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ディストピアとカーバンクル

 ようやく50話……でいいんでしょうか。

 読書感想文にも四苦八苦していた自分が、まさかここまで書き続けられるなんて、

 これからも頑張って書いていきたいと思いますので、応援の程をどうぞよろしくお願いします。

 それは元春の部活動がない放課後の日課となりつつあった魔法修行を終えた少し後のこと、万屋の背後にそびえ立つ石壁から見える小高い丘を眺めながら元春の口にした疑問が始まりだった。


「そういやさ。志保姉はどうなっちまったんだ?爆発音(?)がいつの間にか音も聞こえなくなっちまったけど、もしかして死んだとか?」


「ちゃんと生きてると思うよ。ただ修行の第二段階に入ったから、ディストピアの中にこもってるんだよ」


 死んだって……さすがにそれは酷いんじゃないのかな。

 元春の言い方に苦笑しつつも、答えた僕の言葉に首を傾げたのはマリィさんだった。


「ディストピアというのはなんのことですの?」


「僕の世界で理想郷の逆の意味で使われる言葉ですよ。でも、この場合はオーナーが新開発した空間系の魔導器ですね。なんていいますか、巨獣や神獣、龍種(ドラゴン)などが持つといわれているプライベートな亜空間をシンボルに封じて作った修行場みたいなものです」


 はてさて、これは〈バベル〉の翻訳機能はきちんと働いているだろうか?

 そう思いながらもしたウンチク付きの説明にマリィさんが感心する一方で、元春は別のワードが気になったみたいだ。


「シンボルってなんだ?男のシンボルとかそういうんか?」


 元春としては小粋なジョーク(下衆な冗談)として言ったのかもしれないが、その発想はあながち間違いではなかったりする。


「似たものはあるかもしれないね。とはいっても、元春がいうような下ネタ的な意味じゃなくて、魔力的な意味でだけれど」


「マジで!?」


「うん」


「ですが、修行というのなら別にここでも変わらないのではなくて」


 強力な魔獣が所有する亜空間は濃密な魔素で満ちていると言われている。

 だが、それならば、このアヴァロン=エラで修行しても変わらないのでは?マリィさんはそう言いたいのだろう。

 しかしながら、それは、あくまで魔法修行という観点からのもので、


「義姉さんの修行目的は魔力向上ではなくて実績の獲得ですから。実はこのディストピアでは、その魔導器(ディストピア)作りの礎となった敵と戦うことができるんですよ」


「つまり、そのディストピアという魔道具は実績の獲得を目的とした魔導器ということですの!?」


「さすがに実績獲得の条件はかなり厳しくなっていたり、獲得できる実績が弱体化していたりしますけどね」


「それでも、にわかには信じられませんの」


 マリィさんの言わんとすることも分からないではない。

 何しろこのディストピアを使えば生涯に一度まみえることができれば幸運と言われるような神獣や竜種など、素材が許す限り、何度でも、複数人でも、実戦経験が積むことができるというのだ。

 しかも条件さえ揃えば実績すらも手に入るとなれば、その有用性は計り知れない。

 だが、これは全て本当のことである。僕がテスターとなって実証したのだから間違いない。

 とはいえ、そこには実績の獲得条件がかなりハードモードであるという注釈が入り、

 マリィさんが思っている程、都合のいい魔導器でもないのだが、その辺りは体験してもらわなければ分かってもらえないだろう。

 そう思って1つディストピアを手配しようと魔法窓(ウィンドウ)を開いたところで、元春が割って入る。


「でもよ。その巨獣とかってーのも、かなり(つえ)ーんだろ。その魔導器を使っても普通にやられちまうだけなんじゃねえの」


「それなら大丈夫だよ。相手が思念体だからね。こっちも戦うのに半生身体状態になる必要があるから、死ぬ心配は無いんだよ」


 ディストピアの内部では、たとえ致命傷を受けたとしても、その瞬間、特定のポイントにディストピアに侵入した時の状態で復活するように設定されている。


「マジで超リアルな狩ゲーみたいなアイテムだな。しかもリアルなご褒美がゲットできるなんてどんだけだよ」


「実際ゲームからヒントを得て設計された魔導器だからね。元春の印象も間違っていないかな」


 このディストピアという魔導器がどんな発想を元に作られた魔導器なのかを話していたところ、小さな箱を掲げるように、つるり。緑青(ろくしょう)色のミニマムボディが可愛らしいベル君がやってくる。さっき手配したディストピアを持ってきてくれたのだ。

 それは質素な宝石箱に収められた大粒のルビー。中心には立体的で複雑怪奇な魔法式が描かれていて、その魔法式から放たれる赤い微光にマリィさんと元春が吸い寄せられるかのように覗き込む。


