彷徨う鎧
◆短めです。
日暮れ前、ディーネさんへのお供え物を届けた僕が、マールさんのところへバイトに行ってた元春と万屋へ戻る途中、荒野の彼方からガシャンガシャンと重々しい金属音が聞こえてくる。
そんな音に誘われたのか、元春がふいと向けた視線の先にあったのは歩く鎧で――、
その彷徨う鎧を見た元春が、シャリシャリと自分の坊主頭を撫でながらも聞いてくるのは、
「なんだあれ、新しいゴーレムか?」
「ん、あれはガラティーンさんだよ」
「ガラティーン?」
「ほら、前に魔王様が見つけてきた石版の中から見つかったエクスカリバーさんのお仲間さんで、この間、ケサランパサランが出た時にパワーアップしたでしょ。あれで自分で動けるようになったんだよ」
「ああ、んなこともあったっけか」
と、ここまで説明したら流石の元春も思い出してくれたみたいだ。ポンと手の平を打って、
「でもよ。いくら元聖剣とはいえ、あそこまで動くものなんなん?」
「そう? エクスカリバーさんもふつうに動いてるよね」
最近はマリィさんとお話したり、魔王様やソニアと一緒にゲームをしたりと、あまり動いていないエクスカリバーさんだけど、本気を出せば空を飛んで自由に移動が可能である。
それを踏まえて考えると、むしろ鎧であるガラティーンさんが動いているは違和感がないのではないのか。
「それに、元春のブラットデアだって実質似たようなものでしょ」
元春が持つ鎧――ブラットデアにはパワーアシスト機能がついており、それは装着者の元春の意思により、鎧が元春の動きをサポートするように動くようになっている。
ガラティーンさんはそれと同じことを、鎧に宿る精霊の意思によってそれを行っているだけなのだ。
僕がそう言うと、元春は納得したのかしていないのか、「ふ~ん」と取り敢えず鼻を鳴らして、
「で、あれはなにやってるん? 走り込みとかじゃないよな」
現在、ガラティーンさんがいる場所は万屋と世界樹農園との中間点。
そんな荒野のど真ん中で彼はなにをしているというのだろうという疑問に対する答えは、
「リハビリだね」
「リハビリ?」
「ほら、ガラティーンさんって石版の中に閉じ込められてたじゃない。
ずっと動いていなかったから体の動かし方を忘れちゃったみたいで、いま体が動かせるようにって訓練してるんだよ」
エクスカリバーさんの話だと、そもそもガラティーンさんは鎧になる前の聖剣だった頃から動くようなタイプの方ではなかったそうだが、鎧に改造されて石版の中に何十年――、いや、何百年と動かないでいた所為か、体の動かし方を忘れてしまったらしく。
例のケサランパサラン騒動の後、ソニアのオーバーホールを受けて、鎧の姿でも自分の意思で自在に動けるようになったそうなのだが、当初、立つことすらままならなかったようで、現在、ソニア提供のシステム的なフォローを受ける形で動く訓練をしているというわけだ。
ちなみに、ガラティーンさんがこのリハビリを終えたあかつきには、魔王様の拠点に行くことになっている。
もともとガラティーンさんの所在は、エクスカリバーさんの横がいいんじゃないかという話になっていたのだが、エクスカリバーさんから、ガラティーンさんに横に居座られると息が詰まると物言いが上がって、だったら他にガラティーンさんの行き場所はと、マリィさんや魔王様からお知恵を拝借したところ、マリィさんから、ガラティーンさんを見つけるきっかけとなった魔王様の拠点の守りをお願いしたらどうかというアイデアが出されて、ガラティーンさんの了承も得られたということで、そういう配置になったのだ。
ガラティーンさんなら特別な処置がなくても魔王様の拠点に転移できるだろうからね。
まあ、魔王様を適しするエルフも、最近は迷いの結界もあるから、滅多なことでもない限り、特に仕事はないと思うけど。
以前、ボロトス帝国が精霊に関わりがある種族の力を無理やり使って、魔王様の拠点にいるニュクスさんの力を探知するという方法で、迷いの結界を打ち破ってきたなんて例もあるからね。
同じく精霊と関わりがありそうな魔王様を忌避するエルフ達も同じ手でやってくるかもしれないと、その対応をガラティーンさんにお願いしたということだ。
「しっかし、大量の精霊ちゃんの次は勝手に動く鎧とか、マオっちのところも結構カオスなことになってきてんな」
それに関しては否定すまい。
ただ、もともとあの森は夜の大精霊であるニュクス様のお膝元だということで、魔の森として知られる以外にも、そういう存在の駆け込み寺のような場所になっていたらしく、今更ということもあるのだという。
もしかすると、魔王様がそこに捨てられてしまったのも、そういう伝説がまかりまわって伝わった結果だったりするのかもしれないね。
とはいえ、そうして捨てたにも関わらず、またちょっかいを出してくるなんて、魔王様のところのエルフ達は何を考えているのかな。
まあ、魔王様をニュクス様が暮らす森に誰が捨てたのかわかっていないみたいだし、なにか事情があるかもだけど。
魔王様やニュクスさんからしてみたら迷惑この上ないことにはかわらないってことで、立てられるだけの対策は立てておいた方が良いと思う。
「そういや、マオっちのとこと言えば、前に話してたスパ銭はどうなったん?」
「それなら、もう作り始めてるよ。
とりあえず、洞窟風呂は完成して、いまはサウナを設置してるとこだね」
「てか、洞窟風呂できるの早くね」
「そう?
もともと洞窟だし、普通に掘って水を入れるだけだから、そんな驚くほどでもないと思うけど」
魔王様の拠点はそもそも洞窟の中だということで、地盤が硬い場所を狙って掘って、水を入れてしまえばそのまま使える洞窟風呂に早変わり。
ちなみに、排水に関しては、拠点を建てる際に整備されており、排水溝から地下水に流れるようになっている。
「でもよ。そういう水って地下水に混ぜて大丈夫なん?」
「その辺は、全部の排水口にきちんと浄化の魔法式が刻まれてるから大丈夫かな」
汚れた水も魔法を使えば綺麗な水への転換が簡単に出来る。
この辺の技術は魔法の方が進んでいたりするのだ。
「ただ、お風呂の水に関しては、水の精霊のみなさんが常駐していることで精霊水になってるんだよね」
浄化の魔法は便利だが、それが魔法的にプラスの方向に対する変化には対応してくれないかったりするのだ。
「それって全然大丈夫じゃなくなくね」
魔王様の拠点がボロトス帝国から狙われた理由も精霊水だったしね。
ただ、これに関しては今更で――、
「そもそもニュクスさんのところから高濃度の精霊の流れ出しているから今更だと思うよ」
それに、ニュクスさんのお家というか、縄張りである湖が高純度な精霊水で満たされている為、そこに新たに水の精霊由来の精霊水が加わったところで今更なところがあるのだ。
ちなみに、ニュクスさんはあの地底湖の中に住んでいるのではなく、地底湖の奥に地下通路のような場所があって、その先にある祠に住んでいるそうなのだが、どうもその祠の近くを地下水脈が通っているらしく、その際にニュクスさんの体から自然と放出されている魔力の影響を受けているのだそうだ。
「それに、魔王様のところから流れ出した精霊水がどこに行ってるかも掴んでるから」
「ああ、わかってるんか」
「ボロトス帝国のことがあって調べたんだよ」
その結果、地下を通って海に流れ出していることが判明したのだ。
「それなら安心なのか」
「さすがに海の中はボロトス帝国も捜索範囲外だろうからね」




