彼方からの報告
報告事というものは続くものなのだろうか。
それは魔王様が龍の谷から龍種の遺骸やら、龍の墓場での発見物を届けてくれた翌日のこと。
その日は午前中から魔王様が、午後になってマリィさんと元春が来店してくれていて、
魔王様が一緒にやってきた妖精二人とゲームを――、
マリィさんがいつものようにエクスカリバーさんと会話を――、
そして元春が本日発売の週刊漫画雑誌をお供にごろごろしていたところ――、
僕がそろそろ三時のおやつでも出そうかと時計を見ていると、ゲートから光の柱が立ち上り、ラファが回収されたという報告がもたらされた。
ここで説明すると、ラファというのは、とある世界から『掃除屋』と呼ばれているらしい巨大なクジラに飲み込まれて、アヴァロン=エラにやって来たエルマさんというテイマーのお姉さんに渡した、海洋調査用のウミガメ型のゴーレムのことである。
異世界転移の調査の一貫として、その『掃除屋』の調査をと、エルマさんにというよりも、潜水艇の備品として、向こうの世界に戻ったら自動的に海洋に放出してもらうようにしていたのだが、彼女が自分の世界に帰って数ヶ月、ようやく戻ってきてくれたみたいである。
ただ、残念ながら、この報告を楽しみに待っていたソニアは、現在、龍の谷を騒がせていたシャイザークの一応の遺体である黄龍の調査の真っ最中ということで、ここは僕がラファが向こうの世界で撮ってきた映像をチェックしておこうと、ソニアにその旨を伝え、マリィさん達のおやつを用意したところで、その映像のデータを再生しようとしたんだけど、ラファが撮ってきてくれた異世界の映像にはマリィさんも魔王様も興味があるらしく、だったら皆で見ますかと、万屋奥の和室で上映会をすることになって――、
ただ、映像が始まってすぐに元春が残念そうな声音で、
「エルマちゃんが映ってない」
「いや、ラファは転移直後に、エルマさんが乗った潜水艇のフォローが出来るように、潜水艇のアイテムボックスから射出されるようになってるから、ここにエルマさんが映ってたら大変だよ」
そもそもラファが射出されるのは潜水艇の外。
だから、この時点でエルマさんが映っていたら、それこそ緊急事態ということになってしまうのだ。
ちなみに、転移直後に映されていた映像はよく晴れた海上の映像で、転移そのものはうまくいったみたいだ。
懸念していた転移先も、『掃除屋』のお腹の中などではなく、普通になにもない海のど真ん中だったようで一安心である。
しかし、それは逆に『掃除屋』もしくは、それをギミックとしているダンジョンそのものが海の上を移動しているということになるからと、映し出される穏やかな海の映像に、これは近くに『掃除屋』はいないのかなと、僕がそんなことを考えていると。
エルマさんの乗る潜水艇が安全だと判断したのかな。しばらく潜水艇の周囲をぐるぐると回っていたラファがその場を離れて、そこから暫く、真っ青な海中を進む映像がしばらく続き。
変わらない海中の映像に元春が「ちょっち早送りしようぜ」とか言い出す中、魔王様はこういう映像が好きなのか、海中を進むラファの視界を映す魔法窓にびったり張り付く姿を見て、
たしか、そういうゲームがあったから、今度買ってきてみようか。
いや、普通に蒼空を使えば同じようなことは出来ることを考えると別にいらないのかな。
と、僕がそんなことを考えていたところ、元春が今度はちょっと不思議そうに。
「しっかし、こんだけスゲースピードで移動してんのに、魚とかぜんぜん見かけねーんだな。逃げてんのか?」
「どうなんだろう。エルマさんに聴く限り、場所が海の真ん中みたいだから、ふつうに生き物が少ないんじゃないかな」
「生き物が少ない、ですの?
