魔剣売りの少女
その日、授業を終えた僕がいつものようにアヴァロン=エラに赴くと、店の前には武蔵坊弁慶かくや大量の刀剣類を背負った女の子が待っていた。
黒ローブという少々怪しげな風体をした小さな弁慶の隣には、チラチラと気にしている事が丸分かりな視線を飛ばす常連のお姫様がいるのだが、
「あの、お二方とも僕を待っていないで中に入ったらどうですか」
そもそも万屋は二十四時間営業。悲しいかな僕がいなくても、一緒くたにエレインと名付けられた赤銅色の小さなゴーレム達によって来客の対応はできている。
だから毎度のように外で待っている必要はなかったりするのだが、
「勘違いしないでくださいます。私は彼女が背負っていた剣が気になってここにいただけですの」
ぱっと聞く限り、マリィさんの主張はツンデレ風に聞こえてしまうのだが、それが、照れ隠しでもなんでもなく100%言葉の通りだということは、女の子が背負う武器に釘付けになるマリィさんの視線を辿るまでもなく確信できる。
「取り敢えず中に入りましょう」
「聞きなさい!」
だからと僕は初対面の常連二人にそう声を掛けて、子供をあやすようにマリィさんの続く金切り声を軽く受け流して万屋の中へ、
店番をしてくれていた緑色の小さなマスコットのベル君に「ありがとう」とねぎらいの言葉をかけて、定位置である上がり框に腰を据える。
そして、カウンター越しに声をかけるのは、フード付きの黒ローブをはおる褐色の肌の女の子だ。
「えと、いつも通り鑑定でいいでしょうか」
小さく頷いた少女は、その小さな背中に背負っていた刀剣類を乱雑にカウンターの上に乗せる。
それを見たマリィさんから「なんて乱暴に扱いますの」とでも言わんばかりの気配が放たれるのだが、見られていると気づいたのか、彼女はすぐにいつもの気品のある佇まいに直して言う。
「成程、この店の武具はこの子が仕入れてくださっていたのですね」
それはある意味で間違いでもないのだが、
「いえ、買取サービスですよ。入口の看板に書いてあるんですけど知りませんでした?」
「初耳ですわ」
実際『エクスカリバーあります』などの煽り文句と同様に、中古武器の買取は、ゲートのすぐ側に立つ巨人〈モルドレッド〉が脇の地面に突き立てる巨大剣にデカデカと表記されているのだが、政治的な理由から軟禁状態だとはいえ、その代わりにと小さい領地を与えられているお姫様にとっては目に入らない文章なのかもしれない。
そんなマリィさんの事情を頭の片隅で思い出しながらも僕は仕事をこなすべく、カウンターの中から宝石商などが使うような片眼鏡とゴツい黒鉄のガントレットを取り出し、テキパキと査定の準備を進めていく。
と、査定を始める前に一応注意を入れておいたほうがいいかもしれないな。
「あの、マリィさんは剣に触らないでくださいね」
「どうしてですの?」
珍しくした注意喚起にマリィさんから向けられる非難の視線を受けて、僕はたじろぎながらもその理由を告げる。
「多分になりますけど、ここにあるのは全部魔剣だと思いますので」
「ここにあるのが全て魔剣?
この子はいったい何者ですの!?」
魔剣というのは呪われた剣の事。
予想だにしない回答に、一瞬空白にとらわれてしまったマリィさんだったが、持ち前の好奇心ですぐに再起動。すぐに質問を重ねてくる。
そんな質問に僕は、当然の疑問だろうと答えてあげようとするのだが、大量の魔剣は重かったのだろう。カウンターにしがみつく黒ローブの女の子から、早くとばかりの控えめな視線の催促をされては逆らえまい。
僕はカウンターから顔を半分覗かせる女の子に「分かりました」と微笑んだ上で、マリィさんには「説明は後ほど――」と断りを入れて鑑定に入る。
とはいっても、一介の高校生でしかない僕に刀剣類の価値を計るほどの鑑定眼など備わっていない。
だが、魔法的な力が常識的に存在する世界には、そんな熟練の技をも可能とする秘密兵器が存在する。
それがカウンターの引き出しから取り出したこの片眼鏡。
〈金龍の眼〉などと大仰な名前がつけられているこの片眼鏡は、魔法的な特殊加工が施されたレンズを通し対象を観察することで、そのアイテムを構成する素材や宿る魔素と呼ばれる自然エネルギーを分析、アイテム自身に刻まれた膨大な量の情報から、おおよその能力価値を計算できるという優れものなのだ。
そして、もう一つ取り出した黒鉄のガントレットは〈魔剣士の籠手〉といって、装備者の内在魔力の消費と引き換えに、一定時間、魔剣の呪いに抵抗することが出来る特殊装備となっている。
僕はこれらアイテムの力を借りて万屋の買取業務をこなしている。
そして、その扱いにもすっかり慣れたもので、手際よく鑑定を進めていくと、
