お姉さんにご説明
賢者様が暮らす世界に召喚された安室玲さんが万屋にやってきた週末、
僕と元春は、その日、大学の方へ帰るという鈴さんと巡さんに便乗させてもらって、彼女の実家を目指していた。
「助かりました。鈴さん」
「構わないよ。どうせ私達も大学に戻るところだったから」
「でも鈴さん、車なんていつの間に乗れるようになってたんすか?」
「免許自体は結構前に取っていたんだよ」
「だけど、車を持っていなかったんだよね~」
「へー、そうなんすね。
でも、これって新車っすよね。なんで急にまた?」
「大学に戻っても暇があれば万屋には顔を出したいからね。足があった方が便利じゃないか」
「ああ、でも、それなら万屋で魔法の箒とか買った方が安かったんじゃないっすか」
「え~、魔法の箒って、そんなのもあるの?」
「虎助んとこの店で売ってるっすよ。
魔力とかドロップとかの消費が激しいみたいっすけどね」
「でも、それで移動が楽になるのなら気になるね」
道中、話題に登った魔法の箒の詳細を話しながら鈴さんの運転で車に揺られること一時間とちょっと、お金と魔力を節約して、玲さんの自宅がある最寄り駅まで送ってもらったのはいいんだけど。
「玲さんは駅につけば実家の場所はすぐにわかるって言ってたけど、あのマンションでいいのかな」
「駅から見て一番目立つマンションがそうだってんなら、あれで間違いねーだろ。
てゆーか、あんなデッケーマンションに住んでるってセレブ過ぎんだろ」
それは地元ではお目にかかれないタワーマンション。
玲さんの話を信じるとするなら、あのマンションの一室に彼女の実家があるみたいなんだけど。
まあ、住所も聞いてあるし、もしも違ったとしても、携帯のナビを使えばいいかと、鈴さん達と別れた僕と元春は目の前のタワーマンションに向かって歩き出す。
あ、ちなみに、僕たち――というか、僕の安室さんの呼び方が『安室さん』ではなく『玲さん』になっているのは、ここに来る前の打ち合わせで、安室さん――もとい玲さんに、安室さん呼びだと自分とお姉さん、どっちのことを言っているのかわからないということで、そう呼んでくれと頼まれたからだ。
そして、いかにもな高級住宅地を歩くこと十数分、件のタワーマンションのすぐ下にまでやってきた僕達は、首を九十度近く倒さないと見切れてしまいそうな建物を見上げながらため息を漏らす。
「いざ近付いてみるとまたデッケーマンションだな。
これって勝手に入っていいん?」
「たぶん、玄関までなら大丈夫なんじゃない。宅配の業者さんなんかも来るんだし」
初めてのタワーマンション来訪にどうしていいのか戸惑う僕たち。
しかし、別にここへ来た目的はやましいことでもない。
だから堂々と敷地内に入ればいいんだとマンションのエントランスまでやってきたところ、ちょうど到着したエレベーターの中から、いかにも仕事ができそうなショートヘアの女性が降りてきて、
「ねぇ、元春、あの人、玲さんのお姉さんだよね」
「ん、ああ、たしかに、
環さんだっけか、本物は写真よりイケてんな」
ちなみに、なぜ僕達が玲さんのお姉さんである環さんの顔を知っているのかというと、ここに来る前、玲さんに、『お姉ちゃんに会いに行くなら顔を知っていた方が便利だから――』と、万屋で充電した携帯電話で彼女の写真を見せられていたからだ。
ちなみに、携帯電話が使えるのなら、別に僕達がここにくる必要はなかっのではと、人によっては思うかもしれないが、考えてもみて欲しい――、玲さんは一年以上、行方不明状態だったのだ。
