今後の身の振り
一年ぶりとなる姉妹の再会から思わぬ魔獣との遭遇を経て、玲さんと環さん姉妹は僕と元春におぶられる形で万屋へ。
マリィさんがお茶を――、魔王様がゲームをする和室に、二人が少し恥ずかしがりながら腰を落ち着かせところで切り出すのは玲さんの今後の身の振り方だ。
「それでこれからどうします?」
「お金があればここに住めるって話を聞いたけど」
「ここに住むって、玲――、どういうことなの?」
僕が聞いたのは玲さんのこれからどう行動していくかの予定だったんだけど、玲さんはそれをすっ飛ばして、ここで生活をしたいと言ってきた。
ただ、環さんからすると、先程のアステリオスとの遭遇から、妹をここに置いておくのが心配なようで、
かなり慌てた様子で玲さんに詰め寄るのだが、玲さんもまかりなりにファンタジーな世界で一年以上過ごしてきた経験があることから、魔獣による危険にもある程度なれてしまっているのかもしれない。
「お姉ちゃん、ある程度の危険は仕方がないの。私がいるのはそういう世界なの」
「でも、玲にもしものことがあったら」
「大丈夫。さっきのバリアも見たでしょ。それにここにはあのおっきいゴーレムがいるんだよ」
玲さんもアステリオスとの突然の遭遇でかなり焦っていたようだが、冷静に周りを見渡す余裕を持てば、万屋には結界があり、モルドレッドという存在がいることに気付いたのかもしれない。
環さんに自分は大丈夫だとアピールするのだが、魔獣に対する備えというのなら――、
「正直、魔獣という観点からすると、賢者様のところに住まわれた方が安心なんですが」
賢者様のところにも魔獣は出るには出るが、研究所周りの結界と周辺の魔素濃度などを考えると、その確率は相当低いと思われる。
しかしそれも、最近、賢者様の研究所近くに植えた世界樹によって、周辺の魔素濃度は高まりつつあることを考えると、安心はしていられないのだが、
そもそも世界樹には自然に魔素を満たすという性質と共に魔獣を遠ざける性質がある。
だから単純に魔獣という危険という観点から考えるのなら、賢者様の研究所に留まる選択も悪くはないのだが、
「でも、ロベルトさんのところでずっとお世話になるのはね――」
玲さんからすると、つい数日前に知り合ったばかりの賢者様たちの研究室で、いつになるのかわからない帰還を待つのは心苦しいことなのかもしれない。
まあ、それをいったら、万屋も同じようなものになるのだが、
それでも、まだ同じ日本人である僕が代理店長を務めるこの万屋でご厄介になった方が、気疲れが少ないと玲さんは思っているのかもしれない。
と、僕は玲さんの言葉を単純にそう受け取ったのだけれど、どうもその理由には続きがあるらしく。
「それに、あそこには師匠がいるから」
玲さんのこの疲れたような顔は――、
もしかしなくても、これが一番の理由なのだろうか。
これは数日前にふらっとやってきたホリルさんが疲れた様子で話してくれたことなんだけど、どうも、その玲さんお師匠さんである北限の魔女姫という方が、賢者様と同じく、大仰な二つ名がつけられているだけあって、賢者様とはまた違うベクトルで厄介な性格をしている人らしいのだ。
それを考えると、玲さんがこっちで生活したいというのはそういうことなのだろうか。
いや、玲さんにとって、北限の魔女姫さんは自分を神秘教会から救い出してくれた恩人でもある。
だとするなら、玲さんとしては自分に興味がある北限の魔女姫さんを放ってはおけないし。
ただ、あまりに距離が近すぎると自分も被害をこうむりかねないので、適度な距離感を保ちたいというのが本音のところなのかな。
まあ、賢者様が自ら自分の研究室に招き入れているいるのだから、根本的には悪い人ではないと思うんだけど。
いまのところ賢者様や玲さんが、その人をこちらに連れてくる気配がないというのが、その厄介さを物語っているように思える。
そうなると、やっぱり玲さんはこのアヴァロン=エラで寝泊まりをしたいんだろうけど、ただ、そうなると問題なのは玲さんが寝泊まりする場所で、
「ウチとしましては玲さんがご希望されるのならそれで構いませんが、今すぐに使える施設となりますと宿泊施設になりますけど」
少し前なら簡単にトレーラーハウスという選択肢を取ることが出来たのだが、現在あのトレーラーハウスはアビーさんとサイネリアさんが使っている。
まあ、僕と元春が作った秘密基地でいいのなら、それでもいいんだけど。
「宿泊施設ってお店の隣りにあるゴージャスなテント村?
