エルフ急襲
それは夏の暑さもピークを超えた八月後半のこと、
アヴァロン=エラと外の世界を繋ぐゲートから光の柱が立ち上り、次の瞬間、強烈な殺気が放たれる。
カリアからの情報によるとエルフが一人、転移してきたとのことなんだけど。
――これって、また魔王様狙いかな?
あからさまな殺気とエルフという種族にそう予想した僕は、この日も朝から万屋に遊びに来ていた魔王様に「ちょっと出てきますね」と断りを入れ、さり気なくベル君に魔王様の警備をお願い、ゲートに向かう。
すると、そこにはいかにもエルフといった細身の美青年が立っており。
僕は腰の空切に手を添えながら、さも人のいいスマイルを貼り付けて声をかける。
「いらっしゃいませお客様、なにか御用でしょうか?」
「汝がここの主か?」
「えと、まあ、そのようなものですが、こちらにはどちらのご紹介で?」
僕を知っているエルフってことは、アイルさんの里からやってきたエルフになるのかな。
その口ぶりからして、目的は僕もしくはソニアのようだけど、ソニアを敵の矢面に立たせる訳にはいかないから、ここは僕が代表と名乗るしかないんだけど。
ただ、問題は彼が目的がなんなのかってことなんだよね。
妙に殺気立ってるけど、やっぱり弓の一族による報復になるのかな。
一応、僕達のことも向こうには伝わっているだろうし。
でも、もしもそれ以外ってことになるとちょっと面倒なことになるのかもね。
僕はエルフの青年からの短い質問をそう分析。
とはいえ、これだけで決めつけられないから、まずは彼から情報を引き出すのが先決と、さり気なく誰の紹介でここに来たのかを訊ねるのだが、
彼はそんな僕の質問に重なるように――、
「死ね」
シンプルにそう一言、鋭く磨き上げられた黒いレイピアを抜き放ち。
その切っ先を僕に突き込んでくる。
と、僕はそんなエルフの青年の急襲に、
早いね。
殺気を感じてなかったらちょっと危なかったかも。
それに、いま一瞬、体が重くなったのは魔眼の類いかな。
心の中で称賛の声をあげながらも、エメラルドに光る目に見据えられ重くなった体を強引に動かし、その突きを回避。
そんな動きの流れから、まっすぐ突き出されたエルフの青年の腕に手を添えて、
「いきなり『死ね』とは物騒ですが、その理由を聞かせていただいてもよろしいでしょうか」
先の内容を変更してそう問いかけるも、エルフの青年は「語るべきことはなし」と突き出した状態のレイピアを横薙ぎに、
僕はそんな青年の薙ぎ払いを体を反らしてやり過ごすと。
そういうタイプの人か、これはちょっと面倒かな。
心の中でため息を吐いて、
ただ、場合によっては騙されて送り込まれた人かもしれないからと、とりあえず丁重に扱うことに。
ちなみに、この間、ゲートにつめていたエレイン君と上空のカリアには、いつでも参戦できる構えをとって待機してもらっている。
だから、このエルフの青年をただ取り押さえるだけなら、僕とエレイン君の連携ですぐにでもどうにか出来るんだけど。
まだ、相手の手の内がわからない段階での強引な手段は危険かなと、僕はさり気なく自分の左手に誘引の力をまとわせると、相手の攻撃をわずかに誘導しつつ、空切を抜いて攻勢に転じようとするのだが、
「そのナイフは危ないな。〈風精の曲刀〉」
さすがはエルフと言うべきか、魔導器に対する観察眼もかなりのものをお持ちのようだ。
エルフの青年が口元でどこかで聞いたような魔法名を呟くと、その背後に発生した見えない攻撃が弧を描くようにこちらに向けて飛んでくる。
これは、前にこのアヴァロン=エラにやってきた怒りっぽいエルフが使った風の魔法と同種の魔法かな。
僕は放たれた魔法の気配を空気の流れでしっかり把握して、身を低く、くぐり抜けるように彼の懐に潜り込もうとするのだが、
「いまのを避けるか」
エルフの青年はここで追撃と横薙いだレイピアをそのまま横周りに一回転。
回転の勢いを突きに変えて、ふたたび刺突を打ち込んでくるのだが、速度があるとはいえど、そんな派手な攻撃を素直にくらうハズもなく。
僕は最初の一撃よりも鋭さを増したその刺突に、誘引の力をまとう左手による掌打を打ち込み、その攻撃を弾くと同時に、バックハンドで空切を振るう。
すると、エルフの青年はそれを華麗なステップで躱し。
「ならば、こちらはどうだ」
エルフの青年が次に放ってきたのは地面から飛び出す棘のような樹の槍だった。
たぶん、いまのやり取りの間に世界樹の種でも撒いていたのだろう。
