●ブラックライトニング
◆十三章ラスト。長めのお話です。
青年と少年の使い分けが難しいです。
真夏の深夜――、
立体駐車場の一角に複数の車やバイクが集まり、多くの少年たちが我が物顔でそのスペースを占拠していた。
その中心にいたのは大柄の坊主頭の青年と神経質そうな細身の青年、そして赤いとさか頭の少年だ。
「僕達を馬鹿にしている人、ですか?」
そう言って、メガネのブリッジをクイと持ち上げるのは細身の青年。
「そうっす」
そして、問いかけに答えるのは赤いトサカ頭が特徴的な少年――原木である。
「しかし、どうして君の問題で僕達の名前が持ち出されるのかがわかりませんね」
「す、すんません黒縁さん。それは話の流れといいますかなんと言うっすか――」
神経質そうな細身の青年――黒縁の鋭い視線に身をすくませる原木。
事実、いま原木がしている告げ口のようなものの発端を作ったのは彼自身なのである。
売り言葉に買い言葉といってしまったのはそれまでであるが、あの時の話が誰かの口から黒縁に伝わって、ここまで大袈裟なことになってしまうとは原木としても想定外だったのだ。
「まあ、いいでしょう。
しかし、問題は相手の女性ですね。
なんでも志帆と呼ばれていたとか――」
「は、はい。たしかにそう呼ばれてたっす」
原木の返事に難しそうな顔をする黒縁。
そんな黒縁の様子に原木の仲間の一人がおずおずと手を上げて。
「黒縁さんはあの女を知ってるんですか?」
「そうですね。その君達が出会ったその女性が想像通りの女性でしたら、僕達の少し下の世代で伝説的になっている人物になりますか。
なんでも、神田一派や高田兄弟のグループを壊滅に追い込み、終いには名古屋に居を構える暴力団まで潰したとか。
ああ、ちなみに、武流雨頭剃を潰したのも彼女だそうですよ」
それを聞いて、一瞬、意味がわからないという表情をする原木達。
しかし、話の中にあったいくつかのグループの名前は彼等でも知っているものであって、
黒縁が言ったことがもしも本当だったとしたら、自分達は決して手を出してはならない相手に手を出してしまったのではないかと、顔を青くするのだが。
「君達、まさかそんな噂を信じてしまうとか言わないですよね」
「えっと、それってどういうことっすか?」
自分でそう言ったのにも関わらず、それを信じる自分達に胡乱げな視線を向けてくる黒縁に、困惑の表情を浮かべる原木達。
「噂はただの噂ということです。
そもそも一介の女子高生にそんなことが出来ると思います?」
たしかに、警察ですら迂闊に手を出せない暴力団を一介の女子高生だった志帆が壊滅させるなんて、現実的とは思えない。
つまり、黒縁が言いたいのは噂はあくまで噂ということで、
「おそらく実際はその壊滅したという暴力団を潰すきっかけを作る情報を入手して、それを警察に通報。そうすることで主要幹部の逮捕などに貢献したとか、そういう話が巡り巡って大袈裟な噂になったというのが僕の考えです」
つらつらと語られた黒縁の考えにやや固くはあるものの頷きを返す原木達。
「でも、あのチビ女、かなりヤバかったよな」
「ん、ああ――、あいつの実力を考えると、志帆って女も確実にヤベーよな」
「聞いても?」
「あ、すんません。実はちょっと前に例の女に思い知らせてやろうって、後輩? 知り合いを拉致ろうとしたんですけど、その時にちょっとありまして」
それは先日、原木たちが志帆をどうにかしようと、志帆の友人らしき少女・ひよりにちょっとばかし付き合ってもらおうと押しかけた時のこと、原木達は思わぬ反撃にあってしまったのだ。
その時に見たひよりの実力を考えると、志帆はもっと恐ろしい存在なのでは?
