●進撃のティターン03
◆マオside
とある深い森の中央部に存在する大洞窟、その浅層部分に存在する地下庭園。
天井に開いた穴から差し込んだ光によって生み出された自然の庭園の中央に、谷の間を進む兵士、荒れ果てた荒野に存在する砦、どこかの地下で穴を掘る魔法使い等々と、それ以外にもさまざまな映像やデータなどを映した魔法窓が浮かび、そんな魔法窓をチェックする妖精たちを周囲に一人の少女が黒いスライムの玉座に座っていた。
彼女の名前はマオ、精霊達の祝福を一身に浴びるハーフエルフの少女である。
そんなマオに暴走しがちな妖精たちのまとめ役であるリィリィが、目の前に展開される各種情報を表示する魔砲窓から視線を外し話しかける。
「マオ様、ティターンが谷を抜けました」
「……ヴェラは?」
「すでにポイント上空に待機しております」
「じゃあ、爆発だね」
「だから馬鹿ですかあなたは」
はてさて、彼女はなにを聞いていたのだろうか。
二人の会話に割り込むように画面をタップしようとするフルフルの頭に、マオと話していたリィリィがステンドグラスのようなその羽を震わせ宙を舞うと、そのままフルフルの脳天に拳骨を落とす。
「いったー。冗談だよ。冗談」
「あなたの冗談は冗談になっていない時があります」
頭を抱えるフルフルに疲れた様子でお説教をするリィリィ。
そして、そんなお説教の間に拳骨の痛みから立ち直ったのか、フルフルは口元に苦笑を浮かべながらも隣りにいたレナレナを見て、肩を竦め。
「分かってるよ。爆発させるのはなんとかって国の魔法使い達がでっかい魔法を撃ってからでしょ」
「正確には、それにおびき寄せられてティターンが少し進んでからなんですけどね」
現在、彼女達がモニターしているのは、彼女達がいる精霊の森から西に数百キロほど離れた場所で起ころうとしている人族同士の戦争だ。
彼女達はこの戦争に望んでいるボロトス帝国にちょっとした因縁のようなものがあり、なし崩し的にここに至る対処をしているに過ぎないのだ。
「でも、ボロトスの人たちがなにするかわからないから、入り込むタイミングが難しいよね」
「細かな部分はヴェラ様が対応してくれると思いますが――」
そちらもリィリィ達、妖精飛行隊サポートメンバーの見極めが重要で、
「けど、たった一日でよくもまあこんな落とし穴が作れたよね」
「モグレムレベル?」
「ええ、そこは称賛する部分でしょうね」
戦場となっている空白地帯のすぐ地下にはティターンを倒すべく巨大な落とし穴が作られている。
それは、直径五十メートル、深さ五十メートルほどに達する落とし穴で、この二十四時間で一気に作られたものだった。
「でも、これだけでっかい落とし穴だと帝国の人間たちに気付かれないか心配だね」
「探索魔法とか?」
そう言って、地面に手をつくようなポーズをするのはフルフルだ。
しかし、リィリィはそんなフルフルの意見に首を横に振り。
「いえ、あの落とし穴の構造なら気付かれる可能性は低いでしょう。
それにもし気付かれたとしても、その時はヴェラ様の出番です」
そう、たとえ気付かれたとしても、そこは強引に落としてしまえばいいのだ。
彼女達の側にはそれが可能な存在がついているのである。
と、マオがどっしりと――いうよりも眠そうに――座っている眼の前でリィリィ達が意見のすり合わせをしていると、魔法窓を目の前に、のんびりと万屋で作ってもらった小さなマイボトルに入ったハーブティーを飲んでいたホワホワが画面の中の変化に気付き。
「あ、準備が出来たみたいです~」
その声に集まる妖精達。
彼女達が覗き込んだ魔法窓の向こうでは六人の魔導師が六芒星を描くように配置に付いており。
『『『『『『〈六色連星〉』』』』』』
その魔力が目に見えて高まったタイミングで放たれる六色の光。
それがひねり混じり合って、一本の虹を作り出し、放物線を描きティターンを先頭に荒野を進むボロトスの軍勢目掛けてて飛んでいく。
そして、ティターンの目の前まで飛んでいったところでパッと弾け、光のシャワーとなって降り注ぎ。
「綺麗な魔法だね」
「うん。威力も結構高そう」
「興味があるなら、後で虎助様に聞いてみたらどうです。
おそらくこの攻撃も分析してくれているでしょうから」
「う~ん、いいや。
おぼえたって使わないし」
「それで、ボロトスの方はどうなりました?」
「ティターンへのダメージはゼロ。人的被害は数名が怪我をしたくらいみたい」
「人的被害は数名が軽い怪我をしたくらいのようですね~」
自分達が現場にいないからこその気楽さなのか、のんびりとした会話の最後、もののついでのようにも聞こえるリィリィの問いかけに、彼女の補佐をしていた二人の妖精がそれぞれ手元の情報を報告。
「結界ですか?」
「えっと、あ、ティターンにメッキされたブルーに付与された効果みたいですね。魔力由来の攻撃を減衰させる力があるみたいです」
続け様の質問に答えに窮するも、まるで彼女の状況を見ていたかのごとく表示された万屋からの報告を見て、なんとか返答し。
