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姉妹再会

 説明を聞いた後の環さんの行動は素早かった。

 もともと出かけるつもりだったということで、喫茶店を出たその足でマンションの駐車場に戻ると、僕達を急かすようにすぐに車に乗り込んで、車は一路、アヴァロン=エラへの入り口がある僕の自宅へ。

 出発の際に、もともとの用事はいいのかと訊ねてみたのだが、なんの気なしに買い物に行くだけだったということで問題はないらしい。


 しかし、ここまで会話役を期待して同行してもらった元春はあまり役に立たなかったな。

 トワさんを目の前にした時もそうだけど――いや、環さんの場合はそこまではヒドくないかな――どうやら元春はピシッとした大人の女性を前にすると緊張してしまうようだ。

 考えてもみれば、今までこういうタイプの女性とはあまり関わりがなかったから、経験の少なさも影響しているのかもしれない。


 あと、環さんは、見た目はともかく雰囲気だけなら母さんと同じタイプ。

 母さんに厳しい訓練をかされた元春は、こういう女性を前にすると身構えてしまうクセがついてしまったのかもしれない。


 と、どこか落ち着きがない元春を後部座席に、環さんには逸る気持ちを抑えてもらって、安全運転で地元への道をひた走り、お昼過ぎには僕の自宅に到着。


「やっぱ車は楽でいいな」


「元春は乗ってるだけだからね」


「あ、環さん、こっちっすよ」


「わかったわ」


 と、ここまでの道中で元春も環さんに慣れてきたのかな。

 車を降りた僕達は、元春の先導でアヴァロン=エラに向かおうと、待ち構えていたそにあの口の中へ飛び込もうとするのだが、

 いざ、そにあの大口を前にしたところで環さんの足が止まる。


「その、玲がいる場所に行くにはこの中に飛び込まないといけないの?」


「はい」


「でも、これって飛び込んで大丈夫なものなの?

 中、真っ暗闇なんだけど」


 パット見、そにあの口の中は底なしの闇のようになっている。

 だから、ここに飛び込むのはちょっと怖いという環さんの言い分もわからないでもない。

 実際、次郎君に正則君、ひよりちゃんに鈴さんに巡さんと、僕の知り合いは躊躇もなく飛び込んでくれたのだが、それ以外の人は、ほぼ目隠し状態で向こうに移動していたので、そにあの口の中に入るのが怖いなんて考えもしなかった。

 しかし、アヴァロン=エラに行く為には、この口の中に飛び込むのは必須なことなので、


「もしよろしければ僕か彼がお運びしますが」


 どうしても自分では飛び込めないというのなら、僕か元春が環さんを背負って一緒に飛び込みますよと、そう環さんに言ったところ、

 それなら平気なのかな。

 いや、純粋に早く玲さんに会いたいという気持ちが勝ったのかもしれない。


「……お願い」


 恥ずかしそうに手を伸ばしてくる環さん。

 ちなみに、その手が向けられているのは明らかに僕であり、元春から恨めしげな視線を向けられてしまうのだが、ここで誰が環さんを背負うかで揉めている場合でもないので、


「じゃあ、僕から行っていい」


「……おう」


 僕は元春からの恨みがましい視線をあえて無視、環さんに背中を差し出し、そこへ乗ってもらうと。


「では、入ります。少しふわっとしますよ」


 そう声をかけ、首元に絡みつく環さんの手にギュッと力が入ったところでそにあの口の中へ。

 そして、すっかり慣れっこになってしまった数秒の浮遊感を味わい。


「到着しましたよ。降ろしても構いませんか」


 ゲートに降り立ったところで背中で固まる環さんに降りてもらう。

 と、数秒遅れで元春が転移してきて、


「妹さんはあの店です。行きましょうか」


 ぼーっとする環さんにそう声をかけると。


「えっと、あ、ああ、御免なさい。

 あ、あの大きなロボットみたいなものは?」


「彼なら平気ですよ。ここを守ってくれる守護神のような存在ですから」


「そう、守ってくれているのね」


 環さんはどこか夢見心地のご様子で、自分に言い聞かせるように一人呟き、ようやく歩き出そうとしてくれるのだが、

 いざ、環さんが、一歩、足を踏み出そうとしたその時、モルドレッドの足の向こう、万屋の正面ドアがガラッと開いて、店の中から出てきたのは黒髪の中学生――もとい、黒髪の大学生である玲さん。