「これがそのディストピアという魔導器ですのね」


「でっけえ宝石だな。つか、シンボル――だっけ?それって魔獣だかの一部なんじゃなかったか?」


 元春は魔獣の素材と聞いて、魔獣の角とか骨とかそんなアイテムをイメージしていたのだろう。

 だが、


「元春も聞いたことがあるんじゃないかな。これはカーバンクルって精霊の額についてる宝石なんだよ」


 そう、このディストピアの元になったのは、僕達の世界においても民間伝承の中で語られる精霊カーバンクル。

 リスなどの小動物の額にルビーやガーネットのような赤い宝石がついているという可愛らしい姿の精霊で、その宝石を手に入れたものは富や名声が約束されるという知る人ぞ知る逸話があり、不心得者から狙われたりもするちょっと可哀想な精霊である。

 因みにこのディストピアに使っているこの宝石は、アヴァロン=エラに迷い込んできたカーバンクルを殺して奪ったとかそういうものではなく、次元の歪みを通じて流れてきたとある魔法剣の柄に嵌められていたものである。

 手に入れた時、その剣がすでに魔剣化していたことから、この宝石が無理やりカーバンクルから奪われたものではないかというのが、この宝石を鑑定したソニアの推測である。

 と、そんな説明を長々としていたところ、いつの間にか、目の前にいた筈の2人の姿が消えていた。

 興味本位からディストピアという名の魔導器と化した宝石に触れてしまったのだろう。

 2人が取り込まれたと気付いた僕は、その後を追いかけるべく真紅の輝きを放つ宝石に手を伸ばす。

 次の瞬間、僕が居たのは、そこかしこに千年杉サイズの巨木がそびえ立つ深い深い森の中だった。

 すぐ隣には元春がいて、反対側には思案気に呟くマリィさんの姿があった。


「ここが精霊の所有空間ということですの。アヴァロン=エラに勝るとも劣らない濃密な魔素を感じますの」


「つーこたー。ここで手に入るんはなんだ?【精霊殺し】ってことになるかよ。【神獣殺し】よりもイメージ悪くね」


「ここで手に入るのは精霊の加護だよ」


 突然聞こえてきた僕の声にも元春は平然と振り返るだけだ。

 さすがに数日もアヴァロン=エラで過ごすとファンタジーな世界観にも慣れっこになってくるのか、元春の察しがいい。


「加護ってーと、前に(・・)お前がもらったみたいなヤツだよな」


 元春が言う『前に』というのは、先日、追いかけっこをしたテンクウノツカイの事だろう。


「この前の騒動を参考にしてね。これは初心者用に調整したディストピアなんだよ」


 そう、このディストピアは、テンクウノツカイがもたらした騒動を参考に、特定のクリア条件を設けることで素材に残された思念を刺激、かつて得られる筈だった実績に限りなく近付けようという仕組みが施されているのだ。


「要するにこのディストピアの中で、カーバンクルを捕まえりゃ実績ゲットってことでいいんだな」


 本当にこういう事への頭の回転は早い。

 ゲーム的な思考で僕の説明を読み解く元春に、僕は呆れるようにしながらも頷くと、「よっしゃあ――」元春が手の平に拳を打ち付け気合を入れる。


「因みに倒してしまった場合はどうなりますの?」


 腕組みのまま聞いてきたのはマリィさんだ。

 たしかにマリィさんならこの森ごと燃やしてしまうことすらも可能だろうけど。


「残念ながら。その場合は失格となりますね。実績を得られないまま、ただクリアとなってしまいます」


「あくまで加護(・・)の修得がその目的なのですね」


 捕まえることに意義があるのだと理解したマリィさんは、目を瞑り、囁き声で短い呪文を口遊(くちずさ)む。

 次の瞬間、マリィさんの手元に無数の火の粉が舞い踊る。

 一体どんな魔法なんだろう?そんな僕の心を見透かすようにマリィさんは微笑んで、


「この魔法は〈愚者火(イグニスファトゥス)〉。自律行動ができる原始的な精霊を宿した火の魔法ですの。とはいっても、ベル達とは違って簡単なお願いしか出来ませんけどね」


 言わばこの火の粉一つ一つが人工知能を搭載した簡易ゴーレムのようなものだとマリィさんは言う。

 ソニアがベル君達に施した人形術と似たようなもので、火の魔法に使い魔とか式神とか使役魔法の概念を組み込んだ魔法なのだろう。

 僕がマリィさんの説明を噛み砕いている間にも、チリのように細かな火の粉は森の中を広がっていき、下した命令の結果なのか。マリィさんの手元に火の粉で形作られた小さな矢印を浮かび上がらせる。


「発見したみたいですね」


「こっちっすね」


 そう言って、移動しようとするマリィさんの動きを先取り、苔で覆われたデコボコの地面を起用に走り出すのは元春だ。あわよくば自分がカーバンクルを見つけてやろうという魂胆なのだろう。