それをいまの魔法で発芽させ攻撃をしているようだけど。
これも以前、アイルさんの里のエルフとの戦いで見た攻撃だ。
ただ、先ほどの魔法もそうなのだが、魔法の発動速度は以前見たそれとは段違いということで、
この人、剣のみならず、魔法の技術もかなり高レベルだね。
僕は心の中でエルフの青年の技量を褒め称えながらも、地面から伸び上がるいくつもの樹の槍を踊るように回避したところで、彼の背後から飛んでくる風の斬撃をまだ左手に残っていた誘引の魔法でいなし。
ただ、戦い方は前に戦ったエルフの人達とあまり変わらないかな。
これなら捕まえちゃっても平気だろうと、ここまでの戦いぶりを見てそう判断。
僕は右手の空切を振るうフリをしながら空切をエルフの青年に向けて放り投げ、武器を手放したことに青年が驚いている隙に腰のマジックバッグから魔法銃を抜き取ると、その銃口をエルフの青年のお腹に押し当てながら。
「大人しくしてもらえますか」
降参をお願いするのだが、エルフの青年がそれを聞いてくれるハズもなく。
「くっ、これで勝った思うなよ」
予想していたことであるが、やっぱり言うことを聞いてくれないようなので、
「いえ、どちらにしても終わりですよ」
僕がそう言うと、ずっと遠巻きに戦いを見守ってくれていたエレイン君が彼の背後を取り、抱きつく形でどうにか魔法銃の銃口から逃れようとしていたエルフの青年の体を固定。
僕が突きつけていた魔法銃のトリガーを引いて催眠の魔弾を打ち込み、強制的に彼に眠ってもらったところで確保完了。
さて、後は彼をどう処分すべきなんだけど……。
僕が力が抜け足元から崩れ落ちるエルフの青年を、エレイン君が静かに地面に寝かせ、以前エルブンナイツの拘束にも使った、魔力を封じる特殊なマジックロープでぐるぐる巻にする様子を眺めながら、『どうしよう』と悩んでいると、ゲートから光の柱が立ち上り。
どうやら誰かが転移をしてきたみたいだ。
そんな突然の来訪者に、僕やエレイン君達が眠ってしまったエルフの青年を守るように警戒していると、散り消える光の柱の中から現れたのはエルフの知人で、
「アイルさん」
「ああ、虎助殿――と、やはり間に合いませんでしたか」
「お知り合いですか?」
アイルさんの反応を見る限り、いま眠らせたこのエルフの青年はアイルさんの里の関係者でいいみたいだ。
しかし、いきなり襲いかかってくるってことは、また里の方でなにか問題があったのかな。
アイルさんが慌ててやってきたことも合わせて聞いてみたところ、アイルさんは『あの――、その――』とやや答え辛そうにしながらも、やがて諦めたかのようにため息を吐き出して。
「この方はジガード様といって、サイネリアの祖父にあたる方です」
「えっ、この方、サイネリアさんのお祖父さんなんですか」
意外や意外、まさかこの青年がサイネリアさんのお祖父さんだったとは――、
さすがはエルフという見た目である。
「それでサイネリアさんのお祖父さんがどうして僕に襲いかかってきたんでしょう」
この方がサイネリアさんのお祖父さんであることはわかった。
ただ、どうして僕が狙われるのかがわからない。
サイネリアさんがどの一族に属しているのかは知らないけど、アイルさんとサイネリアさんの関係を考えると弓の一族のような考え方の持ち主とも思えないし、一体どういった事情があるんだろうと事情を伺ったところ、アイルさんはなんとも言えない微妙な表情を浮かべ。
「実はジガード様は孫であるサイネリアのことを大層可愛がっておりまして、つい先刻、放浪の旅から里に帰ってこられたそうなのですが、ご実家の方でサイネリアが里を出ているという話を聞いてしまったようで、愛孫に会うべくその足で里を飛び出してしまったそうなのです」
しかし、それならどうして僕が襲われなければならないのかというと、そこにはどうも弓の一族が関わっているらしく、どうやら里を出る時になにか吹き込まれたのではないとのことだ。
実際、アイルさんもサイネリアさんの両親にジガードさんのことをお願いされて、里を出ようとしたところで、露骨な時間稼ぎを受けたみたいだからね。
「本当にすみません」
しかし、アイルさんはここに来る度に謝っているんじゃなかろうか。
ただ、今回はアイルさんに悪いところは何もなく。
というか、今までのこともアイルさん自身は悪くないのだが、
「まあまあ、アイルさんは悪くありませんから。
