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避難訓練

 九月一日、その日は二学期の始業式であり、防災の日でもある。

 当然、僕達の通う物見高校でも大々的な避難訓練が行われるわけで、今まさに校内に鳴り響いたベルの音を合図にグラウンドへの避難をしている最中なのだが、こういった移動の際に不真面目な生徒が出るのはよくあることで、というか、元春以下、友人一同がその不真面目な生徒の一部であるのだが、

 階段の合流地点で渋滞でも起きているのか、まったく進まない生徒の列に、僕の友人達はつまらなそうに近くの壁にもたれかかりながら、またいつもの愚にもつかない話をしていた。


「避難訓練って毎年やる必要あるん」


「だよな」


「みんな静かに移動しないと怒られるよ」


「真面目か?」


「真面目不真面目の問題じゃなくて、こういう定期的な訓練は重要なんだから、真面目にやっておいた方がいいと思うよ」


 万が一の備えは日頃の心構えが肝心である。

 母さんの訓練を受けている元春達ならわかってくれると思うんだけど――と、そんな声をかける僕に、元春はもたれかかっていた窓の外をどこぞのアニメ会社レベルの首の角度で見下ろしながら。


「でもよ。俺らの場合、デッケー地震とかあっても、普通に窓から飛び降りた方が早いだろ」


「だよなあ」


「いやいや、お前ら、なに言ってんだよ。ここ三階だぞ」


 たしかに普通に考えると高橋君の言う通りだけど、これに関しては、昔からの付き合いの友達なら、少なからず母さんの訓練を受けている。

 だから、校舎の二階三階から外に脱出することなんて、ちょっとしたアスレチックに挑むくらいに簡単に出来るわけで、


「でも、いざという時に僕達だけ先に逃げたってなると後で絶対面倒なことになるよね」


「って、俺の意見は無視?」


「いや、お前もイズナさんに会えば俺らの言ってる意味がわかるようになるって」


「会えばわかるってどんな人だよ。それ」


 高校からの付き合いで、まだ母さんに会ったことがない高橋君が母さんという理不尽な存在に困惑する一方で、その他、友人達からしてみるとそれは常識ともいえる事実であり、高橋君の驚きと疑問を特に気に留めることもなく。


「んで、虎助のいう面倒って?」


「ほれ、マスゴミとか、そういうのがうじゃうじゃ来るんじゃね」


「ああ――」


 個人的にはそれもちょっと違うような気もするけど、水野君が言うこともあながち間違いということでもなく。

 ただ、そんな話は僕達学生にとっては近いようで遠い話であり。

 と、ここで元春がまた話の流れに関連しているのかいないのか、くだらないアイデアが閃いたみたいだ。絵に書いたようないやらしい表情を浮かべたかと思いきや、コソコソと悪巧みをするようにみんなを集め。


「てか、そういうことならよ。俺らがおぶって下に降りてもいいんじゃね。

 ――女子とか?」


「成程、そうすりゃ俺らはヒーロー。

 しかも、やってる時は背中におっぱいの感触でウハウハって感じか」


「お前、天才か!?」


 たっぷりと間を開けた元春のアイデアに無駄に喜びの声を上げる水野君と関口君。

 だけど、それを『天才か』と言い切ってしまうのはどうなんだろう。

 僕からしてみると『馬鹿(ボク)が考えたもっとも冴えたやり方』とかそんな感じのアイデアでしかないんだけど。


「けど、そんなん素人にゃ無理だろ」


「イズナさんの地獄の特訓を切り抜けた俺らならできる」


「ああ――」


「だから、そのイズナさんってのはなんなんだよ」


「そりゃ――」


 『理不尽の権化です――』と、元春達がおバカで下世話な話で盛り上がっていたところ、ここでクラスメイトをかき分けるようにやってくる女子が一人。


「なに馬鹿なこと言って盛り上がってるのよアンタ達」


「「「委員長」」」


「副委員長でしょ。

 そんなことよりもアンタ達、騒いでないでちゃんと歩きなさいよ」


 ほら、怒られた。

 ちなみに、いま元春達に注意をしているのは我がクラスの副委員長であられる中谷さん。

 【委員長】とか、そういう付与実績でももっているのか、副委員長であるにもかかわらず、クラス委員長である谷君よりも委員長らしいということで、みんなから親しみを込めて『委員長』と呼ばれている才女である。


「いやいや、でもさ委員長、騒いでるのは俺らだけじゃないっしょ」


「そそ、他のヤツ等も話してんじゃん」


「アンタ達が特別うるさいのよ。それに一人でも不真面目な人が増えると、それだけ進まなくなるのよ」


 よくよく考えてみると、中谷さんの指摘もやや理不尽なような気もするのだが、そこは元春たちの日頃の行いが悪いということで、

 とにかく、ここで立ち止まっていては、今度は僕達まで先生に注意を受けかねないからと、ここは僕がと仲裁に入ろうとするのだが、いざ二人を止めようと窓際に近づいたその時、僕の鼻が微かな異臭を嗅ぎつける。


