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オークのベーコン作ります

今週の2話目です。

 万屋から少し離れた小高い丘から響く爆音もすっかり日常に溶け込んできたある日の放課後、元春の魔法の練習に付き合った後、いつものカウンターに腰を落ち着けた僕がいつものメンバーを前に宣言する。


「という訳で、今日はオークのベーコンを作ろうと思います」


「……………………何でベーコン?」


 たっぷり間を開けてそう聞いてきた元春の声に答えるとしたら、そこに豚肉があるからだと僕は答えるだろう。

 そう、数日前に大量入手したオーク肉が余りに余っているのだ。

 温度管理や湿度管理を自在に行えるバックヤードで管理しておけばかなりの長期の保存が可能なものの、使わなければ減っていかない。

 それでなくともこのアヴァロン=エラには日々魔獣やらがやってきて素材が溜まっていくばかりなのだ。

 積極的に消費をしていかなければ無駄に面倒な魔法処理によって魔素に変換して処分をしなければならなくなってしまう。

 それになんというか――、


「前々からベーコンとか作ってみたかったんですよね。どうせ余っているお肉ですから、多少失敗してもそれが食べられるものなら、サービス品として無料で提供すればいいですし、それに――、出来たてのベーコンとか食べてみたくないですか?」


 やはりどの世界の住人にだって出来たてという言葉が秘める魔力は凄まじいようだ。僕の提案に元春とマリィさんだけでなく、意外と食いしん坊な魔王様まで反応を示す。フレアさんがいなくてよかったと思う。

 とまあ、そんなこんなでベーコン作りをすることに決まったのだが、


「でもよ。燻製とかああいうのって作るのが面倒なんじゃなかったか」


「ああ、それは問題無いよ。時間がかかる部分は魔法を使って作るから」


 思いの外、鋭い指摘をしてくる元春に、僕が案内するのはカウンターの奥にある階段。工房へと繋がる扉の横から伸びるその階段は、この万屋の二階に伸びるものだ。


「そう言えば(わたくし)二階に上がるのは初めてですの」


 そう言って僕達について急な階段を登るのはマリィさんだ。

 魔王様も初めて訪れる2階に興味があるようで、コクコクとうなずきながらもその狭くて急な階段を登っていく。

 そしてやってきた2階。そこに並ぶのは武器や鎧の数々だった。

 1階の、駄菓子屋やディスカウントストアなどの雑然とした雰囲気とはうって変わって、シックでおしゃれなギャラリーのようにスポットライトを浴びて綺羅びやかに展示されている。


「ここは……?」


「一応は上質な装備を求めるお客様の為に作った専用の売り場なんですけど……、まあ、万屋(ウチ)の商売条件を満たす人がいなくて、出来が良い装備品の倉庫みたいに使っていますね」


「私がいるでしょうに!!」


 まだ、ただ一人のお客様も迎え入れたことのない売り場スペースに、そんな説明をする僕に、重度なくらいに武器マニアのマリィさんからの抗議が入る。


「えと、マリィさんは自分で魔法剣とか作っているじゃないですか」


「それとこれとは話が別ですの」


 と、そんなやり取りをしていると横から、


「なあ、そういえば佐藤さんの時も言ってたけどよ。ここって色んなアイテム――たとえば攻撃しただけで服が弾け飛ぶ魔法の銃とかそんなアイテムのオーダーメイドが出来るんだよな。それって俺も出来るんか?」


「うん。元春なら出来なくはないと思うけど、オーダーメイドって高いよ」


 さすがに元春が考えるような(・・・・・・・・・)装備品をソニアに作ってもらう訳にはいかないだろう。そうなるとエレイン君達に既存の魔法を組み合わせて作ってもらういいのかな?いやいや、それでも駄目でしょ。

 そんな事をアレコレと考えていると、万屋の制服のように使っているジップパーカーのフードが引っ張られ、


「……も作ってみたい」


 ウィスパーボイスながらも強い意志がこもったその声を発したのは魔王様。

 魔王様の視線は、以前作ってみたサラマンダーのジャケットもどきに釘付けになっていた。

 マリィさんに譲った後に自分用にもと作ってみたものだけど、染色が上手くいかずに放置していたものだ。

 もしかすると魔王様はマリィさんがたびたび着てくるジャージを羨ましく思っていたのかもしれない。

 それでなくとも魔王様は、なんか高級そうなローブをジャージみたいに着ているからね。魔王様にも和室でくつろげるような普段着の1着や2着送っておいた方がいいのかもしれない。