それよりもジガードさんでしたか、この方はどうしたらいいでしょう」
相手がサイネリアさんのお祖父さんなら、さすがにこの状態で放っておけないと、簀巻きの状態で地面に転がる美青年を見下ろしながらアドバイスを求めたところ。
「サイネリアに説得してもらうしかないでしょう。また暴れられても面倒ですから」
「容赦ないですね」
「ジガードさんがサイネリアのことでこうなってしまうのは、私も心当たりがありますから」
もしかして、まだジガードさんが里にいた頃になにかあったのだろうか。
アイルさんはすごく疲れた顔を浮かべており。
僕はそんなアイルさんに慰めの言葉をかけながらも、サイネリアさんにメッセージを飛ばして、ここに来てくれるようにするのだが――、
十分たっても、二十分たってもサイネリアさんは現れず。
「遅い」
「たぶん、研究に夢中になっているだと思います」
苛立ち混じりのアイルさんの声に、僕が苦笑しながら『もう慣れた』とそう言うと、アイルさんは眉間を揉みほぐすようにしながら。
「あの馬鹿は――」
「えと、いまエレイン君に直接呼びに行ってもらってますから」
メッセージでダメなら直接つれてきてもらうしかない。
アイルに落ち着いてもらいながらも、あれこれ手を尽くしていると、サイネリアさん来るよりも先にジガードさんが目を覚ましてしまったようである。
気がついてすぐ、側に僕が立っていることに気がついたジガードさんが、慌てて立ち上がろうとするもマジックロープで縛られているから上手く立ち上がることが出来ずに、そのまま前のめりに倒れてしまい。
「くっ、貴様、これを解け」
大声で喚き散らすのだが、そこにアイルさんが割って入り。
「落ち着いてくださいシガード様」
「誰だ」
「剣の一族のアイルです。サイネリアとは昔からの友人なのですが――」
「お、おお――、サイと一緒に遊んでいたおてんば娘か。ちょうどいい悪いがこれを解いてくれ」
アイルさんに気づいたジガードさんがアイルさんに助けを求めるのだが、アイルさんはやや頬を赤らめながらも、
「残念ですがジガード様のご要望には応えられません」
「何故だ」
「何故だといわれましても、それを解いたらジガード様は虎助殿に襲いかかるでしょう。
なにより、ジガード様のことは、ユピナスさんからよろしくとお願いされているもので」
「むぅ」
ユピナスさんというのはサイネリアさんのお母さんかな。
ジガードさんは、一瞬、怯んだ様子を見せるも、しかし、納得がいかないのは変わらないようだ。
その後、ややトーンは落としたものの、僕やアイルさんに声をかけ続け、このままだと外見はともあれ、お年を召したジガードさんの血圧が心配だとなり始めた頃、ようやくサイネリアさんがやってきてくれたみたいだ。
ただ、サイネリアさんは僕の横にいるアイルさんを見つけると、あからさまに面倒臭そうな顔をして――、
しかし、このまま帰ったら怒られることを理解しているのだろう。足取り重く僕達のところまでやってくると。
「来たけどこの騒ぎはいったいなんなんだい?」
「おおっ、サイネリア。無事だったか」
ようやくやってきたサイネリアさんに喜びの声を上げるジガードさん。
「ええと、誰?」
しかし、当のサイネリアさんはジガードさんのことがわからないようで、
そんなサイネリアさんの反応に、ビシリと石像のように固まってしまうジガードさん。
うん。これは酷い。
「誰ってお前の祖父ではないか」
そして、アイルさんがフォローを入れてくれるも、サイネリアさんの反応はイマイチで、
「ええと、この人がお祖父ちゃん。お祖父ちゃんってもっとこう……、
どんな人だったっけ?」
えと、本当にジガードさんってサイネリアさんのお祖父さんなんですか?
と、そんな視線をアイルさんに向けたところ、アイルさんが説明してくれたことによると、どうもジガードさんはちょっと旅に出ると言って数十年と里に戻っておらず、それに、もともとサイネリアさんが興味のないことにはまったく記憶力を発揮しない質らしく、エルフらしい時間間隔で里に戻っていなかったジガードさんの顔を忘れてしまったのではないかということである。
とはいえ、これはこれで僕達の側からしたらちょうどいいかな。
サイネリアさんに忘れられていたことで、ジガードさんもすっかり大人しくなってくれたみたいだし。
とりあえず、ジガードさんが落ち込んでいるこの隙に、ここまでの経緯を聞き出してしまおうか。
◆次回投稿は水曜日の予定です。




