●夏の森は虫が多い
「お茶を一杯もらえるかしら」
時刻は午後六時半、そろそろ日暮れも近いという時間に、万屋のカウンター横のソファーにぐったりと倒れ込むのは赤髪の召喚師ティマ。
そんなティマに困った視線を向けるのは、万屋の店主である虎助とティマの仲間であるフレア達だ。
さて、そろそろ夕飯というこの時間に、どうして彼等がこの万屋に集まっているのかというと、今日一日、魔の森で狩った魔獣の換金して食料やら生活用品やらを調達する為に他ならない。
しかし、すでに日課ともなりつつあるこの買い出しで、どうしてティマだけが、こうも疲れているのかというと、それはここ最近、彼女たちが戦っている魔獣に問題があった。
「その様子から察するに今日の獲物も虫ばかりでしたか」
「狼やイノシシ、フクロウなどのなどの魔獣も多少はいたのだがな」
「ホント、嫌になるわ。なんであんなに虫ばっか出てくるのよ」
「夏なのですから仕方がないのでは」
現在、季節は夏真っ只中。
それはこのアヴァロン=エラのみならず、フレア達が滞在する魔の森もほぼ変わらず。
さらに魔素が濃密な森ともなると、魔獣――細かくいえば魔蟲と呼ばれる強力な虫が大量に湧いており。
結果的にフレア達が狩る獲物も必然的に魔蟲ばかりとなり、そういったタイプの魔獣があまり得意でないティマとしては、戦闘での魔法行使も加わり、精神が疲弊が大きく、こうしてぐったり倒れ込んでしまっているのだ。
ただ、そんなティマの一方で、他のメンバーはというと――、
「でも、殺虫剤が使えるから倒しやすい」
「そうですね。こちらで購入させてもらった〈誘蛾灯〉の魔法を併用すれば、一網打尽にも出来ますから」
フレアは男の子として子供の頃から、ポーリは聖職者として、そしてメルは元奴隷という経験から、特に虫が苦手という意識はないようで、むしろ虫系の魔獣は殺虫剤などの準備が整っていれば倒しやすいと口にする。
ちなみに、ポーリが口にした〈誘蛾灯〉というのは、簡単な光魔法に虎助が使う誘引の魔法を組み込んだ虫寄せの魔法で、これを設置型の殺虫剤を組み合わせて薄暗い魔の森の奥で使うと、面白いほどに虫型の魔獣が狩れるのだ。
まあ、すべてがすべてその殺虫剤で倒せるワケではないのだが――、
「ただ、惜しむらくは、そうして倒した獲物があまりうまみないということですか」
「虫タイプの素材は、基本その扱いが消耗品になりますから」
「俺も駆け出しの頃にそういった素材の剣を使ったことがあったが、修理に出せずに困ったものだ」
「そういった武器の場合、『研ぎ』すらも迂闊に出来ませんからね」
「あと、虫の魔獣だと中身が売れない」
これはフレア達が暮らす世界に限らず、どこの世界でも割と通じる話なのだが、虫を食べる文化があまり主流であるとはいえない。
特に魔獣などというモンスターが存在する世界では、動物保護などという甘い考えは皆無であり、魔獣を倒さなくては自分達が彼等の餌になってしまうことから、積極的な狩りが行われており、わざわざ蟲の魔獣の肉を食べなくとも、その地域のタンパク源は確保できてしまうからという理由が大きいだろう。
「しかし、そういったタイプの魔獣の中にも、食材として高値で売れるものはあるんですけどね」
「例えば?」
「そうですね。最近のものでいいますと、前にみなさんかが持ち込んでくださったタンククラウンですか」
ちなみに、虎助が例に出したタンククラウンというのは、虹色の堅殻を持つ巨大な甲虫で、タンクと呼ばれるだけあってその外殻は固く、貴族などの防具として珍重される魔獣でありながら、その肉も七色に輝くように見える外見から美容にいい食材として、一部好事家に喜ばれる食材となっている。
「他にも、迷彩蜂やレッドホッパー、ヘブンリースパイダーなどが食材として高く売れますか」
こちらは特定の部位が調味料へと加工できるものだったり、香辛料になるような魔獣ばかりで、
「でも、そういう魔獣は都合よく見つからない」