私、海の中心にはもっとたくさんのお魚がいると思っていましたの」
マリィさんがそう思うのも無理はないけど。
「海のど真ん中というと隠れる場所もありませんし、餌が少なくなりますからね。海面近くにはあまり魚がいないそうですよ」
例えば太平洋のど真ん中ならその水深は四千メートル前後になる。
そんな海のど真ん中では魚が隠れるような場所もなく、結果的に大型の魚の餌となる小魚の数も少なく、魚全体の数が少なくなるそうだ。
なので、映像にあまり魚が映っていなくとも別におかしなことではないと、僕がそう答えていたところ、しばらく同じ映像が続いたからなのか、ラファの視界を映す魔法窓が一瞬ブラックアウトしたかと思いきや、すぐにさっきまでと同じ海中を進む映像に戻り、ただ少し進んだところでラファの視界を画面を過る黒い影が映り込み。
「ん、なんか横切らなかったか」
「たぶんサメの魔獣だね。
ほら、いま背ビレが見えた」
海中の映像にご執心の魔王様の許可をいただいて、映像を戻してみると、画面サイドにデーデンとそんな音楽が聞こえてきそうな魚影が映し出され。
「これがサメですの」
「……かっこいい?」
「お二人はサメを見るのは初めてですか」
「実物(?)を見るのは初めてですわね」
「……同じく」
「おお、マリィちゃんとマオっちの初めて……」
元春から危うい発言が飛び出たものの、マリィさんの意識がサメの魔獣に向いていたことで、この危機を回避。
「襲いかかってきましたわね」
「……危ない?」
「いえ、おそらく問題ないかと」
僕の言葉が示すように、ラファのスピードが一気に上昇。
「これ、どれくらい出てるん?」
「ええと、二百キロくらい出てるみたいだね」
「二百キロって、普通に早くね」
「パワーボートなら普通にそれくらい出るらしいよ」
「いや、パワーボートって、比較対象がぶっ飛び過ぎだろ」
元春が言うこともわからないでもないが、ラファはソニア手ずから作ったゴーレムだ。そう考えると、それくらいの性能があっても当然なんじゃないかな。
「それに、さっきの魔獣も普通についてきてるみたいだしね」
「マジかよ!?」
「地球でもカジキとかは、ふつうに百キロオーバーを出すみたいだから、そこまで不思議じゃないと思うんだけど……」
例えばホオジロザメは五十キロ以上の速度で海を泳ぐらしいし、そういう個体が魔素の影響を受けて魔獣化したらどうなるのか、それは言わずもがななのである。
「とはいえ、オーナー《ソニア》が作ったラファも負けてないけどね」
と言っている間にも猛然と追いかけてきたサメの魔獣がバクンとその大きなアギトでラファに食い付き。
しかし、次の瞬間、ズドンと砲撃のような音が聞こえ、一瞬画面が真っ赤に染まり、すぐにラファが海中を進んでいる映像に切り替わる。
「おおう、スプラッタ……」
「虎助、いまのは? ラファはなにをいたしましたの」
「移動に使ってる〈《ジェット》〉の出力を瞬発的に上げただけですね」
ラファはサメの魔獣に食い付かれたその瞬間、爆発的に推進力を上げて、その頭を突き破ったのだ。
ちなみに、倒したサメは、頭が吹き飛んだ瞬間にラファが付属のアイテムボックスで回収してくれたみたいだ。
これは後で解体かな。
と、そんな衝撃の映像がありながらもラファは旅路は続き。
もともとラファの記録はドライブレコーダーのように、数分間なにも変化がない映像が続くと自動的にカットされる仕組みになっているらしい。
時に各海で強力な魔獣と時に戦闘、時に逃走を繰り返しながらも海中を進み、画面下部に表示されるシークバーの残量が僅かとなった頃、辿り着いたのは、海流の影響からか難破船などの海のゴミが集まる海域だった。
「なんか、サルガッソーって感じのとこだな」
「……サルガッソー?」
「僕達の世界で有名な船の墓場ですね。
粘りつく海でしたか、いろいろといわくがある海域の名前です」
幽霊船が彷徨っているとか、ブラックホールが存在して異世界に通じているとか、
いや、ブラックホールに関してはバミューダトライアングルの話だったっけ?
とにかく、いろいろとオカルティックな噂が絶えない海域なのだ。
しかし、もしも異世界に通じる穴とか、本当にあったらソニアが喜びそうだね。
これは一度、調べておいた方がいいのかな。
地球だとラファは使えないから、新しく別のゴーレムを作ってもらう?