それこそ、いま黒縁から聞かされた噂がすべて本当だったようにと、黒縁の鋭い眼光に慌てるように、その時のことを詳しく話したところ、黒縁は難しい表情になり。
ただ、ここで今まで面倒そうに車のボンネットの上に座りあくびをしていた坊主頭の青年が、その大きな体を前のめりにして。
「なにを悩んでんだよモトヤ。せっかくのお誘いだぜ、乗らない手はねぇだろ」
「テツ君、また君は――」
「いいじゃねーかよ。どうせ、その女とは一回やり合うつもりだったんだろ。遅いか早いかじゃねぇか」
そう、この街の不良において志帆という人物はいつ自分の手元で爆発しかねない核弾頭のようなものだった。
「僕としてはもっとスマートに行きたかったんですけど」
「スマートにって、逆に面倒なことやってたんだろ」
これに関しては、どこにスマートさを置くかによってものの見方が変わるというものである。
「仕方がありませんね。ここはテツ君の案を採用することにしましょう」
◆
そんな会話があったのが数日前のこと――、
その日、そろそろ夏休みも終わりという鈴と巡とのカラオケを楽しんでいた志帆は、その帰り道を数名の男達に塞がれていた。
「えっと、なに?」
「いえ、貴方が我々のことをご指名だとのことで」
狭い路地裏で知らない男達に絡まれて、志帆は、さっきまでのご機嫌顔を一転、不機嫌さを前面に単刀直入に切り込んでいく。
そして、そんな志帆からの問いかけに、飄々と言ってのけるメガネの青年は黒縁。
このグループ『ブラックライトニング』を取りまとめる二人組の片割れである。
「ん?」
「コイツ等に言ったんだろ。俺等を潰すって」
いろいろと物騒な話だが、志帆が潰すだのなんだのと絡まれるのはよくある話である。
なので、なにか心当たりがあることはないか、ヒントになるようなものはないかと、志帆は記憶を探るように通り道を塞ぐ男達の顔を見ていく。
すると、志帆の視線が特徴的な赤いソフトモヒカン頭の少年で止まり。
「ああ、この前のおもらし君か――」
「なっ!?」
頭上に小さなエクスクラメーションマークを閃かせた志帆の発言に、瞬間沸騰しそうになるのはもちろん原木だ。
しかし、黒縁達がいる手前、ここで自分が暴走するわけにもいかないと、原木がその怒りを抑える一方――、
「志帆ちゃん。おもらし君って?」
会話の中に出てきたおもしろワードにワクワクとした笑みを浮かべ、話に入ってきたおっとりグラマラスな彼女は巡。志帆の小学生の頃からの付き合いである親友の一人である。
志帆はそんな巡からの問いかけに、「えっと――」と、その時のことを思い出すように顎に指を添え。
「ちょっと前の話になるんだけど、ひよりちゃんが学校帰りに馬鹿な男に絡まれてうざいって相談があってね。ちょっとお説教をしてやろうって思って睨んだら漏らしちゃった可愛そうな男よ」
「ふぅん、それでおもらし君なんだ」
どうして原木のことをおもらし君と呼ぶに至ったのか、その時の話を簡単にしていたところ、ここでもう一人の同行者である鈴が、そのスレンダーな腰元に手を当て。
「志帆、そういう話があるなら私も呼んで欲しかったんだけど」
「私もそのつもりだったんだけど、ちょっと様子見に睨んだくらいで漏らしちゃったから、それ以前の話だったのよ」
「テメェ……」
あんまりにもあんまりな、志帆の評価に、ギリリと奥歯を鳴らす原木。
ただ、志帆はそんな原木の反応などあってないようなものとばかりに、最初に声をかけてきた黒縁をまっすぐ見据え。
「で、アンタ達はそのおもらし君の泣きつかれて出てきたって感じ?」
「いえ、僕としては正直そちらは別にどうでもいいのですが」
「……」
「じゃあ、なにしに来たのよ」
仕返しとかでないのなら、どうしてやってきたのか。
志帆と黒縁、そして原木の間に微妙な空気が流れる中、黒縁が気障ったらしく眼鏡のブリッチを持ち上げて言うのは、
「単純に貴方が邪魔だからですかね。
武流雨頭剃を潰してくれたのはありがたかったのですが、同時に僕達としても貴方は脅威でしてね」
「ブルートゥース?