「お姉ちゃん」


「玲」


 玲さんの声に呆然とする環さん。

 しかし、玲さんがこちらに向かって走り出すと、先程までの怖がりようはなんだったのか、環さんも走り出し、ちょうどモルドレッドの股下で熱い抱擁。そして嗚咽を漏らす。


 と、そんな美しい姉妹の再会に、元春が「これはこれで」と生湿った視線を向ける一方で、僕が純粋に暖かな視線を送っていると、不意にゲートから光の柱が立ち上る。

 どうやら何かがこのアヴァロン=エラに迷い込んできたようだ。


 僕がその転移反応が収まるのを警戒しながら待っていると、光の柱の中から現れたのは二足歩行の牛の化け物――そうミノタウロスだ。

 上空からこの状況をモニターするカリアの報告によると、正確にはアステリオスというミノタウロスの上位種にあたる魔獣だそうだが、細かい違いはこの際どうでもいい。

 僕はゲートの中央でキョロキョロと周囲を見渡すアステリオスに『また、変なタイミングで転移してきたな』と心の中で苦笑しつつも、せっかくの感動的な姉妹の再会に水をさすのはいただけないと腰の空切に手を伸ばすのだが、


「ミノタウロスですって」


 ここで驚愕の声を上げたのは玲さんだった。


「大丈夫ですよ」


「大丈夫って、あれ、ミノタウロスよ、ミノタウロス」


 玲さんの反応から察するに、彼女の中ではミノタウロスはかなり高ランクの魔獣という認識のようだ。

 しかし、このアヴァロン=エラに迷い込んでくる魔獣の中では、このアステリオスはそこまで強力な魔獣でもなく。


「見てください」


 僕は手元の魔法窓(ウィンドウ)を操作。

 僕達を見つけ、こちらへと走ってくるアステリオスを小さな半球結界の内部に閉じ込める。


「なにあれ」


「ゲート由来の結界ですね。見たままバリアのようなものとお考え下さい」


「でも、閉じ込めただけじゃなんの解決にもならないわよ」


「ご心配なく。いま仕留めてきますから」


「仕留めるって、あんなのに勝てるワケ?」


「大丈夫ですから」


 と、僕はにっこりと作り笑顔で環さんを庇うような仕草を見せる玲さんを落ち着かせ(唖然とさせ)ると、先に動き出していたエレイン君に続くように結界の中に入ろうとするのだが、ここでまたも僕を引き止める声が割り込んでくる。

 ただ、その声は玲さんの声でも環さんの声でもなく。


「ちょ待てよ。ここは俺の出番だろ」


「え、元春がやるの?」


 いつもなら魔獣との戦いに消極的な元春だが、今日は女性陣の手前、はりきっているのか、やる気満々のご様子だ。

 僕としては、この後のこともあるので、アステリオスの処理は手早く終わらせたい。

 だから、ここは自分に任せて欲しいところなんだけど、元春がこうなってしまったら簡単に引き下がりそうにもないので、『ここは仕方がないか』と僕は抜いた空切を腰のホルダーに戻し。


「わかったよ。エレイン君にフォローに回るから気をつけてね」


「おっしゃ任されろ」


 言うと、元春は気合を入れてゲートに向かって走り出し。

 その一方で僕はエレイン君に元春のフォローをお願い。

 そして、そんな僕と元春とのやり取りに玲さんが「ねぇ、キミは行かなくていいの?」とやや控えめに聞いてくるのだけれど。


「まあ、あれくらいなら元春でもなんとかなると思います」


 実力的には、素の元春ではアステリオスに勝つことはほぼ不可能といっても構わないだろう。

 しかし、装備込みで考えるのなら、元春でも十分アステリオスを狩れる(・・・)ハズである。

 ちなみに、実際、元春も自分の実力はよくわかっているのだろう――というよりも、それが当然と思っているのだろう――アステリオスに向かってまっすぐ駆け出しながらマジックバッグから取り出したブラットデアを着装、そのまま勢いでアステリオスに殴りかかっていく。

