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日本人のお客様

 始業式当日の午後、

 突発的な消火活動によって、ちょっとした事情聴取と先生たちからお叱りを受けることになり、家に帰るのが遅くなってしまったその日、お昼を少し回った時間に出勤すると珍しくゲートのところでエレイン君が待ち構えており、聞けばお店で賢者様が待っているとのことである。


 こんな時間からなにか急用かな?


 珍しいこともあるものだと早足で店に向かって、挨拶もそこそこに、カウンター横の応対スペースでどこかソワソワしていた賢者様に要件を聞いたところ、どうも本日、ちょっとワケアリで女性が二人、なんとウチ(万屋)が提供した迷いの結界を乗り越えて、賢者様の研究室がある山奥に逃げ込んできたという。

 そして、その女性の片割れがなんというかまた――、


「日本人ですか?」


「あくまで本人談なんだがな」


 成程、それで僕にですか。


「でだ。ここに連れてきてもいいかって話なんだが――」


「構いませんよ」


「いいのか?」


「はい」


 そもそもここには、盗賊はおろか、魔獣に龍種、はては悪魔に神獣なんかがやってくる。

 今さら多少ワケアリの人間が来たところでどうということはないと、そう言ったところ、賢者様はすぐにあちらの世界へ連絡。

 そして、待つこと五分程して、なぜかコソコソとホリルさんが連れてきてくれたのは、中学生くらいかな。日本人形のような黒髪の女の子だった。


「はじめまして、わたし、安室玲。よろしく」


「こちらこそ、間宮虎助と申します。よろしくお願いします安室さん」


 安室さんの自己紹介に同じく自己紹介を付け加え頭を下げる僕。

 しかし、顔を上げると彼女は何故か不満顔で、


「なにか言う事とかないの?」


 と、言われましても――、

 いや、心当たりがあるとするなら、


「その名前は本名ですかとか聞いた方がよかったですか?」


 冗談を言っている風でもなかったので、そこはさらりと流したんだけど、彼女としては自分の名前を聞いた僕の反応が欲しかったみたいだ。


「本当に日本人なんだ」


 安室さんはホッとしたようにそう呟き。


「それでどうしてここに?」


「召喚先から逃げ出したからよ」


「召喚先、ですか?」


「そう、放課後に学校にいたらいきなり召喚されたの。

 それでなんか聖女様がどうのこうのって祭り上げられちゃって、結構面倒なことになってたんだけど。

 ある時、わたしを助けてくれた人がいてね。

 その人の占いっていうかなんていうか、いろいろあったんだけど、最終的にここに辿り着いたってワケ」


 彼女が日本人だということで、いろいろと想像はしていたんだけど、またベタなシチュエーションだな。

 しかし、実際そんなことが起こるなんて、元春がここにいたなら密かに大興奮していたんじゃないかな。

 ただ、売らないっていうのはなんなんだ?

 なんか最後の方の説明がかなり端折られていたので、そこのところの説明が欲しいのだけれど、その前に一つ。


「その、他に誰か召喚された人とかはいないんですか」


「残念ながらわたし一人よ。

 ……悪い?」


 と、どうやらこっちの質問は地雷だったみたいだ。

 教室にいたらいきなり召喚されたと聞いたので、小説なんかにあるような集団転移の可能性を疑ったんだけど、彼女は一人で召喚されたみたいだ。

 ソニアの研究の為に召喚時の経緯なんかの話を軸に詳しく聞きたかったんだけど、いきなり質問を間違えちゃったかな。

 と、安室さんの有無を言わせないような切り返しに、僕がどうやって会話を立て直そうかと悩んでいると、ここで安室さんからの逆質問が――、


「そ、そんなことよりもあんたはどうなのよ」


「どうといわれても、僕の場合はどうなるんでしょう」


 僕の場合、異世界転移というジャンルには当て嵌まるんだろうけど、彼女のそれとは少しジャンルが違うというかなんというか――、


「そうですね。こういう小説を呼んだことがありませんか。

 ある日、クローゼットの扉を開けたら異世界に繋がってたとかそういう物語とか」


 こっちは海外のファンタジー小説なんかにありがちなパターンかな。

 まあ、僕の場合、このアヴァロン=エラに来るまでにも、義父さん経由でビッグフット(そにあ)と遭遇したり、政府組織やらなんやらのゴタゴタに巻き込まれたなんてことがあったりもしたわけだけど……。


「ちょっと待って、もしかしてそこの扉がそうなの?」


 と、これは僕の説明と目線の向け方が悪かったかな。

 期待の眼差しをカウンターのすぐ横にある扉に目を向けている安室さんには申し訳ないのだが、その扉の先にあるのはただの訓練場。


「すみません。正確にはもう少し複雑で――」


 なので、ここは期待を裏切ってしまったことを謝るべく、素直に頭を下げて、ここがどういう世界なのか、そして、ここにあるゲートがどういう仕様なのかを説明したところ、安室さんのテンションが目に見えて急降下。