そんなところに本人から電話があったとしたらどうなるのか。
場合によっては警察も絡んできて、面倒なことになるんじゃないかと、そんな懸念もあって、まずは僕達が玲さんのご家族に会いに行って、反応を確かめてみてから、本人に話してもらおうってことになったのだ。
まあ、警察うんぬんの話は、あくまで僕達の想像になるんだけど……。
「でも、ちょうど良かったね」
「おう」
これでわざわざ慣れないマンションのインターホンを使わずに済んだ。
まあ、実際、使ってみればそんなに難しい機械でもないと思うのだが、やっぱりそういう機械を始めて使う時は緊張してしまうものである。
「で、どうする?」
「どうするって、声をかけるに決まってるじゃない。でないと行っちゃうから」
と、思わぬマンションの豪華さに腰が引けているのか、いつになく弱気な元春にそう言った僕は、駐車場に向かおうとしていた環さんを駆け足で追いかける。
そして、環さんがいざ車のロックを解除しようとしたタイミングで、
「すみません。ちょっとよろしいでしょうか」
「お前、躊躇なく声かけるな」
別にやましいことがあるワケでもないから、声をかけることを躊躇う理由はない。
むしろ、こういう声掛けは、本来元春が得意(?)とするところだと思うんだけど、今日はナンパ目的ではないからか、あまり積極的に話しかける様子でもないので、ここは僕が前面に立って話すしかないようだ。
「なにかしら?」
「あの、すみません。安室環さんでよろしいでしょうか」
「ええ、そうですけど、どうして私の名前を?」
環さんの動きにあからさまな警戒が宿る。
まあ、いかにも高校生くらいの男二人に、イキナリ名前付きで声をかけられたのだから警戒するのも当然か。
「実は僕たち玲さんの知り合いで――」
「あら、玲の?」
と、玲さんの名前が出たところで環さんの警戒が若干緩む。
「はい。僕が間宮虎助――、こちらは松平元春といいまして、
実はちょっと玲さんに頼まれたことがありまして」
「あ、ごめんなさいね。
あの子、いま留学してるのよ」
おっと、これは言い方がマズかったかな。
僕が言った『頼まれごと』の本命は環さんへ向けたものなんだけど、環さんは玲さんに用事があると勘違いしてしまったみたいだ。
しかし、そんな勘違いはそれとして、環さんのいまの発言にはちょっと気になるところがあったよね。
「留学、ですか」
「大学に入ってすぐに休学して海外にね」
はてさてこれはそういうことになっているのか、それともこの世界の玲さんは本当に留学しているのか。
まだ反応が硬い環さんの口から飛び出した意外なワードに、僕は判断に迷いつつも、ただそういうことになっているのなら、この状況を利用して探りを入れた方がいいのかもしれないと考えて、
「そうですか、僕達、玲さんに連絡を取りたいんですけど」
本当は環さん本人に玲さんへの連絡をしてもらいたいところなんだけど、ここはそういうことにしておいた方がいいだろうと、僕が会話の内容を一部軌道修正。
すると、それを聞いた環さんは表情をやや曇らせ。
「ごめんなさいね。あの子、携帯を持ってないのよ」
ん、この返事は、もしかしなくても、また警戒させちゃったかな。
いや、環さんの顔を見るに、演技しているとかそういうことではないようだ。
だとするなら。
「宿泊先に連絡とか――」
「残念だけど、それも無理なのよ。なんでも下宿先の方針とかで」
家族ですら連絡が取れないって――、
そんなことを下宿先の方針とかの理由で片付けてしまっていいのだろうか?