 一方、アステリオスも、明らかな害意を持って突っ込んでくる元春のことを敵として認識したようだ。

 元春のパンチあえてボディを守る防具で受け止めると、両手に抱える戦斧を豪快に振り下ろし、元春の脳天を切り裂かんと攻撃。

 しかし、元春はそんなアステリオスの攻撃をどこからか取り出した如意棒を使って斜めに受け流す。

 ギャリッっと不快な金属音が周囲に響き、地面に突き刺さるアステリオスの戦斧。

 元春はそれを隙にと流れるような動きで如意棒をフルスイング。

 アステリオスの向こう脛を防具の上から強打。

 痛みからか一瞬ひるむような仕草を見せるアステリオス。

 しかし、次の瞬間、その痛みを怒りに変えたアステリオスは、両腕に血管を浮き上がらせ、いま振り下ろした戦斧を突き刺さった地面ごと横薙ぎに振り払う。

 そんなアステリオスの強引な反撃に元春が取った行動は、加速しながら自分に襲いかかる戦斧をくぐり抜けるようにスライディングキックを放つこと。

 鎧のどこかに当たったのか、打ち上げられるアステリオスの戦斧。

 そして、そこからコンマ数秒遅れで、元春のぬるりとスピードのある蹴りがアステリオスの足に叩き込まれると、脛への二連撃にはさすがのアステリオスもまいったようだ。

 思わず片膝をつくアステリオス。

 そこに如意棒を振り回した元春が襲いかかり。


 うん、なんていうか卑劣で泥臭い戦いが始まったみたいだね。


 そして、そんな消耗戦に入った元春とアステリオスとの戦いを遠くに、玲さんが呆然と呟くのは、


「あの子……、すごく強くない?」


「元春の場合、装備がいいですから」


 鎧を装備してなければ、元春にアステリオスの攻撃を防ぐ手立てはないと思う。

 まあ、逃げ回るのは得意だから、死ぬことはないだろうけど……。

 その場合は、せこせこアステリオスの攻撃範囲の外から、魔法銃での狙撃をするのが関の山といったところにかな。

 しかし、ブラットデアを装備した元春ならば――、

 と、僕が元春の強さの秘密をそんな風に語ったところ、玲さんも僕がそうまで言う本春の鎧が気になったみたいで、


「それって魔鉄製?」


「いえ、あれは鉄の魔法合金とミスリルを組み合わせて作ってある鎧ですね」


 ちなみに、上空のカリアの分析によると、アステリオスの持つ戦斧はわずかに魔法金属が含まれるくらいで、ほぼ鋼鉄製の戦斧らしい。

 なので、元春がアステリオスの斧の直撃を受けても、ブラットデアを両断されるような心配はなく――まあ、場合によっては多少のヒビは入るかもしれないが――、元春もこの情報はすでにカリアに伝えられているようで、あれだけ余裕で戦えているのだ。

 と、ここで上空のカリアからもたらされた分析を元に、元春とアステリオス、お互いの戦力差を簡単にまとめたところ、それを聞いた玲さんはまたまた驚いて、


「ミッ、ミスリル?」


 ああ、賢者様のところでもミスリルなんかは希少な素材だったっけ。

 玲さんも一年にもなる異世界生活でその辺りの知識があるようだ。

 そして、そこからは姉と妹が別の意味で呆け、戦いを見守ること数分――、

 元春の執拗な弱点攻撃が功を奏したみたいだ。

 元春のブラットデアのパワーアシストにあかせた攻撃により、アステリオスの脛を守っていた防具の片方がついに弾け飛び、生身の向う脛に強打が命中、それにより、アステリオスの足元が一気におぼつかなくなり、そして、そんな隙を狙った、元春の渾身のカエル飛びアッパーがアステリオスの顎を捉え、ゴキリと何かが折れる音が聞こえたところで決着のようだ。


「倒したみたいですね。元春も帰ってくるみたいですので僕達も移動しましょう」


 ぺたりと地面にへたり込む二人にそう声をかける僕。

 しかし、二人が立ち上がる様子はなく。


「その、ごめんなさい。腰が抜けちゃって」


「わたしもちょっと驚いちゃった」


 どうやらアステリオスの登場からの戦闘を目の当たりにして、すっかり腰が抜けてしまったらしい。

 そして、これが意気揚々と戻ってきた元春へのご褒美になるのかな。

 その後、元春が環さんを、僕が玲さんをと、動けない姉妹二人をおぶって万屋に向かうことになった。


   ◆


「くそっ、鎧さえなければ」


「別に脱いでもいいんだよ」


「それじゃ、うまく運べねーかもだろ」


「だったら文句を言わずに運ぶ運ぶ」


「「ご、ごめん(なさい)」」


「いえ、気にしないで下さい」


「そっすよ。余裕っすから」

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