「……それじゃ、わたしは帰れないってこと?」


「僕も専門家ではありませんので、やってみなければなんともとしか言えませんが、

 いまのまま(・・・・・)では難しいかと」


 しかし、安室さんの場合、異世界への移動手段が移動手段なので、やってみなければわからない。

 なので、ものは試しだと、一度ゲートに戻って実際に転移をしてもらってみたのだが、

 結果は戻ってきた彼女の表情を見れば言わずもがなか。


「その様子だと帰れなかったみたいですね」


「元の場所に戻っただけだったわ」


 その場にへたり込んでしまう安室さん。

 ゲートの仕様を考えると、それは当然の結果であるのだが、僅かながらも希望を持たせてしまっただけに、そのショックは大きかったみたいだ。

 ただ、いつまでもゲートの前に居座ってもらっても危ないだけなので、安室さんには悪いけど、ちょっと無理やり、エレイン君に運んでもらう形で場所を万屋に移し、とりあえず何かのヒントになればと、改めて召喚された状況や理由などを詳しく聞き出してみたところ、どうも安室さんをその世界に召喚したのは、以前、賢者様を拉致した神秘教会だったみたいで――、

 その召喚の理由がまたなんといったらいいものか、信者の信仰を集める為という実にくだらない理由らしく。


 ちなみに、どうしてそんな理由で召喚が行われたのかと言うと、安室さん本人も召喚されたという立ち位置から詳しく聞かされたワケでもないらしいのだが、彼女が向こうで漏れ聞いた話をまとめると、おおよそこんな感じになるようだ。


 曰く、安室さんの召喚をすると言い出したのはなんらかの失態を犯した神秘教会の幹部らしい。

 曰く、その幹部が落ちた名誉を挽回すべく聖女召喚の儀を執り行ったらしい。

 曰く、聖女召喚の儀は、かつて神秘教会で執り行われ、世界の危機を救うきっかけとなったものらしい。


 ちなみに、それによって呼び出された安室さんは、召喚を執り行った幹部の権威を取り戻すために、信者の見張り付きでいろいろな場所へと連れ回され、信仰のシンボルとして使われていたそうな。


 なんだろう。その迷惑極まりない異世界召喚は……。


 ただ、ある時、そんな聖女巡業(ドナドナ)の移動中、彼女が乗る車列を謎の美女が襲撃。

 安室さんはその人に連れ去れれる形で教団から脱出。

 その後、安室さんは自分を連れ去った謎の美女――本人いわく、その世界で『北限の魔女姫』なる高名な魔法使いの女性――の弟子のような立場になって、神秘教会の追手を躱すように各地を放浪。

 本日この万屋まで辿り着いたのだという。


 なんか、ここまでの話を聞く限り、そこはかとなく賢者様の一件が影響しているような気がするんだけど。

 安室さんの召喚の時期なんかを考えるに、微妙に賢者様の拉致事件とは時期がズレるから、完全にはその所為ってことじゃないのかな。


 と、いくつか気になる点はあるのだが、彼女の事情をおおよそ把握したところで、


「大変だったんですね。協力できることがあるならしますから」


「なにが出来るっていうのよ」


 事情が事情ということで協力を惜しまないと声をかけたところ、安室さんがヒステリックにそう叫ぶ。

 まあ、帰れるかもしれないという希望から一転して落とされただけに、感情的になってしまうのも仕方がない。

 ただ、彼女の望みは僕達の――いや、ソニアの研究の根幹に繋がるものでもある。

 なので、言い方は悪くなってしまうのだが、異世界転移に関するヒントとしても、できればここで彼女の協力を取り付けたい。

 だから――、


「実は僕達も転移魔法を調べていまして、それが完成すれば安室さんも地球に戻れるかもしれません」


「……それ、本当?」


 まずは甘い蜜で気を引いて、


「まだまだ研究段階なんですけどね。それでもよろしければご協力をお願いできますか」


 しかし、まだまだ研究段階というところが重要である。

 出来ないことを出来ると言っても、後で信頼を損ねるだけだからと、あらかじめハッキリと言っておく。


「構わないわ。そもそもどうやって戻るかなんて師匠にだってわからないんだから」


 しかし、安室さんはこれに食い気味にすがりついてくる。

 かなり切羽詰まってたみたいだね。

 まあ、安室さんの話を聞く限り、彼女を助けてくれた北限の魔女姫なる女性も、異世界人の召喚魔法を調べていたみたいだけど――実は安室さんを連れ去ったのもその一環だったみたい――安室さんを連れ去ったことで、その人も神秘教会から追われる身となり、まともに研究ができなくなってたみたいだからね。