 けれどそこは魔王様への贈り物。そこはかとない威厳を出す為にもデザインや素材をちょっといじらないといけないのかもしれない。

 それに、マリィさんと全く同じものを送って二人に気不味い思いをさせてしまうかもしれないし――、

 などと、二人からのおねだりを聞いて職業病のようにあれこれ対策を考えてしまうものの、

 まあ、常連のお客様への工房の開放は技術革新を望むソニアの意思でもあることだし、二人の要望を聞くのは吝かではないが、今日の目的はベーコンだ――ということで、


「それはまた今度ということで、今日はベーコン作りをしましょうよ」


「つーけどよー。ベーコンを作るってこんなトコ連れてこられてもな」


 ベーコンを作るといって連れてこられたのがこんな武器庫のようなところだ。元春が言わんとすることもわからないでもないけれど、ここはまだ目的地の中継地点でしかない。

 こっちだよ――と、僕は武器防具のギャラリーになっている2階の壁際、不自然に取り付けられている扉を鍵を魔力認証で開く。

 その扉の先にあったのは防波堤のように地面から飛び出た石の回廊だった。

 そう、ここは万屋の背後、工房を囲うようにしてそびえ立つ石壁の上に作られた哨戒経路だ。


「なんじゃこりゃ。つか、店の裏ってこんな風になってたのかよ」


「だから、ここがいま言ってたオーダーメイドなんかの賞品を作ってる工房エリアだよ。2階から裏の工房を囲む石塀の上に繋がってるんだよ。それよりもこっちだから、気をつけてついてきて」


 唖然と漏れ出た元春からの疑問に答えながら、僕が目指すのは工房を囲む石壁の一角に建つ、見張り台のような建物だ。

 2階の入り口となる扉から建物内に入ると、そこには巨大な金のお釜がデデンと待ち構えいて、その傍らにいたすらっと手足の長いゴーレムが薄い琥珀色の液体と500mlのペットボトルサイズのブロック肉をその黄金の釜の中に投入していた。

 そう、ここは最近作ってもらったばかりの錬金工房だ。

 と、そんな光景を見た元春が呟いた言葉がこれだ。


「煮豚?」


 いや、だからベーコンを作るって言ってるのに――、

 元春のおバカな発言は放っておくとして、僕も錬金釜付きのゴーレムが行っている作業を手伝おうとするのだが、その前にマリィさんに呼び止められる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいまし、もしかしてこれ(・・)が全てオリハルコンですの!?」


 マリィさんがこれ(・・)と称するのは大芋煮大会で使われるような巨大な錬金釜のことだろう。

 しかし、


「……違う。これはエルライト」


 さすがは魔王様。一目見ただけでその素材を見抜いたらしい。

 そう、これはエルライトと呼ばれる、金を人の手によって(・・・・・・・)魔法金属化させたものである。

 しかも、お釜すべてがエルライトという訳ではなく、単にメッキをしてあるというということなので、ここに使われるエルライトは、金貨にしてたったの5枚程度なのだという。

 と、そんな説明を軽くして、マリィさんを落ち着かせている間にも、肉の漬け込みの準備は完了してしまったようだ。

 錬金釜付きのゴーレムの報告(フキダシ)を見た僕は「ごめんね」と小さく一言、錬金釜の取っ手に手を伸ばし魔力を込める。

 発動させる魔法式は〈浸透〉〈分解〉〈反応〉の三種類。

 この錬金魔法の効果により、ハーブやスパイスを混ぜて煮立たせた塩水。いわゆるソミュール液が肉の内部に〈浸透〉。〈反応〉の効果によって最低でも一週間は経かるような漬け込みと熟成の作業が一瞬で行え、さらに〈分解〉の働きで肉の熟成と共に余計な塩分が文字通り分解されて、面倒な塩抜き作業も自動でやってくれるという。

 そうして暫く、発動させた魔法式の反応が収まるのを待って、オークのブロック肉を錬金釜付きのゴーレムが専用の〈魔法の手(マジックハンド)〉を器用に使って回収していく。

 するとだ。その作業を見ていた元春が僕の肩を揺すってこう言うのだ。


「おいおい虎助、何だよあのスケベ心をくすぐるアイテムはよ」


 いや、スケベ心って――、


「あの〈魔法の手(マジックハンド)〉は普通に便利なマジックアイテムだから」


「そうですの。あの魔動機を使えばおそらくは今までにない剣術が開発可能ですの」


 それも違いますからね。


「レベル上げが捗る?」


 うん。なんだろう?こう聞くと魔王様の使い方が一番まともに聞こえるのが不思議である。

 とそんな、どこかおバカな会話をしている間にもオーク肉の回収が完了したようだ。

 大きなバットに山盛りになった肉を運ぶエレイン君を先頭に錬金蔵の1階から建物の外へ。

 そこには小さな煙突やら丸型の温度計が取り付けられたドラム缶が5本用意されていた。

 これはホームセンターに売っているドラム缶や金網などを材料に、エレイン君に作ってもらった自作の燻製釜だ。因みにその作り方や設計図はネットから拾ってきたものである。

 即席で作ってもらったものではあるが、数々のモノ作りを経験してきたエレイン君達にとっては簡単な作りだったらしい。自作した燻製器はまるで既製品のような仕上がりになっていた。

