●とあるお城の休憩室・夏の終りの雑談編
◆短めです。
それは夏の終りのガルダシア城――、
「はぁ……、暑かったですね」
ため息交じりにメイド達の休憩室に入ってくるのは精霊使いのミラジューン。
彼女は自分と相棒である木霊のキキに浄化の魔法をかけ。
「おかえりなさいミラさん。なにか冷たいもの飲みます」
立ち上がり冷蔵庫を開けるブラウンゴールドの垂れ耳が特徴の獣人少女・フォルカスの声掛けに「じゃあ、ハーブティーをお願いします」と、小上がりの端に腰を降ろしながらリクエスト。
フォルカスがミラジューンにハーブティーの入ったグラスを渡したところで、
「村の様子はどうでした?」
「大盛況でしたね」
「暴れる人もいたみたいですけど」
「暴れると言っても普通の傭兵さんですから、万屋さんで鍛えてる私達には敵いませんよ」
合間合間に喉を潤しながらのミラジューンの言葉に、不安そうにしていたフォルカスはホッと一息。
「じゃあ、村が危ないとかそういうことにはなってないんですね」
「そもそも村人は風邪薬の試作で急がしいようですからね。
絡まれるのは接客の女の子や子供たちなので、むしろ傭兵とか、絡んでいった人達の方が残念なことになっていましたよ」
「わふぅ、それなら安心です」
なにが安心なのかはわからないが、話にあった暴漢は村の有志によって無事に取り押さえられたようである。
「けど、大人の人がみんな、薬作りで大変ってことは、ゴーヤ、かなり余っちゃってるんだね」
「まあ、今年、豊作でしたからね」
「いやぁ、食べないから余ってるんでしょ」
「そうですか、チャンプルなどはなかなか人気と聞きますけど」
「ええ、あれも苦いよ」
「私も苦手です」
と、ルクスとフォルカスが最近頻繁に登場するメニューを想像して顔をしかめる一方、ミラジューンは苦笑い。
「しかし、来年は今年みたいなことにはならないでしょう。
グリーンカーテンに使う植物として、ヘチマの数も増やしますし、パッションフルーツなるものも作るという話ですから」
「ヘチマはともかく、そのパッションフルーツってのは興味あるかも」
ふーんと鼻を鳴らしながらも、パッションフルーツがどんなものなのかは知らないが、フルーツと名のつく限りは甘いものなのだろうと、妙な期待を寄せるルクス。
しかし、そんなルクスの反応にミラジューンは真剣な顔で、
「ヘチマも重要ですよ」
「それってあの顔に塗る水を取るんでしょ。関係ないから」
ヘチマ水はガルダシア城のみならず、ポッケ村でも女性たちに重宝されている収穫物だ。
「それが虎助様が仰るには若いヘチマは食べられるそうですよ。
しかも、ヘチマから取れる水のように美容にいいというなら食べないわけにはいきませんよね」
それが美容にもいいというのなら食べない選択肢はないと熱弁を振るうミラジューン。
ただ、そんなミラジューンの一方で、ルクスはまだ十代前半ということもあるのか。
いや、単に性格的なものだろうか。
「美容ねぇ」
鼻白むようにそう言うと、それにミラジューンが困ったようにしながら。
「ルクスも化粧水くらいつけた方がいいと思うのですが」
「えぇ、面倒だよ」
最低限の美容は心がけるべきと言うのだが、ルクスはそれを面倒の一言で片付け。
「お風呂上がりにちょちょっとつけるだけでもいいんですよ」
「気が向いたらやるよ」
はぐらかすように視線を外す。
「後でシミとかが出来て後悔することになりますよ」
「それってポーションとかで治らないの?」
「まったくアナタは簡単に言いますね」
シミが出来たら魔法薬、それが可能ならミラジューンとしてもありがたい。
ありがたいことだが、そんな魔法薬を作るにはそれ相応の素材が必要で、
正直、お金がいくらあっても足りるものではない。
「だったら回復魔法は?」
「それも――、
いや、どうなんでしょう」
前述の通り、シミやシワなどは特殊な魔法の薬を使えば治すことが可能である。
だとするなら、その治癒効果を鍛えた魔法で発揮すれば、シミやシワへの対抗も可能では?
考えてもみると、一部、魔法に長けた人間は長く若い姿でいられるという。
もし、そんな事象が単一の魔法で再現可能だとしたら?
それは世の女性にとって――、
いや、美を欲するすべてのものに、大いなる福音をもたらすのではないだろうか。
突如として降って湧いた可能性にミラジューンが思考の海に沈む。
すると、タイミングよくというべきか、そこへスノーリズがやってきて、
尋常ならざる雰囲気で考え事をするミラジューンが気になったのだろう。
「どうかしましたか?」
「いえ、ルクスが回復魔法でシミが消せないかと――って、スノーリズ様?」
声をかけるスノーリズに半自動的に応答を返すミラジューン。
しかし、言葉の途中でスノーリズの存在に気付いたのは、ミラジューンが有能なメイドだからだろうか。
彼女はすぐに居住まいを正すと、メイドとしての本能でスノーリズの要望を素早く察知。
ここまでの流れを簡単に説明していく。
と、この話題にはやはりスノーリズもとても関心があるようだ。
「回復魔法でシミをですか……、
そういえば虎助様の世界にはレーザーという強力な光を使い、シミを消すなどという施術があるという話でしたが」
「光ですか、光はシミの原因になるのではありませんでしたか?」
「私も詳しくはわかりませんが、光にもいろいろな種類があるらしいのですよ」
実際、魔法的な観点から見ると、光を使っての治癒というのは一般的な考えである。
だとするなら、シミに有効な光の魔法も生み出せるのでは?
「これは研究に値するテーマなのかもしれませんね」
「そうですね。
ただ、そうなりますと光属性への適正が高い人材が必要になってきますね」
と、一定の結論に至った二人の視線が向けられるのは目の前のちびっこだ。
そう、このガルダシア城で最も光属性への適正が高いのは、何を隠そうこのルクスなのである。
スノーリズはさりげなく逃げ道を塞ぐような位置取りをしつつ、休憩室の一角で〈緩衝泡〉を使い、大きめの泡球に伸し掛かるようにだらけていたルクスに声をかける。
「ルクス。いまの話を聞いていましたか」
「えっと、リズ様とミラの――」
瞬間、休憩室にこの世ならざる殺気が溢れ出し。
「私達にシミやシワはありませんよ」
「う、うん。回復魔法でそういうのをなくすって話だ、ですよね」
休憩室の片隅で、フォルカスが「わふぅ」と泡を吹いて倒れるのを横目に珍しく空気を読むルクス。
ただ、なにもかもが手遅れだった。
「そう、それでルクスに協力を願いたいのですが」
「け、けど、わたし魔法とかすっごい苦手なん、ですけど?」
「大丈夫です。私達が全力でフォローしますから」
「ええ、トワも喜んで協力してくれるでしょう。ですから、ね」
そして、人としてもメイドとしても幼いルクスに、得も言われる圧力を放出しながら笑顔で迫る二人から逃れる術などなく。
「……わかりました。頑張ります」
結局、そう絞り出すのが精一杯で、
後日、ガルダシア城の中庭で、先輩メイドに見守られながらも慣れない回復魔法の練習をする彼女の姿があったという。