つまりどういうことよ」
はてさて、ブルートゥースとはなんなのか。
なにか携帯電話のやり取りを邪魔してしまったのかしらと、それが自分が解散に追い込んだ不良グループの名称とはまったく気付かない志帆が首を傾げていると。
ここで黒縁の隣でずっとソワソワしていたおしゃれボウズの男が、もう辛坊たまらんとばかりに前に出てきて、
「って、おいおいトモヤ。面倒な話はヤった後でも出来んだろ。さっさとヤらせろよ」
「テツ君……、まったく君はですね。
しかし、他のみなさんも焦れているようですから頃合いでしょうか」
黒縁も仲間達が巡に向けるいやらしい視線に気付き、これはテツの言う通り、すべてが終わってからお話した方が手っ取り早いと判断したのだろう。
「仕方がありませんね。
ですが、やりすぎないでくださいよ。後が面倒ですから」
「そうこなくっちゃな」
黒縁の許可が出たところで、テツと呼ばれる巨躯の坊主が指を鳴らして志帆達に近づき、それに続いて幾人かの男が志帆達に近づくのだが、
「本当になんなのよ。コイツ等」
「志帆、こういう輩に話が通じないのはいつものことじゃないかな」
「そうだね。いつものことだよ」
人の話を聞かないというのなら志帆達も負けてはいないのだが――、
彼女らはそんな自分達のことは棚に上げ、今にも飛びかかってきそうな黒縁とその仲間たちに目をやって、
「それに虎助君に用意してもらったアレの練習にはちょうどよさそうだ」
「あ、それなら私もやりたいな。そろそろあっちに戻らないとだし、その前に成果を試さないとね」
ともすれば過信と受け取られかねない発言を鈴が口にし、それに巡がぴょんぴょんと飛び上がるようにその豊満な胸を揺らす。
すると、そんな二人の軽い態度が気に障ったのか、さっきまでやる気を出していたテツがこめかみに血管を浮かべ。
「ああん、フザケてんのか!?」
「別に巫山戯てるつもりはないかな。
君くらいの相手なら誰でも出来るって話だよ」
「そういうのがフザケてるっていってんだよ」
冷静に煽っていく鈴に襲いかかってゆく。
しかし、いざテツが鈴に掴みかかろうとしたところで、鈴は彼の手を掴んで一捻り、まるでヒーローショーに出演する戦闘員のように派手に宙に投げ飛ばしてしまう。
と、そんな華麗な投げ技に、テツの後に続こうとしてした男達が驚き、出鼻をくじかれる中、
「おっと、悪いね。思ったよりも勢いがついてしまった。
しかし、君も受け身くらい取った方がいいと思うよ。痛いんじゃないかい。それ」
鈴が強か背中を地面に打ち付けたテツに心配そうに声をかけると、
テツが「この――」と飛び上がるように鈴に掴みかかり。ただ、鈴はそれを難なく受け流し。
「反応は上々だね」
ちょんとその大きな背中を押して、ここまでのやりとりを唖然と見ていた不良仲間の列にに突っ込ませる。
すると、それを見た巡が、志帆も羨む豊満な胸の前でギュッと握った拳を作り。
「鈴ちゃんずるいよ。私もやりたいのに」
「そう言ってもね。こっちに襲いかかってきたのは彼の方だよ」
「でも、それって鈴ちゃんが怒らすようなことを言ったからだよね」
抜け駆けをした鈴にブーブーと文句を言う巡。
と、ここで仲間を巻き込んですっ転んでいたテツが体勢を立て直し。
「だから、なに余裕かましてやがる」
巡と話す鈴にタックルを仕掛けるも、鈴はそんなテツのタックルを軽く手を添えて躱し。
「そう言われてもね。さっきも言ったけど、君がもう少し頑張ってくれないとこっちも本気を出せないよ」
実際、戦闘技術に関して、鈴とテツの間には子供と大人くらいの差がある。
故に鈴は『もう少し本気を出してくれるかな』と突進してくるテツをマタドールのようにいなし。
その一方で、いつの間にか携帯電話を取り出し、その様子を撮影していた志帆は、鈴とテツのあまりの力量差にいい加減飽きてきてしまったのか。