「お待ちなさい!!」


 そんな元春の抜け駆けに声を荒らげるマリィさん。

 しかし、僕は慌てて追いかける必要は無いとマリィさんの肩を掴んで止める。

 何故かというとそれは――、


「元春。気をつけて、カーバンクルはテンクウノツカイとは違って攻撃をしてくるから――」


 僕が声を張り上げた瞬間だった。巨木の森を一条の赤い閃光が貫く。

 それから数秒、ついさっきまで僕達がいた場所に光の粒が出現し、光が収まったそこに元春が復活(リスポーン)する。

 そして、殺されたショックからだろう。しばらく呆然とした後、僕を見つけるなりこう言うのだ。


「つ、つーか、攻撃してくるなら先に言えっての。殺されるかと思ってビビっちまったじゃねーかよ」


「いや、実際、ここに復活(リスポーン)するってことは殺されてるから、ビックリくらいで済んでよかったと思うよ。半思念体とはいっても痛みはあるからね。一撃で倒されてなかったら酷いことになってたと思うから」


 このディストピア(世界)では死に戻りが出来るとはいっても、それ以外は現実世界と何も変わらない。ダメージを受ければそれは痛みとして帰ってくるし、例えば手足をビームで消し飛ばされたとしたら、当然、その場から動けることもできずに相手によっては嬲られるなんて事にもなり得かねないのだ。


「マジか……。そういう大事な事は先に言っておけよ」


 元春はこう言うが、目先のチャンスに駆られ忠告を聞く前に飛び出していったのは元春の方である。僕に文句を言われても困るというものだ。


「どっちにしてもあんなビームリスを捕まえるなんて無理ゲーだろ。やめやめ手に負えねーよ。俺は帰るぞ。つーか、どうやってここから出るんだ?」


この(・・)ディストピアには脱出用の転移魔法陣があるから、そこに立ってリタイアを宣言すれば帰れるよ」


 完成版(・・・)のディストピアには、各種ゲームのオプションのような設定が可能な魔法陣が用意されている。それを使えば簡単に脱出が出来るようになっている。


「んで、その転移魔法陣ってのはどこにあるんだ」


「ここから真っ直ぐ行ったところにあるんだけど――」


 僕が指を指すなり「んじゃ。先に店に言ってるぜ」シュタっと片手を上げて走り出す元春だったが、


「あの虎助――、あの方向ってカーバンクルの反応があった場所ではなかったかしら?」


「ですね。注意してって言おうと思ったんですが――」


 困った友人は都合のいいことしか聞いてくれないのがデフォルトである。

 まったく――と、肩を竦めながらもマリィさんの声に答えた数秒後、赤い閃光が森を貫き、スタート地点に元春が復活(リスポーン)したことは言うまでもないだろう。

 その後しばらくして、このカーバンクルのディストピアはマリィさんの〈愚者火(イグニスファトゥス)〉を利用した包囲網によって無事にクリアされることになるのだが、その間、元春がマルチゲームの寄生プレイヤーのようにスタート地点から動かなかったのは言うまでもないだろう。


 ◆◆◆おまけ◆◆◆


「なあ虎助、俺は今回のことで思ったよ。俺に必要なのは武器じゃなくて防具なんだって」


「そうだね。あそこがディストピアじゃなかったら元春は帰らぬ人になってたよ」


「そこで俺が考えたのがこのアイテム〈砂鉄の盾〉だ。ナノレベルの砂鉄を操ることによって、盾や剣やと俺を守ると同時に攻撃にも使える俺オリジナルの武器だ」


「形が自在に変えられる攻防一体の武器ですって、す、素晴らしい発想ですの。く、私としたことがこの発想に思い至らなかったなんて」


「いや、それってまんまNA――」


「おっと虎助、それ以上はマズイぞ。自重しろ」


「使う方がもっとマズイと思うんだけど」


「よくある能力なんだしよ。素材を変えて作れば問題ね~だろ」


「それなら最初から元ネタに寄せていかないでくれるかな」


「使いやすさを考えると結局こうなんだってばよ。んで、これ作れるのか作れねーのかどっちなんだよ」


「う~んどうだろ。今迄にこういう魔導器はなかったからね。オーナーに相談してみないと分からないけど、マリィさんの〈愚者火(イグニスファトゥス)〉に近い機能だから操るのが難しいと思うよ。それに、元春の場合、このアイテムを利用して肖像権とかポルノ法で捕まらないか心配だよ」


「大丈夫だ。そこは問題ない。バレないようにやるから」


「ぜんぜん安心できないよ」


「あの、先程から2人はいったい何の話をしていますの?」


「僕の世界の大人の事情です。まあ、取り敢えず、試作品を作ってもらっておくから出来上がってから考えようか」

愚者火(イグニスファトゥス)〉……周囲に存在する火の精霊に働きかけ、火の粉という実態によって簡単なお願いを叶えてもらうという火魔法。精霊魔法の技術も必要な為に見た目や効果に反してかなりの高等技術が必要。

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