『ふぅん、ちょっとその『北限の魔女姫』って人に会ってみたいね』


 と、ここでさりげなくメッセージを飛ばしてくるのは勿論ソニアだ。

 ただ、そのリクエストに答える前に――、


「そういえば日本での安室さんの扱いはどうなっているんでしょう」


「なに、急にどうしたのよ――」


「いえ、安室さんが向こうに召喚されたのが一年以上前ですよね。

 その間、日本ではどういう状況になっているのか気になりまして」


 異世界に召喚された安室さんは、地球側からしてみると誘拐にあったようなものである。

 しかも、その原因が魔法的なものだということで、まさしく神隠しのごとく学校からふっと消えてなくなるように行方不明になっただ。

 そんなミステリーのような話ならニュースになっていてもおかしくないと思うんだけど、僕はそういうニュースに心当たりがない。

 だとしたら、現在、地球側で安室さんの扱いはどうなっているんだろう。

 と、そんな疑問は安室さんも気になっていたようで、僕の話を聞いた安室さんは、


「ちょっと待って、あんたがいる地球はいま何年?

 あと、いくつか聞きたいことがあるんだけど」


「ああ、そういうことですか」


 転移モノにおいて、相互の世界で時間のズレというものが存在するというのはよくあるパターンだ。

 そして、似ているようでまったく別の世界から転移してきたというのもよくあるパターンで、

 安室さんは自分がそういった状況に陥っているのではと考えたようである。

 だから、ここで僕と安室さんとで認識のズレがないかと、基本的な歴史などの問題から、転移した当時流行っていた歌手や芸人など、わかりやすい時事ネタから、後は極々ローカルな話題などをチェック。

 すると、僕が暮らしている日本と安室さんが暮らしていた日本がほぼ同一ともいっていいことが判明。

 ただ、そうなると、もともとの疑問である、安室さんが行方不明になった件が表面化していない理由は何なのか。


「考えられるとしたら、単に公開捜査になっていないとか」


「でも、わたしが向こうにいって一年は経ってるわよ」


 さすがにそれだけの期間、行方不明になっているとなると、通常、公開捜査になっているハズだ。


「ご家族が止めている可能性は?」


「無いわね。特に今はわたしとお姉ちゃんとの二人暮らしだから、むしろ積極的に探すと思う」


 お姉ちゃんと二人暮らしという点は気になるが、それはプライベートなことなので、この疑問は後でそれとなく聞いてみるとして、


「警察関係者に知り合いがいますので探りを入れることはできますけど」


「それなら、直接お姉ちゃんに聞いた方が早いんじゃない」


 たしかに、それができれば簡単なんだけど。


「場合が場合ですので、ご家族に話を聞くにしても、この状況をどうやって信じてもらうかですよね」


「そうよね」


「ん、そりゃ、どういうこった?」


「いえ、さっきも言いましたが彼女は一年以上も行方不明になっているんですよ」


 いまのところ、安室さんの転移は、なにか事件のようなことにはなっていないみたいだけど、それは表面上認識されていないだけかもしれない。

 最悪、調べていく内に誘拐犯として疑われてしまうのではと、そんな懸念を説明したところ、賢者様もホリルさんも「ああ――」と一旦は納得したように手を叩くも、すぐに「いや待てよ」と腕組みをして、


「それって普通に魔法窓(ウィンドウ)を使って嬢ちゃんに説得してもらえばいいんじゃないのか」


「そうよね。この子、本人がちゃんといるって事を教えてあげればいいだけだものね」


 たしかに、それなら今の安室さんの状況も伝えられて一石二鳥かな。

 ただ、なんの前置きもなく、いきなり魔法窓(ウィンドウ)を見せてもビックリさせてしまうだけなので、

 ここは本人との電話とかそういうワンクッションを挟んだ方がいいのかな。

 と、僕が安室さんのご家族に接触する方法を考えていると、安室さんは賢者様との話の途中で出てきた魔法窓(ウィンドウ)そのものが気になったらしく。


「ねぇ。ウィンドウって何?」


「こういうものですけど、これを使えば、異世界とのやり取りができまして」


 素直に聞いてくる安室さんに、僕は『百聞は一見にしかず――』と、ちょうどソニアから不可視の状態で送られてきていた魔法窓(ウィンドウ)を安室さんにも見えるようにしたところ、安室さんは「なにそれ、バーチャル?」といいリアクションで驚いて。


「ウチで開発した魔法システムのようなものですか。簡単に説明しますと未来のパソコンを魔法技術で再現したとか、そんな感じでしょうか」


 しかし、今更だけど、賢者様のところなら魔導パソコンも普通に存在しているから、安室さんがこういう技術に触れていてもおかしくはないと思うんだけど。

 この辺の知識不足はずっと逃亡生活だったのが関係しているのかな。


「それって、わたしでも使えるの?」


「そこのメモリーカードさえ購入してさえいただければ誰でも使えますよ。一枚お譲りしましょうか」


「いいの?」


「高いものでもありませんし」


 その後、何度か話を脱線させつつ打ち合わせは続き。

 とりあえず、後日、僕が安室さんのご家族に接触して、そこが戻る世界であることを確認することが決定するのだった。

◆次回投稿は水曜日の予定です。

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