「で、そっちは見てるだけなの?」
退屈そうな顔で、黒縁以下――不良達に水を向け。
「テツ君。遊ぶのもいい加減にしてくださいよ」
黒縁が鈴に遊ばれているように見えるテツに本気を出すように言うのだが、
「遊んでねぇんだよ」
「どういうことです?」
「どういうもなにも本気でぶん殴りにいってこれなんだっての」
訝しげな黒縁に余裕のない様子のテツ。
と、そんなテツの様子に、黒縁はハァと一つため息をついて「仕方ありませんね」と懐から銃――ではなく、モデルガンを抜き。
「えっと、サバイバルゲーム? そういうのは他でやってくれない」
見た目からして軽い印象を受けるその銃に志帆がそう声をかけるのだが、黒縁はそんな志帆の言葉に「フッ」とあざ笑うように口角を上げ。
「これをただのモデルガンと思わない方がいいですよ」
「そうなの?」
「ええ、このようにかなり改造を施してありますから」
カシュッと狙ったのは、鈴とテツの戦いの様子を撮影している志帆の携帯電話。
しかし、黒縁が放った銃弾はキンッと金属質な高音を立てて志帆の黒い携帯電話に弾かれて。
「ちょっ、壊れちゃうじゃない。壊れてないわよね」
「……運がよかったみたいですね。しかし――」
慌てて携帯を確認する志帆の一方で、表面上、冷静に対応しようとする黒縁だったが、
「なにが『運がよかった』よ。ふつうに弾かれただけじゃない」
志帆に事実を指摘されると、黒縁はあえて余裕を見せようとしてか肩を竦め。
「ふう、噂に違わぬ頭の人のようですね」
「アンタ、バカにしてる?」
「いえいえ、本当にまったく馬鹿にしていませんよ」
明らかに志帆を挑発しているような黒縁の態度。
そんな黒縁の態度にむっとした様子で近づこうとする志帆。
しかし、そこに巡の手が伸びてきて、
「ちょっと志帆ちゃん。いまこの人のこと殴っちゃおうとしたでしょ。
駄目だよ。この人は私の相手をしてもらうだから」
「でも、コイツ、ムカつくし」
「まあ、そうなんだけど――、
あ、でも、こう思ったらいいんじゃないかな。
この人、昔の元君と一緒だって――、
ほら、厨二病っていうの?」
「ん、ああ、言われてみるとそうかもね」
巡がまるで子供に言い聞かせるような志帆の言葉に納得してしまう志帆。
とそんな二人のやり取りに周囲の不良達が急に慌てだす。
その理由はというと。
「おい、ヤベェぞあの女、黒縁さんの禁句を言っちまった」
「こりゃ血の雨が降るな」
そう、黒縁にとってそれは一番言われたくない言葉だった。
黒縁は『厨二病』という言葉に騒ぐ仲間を、チロンと睨むとそのままノールックで志帆に改造モデルガンを乱射。
と、普段ならこれが相手と仲間、その両方に対する威嚇となるハズだったのだが、今日の相手は悪かった。
志帆と巡は自分に向けられた弾丸の雨にも呑気なもので、
「ちょっと、急にそんなことしたら危ないよ。当たったら怪我しちゃうでしょ」
一体いつの間にそれを掴み取ったのか。
巡が手を開くと、アルミで作られたものだろうか、銀色のBB弾がパラパラと零れ落ち。
その光景に志帆が「おお」と歓声を上げる。
すると、それに気を良くした巡は笑みを浮かべ。
「えへへ~、漫画みたいでしょ。一回やってみたかったんだ」
照れるようにそう言いつつも。
「あっ、志帆ちゃん危ないよ」
二人が会話をするその隙を狙って放たれた弾丸を手の平で受け止めて。
「ありがと。
で、アンタはいつまでオモチャで遊んでるのよ」
志帆が巡が掴み取った弾丸を黒縁に投げ返す。
と、そんな一発の弾丸に黒縁は「痛っ」と身を捩らせながらも、そのリアクションを恥ずかしいと思ったのか。
「くっ、なんなのですかアナタ達は?」
今までになく大きく裏返った声で誤魔化そうとするのだが。
「何って言われても、私達は私達よね」
「そうだね」
トレジャーハンター? 大学生?