「成程、良かったというべきか、悪かったというべきか、とにかく、ここまでは予定通りですか」
「でも、ここであえて全力でやる必要があったのかな」
「それだけ迫真に見せたかったということでしょう」
「なーる」
「後は誘導に従って進んでくれればいいのですが」
ボロトス側の損害はないとの報告に、リィリィが心優しいマオの反応を伺いながらもホッとするように希望的な観測を口にするのだが、ここでその言葉を裏切るように、ティターンの動きをモニターしていた妖精の一人が慌てたように声を張り上げる。
「ティターン両肩の魔力反応が増大。おそらくは遠距離攻撃の予兆かと」
「砲撃ですか。
マオ様、蒼空からの攻撃、よろしいでしょうか」
「……ん」
「では、ディロック投下」
「ディロック投下」
ばっと右手を広げるリィリィの号令を妖精たちが追唱。
上空から戦場を見ていた蒼空が急降下、ティターンに近づき、特別に作られた接触式のディロックが落とされ。
若干の間があった後に連続した爆発がティターンの頭周辺で巻き起こる。
そして――、
「これで勘違いしてくれるといいのですが――」
リィリィが爆炎に乱れる映像を見透かしながらそう呟くのだが、
ここで予想外というべきか、ティターンの砲撃はディロックによる爆撃だけでは止められなかったらしく。
妖精の一人がティターン肩部の魔力反応が依然として増加していることを報告。
それを聞いたリィリィが「仕方ありませんね」と息を吐いて、
「少々早いですが暴発したように見せかけます。
マオ様、ヴェラ様に出動要請をお願いします」
最終手段の出撃をマオに要請したところ、マオはすかさず自分の目の前にある魔法窓に話しかける。
「……ヴェラ聞こえる?」
『ええ、もしかして出番かしら?』
ヴェラの声にマオが「……ん」と答えたところで、リィリィがその会話を引き継いで現在の状況を説明。
「では、作戦を開始します。みなさん一斉爆破お願いします」
「了解」「わかった~」「おk」
ティターンの両肩から魔砲が発射されるというそのタイミングを合わせて、バラバラに起爆スイッチをオン。
すると、わずかなタイムラグの後、ティターンの内部に仕掛けられたディロックが爆発。
それが連鎖的にティターンの前身に広がっていき。
不意の状況に現地戦場の時間が一瞬凍りついた後、すぐにボロトス帝国側と砦側のトップらしき人物がそれぞれにこの事態に対応しようと声を張り上げるのだが、そこに絶望が舞い降りる。
そう、戦場に白き龍が現れたのだ。
強烈なプレッシャーと共に戦場に降ってきた白龍ヴェラは、地面スレスレで大きく羽ばたき、落下の勢いを止めると。
その頭の上に乗っていた水の大精霊ディーネ――その幻影をふわりその頭の上から降ろし。
戦場を見渡すようにゆらりと首を回すと。
『GIIYAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa――』
意味なく咆哮。
爆発に動きを止めたティターンの肩口に噛み付いて破壊。
ティターンの魔力源となる魔導師が入る腕と胴体を噛み千切ったヴェラは、思わぬ展開に呆然と立ち尽くすしかないボロトス帝国の軍勢を前に、千切れたティターンの肩口から吹き出す精霊水をその真っ白な全身に浴びて――、
それは歓喜か、激高か。
いや、ネットワークを介したバベルの翻訳によると――、
『ちょっと、これ変な水じゃないわよね――』
八つ当たりのように絶叫で動けないボロトス帝国の兵士を吹き飛ばし。
戦場がスッキリしたところでもう片方の腕を噛み千切り、ティターンの搭乗員の安全を確保すると。
残った胴体の首元に尻尾を絡め、二度、三度の羽ばたきで自分の数十倍はあるだろうティターンの胴体を空中に浮かせ。
その身を一回転して首投げ――からの浴びせ蹴りで、隠されていた落とし穴にちょっとしたビルのようなティターンの胴体を叩き落とす。
そして、すでに両腕を引き千切られ、動くことすらできなくなったティターンの頭を蹴って飛び上がり、空から睥睨するようにそれを見下ろすと、その口内に光を溜め。
『貫きなさい』
白き光芒が穴の中で横倒しになる突き刺さり、事前の調査で基幹魔法式が刻み込まれていると発覚した胸部を貫くと、ヴェラはその口元に吐いたブレスの余韻を残しながら、ジロリ周囲に睨みを効かせ。
『倒したけど、どうする?』
「そ、そうですね。ティターンさえ壊せば後は人間の方々の問題です。我々が手を出すことでもないでしょう」
「……ん、撤収」
「ではヴェラ様、ディーネ様の幻影を回収してその場を後にしてください」
『わかったわ』
マオとリィリィから返事に登場した時と同じく、頭の上にアリバイ作りの為に用意したディーネを乗せ。
はてさて、両軍の兵士はどうしてこの場に存在するのか、それすら忘れてしまうような圧倒的な存在感を残し飛び去ってしまう。
そして、現場に漂う空虚感――、
後にこの戦いは、歴史上唯一、犠牲者ゼロという結果で終わった戦争として語り継がれることになるのだが、それはまだ先の話である。