「たしかに、普通に森の中を彷徨っているだけではメルさんの言う通りになってしまいますね。
しかし、森の様子をモニターしているリスレムの集めたデータを使えばピンポイントで探せると思いますが――」
「って、あのリスってそんなことまでできるの!?」
と、そんな虎助のアドバイスにガバっと体を起こすティマ。
「パキートさんなんかは研究に使っていますけど」
「そう言われると、たしかにそんなものを見ていたような気がするわね」
「しかし、そういうことが出来るのでしたら使わない手はないですね」
「そうだな。パキート殿に話を聞いて、明日、試してみようか」
と、そんな会話があった翌日――、
フレア達は早速、リスレムの監視網に引っかかった情報を使い、それらしき魔獣がいる現場に向かっていた。
そして、見つけたそれは、頭から奇妙な突起を伸ばす巨大な幼虫だった。
「き、気持ち悪い魔獣ね。ねぇコイツ――、本当に高く買い取ってもらえる魔獣なの?」
「ええ、実際に高く買い取っていただけるのは、本体ではなく、頭から飛び出しているキノコの部分のようですが……」
「って、あれキノコなの?」
「そのようですね。
ただ、あれそのものもマタンゴの亜種らしく、むしろ下の魔獣はどんなものでもいいみたいです」
「趣味の悪い魔獣ね。
でも、そういうことなら――」
ティマは敵の正体に声を小さく驚きながらも、魔石とカード、二つのアイテムを使って、風の狼とミニ飛竜を召喚。
「素材にするなら毒魔法は使えない」
「武器による攻撃で仕留めるしかないな」
フレアとメルが自分達に気付き動き出す幼虫にそれぞれの武器を構え。
「私が仕掛けるわ。フレアとメルはその隙をついて」
「「了解」」
簡単に作戦を立てたところで、ティマが風の狼とミニ飛竜をけしかけ、フレアとメルが飛び出すのだが、
「糸?」
「くっ、面倒な。下の魔獣の能力まで使えるのか!?」
フレア達の中では、敵は寄生生物で下の魔獣は移動に使うだけと、そういう認識があったのかもしれない。
相手まであと数メートルと近づいたところで、フレアが幼虫の口から噴射された粘着力の糸をまともに浴びてしまう。
そして、フレアとはまた別方向から攻撃に入ろうとしていたメルも、地面に落ちた糸に足をとられて、
二人の動きが鈍ったところに幼虫に取り付いたマタンゴ亜種からの反撃。
自分の下部にあたる幼虫を使い、二人にののしかかりるようなボディアタックを仕掛けるも、ここでティマとポーリ、後衛の二人が――、
「フォーロ、風の牙で糸を切って。ファリオンは翼を使いなさい」
ティマの命令で、風の狼がその牙で、ミニ飛竜がその翼を使い、二人に絡みついていた粘着糸を切り裂けば、
「いま助けます」
ポーリが掲げた杖から浄化の光を飛ばし、二人に絡みついた糸を流し去り。
「ティマ、ポーリ、助かった」
「当然よ」
フレアが二人からのフォローにフレアが感謝を伝えたところで、
「下は私がやる。フレアはキノコを」
メルが粘着糸を吐き出す幼虫は自分に任せろと声を張り上げ。
「任されろ」
ならば自分がマタンゴの亜種を――と、フレアが必殺の構えを取り。
「フォローします」
そこにポーリからの付与魔法がかけられて、それと同時に幼虫からの糸攻撃が再びフレアを襲うも。
「二度目はない。ルーナルード」
フレアは左手に装備するヴリトラの龍牙盾を胸の前に構え、自身の前面を大きくカバーする魔法障壁を展開。
粘着力が強い糸の放射を完全に防御すると、そのままの勢いで――、
「一瞬で決めてやる。メル」
「うん」
「フレアスラッシュ」
メルが投げナイフをバラ撒き、マタンゴ亜種の機動力となっている幼虫の足止めを――、
そして、風の魔法の補助を受けたフレアが横薙ぎ一閃。
マタンゴ亜種と巨大な幼虫とを切り離したところで、
「仕留めたか?」
「待ってフレア」
「どうした?」
不吉なセリフを口にするフレアに『待った』をかけるティマ。
しかし、ティマが言葉を続けるまでもなく、切り離したハズのマタンゴがフレアの目の前でムクリと起き上がり。
