マオとシガード
「マオ殿、いまのはどうですかな」
「……ん、いい感じ」
時刻は早朝五時半、僕が日課の訓練をする横でそんな会話をしているのは魔王様とジガードさん。
他に妖精飛行隊のメンバーも数名いるにはいるのだが、見ようによってはやや犯罪臭がするこの二人がなにをやっているかといえば魔法の練習である。
ちなみに先の会話からもわかる通り、教えを請うているのは魔王様達の側ではなくジガードさんの側で。
さて、どうして二人がこんなことになっているのかというと、ことの発端は前日にあったサイネリアさんがワイバーンを倒せることが判明したことにある。
孫娘がワイバーンに勝てるようになったという話を聞いたジガードさんは、擬似的にではあるがサイネリアさんが戦ったとされるワイバーンと戦えるという話に食い付き、アイルさんと一緒に宿泊施設にあるフォレストワイバーンのディストピアに挑戦したのだが、
戦い方の相性というかなんというか、ジガードさんとアイルさんはあえなく敗北。
その結果に危機感を抱いた二人は、それぞれ自分を鍛え直そうと動き出し。
武器も魔法も使えるジガードさんは、まずは鍛え直しの前段階として、万屋のデータベースからいろいろな魔法を探していくことにしたのだが、
そこでピックアップした魔法のいくつかが魔王様の協力によって作られた魔法だと、ジガードさんが魔法を選んでいる様子をたまたま和室から見ていたフルフルさんが指摘。
すると、エルフの里に伝わる言い伝えのようなものだろうか、フルフルさんのその言葉を『妖精のお導き』だと、ジガードさんが頭を下げて魔王様に魔法の教えを乞いたいという話になって、
魔王様も頼りにされると断りづらいところがあるようで、遊びながらでいいならと、シュトラと魔法アプリの弾幕ゲームをやる傍ら、教えるということになってしまったのだ。
ちなみに、そんな二人がどうしてこんな早朝から、ここで訓練をしているのかといえば、張り切るジガードに活動時間を合わせた結果と言うしかない。
毎日のように早朝訓練をする僕が言うのもなんだけど、人間でもエルフでもお年寄りは早寝早起きなのだ。
ただ、この特訓の前に、ジガードさんがアイルさんの里出身のエルフだということで、魔王様がハーフエルフだと知られると、また何か言われてしまうのではと――主にリドラさんが――心配をしたのだが、ジガードさんは魔王様がハーフエルフでも特に気にしない質のようで、
なんでも、外の世界を旅していたジガードさんにとってハーフエルフは良き隣人であり、それでなくとも、ジガードさんが里にいた頃は、まだそこまでハーフエルフへの差別意識はなかったという。
まあ、考えてみれば、剣の一族であられるアイルさんだって、ハーフエルフの迫害については知っていたみたいだけど、個人的に思うところはなかったみたいだしね。
しかし、それなら、あの弓の一族の魔王様に対する強烈な拒否反応は何だったのかという話になるのだが、
あれは、アイルさんから前に聞かされた森の守りに使われていた儀式剣の盗難事件(?)がきっかけで、
どうもその事件に、弓の一族から人族に嫁いだエルフの子供が関わっているという噂があったらしく、そんな噂に過剰反応した結果、弓の一族を筆頭にしたハーフエルフの排斥運動が始まったそうである。
あと、その盗難事件とほぼ時を同じくして、弓の一族の有力者の息子が求婚していた少女が、先の話とはまた別の人族に嫁いたということがあって、その嫉妬も相まって、話が大袈裟になっているのでは、というのがジガードさんの話である。
うん。聞いてしまえば、なんか下らないことで迫害が始まったんだなという気持ちになりもするけど。
嫉妬云々の話はあくまでジガードさんの見解であって、
一部には、人間とエルフ、そしてハーフエルフの寿命の違いを問題視する意見もあったそうなので、それだけが原因とも言い切れないところがあるのかもしれない。
と、やや思考が脇道に逸れてしまったが、ジガードさんは魔王様をハーフエルフだからといって嫌うようなこともなく、魔王様監督の下、魔法の強化に勤しんでいるようである。
ちなみに、もう一人、サイネリアさんの成長にショックを受けていたアイルさんの方だけど、こちらは同じエルフであるホリルさんと同じように、あまり繊細な魔法が得意でないということで、正則君がアルバイトでテスターをしている未調整のディストピアに挑んでいたりする。
スケルトンアデプト以上、大魔王アダマー以下のディストピアとなると、宿泊施設にあるのは義姉さんが苦戦したフォレストワイバーンのディストピアになってしまうということで、調整中のディストピアを試してもらっているのだ。
正直、フォレストワイバーンのディストピアくらいなら、対策と立てて装備を整えれば、まだ魔法を使った戦いに慣れていなかった頃の義姉さんでもどうにかクリアできたことを考えると、今のアイルさんでも十分通用すると思うんだけど。
