巨人とスパ銭
さて、昨日のリドラさんの戦いっぷりに、中二魂に仄かな火を灯した元春の提案で始まったネタ武器開発もすっかり落ち着いたところで、おやつをたべながらの休憩タイム。
ちなみに、如意棒の改造は工房のエレイン君に任せてある。
元春から変な機能を追加するように言われているが、その辺はエレイン君がデータとして収集した日本の倫理観に合わせてうまく調整してくれることだろう。
「そういやさ。龍の谷の問題は解決したとして、ボロトス帝国の方はどうなったん?」
と、魔法で用意したチョコミルクのパンダかき氷を食べながら聞いてくるのはもちろん元春だ。
「ティターンなら現在順調に完成に向かってるみたいだよ。
最近だと、魔法使いらしき人がいっぱい乗り込んできてるみたいだから、そろそろ動き出すんじゃないかってところみたい」
そんな元春の疑問に定番のいちごミルクのかき氷を崩しながら僕が答えると、
「……ん」
魔王様がレインボーなかき氷を器用に掬い、シュトラに食べさせながら頷いて、
「それって大丈夫なん?」
元春の心配はもっともなことなんだけど。
「前にも言ったと思うけど、ティターンの中にはディロックが仕込んであるから、もしもの時はそれを起動させるから大丈夫だと思うよ」
ティターンの内部にはいつでも発動可能なディロックが仕掛けてあり、何かあった時にはすぐに爆発させられるように準備は整っているのだ。
まあ、それだと、ティターンの起動実験の最中に気づかれたり、技術的なトラブルでうまく爆発しないなんてケースもあるかもしれないけど、その時はリドラさんに出てもらうことになっている。
とはいえ、リドラさんが出るとなると、魔王様の関連が疑われるかもしれないので、できればそんなことがないようにするのが一番なんだけど。
それもソニアが作った装置が簡単に見つかったり壊れるなんてなかなか想像できないから、本当に万が一のことなんだけどね。
「それに完成に向かってるってことは周りへの被害がなくなるってことだから」
例えば、ボロトス帝国が最近まで精霊水を集めていたのはティターン体内の動線を確保する為だった。
だから、精霊達の平穏を考えると、ティターンを途中で破壊するよりも、一回完成してから破壊した方がいいと思うのだ。
それが簡単に壊されてしまうような兵器なら、もう一度作ろうなんてことは、あんまり思わないだろう。
「そういや精霊ちゃんがいっぱい集まってきたんだっけか」
「……いっぱいいる」
自然に存在する力を持った精霊が少ないとはいえ、ボロトス帝国周辺に住む水の精霊の過半数以上が魔王様の拠点にお引越ししてきたのだから、そこそこの数になる。
「でもよ。そんなに集まって住むトコとか大丈夫だったん?」
「とりあえず、いまは水がいっぱいある場所ってことで、ニュクスさんのお膝元の地下農園で暮らしてもらってるみたい。
ですよね。魔王様」
僕の呼びかけにコクリと頷く魔王様。
「ふ~ん。薄暗い洞窟の中の水場で集団生活する水の精霊とか、それ天国かな」
「変な妄想してるとこ悪いんだけど、たぶん元春が想像してるような水の精霊は少数派だからね」
なにも精霊はすべてが人型ではないのだ。
それに、たとえ人型だったとしても、それが元春が想像するような美女とは限らない。
「じゃあ、どんな感じなんだよ」
と、元春の逆ギレ気味の問いかけに、魔王様が「……ん」と見せてくれたそれは、淡い魔素の光に照らされた洞窟内の農園で元気いっぱいはしゃいでいる少女達。
そして、その画像を見た元春のリアクションがこちら。
「うん、これはこれでアリだな」
それは微笑ましいって意味でだよね。
僕は地下農園の精霊達がじゃれ合っている様子を写した画像を、気持ち悪い顔で覗き込んでいる元春に胡乱な視線を向けながら。
「でも、いつまでもこのままっていうのもダメですよね」
「……ヴォダが困ってた」
ヴォダさんというと、魔王様の拠点の地下農園を管理している蛙人の妖精さんだね。
水の精霊が楽しく暮らしてくれているのはいいのだが、地下農園には地下農園の役割がある。
魔王様が言うには、そんな水の精霊達が農園にいることで、農園を管理するヴォダさんの仕事がやや滞っているとのことである。
まあ、そんな精霊たちの中にも積極的に農園の手入れを手伝ってくれる精霊もいることにはいるみたいなんだけど、みんながみんな農業に興味があるわけではないそうで、出来れば他の役割を回して欲しいという精霊も中にはいるらしく、ただ、他の仕事をしてもらうにしても、住環境の問題から仕事の割り振りが出来なかったりするみたいなのだが……。