いや、適当にお宝情報でも教えてあげれば、義姉さんが喜んで行ってくれるかな。
とまあ、それはまた後でソニアと相談するとして、
今はこっちの船の墓場っぽい場所の確認なんだけど……。
「って、このカメ、水ン中だけじゃねーのかよ」
「こういう調査もしないといけないから、陸上でも行動できるようになってるよ」
もともとは打ち上げられた時の対策で考えた陸上行動なんだけど、陸上の調査目的というのも間違いではなく。
ちなみに、陸上というか、このサルガッソーに集まる船の上に上がったラファはいくつか気になるものを回収してくれているみたいだ。
そして、そんな回収物の中には宝箱のようなものがあるようで、
「虎助、あの宝箱も持って帰ってきてんだよな。見てみようぜ」
「後でね」
今ここで取り出すと汚れちゃうかもしれないからと、元春の期待に満ちた視線を抑えながらも映像の続きを見ていくと、ラファは宝箱以外にもいろいろ検証に使えそうなものを回収していってくれているみたいだ。
それそのものにはお宝的な価値はないかもしれなさそうではあるが、その世界の文化レベルやこの船の墓場のような場所を調べるサンプルになりそうなものであって――、
この辺は後でソニア行きかな。
そして、この場所の探索も重要な調査の一つではあるのだが、ラファの一番の目的はエルマさんが飲み込まれたという『掃除屋』の確認である。
「なんかキモいのが出てきたぞ」
元春が言う『キモいの』というのは海藻とヘドロが合体したような人形の化物だ。
それが、崩れかけた船の甲板で探索をしていたラファに襲いかかってきたみたいなのだが、
そんなヘドロ怪人は登場から数秒でラファの電撃一発で昇天してしまったようで、
「弱いですわね」
「……消えた?」
「消えたのはここがそういうダンジョンになっているからなんだと思います」
魔獣が消えるということはそういうことなんだろう。
しかし、逆に考えると、魔獣らしき存在が塵のように消えてしまったということは、この船の墓場がダンジョンに親しい場所であることが間違いないということだ。
そうなると、例の『掃除屋』はやはりダンジョンに付随するギミックのようで決まりなのかな。
そして、そのヘドロのようななにかが小さな結晶のようなものを落としたみたいなんだけど、これがまた微妙なもので、
「ん、なに落としたんだ?」
「魔石だね」
ちなみに、ラファが回収したものが、ラファの持つ分析能力から判別できるものだった場合、画面右下にその内容が表示され、別途データを確認できるようになっている。
そんなデータを覗き込むと。
「魔石って貴重じゃなかったか?」
「うん。これが普通の魔石だったらそうなんだけど……」
「……魔石にしては濁ってる」
「ですわね。廃棄する魔動機の中から出てきたもののようですの」
マリィさんの感想は言い得て妙ってところかな。
ラファが拾ったそれは魔石としてはクズもクズで魔動機に使えるような出力のものではないらしい。
「ようするにどういうことなん?」
「元春にもわかりやすく言うと、そうだね……、使いかけの電池とかそんな感じ」
「ああ、そりゃ微妙だわ」
と、そんな魔石を落とすヘドロ怪人に襲われながらもラファの調査は進み。
「しかし、カメがダンジョン攻略とかシュールだな」
「ラファの目的は掃除屋だから、攻略はしないんだけどね」
一応、この船の墓場にもリスレムなんかのゴーレムを配置はするものの、ラファの目的はあくまで『掃除屋』だ。
だから、この場所の探索は一応しているものの、その行動も『掃除屋』をおびき寄せる為であり。
「つまり出待ちってことか」
まあ、ゲームとかに出てくるギミックだとそうなるよね。
しかし、現実のダンジョンがそうであるとは限らないので――、
いや、世の中にはそういうダンジョンもあるとは思うけど、ラファが探している『掃除屋』がそういう条件で襲いかかる限らないから、いろいろと条件を探す必要があるらしく。
「あら、外に出ますの」
「たぶん、このままここを探していても『掃除屋』が出てこないとラファは判断したんじゃないでしょうか」
と、ここからラファはこの船の墓場の周囲を調べていくらしい。
船などの残骸が集まっている周囲をぐるぐると回りながらも、魔法を放ったり、すごい速度で移動してみたりと、ラファの試行錯誤がしばらく続き、ついにその時が訪れたみたいだ。
船の墓場を外から眺めるようにしていたラファが、漂ってきた船の残骸を風の魔法押しながら、船の墓場に向かって移動をしていたところ、急に視界がぐらりと揺れて、押していた船が軋みを上げたその時、海面が大きく盛り上がり、大波と共に現れたのは、大きなトンネルの入口のような巨大な空洞。
「デカ、いのか?」
「もともとクジラが大きい生き物だからね。映像越しに見ると、その比較が難しいけど、ラファが押している船の大きさを考えると相当大きいんじゃないのかな」
いままさに、飲み込まれんとしている船が、地球における通常の帆船とほぼ同サイズであることを考えると、この口の大きさも推測できるというものである。
そして、そうこう言っている間にも、周りの船だけでなく、ラファ自身もその『掃除屋』とおぼしき巨大クジラの方へと引き寄せられていき。
ついにはその口の中に吸い込まれてしまったみたいだ。
真っ暗な映像がしばらく続いたかと思いきや、不意に周囲が光りに包まれて、気づけば見慣れたアヴァロン=エラの景色に変わっていた。
「転移自体は『そにあ』の口ん中に入ったような感じだな」
「だね」
「そうなんですの?」
「はい。似たような感じですね」
ちなみに、マリィさんが使っている魔境での転移は横になった水面の中に沈んでいくような転移となっているが、転移の細かな条件に関しては、ソニアでないとこれ以上詳しく語れないので、
「とりあえず、ラファが回収してきた物品のチェックでもしましょうか」
「待ってました」