なんていうか、剣の一族であられるアイルさんには、少々脳筋なところがあるようで、『手持ちの力で乗り越えられないなら、それ以上の力を求めるのみ――』と新たな実績の獲得をと、あえてこちらのディストピアに挑戦しているみたいなのだ。
ちなみに、そんなアイルさんが現在挑戦しているのは、前に正則君が挑戦していたサーベルタイガーのディストピア。
これでアイルさんがこのディストピアをクリアできたのなら、このディストピアを宿泊施設に追加するのもいいかもしれない。
フォレストワイバーンくらいの実力でありながら、力押しが可能なディストピアとして――、
実際、宿泊施設を利用してくれているお客様からも、フォレストワイバーンのディストピアから一気に難易度が上がるって意見が聞こえてくるからね。
と、魔王様とジガードさんの訓練という名の交流会を横目に、毎日の早朝訓練をこなた僕が用意していたタオルで汗を拭いていると、頭の上にシュトラと赤いバトルドレス姿のフルフルさんを乗せた魔王様と、あと、なぜか恐々といった様子のジガードさんがやって来て、
「……虎助、前にフルフルに教えてた風の繭の魔法ある?」
「ほら、『あそぼ~』のヤツ」
「フルフルさんの『あそぼ』というと〈風精の繭〉ですか」
「……ん、風の魔法が得意みたいだから」
「よ、よろしくお願いいたします」
そう言えば、日本の魔女のみなさんはそうやってフォレストワイバーンを倒したって言ってたっけ。
その話は魔王様も聞いてたハズだから、同じ作戦でフォレストワイバーンを挑もうってことになってるのかな。
でも、あれは囮役あってこその戦法だって話だったから。
「わかりました。大技はそれでいいとして、他に補助的な魔法をいくつかピックアップしましょうか」
「……虎助に任せる」
魔王様の許可をいただいたので、僕は浄化の魔法を使い身奇麗にすると、魔王様達と一緒に万屋へ戻り、ジガードさんのメモリーカードに、魔王様たちからリクエストのあった〈風精の繭〉とデータベースの検索でピックアップされたソニアおすすめの風魔法をいくつかダウンロード。
その後、手早く用意したモーニングプレートで朝食を済ませたところで、大人数参加のオンラインパーティゲームで食休みをして、工房側の訓練場に移動してダウンロードされた魔法を試していくのだが、
その中でも、速度と追尾性能に優れながらデコイとしても使える風魔法〈風蜂〉が好評のようで。
「これは、なかなかに使い勝手のよさそうな魔法ですな」
「風系はスピードが命ですからね。こちらの魔法は汎用性の分、威力がかなり控えめなっていますが」
「でも、いっぱい用意すればかなり強いよコレ」
そう言いいつつも、見様見真似で半透明の蜂を大量発生させるフルフルさん。
パッと魔法式を見ただけでもう使いこなしているんだから、さすがは風の妖精である。
そんなフルフルさんの、あんまりにもあんまりな魔法の才能を見せつけられたジガードさんはやや顔を引きつらせながらも。
「と、ともかく、これであの龍を倒せる算段がつきそうです」
多少、空元気のような部分もあるのかもしれないが、これでフォレストワイバーンにも対抗できると気炎を上げるのだが、
「そうですね。
ですが念の為、実際にフォレストワイバーンに挑む前に、ティル・ナ・ノーグでちゃんと通じるか確かめてはどうです」
たしかに、〈風蜂〉があれば、大空を飛び回るフォレストワイバーンとかなりいい勝負ができるかもしれないが、まだ数回しか使っていない魔法をいきなり実戦投入するのはどうなのか。
それがやり直しの効くディストピアとはいえ、無駄にやられる必要はないだろうということで、ここはティル・ナ・ノーグを使って、少しシミュレーションをしてみてはどうかと提案してみたところ、
これは意外と言って良いのかな。ジガードさんはまだティル・ナ・ノーグでの特訓をしていなかったみたいだ。
「ティル・ナ・ノーグ?」
「えと、こういう魔法アプリなんですけど」
クエスチョンマークを浮かべるジガードさんに、僕が実際に自前のティル・ナ・ノーグを起動させると、隣にいた魔王様が、
「……弾幕の後で試そうと思ってた」
魔王様の教育方針としては、弾幕ゲームで魔法を使いながら敵と戦う動き方を憶えてもらって、その後で実戦形式の訓練をしようと考えていたみたいだ。
成程、そういうことなら――、
「では、ここからは実戦形式の訓練ということになりますか」
「……ん」
「私もやるよ」
これでジガードさんがフォレストワイバーンを討伐する準備は、ほぼ整ったかな。
さて、実践コースのアイルさんとジガードさん、どちらが先にフォレストワイバーンをクリアするんだろう。
◆補足説明
ティル・ナ・ノーグを使えばワイバーンとの戦いもシミュレート可能です。
ただ、ティル・ナ・ノーグの場合、実績が獲得できない上にバトルフィールドなどの制限がある為に、相手が龍種などの大型の相手ともなると、完璧なシュミレートが難しくなってしまうといった欠点があったりします。
◆次回投稿は水曜日になる予定です。