やはりと言うべきか、黒ローブ少女が持ってきた刀剣類は、その殆どが強力な呪いの効果を持ったものばかりだった。
全ての鑑定を終えた僕はふぅと重い溜息を吐き出し、その結果を黒ローブの少女に伝える。
「最初に、全部を本当の価値で買い取るのは無理かと思います……。
残念ながらウチはあまり武器を扱わないようにしていますし、魔剣は使う人が少ないですからね。
オーナーもあまり在庫は抱えられないと言ってますので、引き取るのは二本くらいでよろしいでしょうか?」
僕からしてみたら、それは心苦しくも少し厳しいかと考えていた査定結果だったのだが、彼女は今迄の傾向からその結果も予想していたのだろう。すんなり受諾。
続いての「どれくらいになる?」という買取額を訊ねる声に、
「これとこれの二本で二十ゴールドということでどうでしょう?」
僕は綺麗に並べ直された中から二本の大剣を選び出して値段をつける。
万屋は訪れる客層と代理店長である僕の方針として、買い取り武器は主に退魔獣用の武器が基本としている。
場所柄、すぐに入用となる武器が対魔獣ようである場合が多いという理由もあるのだが、なによりも、僕が人を殺す為の武器をあまり扱いたくないからだ。
とはいえ、僕もそんな自分の考えがただの気休めに過ぎないということなど知っている。
たとえ僕が人を殺せる武器を売りたくないと思っても、魔獣用の武器だけを限定して売りに出したとしても、人に使えないことはないのだから。
だが、それでも、ほんの些細な自分の我儘を貫き通し、なるべく人に使われない武器を選定しようとなると、どうしても扱える武器の種類が限られてしまうのだ。
しかし、そんな査定に異を唱える人物がいた。
マリィさんだ。
ただしその文句は僕の主義に対するものでなく、純粋に武器の価値を慮ったものだった。
「二十ゴールド。これだけの業物の買取額がたった二十ゴールドですの!?」
マリィさんはそう言って驚くが、二十ゴールドというと金貨二十枚。僕の世界における価値に直すと、時価にもよるのだが二百万円くらい価値になるものだ。
加えて各世界から集まる金貨の中には、何故か、かつて地球で出回った希少な金貨と共通するデザインのものがあるらしく、(年代測定などの問題もあるのだが)それを加味して考えるのなら更に一桁価値があがったりもするというのは、冒険家を生業にする義父の話である。
と、そんな買い取りには直接関係ない金貨に関するアレコレはともかく、マリィさんの異議は武器マニアの視点からのものであり、僕としては万屋オーナーが定めた査定に従うしかないのだが、
「そもそも魔剣というものは一癖も二癖もあるものばかりですからね。これなんて、何発かに一発は自分の攻撃が跳ね返ってくるなんてものですし、そんな危険な装備を好んで使う人なんてあまりいないでしょう。だからどうしても価格が低くなってしまうんですよ」
「斬撃が返ってくるだなんて、その片眼鏡は見ただけでそんな事まで分かってしまいますの?」
漆黒の篭手を嵌めた方の手で黒大剣を掴みあげた僕は「ですね」と苦笑混じりに答えつつ、本来の交渉相手である黒ローブの女の子に提案する。
「でも、オーナーから残りの魔剣を素材として扱わせてくれるのなら、金貨十枚くらいなら追加してもいいと言われていますが、どうします?」
それを聞いたマリィさんは「なんて勿体無い――」と文句を言いかけるも、女の子の方はあっさりとしたもので、
「この前のやつが買えるならそれでいい」
「充分過ぎますよ。
というか、金貨が一枚でもあれば一式揃えられますから。
でなんですけど。その、今度カタログ代わりに専門誌とか何冊か持ってきた方がいいですか?」
続けての問い掛けに、きゅるり紫の瞳の奥に期待に満ちた輝きを作った女の子は僕の手を取り頷くと、
「お願い。また来る」
端的な言葉を残して颯爽と去って征く。
と、そんな女の子の背中を見えなくなるまで見送ったマリィさんは、ダンとカウンターに手を突いて、その重量感溢れる胸部パーツで威嚇するように聞いて来る。
「いろいろ聞きたいことはありますけれど、まず、あの子はいったい何者ですの?」
確かにあれだけの武器を持ち込む女の子となれば、武器マニアのマリィさんでなくとも気になるというものだ。
眉を立て、怒っているように見えるその表情に、やっぱり買取価格が気に入らなかったんだろうなあ。そう思いながらも、同じ常連同士また出会うこともあるだろう。今まで対面することのなかった奇跡に「驚かないで下さいね」と前置きしながらも、僕は彼女の素性をマリィさんに告げる。
「えっと、本人の弁によると、どこかの世界で魔王なんて呼ばれているそうです」
自信なさげに伝えられた女の子の素性に、マリィさんの喉の奥でヒュッと微かな風切り音が鳴らされる。