「なあ、虎助、これって――」
まあ、この話も、マンション前でイキナリ声をかけてきた僕達を疑っているという可能性もなくはない。
しかし、彼女の表情を見る限り、本気でそう思っているフシがある。
そうなるとだ。
「これはちょっと確認すべきだよね」
実は今回、環さんに会いに来るにあたり、ソニアから異世界召喚の魔法に対するいくつかの可能性を示されていた。
その一つがまさにいまの環さんしたような反応をされてしまうパターンで、
「だったら伝言を頼むのはできませんか」
「預かることはできるけど、届くかはわからないわよ」
僕は環さんにそう声をかけつつも、マジックバッグの中からメモを取り出すフリをしながら、同時に取り出したソニア特製解呪のディロックをさり気なく発動。
そして、バッグを下敷きに伝言を書き出そうとしながら。
「それで玲さんはどちらに留学しているんですか?」
「それは――、
えっ、あら、これはどういうこと?」
何気ない質問に、この反応――、
これはソニアの予想が当たったかな。
ソニアによると、人間に限らず、様々な存在を他の場所から召喚する場合、その魔法によって生じるリスクなどを軽減するなど目的から、その魔法による影響を誤魔化すような術式が組まれている場合があるらしい。
そして、いま僕が発動させた極小のディロックには、その影響を無効化する魔法が閉じ込められており、ディロックを発動させた後の環さんのリアクションを見るに、その効果がきちんと発揮しているのではないかと思われる。
だとするなら、ここはその流れに乗って、
「できれば、お時間いただけますか? 説明したいこともありますので」
「え、ええ、お願い」
ちなみに、いきなり魔法が解けて混乱しているだろうに、環さんがこうも素直に僕の話を聞いてくれるのは、環さんの脳が魔法によって捻じ曲げられていた認識を正す為、脳の機能をそちらに集中させている為だと思われる。
正直、こういった変な隙をつくようなやり方は個人的に好きではないが、ソニアが言うには、そうした方が手っ取り早くこっちの言いたいことを理解してくれるとのことなので、ここは個人的な主義主張は抑えて、素直に応じてくれた環さんに事情を説明させて下さいと、近くの喫茶店を紹介してもらったところ。
「なあ、キャリアウーマンの部屋にご訪問じゃねーのかよ」
元春が耳元でこそっと聞いてくるけど。
さすがに、精神的に不安定な状態で女性一人の部屋に押しかけるのは卑怯なんじゃないかな。
そういう配慮ができないところが元春がモテない理由なんだと思う。
と、元春に白い目線を向けながら、環さんの案内で彼女行きつけの喫茶店に移動。
それぞれに飲み物を注文して、それがテーブルに届いたところで、
「落ち着きましたか」
「はい」
短く返事はしてくれたものの環さんはかなり疲れた様子である。
まあ、魔法によって一年もの間、妹である玲さんの認識を誤魔化されていたのだから、そうなってしまうのも当然だろう。
だから、ここは彼女の心配を拭い去るためにも。
「落ち着いて聞いてくださいね。結論から言うと妹さんは無事です」
「それ、本当なの?」
「ええ、ただ、余り目立つのもなんですのでお静かにお願います」
と、ここで玲さんの名前が強い刺激になったのか、掴みかからんばかりにテーブルに身を乗り出す環さん。
しかし、ここで周囲から注目を浴びるのはいただけない。
僕はいまにも掴みかからんと迫る環さんに、少し気の毒ではあるのだが、ごくごく軽微な威圧を飛ばして強制的に落ち着いてもらうと、携帯電話を取り出し、とある電話番号を呼び出しながら。
「とりあえず妹さんです」
単刀直入にそう一言、携帯電話を差し出すと。
恐る恐るそれを受け取った環さんは「もしもし」と電話口に声をかけ、久しぶりに玲さんの声を聞いたのだろう。涙を流し、しばらくとりとめのない会話が続く。
ただ、その会話が途切れたところで、はたと自分が他人の携帯電話を占領していたことに気付いたのかな。
環さんは玲さんに玲さんに二言三言なにかを告げると、涙を拭い、「ごめんなさいね」と若干頬を赤らめながら僕に携帯電話を返してくれて。
「そ、それで、詳しいことは君達に聞いてって言われたんだ、んですけど」
これはさっきの威圧が強く効き過ぎたかな。
少したどたどしい環さんの問いかけに、僕は苦笑を浮かべながら。
「長くなりそうですけど、よろしいでしょうか」
「構わないわ。もともと今日はオフだから」
彼女を落ち着かせるように、できるだけ丁寧な口調を心がけて聞いてみたところ、彼女も少し気を抜いてくれたみたいだ。続きを聞く体勢を作ってくれるので、いろいろと証拠を織り交ぜつつも、玲さんから聞いたここまでの経緯を説明する。
ちなみに、この説明に証拠として使ったのは魔法窓を始めとした簡単な魔法技術だ。
そうしないと、信じられない話が続いちゃうからね。
まあ、喫茶店内でのことということで、ちょっとしたマジックのようなものになってしまったのだが、やはり現代日本に生きる人間にとって魔法窓という技術の影響は大きいらしく。
「信じられない話だけど本当なのよね」
「なんなら妹さんとお会いすることもできますよ。残念ながら連れてくることはできませんが」
「そう、だったら今から直接妹と会わせてもらえる」
◆次回投稿は水曜日の予定となっております。