「ん、ちょっとみんな、なんか臭わない?」


「そっか? 別に変な臭いとかはしねーぞ」


 特の問いかけに素直にもすんすんと鼻を鳴らしてくれる友人一同と中谷さん。

 しかし、みんなには特に変わった臭いを嗅ぎ取れないようだ。

 ただ、ここで元春がまたなにかくだらないことを思いついたらしく、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ。


「もしかして委員長やらかした」


 おっと、また何を言い出すんだこの馬鹿は――、

 さすがにそれは最悪だと周囲の人間が青い顔する中、呑気な顔の元春が中谷さんの背後に回り込み、セクハラまがいに臭いを嗅ごうと身を屈めるのだが、その瞬間――、


「あんたね――」


 腰のひねりをよく利かせた中谷さんのフックが元春の肝臓(リバー)をジャストミート。

 こうなってしまっては実績の強化など関係ない。

 くの字に折れ曲がった元春が呻き声をあげながら膝から崩れ落ち。

 その一連のやり取りを見ていた周囲の女子から冷たい眼差しを向けられるまでがワンセット。


 と、毎度のオチがついたところで話題を元に戻して、


「そうじゃなくて、なんかコゲ臭くない?」


「焦げ臭いって、そりゃ消防の人が準備とかしてんじゃね。

 この後、火ぃ消す訓練とかやんだろ。

 その準備とかしてんじゃね」


 言われてみるとそうなのかもしれない。

 ただ、いま僕が感じている臭いは灯油とか燃やしたものとは少し違っていて、もっとケミカルな――、

 と、僕が残った違和感を口にしようかどうしようか迷っていたところ、ここで元春が驚異的な回復力で復活。


「つか、お前ら、委員長に殴られた、いたいけな俺を無視ってどゆこと?」


 わざとらしく目を潤ませながら自らの被害を訴えてくるのだが、


「「「「それはいつものことでしょ(だろ)」」」」


 その訴えは、この場にいる全員から異口同音に切り捨てられ。

 元春が『よよよ――』とわざとらしく廊下の窓により掛かったところで、何かに気付いたのか、「なあ」と真顔で振り向いきながら窓から指をさすのは、学校の西門のすぐ脇にある職員用の駐車場。


「あそこ、駐車場んとこ煙が出てね」


「また、アンタは誤魔化さないの」


 狙ったようにそんな言い出した元春に肩をすくめる中谷さん。

 しかし、元春は至って真面目な顔をして、


「いや、マジだって、見てくれよ、駐車場んとこ、どっから出てんだアレ」


「本当かしら」


「本当だって、信じてくれってば、

 あそこ、あそこ、細い煙が出てんじゃん」


「え、冗談じゃなくて、ちょっと本当に?」


 妙に必死な元春の呼びかけに、言われるがまま窓の外に目を向ける中谷さん。

 と、ここでようやく彼女も元春の言う異変に気付いたようだ。

 そう、元春は嘘をついていなかったのだ。

 その煙はまだ極々薄く、よく見なければ気付かないようなものであるが、ちゃんと目を凝らしてみれば気付くことが出来るほどの煙で、

 副委員長であられる中谷さんまでもが元春と同じようなことを言い出したとなると、その話にも信憑性が出てくるというものである。

 みんな一斉に窓の外に目を向け。


「おい。あの白い車ん中見てみろよ。煙で真っ黒だぜ」


「え、あっ、ホントだ」


 チラホラと煙の発生源を見つける人が出始めると、そのざわめきは徐々に周囲へと広がり。


「ちょっと、あれ、マズくない?」


「普通に火事じゃん」


「どうすりゃいいんだ」


 これはちょっとマズイ流れかもね。

 明らかにざわつき始めた周囲の状況に、そう思った僕は、


「中谷さん、これ先生に報告した方がいいんじゃない」


「え、あ、そうね。わかった。先生に言ってくる」


 いつも冷静な副委員長である中谷さんに声をかけて先生への報告を頼むのだが、廊下はさっき元春が指摘したようになかなか進めるような状況ではなく。

 ここまでの状況を理解している周りのクラスメイトは協力的に道を開けてくれるものの、少し離れると、逆にこの騒ぎが先生のところへ向かう中谷さんの進路を妨害してしまっているようで、

 このままだと中谷さんが先生のところまで辿り着く前に大きな火事になってしまうかもしれないのでと、徐々に吐き出す煙の色を濃くする車の様子に、僕はここは仕方がないと。


「水野君と関口君で佐々木さんのフォローしてくれるかな」


「「おうっ」」


 中学校から付き合いがある二人の友人に中谷さんを任せて、問題の車にもう一度目をやると、


「元春はこっちから僕と消火に向かうよ」


「間宮君、こっちって――」


 元春にかけた声に反応したのはクラスメイトの森さんだ。

 先生に報告しようとしている佐々木さんですら、まともに進めていないのにどこに行くかと心配してくれているようだが――それに対する回答は、元春がついさっき言ってた通りで、