志帆達からしてみると、どう答えたらいいものやらで、
その代わりと言ってはなんであるが――、
「でも、この人って本当に――、
その、厨二病?ってやつなんだね」
「いまさっきの無駄に余裕を見せる感じとか、完全に昔の元春を見てる感じだったわね」
改めて、銃を構える黒縁の姿に、かつての幼馴染を重ねてため息を漏らすと、これがまた黒縁の自尊心に触れてしまったようだ。
今度こそ完全に黒縁を怒らせてしまったみたいだ。
「うるさい、うるさい、うるさいっ!!
君達もなにをボサッとしているんです。手伝いなさい」
「は、はい」
最早気取ることも忘れた黒縁の命令で不良達が動き出す。
「うわっ、キレた。
しかも、そこで仲間をけしかけるとか」
「最悪だね。
まあ、よくあるパターンだけど」
ただ、狙われた志帆と巡はまだまだ余裕があって、
「っていうか、巡、アンタさっきのヤツどうやってるの?」
「ふふん、虎助君に選んでもらった飛び道具専用の防御魔法だよ。
志帆ちゃん攻撃ばっかでこういうの持ってないでしょ」
「ああ――、そうね」
銃弾掴みの方法に興味津々だと、格闘ゲームのキャラクターのような動きで、襲いかかる不良達を殴り倒しながら志帆が巡に話しかけていると。
「無視するな」
「ちゃんと相手してあげてるじゃない」
「ぶぼあっ!?」
ようやく覚悟を決めたのか、仲間達に遅れること少し、志帆は参戦してきた原木に強烈なケンカキックを一発、アスファルトの地面に沈めたところで、横から飛んできた銃弾を躱して。
「というか、アンタ、鉄砲を撃つ以外になにも出来ないの?」
「言いましたね。後悔しないでくださいよ」
志帆の指摘に、黒縁がジャカリと格好良さげに取り出したのは特殊警棒。
そして、その手元のスイッチを入れた瞬間、バチリと弾けるような音が裏路地に鳴り響き。
「おおっ、かっこいい。
でも、これって警察に言った方がいいのかな」
まるで魔法の武器のようなギミックに興奮する巡。
ただ、すぐに、これは違法な武器なんじゃないかと心配そうな顔を浮かべ。
「別にいいでしょ。大した武器じゃないから。
それにこんなの持ち込んだら絶対面倒事になるじゃない。
私がいま撮ってる動画を元春にでも渡しておけばいいんじゃない」
「虎助君じゃなくて?」
「虎助に渡したら最終的にそうなるでしょ」
「虎助君マジメだからね~」
「だから、貴方達はなにを余裕ぶっているんです」
ただ、それもこと戦闘面に限っていうなら、彼女達からしたら本当に大したものではなく。
そんな彼女達の態度が黒縁をさらに苛つかせるのだが。
「いや、実際余裕だし。
アンタ、自分の周り見てみなよ」
「……なにかのフェイントですか」
「いや、本当に」
と、本気で心配するような志帆に言われ、ここで警戒しながらも周りを見回す黒縁。
すると、そこには何故か焦げ跡が付いていたり、水に濡れていたりと、散々な状態の不良達が倒れており。
ここでようやく、黒縁は自分がいまどういった状況におかれているのか気づいたのだろう。
「て、テツ君――」
頼れる相棒に焦ったように呼びかけるのだが、
「彼ならそこに埋まっているよ」
その声が向かう先には、何故かアスファルトの地面に突き刺さる相棒の下半身があって、
「は?」