「そうなると新しいエリアを増築するのが手っ取り早いんですけど、水の精霊には地上で生活が出来ない方もいますからね」
水の精霊の中には水場がないと暮らしていけないような個体も存在するし、普通の建築物だと住みにくそうだなとそんな話をしていると、また元春が何気なく。
「それ、なんかでっけー露天風呂とか、そういうのを作っちまった方が早そうじゃね」
「ああ、それもありだね」
「……いい考えかも」
「自分で言っといてなんだけど、マジかよ」
僕と魔王様からの思わぬ肯定の声に驚く元春だけど。
「いや、大きいお風呂に関しては前から要望があったから」
かつては水浴びで済ませていた魔王様の拠点のみなさんだが、万屋の宿泊施設でお風呂を体験してからというもの、その何人かが入浴の素晴らしさに目覚め、今では毎日お風呂に入らないと気持ちが悪いというレベルの衛生感覚を獲得し、半年くらい前に地下農園の豊富な水量を利用して簡易風呂場を設置したのだ。
しかし、アラクネのミストさんやオーガの変異種であるブキャナンさんなんかの大きな体を持つ種族には、その簡易風呂場は少々手狭なんだそうで、できれば広いお風呂を作って欲しいという依頼がチラホラと上がっており。
「そういうことなら別にいいけど、どんなのを作るん?」
「そうだね。魔王様のところだとそのまま洞窟風呂とか」
「温泉旅館とかにあるヤツな。いいなそれ」
魔王様の拠点をイメージして安易に出した洞窟風呂という僕の案は、元春にはすぐ受け入れられたものの、魔王様にはいまいちピンと来なかったみたいなので、実際に洞窟風呂の映像を魔王様にいくつか見てもらったところ、魔王様も「……面白そう」と興味をもってくれたみたいで。
「ちなみに、マリィちゃんのトコにも風呂を作ったんだろ。そっちはどんな感じになってるん?」
「それなら、前にマリィさんが村にも入浴施設の建設をって用意した画像があるから」
と、その説明などに使うようにと録画したお風呂施設の映像データを、携帯するインベントリから引っ張ってくると、元春は食い入るようにそれを見つめて、
あれ、もしかして、いまの返しはこの映像が目的だった?
あんまりにも必死な元春の様子に、僕が『これは後でマリィさんに報告が必要かな』と心に留める一方。
「……こっちがいい?」
魔王様は魔王様で、洞窟風呂もたしかに面白いがけど、総古代樹作りのお風呂も良さそうだと考え始めたみたいで、
ただ、最初に言った元春の案を採用するなら。
「せっかくなので洞窟風呂を基本にマリィさんのところのような施設も作ってはどうです」
「……ん、それがいい」
「って、それ、なんか、スパ銭つーか、一大リゾートみたいなのを作る計画になってね」
「魔王様の拠点は広いし、いろんな種族がいるから、大きめの施設を作っても問題ないでしょ」
たとえば、一番大きなリドラさんでも入れるようなお風呂も一つは必要だと思うのだ。
「言われてみるとそれもそうか。だったらよ。他にもいろんな風呂を作るのもオモシレーんじゃね。例えば、ジャグジーとか、岩盤浴とか、洞窟風呂とつなげてイルミネーションで飾り付けるみたいなヤツ」
なんかそういうの見たことあるかな。
インターネットで検索をかけたところ、いくつかの映像がヒットしたので、それを元春と魔王様に見せてみると。
「これかな」
「そうそう、こんな感じ、どうよマオっち」
「……かっこいい」
「あと、サウナはハズせねーよな」
元春のフリに僕が『どうします?』とばかりの視線を送ると、魔王様は若干困ったように首を傾げて。
「ああ、マオっちはサウナに入ったことがないんか」
漫画やアニメなどでサウナ自体は見たことがあるものの、実際に体験してみないとわからないか。
「だったら、一回体験してもらうっていうのはどうですか」
「そうだな。
つか、体験してもらうって、この為だけにわざわざサウナ作るんか」
「いや、さすがにいきなりサウナを作るのは無駄になるから、とりあえずサウナテントを作ったらどうかと思うんだよね」
あれなら、断熱性の高い素材でテントを作って、そこに簡単な薪ストーブをつけたら出来そうだし。
それに、作った後で魔王様が気に入らなくても宿泊施設の方に持っていけばいいしね。
「ああ、テレビで見たことあるわ。それが作れんならやってみようぜ」
「じゃあ、さっそくエレイン君に注文しますね」
「……ん」
◆次回投稿は水曜日を予定しております。




