってきてくれたらそれでいいかな』


 玲さんの意見は魔獣が現れる世界においてはそこまで突飛な発言でもないのだが、さすがに下着だけとハッキリ言われると困ってしまう。

 まあ、元春は玲さんの口から出た下着という言葉に興奮しているようだけど。

 ここからは買うものが買うものだということで、元春はさり気なく残念がっていたのだが、そちらは女性陣のみでお買い物をしてもらうことになり。

 その間、僕と元春はここに来る前にすでに頼まれていた食料などの買い出しとなった。


 ただ、僕達の方でも途中で欲しい物も出てくるだろうということで、僕達の側と環さんにも魔法窓(ウィンドウ)を展開してもらって、玲さんには同時並行的にそれをチェックしてもらうことになった。

 ちなみに、環さんに貼り付ける魔法窓(ウィンドウ)も僕が展開したものである。

 まだ、魔法の一つも使っていない環さんでは、ソニアの努力によってかなり省エネになっているとはいえ、魔法窓(ウィンドウ)での念話通信を維持するほどの魔力はないからだ。


 と、そんなこんなでザッピング的なショッピングにいざ出陣。

 ちなみに、女性の買い物――特に服選びなどは時間がかかるというのが相場だとよく聞くけれど、玲さんの場合、義姉さんなどと同じくそこまで時間をかけないタイプだったみたいだ。

 下着選びは数分で終わってしまったらしく、その後は玲さんにマリィさん、魔王様の要望を受けて、お菓子にスイーツ、娯楽商品とむしろこちらの買い物の方が長くなってしまった。

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