あそこだとちょっと怖いかな。わたし一人だし、魔獣もそうだけど他のお客さんとかも来るんでしょ」
「そうですね」
ちなみに、現在、宿泊施設をご利用になっているのは白盾の乙女のみなさん一組だけである。
艱難辛苦の末に辿り着いた彼女達は、このアヴァロン=エラを拠点に、旧魔王城周辺の森で狩りをしつつ、あちらの世界で情報を収集したり、万屋で装備を整えたり、ディストピアに挑んだりと自分達の戦力強化に勤しんでいる。
ここに来る直前に遭遇したゴタゴタの関係から、ある程度、自衛する実力が必要だと、ここらでドカンとパワーアップを目指して長期滞在をしてくれているのだ。
「しかし、外の宿泊施設が駄目となりますと、ここの和室を使うか、お店の裏にある僕と元春で作ったトレーラーハウスを使うか、それとも新しく泊まる場所を用意するかですね」
「えっと、ここはあの子たちが使ってるんじゃないの?」
玲さん環さん姉妹が見るのはマリィさんと魔王様。
「ああ、お二人は昼の間しかいませんから」
「ええ、私もマオも遅くとも八時にはここをお暇いたしますの」
とはいえ、昼の間でも他人がいる場所に寝泊まりするのはやっぱり落ち着かないか。
しかし、そうなると、やっぱり最終候補は――、
「お店の裏にある僕達のトレーラーハウスを使うか、新しく作るかですね。
工房なら常時結界を展開していますから寝泊まりするのに安心ですし」
「店の裏というと大きな壁の中? 常時結界を展開しているなんてなにがあるの」
「店の裏は工房になっていまして、ここの商品を作ったり、いろんな研究などをしている施設が集まっているんです」
「それで厳重に守られているのね」
「はい、その一角に僕と元春でちょっとしたトレーラーハウスを改造して作った秘密基地がありまして、そこに泊まってもらうか、もしくは新しく同じような小屋を作るかすればいいんですけど」
「そう――、だったら、私がお金を出すから玲が泊まれる場所を作ってもらえる」
「お姉ちゃん?」
「私に出来ることさせて、これでもお姉ちゃん稼いでるのよ」
そう言って自分の胸を叩く環さん。
そして、環さん揺れる胸元をさりげなく凝視する元春。
元春?
また、そんなに見てるとマリィさんに制裁されると思うけど大丈夫?
ちなみに、環さんは化粧品の輸入業をしているとのこと。
なんでも、ご両親が海外出張の多い方らしく、その関係で環さんも海外に知人友人が多いそうで、その伝手を辿って海外から商品を仕入れてインターネットサイトを中心に販売しているとのことである。
なので、ちょっとしたトレーラハウスの一つや二つ、買い上げるのには問題ないらしく。
「ただ、作って貰う前にどれくらいのものが出来るのか見させてもらってもいいかしら。
あの大きな壁やこのお店を見る限り、ちゃんとしたものは作れそうな技術はあるみたいだけど。
妹が暮らす場所だから」
「あ、そうですね。着いてきて下さい」
たしかに、ものがものだけに実物をみないと購入を決めるのは難しいか。
ということで、裏口から工房に向かい、入ってすぐのところに置いてある僕と元春で作った秘密基地を見せたところ。
「え、ええと、これをあなた達が作ったの?」
「正確には僕達は建物のデザインとちょっとしたお手伝いだけで、後はその辺をちょこちょこ歩いているエレイン君が作ってくれたんですけど」
このリアクションはもしかしなくても、僕達が作ったという話から、その出来を勘違いしてたパターンかな。
「ちょっと待って、これっていくらくらいするの?」
「そうですね。五十万円くらいでどうでしょう」
「馬鹿なの!?」
と、環さんからキャラが崩壊してしまったようなツッコミを受けてしまうが、それはかかる金額なのか、それともただの秘密基地にそこまで手間をかけているのか、どっちの意味でのツッコミなのだろうか。
ただ、この料金に関していうのなら、そもそもトレーラーハウスに関しては、買って帰るような人もいないから、マリィさんや魔王様が支払ってくれた対価を参考にするしか無く、それもまたなあなあな身内価格のようなものなので、
「それに、ここなら素材はほぼタダで手に入りますから」
「タダでってどういうこと?」
「半年くらい前にちょっと乱暴なエルフのお客様がいらしてですね。その時にお店の周りが古代樹の森におおわれてしまいまして、材料はそれを伐採したものなんですよ」
あと、土台部分に漂流してくるくず鉄なんかを再利用した魔鉄鋼を――、そして、タイヤは向こうで買ってきたものを錬金術で強化して使っている。
そう考えると、この中で一番仕入れ値が高いのは実は土台についているタイヤだったりするのだが、
このトレーラーハウスの材料を聞いて玲さんが一番驚いたのは、
「ちょっと、エルフが魔法で作る古代樹って、高級家具とかに使われる伝説の木材ってヤツじゃない」
そうだったのか?
古代樹が高級な素材だということは知っていたけど、賢者様もホリルさんも特に何も言ってなかったような。
とはいえだ。例のエルブンナイツが攻め込んできた時に伐採した古代樹の数は膨大なので、
「ここにはふつうに使ってたんじゃ使い切れないくらいに在庫があるんですよ」
これまでに魔王様の拠点やガルダシア城のリフォーム、今はサイネリアさん達が使っているトレーラーハウスにアヴァロン=エラに点在する各種施設、そしてエルマさんに作った潜水艇と、それなりに消費したつもりだったのだが、ものは千年杉レベルの巨木が乱立する森一つ分を伐採した量になるのだ。
それを一商店で取り扱うとなると、それこそ数十年単位で消費しなくてはならなくて、
加えて、最近は世界樹の枝なんかも採取できるから、無駄に場所を取る木材の在庫を減らすという意味でも作ってもらいたいと頼み込んだところ、玲さんは諦めたようにしながらも、
「お姉ちゃん。これ以上安全な家はないわ」
「大丈夫なの?」
「うん。たぶん、ここ以外なら、そのトレーラーハウスに使う木材の棒っ切れ一本でも同じくらいの値段するんだから」
◆次回投稿は水曜日の予定になります。