 僕と元春は躊躇うことなく、校舎三階の窓から身を乗り出すと、その下にあるひさしを伝って下へと降りていく。

 まあ、いまの僕達なら、そのまま下まで飛び降りたところで怪我一つないと思うんだけど――まあ、元春は無傷とはいかないか――さすがにそれは、あまりに人間離れした所業なので、多少タイムロスになってしまうけど、数秒かけて校舎のひさしを足場に校舎を一気に駆け下りて。


「おい、お前ら、なにやってる」


 いざ、校舎前に横たわるアスファルトの私道まで降りたところで、正面玄関で生徒の誘導にあたっていた先生に見つかってしまったようだ。

 ただ、ここで本当に火事が起きていることを大声で知らせてしまうと、現在、避難中の生徒がパニックになってしまうかもしれないからと、僕は密かにアクアとオニキスを召喚。

 影をを伝って先生に僕の声を届けてと、オニキスを自分の影の中に沈めるたところで、アクアをポケットに避難させ、先生の声を無視するように火災の現場である職員用の駐車場に向かって走り出す。


「消火器ってどこにあったっけ?」


「たしか体育館(たいくかん)の入り口ら辺に一個づつなかったか?」


「なら元春は奥の方の消火器を持ってきてくれない。僕はすぐのところにある消火器を回収してそのまま現場に向かうから」


「応よ」


 元春と分担して付近の消火器を回収。

 いざ煙で車中が真っ黒になった車の前に辿り着く頃には、先生もようやくこの事態を把握してくれたみたいだ。

 避難訓練の対応をどこかの学年のクラス委員長にだろうか、数人の生徒に任せてこちらに走ってくる途中で、

 ただ、ここで先生を待っていても仕方がないので、すぐに消火作業に入るべく、回収した消火器の底をハンマー代わりに助手席側の窓を叩き割ると、そのまま消火器を使おうとするのだが、

 いざ消火器を使おうとしたところで、割った窓から消火活動を邪魔するように黒煙が吹き出してくる。

 僕はその黒煙から逃れるように数歩後ろに下がると、火がこれ以上燃え広がらないようにアクアに車周辺の湿度調節をお願い、あらためて消火剤を噴射。

 手持ちの消火器が空になったくらいのタイミングで、遅れてやってきた元春が消火剤をおかわり。


「消えたか?」


「そうみたいだけど、一応もう一本いっておいた方がいいんじゃない」


 念の為、さらに追加で消火器を――といったところ、元春から「お前は鬼か?」と言われてしまった。

 しかし、ここで再燃でもされたらまた面倒なので、

 いつ車の中の火が再燃してもいいようにと、アクアに密かに近近くの立木の中に水球を集めてもらっていると、ようやく先生が追いついてくれたようだ。

 白煙をあげるボロボロの車を見て、


「こ、これは、お前たちが?」


 息を荒くしながら、焼けた車を呆然と見るのは生徒指導の岩田先生だ。


「えー、えっとっすね。俺達がやったんじゃないっすよ。上から見たら車の中が燃えてたんで――」


 岩田先生の声に、元春が少し気不味そうにそう応え。


「このままだと危ないと思って窓ガラスを割ってしまいました。すみません」


 そんな元春の言い訳じみた説明を僕がフォローすると、先生も火災の原因が僕達でないことは理解しているのだろう。「わかっとるわ」と声を上げ。

 ただ、この日このタイミングで火事になったのが教師陣の車だという気まずさがあったのかもしれない。消火剤で真っ白になった車内を覗き込んで「こりゃ酷いな」と独り言のように呟いて、


「あの先生、消防の肩を呼んだ方がいいんじゃないですか」


「うん? あ、ああ、そうだな。若宮先生、消防の人を呼んできてくれませんか」


 とりあえずと僕がそう声をかけたところ、岩田先生は、要領良く後発でやってきた若手男性教師陣にそう指示を出し、しばらくすると消防隊員のみなさんが現場に駆けつけてくれたみたいだ。

 その後、きちんとした消火活動がなされ、避難訓練も無事に執り行われることとなった。

 ただ、僕達はこの消火活動により、みんなが避難訓練をする一方、事情聴取をされる羽目に陥り。

 いろいろと証言をした結果、無罪放免――というかもともと無罪なのだが――消防士さん達から『もしも火事を見つけた時はまず自分達を呼んでくれ』との前置きいただきつつも、ただ、その行動に対するお咎めはなしとなったのだが、しかし、その消火に向かうまでのルートがまた問題で、岩田先生には三階からひさしを伝って降りたところを見られていたのか、やはりお説教を食らうことになってしまった。


 ちなみに、火事になった車の持ち主は今どき珍しいバーコードヘアーの教頭先生で、

 消防車が入るのに邪魔だということで、日が燦々と降り注ぐ現場に移動させたところ、ダッシュボードのヘアスプレー(・・・・・)が破裂、揮発したガスが何らかの形で発火したのが原因だそうだ。

 そんな火災原因が判明して、また僕達に注意をしていた先生や消防士さんが微妙な顔になってしまったのは言うまでもないだろう。

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