 そんなドラム缶型燻製釜を横目に、僕達は近くに用意されたテーブルの上に肉を並べて、その乾燥処理を行っていく。

 乾燥処理に使うのは〈乾燥(ドライ)〉という魔法である。

 この魔法は、魔法世界で洗濯物を乾かす手段として広く使われる生活魔法だ。

 それだけ聞くと洗濯物オンリーにしか使えない欠陥魔法のような印象を受けるけど、考えようによっては様々な使い道が存在する便利な魔法だったりする。

 元春にも魔法の練習として魔具の補助アリで手伝ってもらったのだが、乾燥させすぎてしまったり、乾燥具合にムラができてしまったりと、成功失敗の確率は半々くらいだった。

 しかし、そんな失敗もご愛嬌。失敗肉は細切りにして、重ね掛けした〈乾燥(ドライ)〉で水分を完全に飛ばし、シャーキーとして万屋のサービス品にしてしまえばいいだろう。

 そんな風に皆に手伝ってもらって適度に水分を抜いた肉を三段になった網の上に並べていく。

 そして、肉に合うといわれるサクラにクルミにヒッコリーと様々用意したチップの中から、それぞれお好みの香りを選んでもらって、いざ燻製だ。

 ドラム缶型燻製器の下部、温度計と連動させた魔導コンロの上に各種チップを乗せた|魔鉄鋼〈ミリオン〉製の器を置いて、少量の魔力さえ込めておけば、後は自動的に魔導コンロが燻製器内の温度を管理してくれるらしい。


「これで半日から一日くらい燻せば出来上がりかな」


「えー。そんなに経かんのかよ」


 これでも燻製する時間が短い方なんだけど――っていうのは言うだけ無駄だろう。


「元春ならそう言うだろうと思って、出来上がったものがこちらに用意してあるから」


 と、ベル君に頼んで運んできてもらったのは、いまだ煙をくゆらせる一斗缶サイズの燻製器。

 そう。これは料理番組でお馴染みの『出来上がったものがこちらに出すためにも』という演出だ。


「お約束だな」


 そんな僕と元春のやり取りに、料理番組のお約束など知らないマリィさんと魔王様は首をかしげるものの、暴力的な肉の香りの前には些細な疑問だったようだ。


「じゃあ、切り分けますけど――、どうします?」


「どうしますとはどういうことですの?」


「味見程度にしておくか、そのまま晩御飯を食べていくのか。どうするのかと思いまして、バーベキューくらいのようにならすぐに出来ますけど、どうします?」


 一応聞いてみるのだが、答えは勿論決まっていた。

 因みに出来上がったベーコンは大変好評で、粗熱が取れた後に真空パックしたものも含めて、殆どのベーコンは手伝ってくれた3人によって持ち帰られてしまった。

 しかし、オーク肉はまだまだ沢山ある。これは訪れる人の為にももう少し作っておかないと、どうせバックヤードにはオーク肉だけじゃなくてベヒーモの肉も大量にあるのだ。

 魔法による保存技術があるとはいえ、いつまた大量の肉が手に入ることになるかを考えると、保管スペースを空ける為にも早めに処理をしておいた方がいいだろう。

 なにより、加工することによって保存に必要な手間も少なくて済むからね。

 その後しばらく、アヴァロン=エラの片隅に設置した燻製器から煙が立ち上らない日は無かったという。

魔法の手(マジックハンド)〉……バックパック型の魔動機。多脚戦車の足を背負っているとイメージしていただければよろしいかと。


乾燥(ドライ)〉……水分に働きかけて乾燥を促す生活魔法。消費魔力1以下。短文詠唱で指向性をつける事により、乾燥度合いをコントロール可能。


〈魔動コンロ〉……燻製釜(燻製器)の発煙に使った魔動機。〈発熱〉の魔法式が書かれた魔法金属を触媒に熱を生み出す。魔法金属から発せられる魔素を使っている為に魔力消費は無い。実は魔力を充填すれば半永久的に使える高級品。


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