ファンタジーが跋扈するこの世界で【魔王】と呼ばれる存在は、絶対的な恐怖の象徴なのだと聞く、当然の反応だろう。
そうして暫く立ち尽くしたマリィさんは、南の方角、移動魔法の儀式場であるストーンサークルの上空から光の残滓が消え去るのを確認、溜まりに溜まった空気をほぅっと吐き出し口を開く。
「人は見かけによらないといいますが、まさか魔王様だったとは驚きましたの」
信じて貰えそうにないと思われた話だったが、そこはマリィさんなりに何か納得できる材料があったのだろう。確信を持った響きに僕は意外感を覚えながらも、
「そんなに緊張する事はないですよ。普通に良い方ですから」
魔王に対して良い人と評価するのはどこか矛盾しているようにも聞こえるけど、それが真実なのだからしょうがない。
「それに、ああ見えて魔王様は苦労人らしいですから。
なんでも『自分はハーフエルフだから』だそうですが……」
本人からしてみたら辛い過去だっただろう。赤の他人である僕がそれを伝えるのはどうかと思ったのだが、ただ魔王という役職に付いているというだけで、だたハーフエルフという人種というだけで、忌避感を向けられるのは違うような気がする。
この傍若無人なお姫様なら分かってくれるかもしれない。そう思い語った少女の事情は、とある理由で所属する国を失ったマリィさんにとっても心当たりがあるものだったのかもしれない。
普段あまり見せない沈んだ表情でこう呟く。
「不憫と言ったら失礼になるのかしら」
「どうでしょうね」
重苦しい沈黙が場を支配するのを嫌い、僕が間を開けずに言葉を続ける。
「因みにマリィさんの世界には魔王って呼ばれる人がいるんですか?」
マリィさん方もそんな僕の意図を察してくれたみたいだ。無理やり微笑を浮かべて、気遣いという強引な話題転換に乗っかってきてくれる。
「たしかそんな二つ名を持っている公爵がいましたの。
少女を連れ去りおもちゃにするような男らしく、粛清されたと聞きましたが、これでは魔王というよりただの鬼畜ですわね。
だから、本物が実際に存在するのかは謎ですの。
どこかダンジョンに封印されているなどという伝説もありますが、虎助の世界ではどうなってますの」
だが、その話題の最中、語るだけでも汚らわしいと気分が下降線を辿っていったのは、話にあるその公爵が本当に最悪の人物だったからだろう。
「僕等の世界ではそういうのはないですね。
魔素が薄いということで魔物らしい魔物もいませんし、でもマリィさんの言ったみたいな人であれば戦国武将――いえ、昔の偉い人に、第六天魔王なんて呼ばれた人がいたそうですよ。
逆らう人には容赦なく、苛烈を極める仕打ちをした人らしいですが、その半面、思想を同じくする人達からは熱狂的な支持を受けた人だったみだいです。
まあ、最後は部下の人に裏切られちゃたらしいんですけどね」
失敗だったかと若干焦り気味に話題を引き継いだ日本史の授業に、「随分と違いますのね」マリィさんは再び窓の外、ゲートへ視線を飛ばして、
「彼女はどんな魔王様なのかしら?」
「どうなんでしょうか。これは本人に聞いたのではなく、その関係者から聞いた話になるのですが、彼女――魔王様が魔王と呼ばれるのは不条理とのことです」
しかし、はじめての紹介が魔王ということで、僕は魔王様と敬意を込めて呼ばせてもらって入るが……。
「そうですの。けれど虎助は落ち着いていますのね」
魔法という概念を持つ世界の人間にとって、魔王という存在が畏怖の対象だということは僕でも知っていることだ。
どうしてそこまで冷静に対応できるのかと怪訝な目を向けてくるマリィさんに、僕は普段と変わらぬ笑顔でこう答える。
「いえ、彼女が本当に悪逆非道な魔王様なら、わざわざ魔剣なんかを売りに来なくてもお金なんて腐るほど手に入るでしょう」
「言われてみれば虎助の言う通りですの」
不意を突かれたようにそう零したマリィさんは、そこでふと魔王自らがわざわざこんな辺境のような場所にある店までやってきて、何を手に入れようとしているのか知りたくなったのか、訊ねてくる。
「魔王様は魔剣を換金してまで何をご所望でしたの?」
「テレビゲームですね」
「テレビゲームとはどのようなものですの?」
「これもちょっと説明が難しいですから……そうですね。魔王様にも頼まれていますから、今度いくつかサンプルになりそうなものを持ってきますよ」
曰く、のんびり屋の魔王様の日常はわりと暇だったりするらしい。
たったの一週間でキーホルダー型のテト○スが電池切れを起こすくらいには……。
◆用語解説
【魔王】……魔を統べるとされる者に送られる実績。
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