「ここからが本番ということか……」
「そのようですね。
このタイプは毒の胞子をばら撒きますので、前衛のお二人は浄化の準備をお願いします」
ポーリに言われ、フレアとティマがヴリトラ戦での反省から手に入れた浄化の魔法式が表示された魔法窓を展開して、毒の胞子への対策を整えたところで、ぐっと足に力を入れ、正体をあらわしたマタンゴの亜種への攻撃に入ろうとするのだが、
「あっ、逃げた」
ここで起き上がったマタンゴ亜種が脱兎の如く逃げ出した。
そんな展開に一瞬呆気にとられるフレア達だったが、そこは冒険者としての経験値か。
先ずフレアがマタンゴ亜種を後を追いかけ、それに続くように、メル、ティマ、ポーリとフレアの背中に続くように走り出し、深い森の中の追いかけっこが始まるのだが、
なにもフレア達も無策で――いや、最初に飛び出したフレアはただ反射的に追いかけただけなのかもしれないが、少なくとも後の三人は無策でマタンゴを追いかけているのではなかった。
ただ追いかけるだけのフリをしながらも、ポーリを司令塔に、リスレムによる森の調査の結果作られた地図を使って、逃走したマタンゴ亜種を森の中にある小さな崖のような場所に追い込んでいき。
「ようやく追い詰めたぞ」
「もう逃げられない」
「ハァ、ハァ――、か、覚悟を、決める、ことね」
「カッ、ヒュー、追い、詰め、ましたよ……」
「フレア、私は足を狙うから――」
「止めは俺に任せろ」
若干二名ほどがノックダウン寸前であるが、体力に余裕のある前衛二人が、つい先ほど、寄生する側とされる側を分断したように役割分担で攻撃を仕掛け。
最終的にフレアのソルレイトによる一撃がマタンゴの胸(?)を貫いたところで討伐完了。
ティマとポーリが動けない中、フレアとメルが糸が切れたように動かなくなったマタンゴ亜種を回収。
その後は魔獣の間引きといつものように借りを行い、そろそろ日もくれようという時間に万屋に赴いて買取をしてもらうのだが、そこで出された査定額が予想外のものであり。
「金貨百二十枚だと!?」
「間違いじゃないのよね」
「店長に聞いてみるべき」
「万屋に行ってみましょう」
その金額に慌てて万屋に向かうフレア一行。
そして、そこで改めて今回の査定が正しいものか確認したところ、虎助がキョトンとした顔を浮かべ。
「もしかして安かったですか?」
「いやいやいやいや、逆よ、逆、なんでそんな高値で売れるのよ」
これまで持ち込んだ獲物の換金額は、一番いい時で金貨二十枚。
それとて一般の冒険者からするとかなり高額な報酬になるのだが、それがここに来てのこの高額買取だ。
どうしてそうなったのかが知りたいと、そんなフレア達に虎助がする説明はというと。
「実はこのキノコ、僕達が暮らす世界ではかなりの高級品として取り引きされている素材でして、今回の場合、その上位互換になりますから、この値段になったって感じですかね」
「そ、そんなにすごい素材なの?」
「魔法薬の素材としてはかなり優秀な方かと、例えば老化防止を目的とした薬や遺伝的な病気に対する魔法薬を作る際の中核素材になってくれるみたいですね」
「おお――」
世界樹由来の素材やら龍種の血液などには劣るものの、単純に魔獣というカテゴリの中ではトップクラスの素材という説明で、
「後は、その、不能を治す薬として高い効能があるらしく」
正直、これを言うのはどうかと迷った虎助なのだが、どうしてここまで高値で売れるのか、その一番の理由をわかりやすく証明するにはこれが一番と話してみたところ、それはフレア達の暮らす世界でも変わらないらしく。
いや、むしろ王族や貴族などという特権階級が存在するフレア達が暮らす世界では珍重される薬であるようで、フレア達もそういう依頼に幾度か接したことがあったようで、
「な、成程、理解したわ」
ティマやポーリがやや顔を赤らめて店内に微妙な空気が漂うのだった。
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