その状況が意味不明だと思考停止をしてしまう黒縁。
「って、鈴――、それはやり過ぎなんじゃない」
「本当は足の方から落とそうと思ったんだよ。
でも、彼の勢いが凄くてね。結果的にこうなってしまったんだ」
「落とし穴にハメようとして偶然そうなったのね」
そんな黒縁の一方で、志帆たち三人はテツがこうなってしまった状況をゆるく確認しあって、
「じゃ、あとはアンタだけね」
微量の殺気を滲ませ黒縁に近づく志帆。
すると、一人残されてしまった今の状況、そして、志帆から滲み出す殺気にあてられたのだろうか。
「キ、キエェェェェェ――」
黒縁がとつぜん奇声を発し、やたらめったらスタン警棒を振り回し始める。
しかし、そんな型もなにもないがむしゃらな攻撃が、どこぞの特殊部隊の戦闘指南を担う女傑に鍛えられた志帆達に通じるワケもなく。
「ふんっ」
志帆による超速の踏み込みからのボディーブローが黒縁を沈め。
ゆっくりとアフファルトの地面に崩れ落ちる黒縁を志帆は一瞥。
「じゃあ、ご飯食べにでもいこっか」
「あれ、志帆ちゃん。この人達はこのまま?
元君に連絡とかするんじゃないの」
「最初はそう思ってたんだけど。
よく考えたら、コイツ等がどういうヤツ等かもわかんないし」
「たしかに、いきなり絡んできただけだったからね~」
「だから、今日のところはそのまま放置でいいかなって」
ツンツンと黒縁をつつく巡に、地面に突き刺さったテツを引き抜き、出来てしまった穴を魔法で埋め直す鈴に向けて肩を竦めると。
「でも、このおもらし君はひよちゃんに迷惑をかけたんだよね」
「そっちはそっちでもう元春に頼んであるから」
「つまり、今日はこれくらいで引き上げるってことかい」
それは少し甘すぎなんじゃと言外に言う鈴に、志帆は「まあ、たしかにそうね」と足を止め、「あ、そうだ」と魔法窓から一つの魔法式を展開すると。
「志帆、それはなんなんだい」
「前にこういう時の為に虎助が用意してくれた魔法なんだけど――」
「どんな魔法なの?」
「あれね。なんかこっちで条件を決めて発動するチ〇コマシーンみたいな魔法なんだって」
「ああ――」
「それは面白そうだね」
それはまさに慈母の微笑みか、乙女としての恥じらいもなにもない志帆の例えに、二人はその魔法の効果を深く納得し、気を失う黒縁達を傍らにあれこれと魔法発動の条件を考えて、「私もこの魔法欲しいなあ」と物騒なことを言いながら、容赦なく全員にその魔法を付与していく。
はてさて、この後、彼等がどんな運命をたどるのか、それは神のみぞ知る事柄である。
◆今回登場した魔法。
〈水膜〉……アクアの魔法を元に作られた簡易防御魔法で、極薄の水のヴェールを作ることによって攻撃を絡め取る。巡はこの魔法を限りなく透明な水で使い、弾丸を掴み取っているように見せた。
ちなみに、魔法の発動は更かし設定の魔法窓(本人にしか見えていない)からの発動となっております。
◆各キャラの得意属性はこんな感じ。
間宮志帆……火と風の属性に適正を持つ肉体信奉者。
伊吹鈴……土や鉱物などがメインのオールラウンダー。
笹本巡……水属性の魔法が得意な魔導師系。光や闇にも適正あり。
◆次章プロット作成の為、次話の投稿は日曜日になります。




